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「はじめまして! 青山さんから聞いてると思うけど、わたしが平井です。下の名前は、かなめっていいます! えっと、袴田君……だよね?」
声にならない叫びって、このことを言うのか。
俺はバックルームから出てきた平井さんを見て、軽く固まっていた。さっきとは打って変わって、邪気のない幼い顔で俺に笑いかけている。
あれ……おかしいな。
「袴田君?」
いや、おかしいだろ。
さっきこの人、煙草吸ってたよな。めちゃくちゃ目つき悪かったし、口調なんて暴走族の総長みたいだったぞ。
吊り上がっていた大きな目は柔らかく垂れ下がり、言葉からも棘が消えている。声の調子までさっきとはまるで違った。
あれほど威圧感のあった人が、今は目の前で天使みたいな笑顔を浮かべている。しかも、童顔なのに胸がやたらと大きい。
いや、それは今どうでもいい!
つまり何が言いたいかっていうと、さっきとはまるで別人なのだ。いやいや、同じ人なんだからそんなはずないんだけど。人間、気分や相手によって態度が変わることもあるだろうし……いや、それにしたって変わりすぎじゃね?
「どうしたの? わたしの顔、なんかついてる?」
俺の困惑に気づいたのか、平井さんが笑顔のまま首を傾げる。
「ん?」
「あ、いや……」
慌てて顔を逸らした。無邪気に笑う彼女が、思いのほか俺の好みだったからだ。
ちょっと待て、袴田。さっきの見ただろ。あんなに怖い思いしたのに、笑顔一つで何ドキドキしそうになってんだ!
落ち着け、落ち着け……。
「え……と、よろしくお願いします」
「うん、これからよろしくね!」
平静を装いながら、俺は謎めいた平井さんと改めて挨拶を交わした。
その後の平井さんは、最初に見た時のような荒っぽい口調で話すこともなければ、俺を威圧するような素振りも見せなかった。喋ってみると案外おっとりしていて、時折見せる笑顔がとにかく可愛い。
さっきのは一体なんだったんだ。夢でも見たのか?
そんなふうに思えてくるほど、第一印象が薄れていく。
それにしても幼い顔してんなぁ。いくつだろう。二十歳か、そこらかな。あんな顔して煙草吸ってたんだもんなぁ。ギャップがすごい。
「平井さんさ、今日竹中さんと代わったんだよね」
「はーい、そうだよ! 急にシフト変わっちゃって、びっくりしたよね」
「あ、ああ。いやいや、別に?」
「今週の木曜日、どうしても休みたくって。竹中君にお願いしてシフトを交換してもらったんだ。えへへ」
はー、やっぱり野郎と一緒にバイトするより、可愛い女の子と働く方が断然いいよなー。
まずは打ち解けようと、なんとなく話題を振ってみる。平井さんは一つ一つの言葉にゆっくり応じてくれて、仕草もどこかふんわりしている。
青山さんがこの前、変なこと言ってたけど……なんだ、思ってたより普通じゃないか。
さっきのアレは気になるものの、こうして話している分には可愛らしい女の子そのものだ。
「へぇー、なに? それって彼氏とデートとか?」
さりげなく聞いてみると、平井さんは隣のレジの前で口元に手を当て、くすくす笑った。
「ふふっ、違うよぉ。どうしてもリアタイしたいものがあって」
「へ、へえ。ドラマかなんか? それともバラエティ?」
「ううん、深夜アニメだよ!」
ん。
「今週が最終回だから、絶対リアタイで観たいんだよね!」
深夜、アニメ……?
「……どうしたの?」
「あ、はは。へ、へぇえ、アニメかぁ」
予想外の答えに一瞬呆けてしまった。まあ、今どきアニメ好きなんて珍しくもないか。それにしても、アニメの最終回を観るためにシフトまで交換したのか。よっぽど好きなんだな。
「そこまでして観たいって、かなりハマってるんだね。面白いの? どんな話?」
「恋愛ものだよ! すっごくキュンキュンするの。今期の中でも一番好き!」
「ほー……」
恋愛ものかぁ。そういうのが好きなんだな。
よほどハマっているらしく、平井さんはそのアニメの魅力を楽しそうに語り始めた。正直、俺にはさっぱり分からない話だったが、あまりにも嬉しそうなので、つい聞き入ってしまう。
「もうね、主人公の照れ顔が尊すぎて! あの表情は反則だよ、ほんと!」
ん。尊すぎて?
あれ、なんか急にテンション上がってないか。
平井さんは目を輝かせ、身振りまで交えながら話している。さっきまでのおっとりした雰囲気はどこへやら。聞き慣れない言葉も飛び出してきて、俺の理解が追いつかない。
ハッ――まさか。
「ああもう、ああいうのもっと見せてほしい! ほんと、最高なんだよね!」
青山さんが言ってたのは、これか――!?




