表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

3番目の雲

 2時間ほど、公園で駄弁り、そろそろバイトの時間であると、純が立ち上がったところで、スマホが鳴った。

 俺はポケットからスマホを取り出し、ホーム画面を見ると、そこには「マリア先生」と書かれていた。


「出ていいぞ」


 純に了承を頂き、スマホの応答ボタンを押し、耳に当てる。


「もしもし」

「いま、お前、どこにいる?」


 短く、それだけがスマホから聞こえてくる。

 なので、俺も端的に返答した。


「いまは、大阪にいます。どうしたんですか?」

「お腹空いた~~~」


 地獄から響いたような声がする。


「だったら、適当に近場のファミレスとかで、済ませばいいじゃないですか?」

「バカか」


 電話越しに怒られた。


「そんなの当たり前に考えた。

 でも、そんなの食ってるようでは、明日のパフォーマンスに響くわ。

 一流たるもの、一流のものを食わなくてはいけない」


「いや、バリバリジャンクフード食べているじゃないですか!

 いつも、深夜にハンバーガーとか、ポテチとか、チョコとか。

 それに、マリア先生なら、そんなの関係ないでしょ」

「いいや、そんなことはない。私も食べ物に左右されるときはある。お前みたいな凡夫には分からないかもしれないがな」

「じゃあ、俺みたいな凡夫は適当にコンビニ飯で融通するので。マリア先生は適当にやってください」

「まぁ、待て。そうじゃないだろ」


 少し違和感を覚える。

 なんか、やけに絡んで来るな。いつもなら、もっと楽に行くはずなのだが。


「案内してくれないのか?」

「へ?」


 急に弱弱しい声で尋ねられ、虚を突かれる。


「お店をだよ。お前にとっては、地元なんだろ?

 私は初めて京都に来たんだ。どうせなら、ちゃんとしたお店で食べたい」


 驚いた。まさか、マリア先生にそんな思いがあったとは。

 正直、飯なら何でもいいというタイプだと思っていた。

 やはり、他人というのは100%理解するのは難しいんだな。


「それに、一人で食うなんて寂しいだろ。馬鹿が」


 早口で、それだけ言うと、電話が切られた。

 つまりは、俺とご飯を食べたかったという事だろうか。

 それは何とも………………お可愛いな、こんちくしょう。


「すまん。待たせちまった」


 置いてけぼりにしていた純に謝罪すると、純は手を挙げて応える。


「ははっ、いいよ。

 天才科学者さん、面白そうだったな」


 微笑みながら、そういう。


「ああ、本当に、一緒に飽きない人だよ」

「駅まで、行くか」


 俺たちは公園を出て、駅に向かった。


 #####


 駅に着くと、純とは別々の電車に乗った。行きと同じ路線、電車に乗って、出町柳駅に向かう。

 俺が出町柳駅に着くころには、20時になっていた。

 和な雰囲気を残す閑静な住宅街を抜けて、鴨川沿いを歩き、マリア先生が泊っている旅館に到着する。


「おかえりなさいませ」


 わざわざ、奥から出てきて挨拶してくれる女将さんに「ありがとうございます」と頭を下げて、マリア先生がいる部屋に向かう。戸を引くと、部屋の中心に敷かれた布団にマリア先生は身を投げだし、横たわっていた。


「ただいま、戻りました」


 俺が部屋に呼び掛けると、マリア先生は気怠そうに、首だけ動かすと、俺に顔を向ける。


「おせぇよ。腹が減った」


 予想していたが苦言を呈された。


「すみません。今から、食べに行きましょう。何か食べたい物ありますか?」

「なんでもいい」


 一番難しい。

 なんか、もう、完全に拗ねちゃってるよ。

 こんな美人が俺に心を少しでも許してくれているという点に、可愛らしさとシンプルな面倒くささを感じる。


「じゃ、俺が考えますね」


 顎に指を当てて考える。マリア先生は、そうする俺を顎に手を乗せて、下から見上げる。

 気分は、推理小説の探偵役。中身は、ただの晩飯決めだ。

 何が一番、京都のご飯を楽しんで貰えるか、頭を悩ます。

 予算や内装外装、眺望などを考えて………………決めた。


「決めました。行きましょう」

「無理だ。私は連日の徹夜で、疲れた。力が出ない。起こしてくれ」

「いや、子供かっ!?」


 突っ込む。思いのほか、声が大きくて部屋に響いた。


「んっ」


 マリア先生が目で促す。


「んんっ」


 無視するが、再度目で促される。


「んんんっ」


 三度目の正直。俺は負けた。


「はぁ、分かりましたよ」


 ため息をついて、マリア先生の元へと行く。

 何があったんだよ。忙しすぎて、壊れたのかな。


「はい」


 マリア先生は腕を広げて、起こしやすいようにしてくれた。それには素直に心の中で感謝を述べる。

 俺は脇に腕を通して、身体の前面をマリア先生に密着させる。ハグするような形になる。

 マリア先生の大きな胸が俺の胸板に押しつぶされ、動きに合わせるように、形を変える。

 うわっっ、やわらかっ。

 思わず、そんな不躾な感想が生まれる。

 少しでも意識すれば、感情が高ぶってしまうと思い、必死に無心になるよう努力する。


「…………っう!?」


 しかし、至難の業ではなかった。

 何故なら、めちゃくち匂いがするからだ。

 アリア先生のうなじが、すぐ目と鼻の先にある。

 うなじから発せられる魅了の芳香。

 どの香水やフレグランスにもない、マリア先生だけが放つ匂い。

 汗や細胞、その他が混ざり合った人間の香り。決して、良いにおいだけではないからこそ、否応なく、人を惹き付ける。


「はい、サンキューな」


 気付いたら、マリア先生を立ち上がらせていたらしい。

 どうやら、俺がマリア先生に興奮していたのは、バレていないらしい。

 密かに安心しながら、お店を提案する。


「京都河原町駅の近くにある中華料理屋さんに行きましょう」

「分かった。それじゃあ、行こうか」


 マリア先生は、そう言って先を行く。俺は後に続く。

 部屋の襖を閉めていると、マリア先生は振り返り、意地の悪い笑顔で言った。


「ふっ、お前も男だな」


 バレていたらしい。恥ずかしくなった。


 #####


 目的は京都河原町駅周辺。

 出町柳から、歩いていけないこともないが、マリア先生の疲労状態から歩くのはさすがに無理だった。という事で、俺とアリア先生は、宿を出ると、近くの電動キックボードを借りて向かった。

 マリア先生は初めての電動キックボードに、僅かに興奮していた。

 俺は大学に遅刻しそうになった際などに、何回か乗っていたために、慣れていたが、京都鴨川沿いを走る電動キックボードは、心地が良かった。

 数分、走り目的の場所に着く。電動キックボードを乗り捨てて、お店に向かった。


「ここです」


 そういって、店を指さす。

 そこには、東華菜館と書かれていた。


「ほう、良さそうなお店だな。良く知っている。さすが、地元民だ」


 俺はマリア先生を先導する。

 建物に入り、エレベーターの傍らに立つスーツを着た初老の人がお辞儀をする。


「いらっしゃいませ」


 そして、取手を回転させ、手動で開くエレベーターに乗る。

 中は、木と柵が露呈した古く、厳かなエレベーターだった。

 ガタガタと揺る。


「すごいな。これ動くのか?」


 マリア先生がエレベーターを見回しながら、呟く。

 すると、運転手が口を開く。


「このエレベーターは、日本最古なのですよ」


 確かに、そう言われるだけの威厳を放っていた。もはや、一種の観光地のような印象だ。

 それでいて、ご飯も美味しいのだから、最高だ。

 俺は子供の頃から、何度も家族とここに来ていた為、馴染み深い場所だ。

 やがて、エレベーターは、目的のお店に着く。


「お待たせいたしました」


 運転手は、そう言いながら、扉を開く。

 そこには、明治時代の和洋折衷文化が結実し、花開いた荘厳な世界が広がっていた。

 西洋のお城のような高い天井と石造りの壁。天井には中華風の灯篭が取り付けられており、それだけでも立派なのだが、貴族の家紋のような文様が散りばめられていた。所々に、タツノオトシゴやタコなどの日本の食材や生き物が彫られていた。床は赤いカーペットが敷かれており、塵1つ落ちていない。窓の先には、京都を代表する鴨川が流れる。

 貴族が舞踏会を開けそうな格式高さがあった。

 しかし、それらは全て飾りでしか過ぎない。このお店が出す北京料理の飾りでしかないのだ。

 テーブルに並ぶ中華料理の数々。

 まさに、和と中華、西洋の3つの文化が融合した空間だった。


「こちらの席で、お願いします」


 店員に案内され、窓際の席に座る。

 まさに、一番景観が良い席だ。

 眼と鼻の先に、四条大橋が見える。


「何にしますか?」


 メニュー表を広げながら、尋ねる。

 マリア先生は、メニュー表と睨み合って、頭を悩ませていた。


「そうだなぁ。どれにしようか」

「俺のおすすめは、春巻きですかね。他には、チャーハンとかも美味しいです」

「ふむ、でも、これとこれとこれも美味そうなんだよな」


 そういって、指さしたのは八宝菜とチンジャオロース、北京ダックだった。

 結構、色んなの食いたいんだな。それだけ、お腹が空いているという事だろう。

 心の中で、苦笑しながら、提案する。


「それなら、八宝菜とチンジャオロース、北京ダックは、俺が頼むので、シェアしましょうよ」

「いいのか?」


 マリア先生が、メニュー表から顔を上げていう。


「ええ。言うても、俺は何回も来ているので、大丈夫ですよ」


 そういうと、マリア先生はにやりと笑う。


「言ったからな………すいません。ご注文お願いします」


 手を挙げて、店員を呼ぶ。


「春巻きとチャーハン、チンジャオロース、北京ダック、八宝菜、卵スープをお願いします」


 なんか、卵スープも追加された。


「承知いたしました。少々お待ちください」


 それ、俺が食うのかな。そう思いながら、飯が来るのを待った。

 しかし、待つ間、暇だったので、このお店の雑学を語る事にした。スマホを見ながら。


「このお店は、大正時代にあったビアホールブームに端を発しているらしいです。

 設計は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズという人物が行ったらしいですね」

「だれだ?」


 俺も思った。なので、Wikipediaですぐに調べた。幸い、件の人物は載っていた。


「えーっと、アメリカ人で日本に来て、多くの西洋建築を手掛けた人物らしいですね。建築家でキリスト教プロテスタントの信徒伝道者と書かれていますね」


 なんとなく、マリア先生の経歴と重なる様な気がした。


「ふっ」


 不意に、変わったものを見つけて、思わず笑ってしまう。


「何が面白いんだよ?」


 特に、口にするつもりはなかったが、追求され答える。


「いや、この人、日本名があるらしくて、その名前が一柳米来留〈ひとつやなぎ めれる〉っていうらしいです」

「なんだ、そんな事か。実は私の御舟マリアも日本での名前だぞ」

「えっ!?そうなんですか?」


 簡単に、衝撃の事実を知らされる。


「ああ、私は養子だからな。血のつながりはないんだよ」

「へぇ~~知らなかった」


 マリア先生を調べた際に、経歴不明な点が多くみられた。

 勿論、世界中の研究機関で教育や研究をしていたことは記載されていたが、こうして自身の過去を話してくれたのは珍しい気がする。


「それで、例えば、どういう建物を作ってたんだ?」


 話しが戻る。

 俺としては、もっと、マリア先生の話を聞きたいと思ったが、あまり話したくないようだった。


「そうですね。例えば………大丸心斎橋店とか、大学の校舎、教会なんかも設計していますね」

「ほう、中々すごい奴だったんだな」

「それで、この建物は大正15年に、スパニッシュ・バロックの洋館として、誕生しました。

 元は、西洋料理店だったらしいんですけど、戦時中には、一時的に閉店を余儀なくされていました。

 その中で浅井安次郎氏はこの建物を中国人の友人である于永善に託し、昭和20年に北京料理屋さんとして誕生したらしいです」


 俺は語り終える。ほとんど、サイトの文章を丸読みしていたが、それでも少し達成感を覚えた。

 マリア先生は腕を組んで、関心していた。


「へぇ、人に歴史ありとは言うが、建物や土地にも歴史があるんだな。

 私はあまり、歴史が得意ではないが、こういう話を聞かされると、好奇心をくすぐられるものだ」


 凄く学者らしい感想だった。得意でもない分野に、少しでも関心を向けられるのは、学問の道に進む者の鑑だろう。


「そうなんですね。俺は、凄い歴史とか好きなので、面白いですよ」


 話して、名案を思いつく。


「明日、シンポジウムが終わったら、観光しましょうよ」

「ああ、ちょうど私もそう思っていた。勿論、案内してくれるよな」

「はい!」


 元気よく頷いたところで、料理が届いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ