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まただ……。この前もそうだった。
俺は無意識に、雑誌コーナーの向こうにあるガラス張りの窓へ目を向けていた。真っ暗で何も見えない、誰もいないはずの場所。なのに、なぜか引きつけられるように見てしまう。
誰かに見られているような……いや、睨まれていると言った方が近いかもしれない。強い視線を感じるのだ。気のせいかもしれないけど。
それに、こういう時は決まって頭の奥が痛くなる。
駄目だ、なんだこれ。散々寝まくったせいで逆に体がなまってんのか? 昼夜逆転してからまだ間もないし、気づかないうちに体が根を上げてるとか。
そんなことを考えていたら、自動ドアが開いた。
あ……誰か来た。
反射的にそう思ったものの、ドアの向こうには人影一つ見当たらない。あの時と同じだ。
「いらっしゃいませ――」
それでも口から出てしまったお決まりの台詞に、自分で呆れる。これじゃあ『パブロフの犬』だ。すっかり体に染みついちまってる。
が――。
誰も入ってきていないはずなのに、その時、微かに何かの気配を感じた。
店内に俺以外の何かがいて、そいつが動いている。しかも、ちょうど俺の目の前に佇んでいるような、すぐ近くにいるような……そんな感覚だった。
「う、ぉ――ぁ」
カウンターの前に立ったまま、俺は硬直した。
首が……苦しい。
突然、呼吸がうまくできなくなった。
「な゛……あ」
息を吸おうとしても、思うように空気が入ってこない。まるで誰かに喉を思い切り締め付けられているような苦しさだった。
なんだ……なんなんだ、これ……。
激しく咳き込んでも、苦しさは一向に和らがない。額から嫌な汗が滲み出てくる。訳が分からない。呼吸もままならず、まともに考えることすらできなかった。
ただ一つ分かるのは、体が尋常じゃないほど震えていて、今、もの凄く……やばいってこと……!
「あ゛、あ゛……っ」
掠れた声が口から漏れた。頭がくらくらして、視界までぼやけてくる。
あ、これ……もしかして気絶するのか。
そう思った時だった。
この状況にはあまりにも不釣り合いな、平凡なメロディーと共に自動ドアが再び開いた。
入ってきたのは、女の子だった。
大きな目に長い髪。背が低く、顔立ちも幼い。でも、その口には煙草がくわえられていた。
「っ、ぐ――」
客……だよな。
やべぇ、この状態じゃ声が出せねぇ。体も動かない。俺、変な店員だと思われる……っ!
焦って無理やり声を出そうとしていると、その女の子はつかつかとカウンターの前まで歩いてきた。くわえていた煙草を指に挟み、俺に向かって大量の煙を吐き出す。
そして。
「邪魔なんだよ……そこ。さっさと失せろ」
俺の首辺りを思い切り睨み上げ、不機嫌そうにそう言った。
その途端、首を締め付けていた圧迫感が消え、体の硬直も嘘のように解けた。俺は思わずカウンターに手をつき、全力疾走でもしたかのように何度も大きく息を吸い込んだ。
息ができる。頭もようやく働き始めた。
今のは一体……?
混乱したまま呼吸を整えていると、客だと思っていた厳つい童顔の女が、当たり前のようにカウンターの内側へ入ってきた。
「うぇ!?」
そこで初めて気づく。
この人、まさか。
「平井さん……」
彼女はそれに答える代わりに目を鋭くし、不機嫌そうな顔で俺に言った。
「爪痕……」
「はっ……?」
「首んとこについてるぞ」
爪痕……。
その言葉にぞわっとした。今しがた苦しくて仕方なかった首元を、思わず手で押さえる。
「新入り」
「っ、はい!?」
「あそこ、あんま直視すんな」
平井さんと思しきその人は、また煙草の煙を吐き出し、ガラス張りの窓を顎で指した。
「目の血走った女がずっとこっち見てる。視線合わせ過ぎると今みたいに店に入ってくるからな。いいか」
それだけ言うと、俺の返事も待たずにバックルームへ入っていった。
「……」
俺はますます混乱していた。
目の血走った女が、あそこから見ている……? 店の中に入ってきた……?
駄目だ、ついていけない。どういうことだよ。
けど、さっき感じたのは意志を持って動く何かの気配だった。突然首を締め付けられたような苦しさも、湧き上がる悪寒も、ただごとじゃなかった……。
「マジ、一体なんなんだよ……」
額と鼻の頭に溜まっていた汗を拭う。体の震えは止まっても、今のことを思い出すだけで寒気が戻ってきた。
てか……平井さんって。平井さんって……。
ヤンキーかよ……!
童顔のくせして女番長みてぇな目してたぞ! 遅刻してきたのに堂々と煙草吸ってるし!
……怖い。なんか怖い!
なんかフツーにケツとか蹴られそう。
首元の次は、今度はケツの辺りに悪寒が広がった。
ちょうどその時、バックルームの扉が開き、童顔ヤンキーの平井さんが再び姿を現した。
さっきはあんまり見てなかったけど――む……胸でけぇ!?
ユニフォームが突っ張ってる!
ロリ顔に巨乳って、どんなオイシイ設定だ、おい……!
「あ」
つ、つい、直視してしまった。やべぇ。
平井さんと目が合った瞬間、俺は反射的に背筋を伸ばし、顔を強ばらせた。
が。
平井さんは怒るでもなく、睨むでもなく、ころりと笑った。
「ごめん、遅刻しちゃいましたぁ。テヘ」
ぺろっと舌を出し、拳で自分の頭を軽く叩く。
「……」
あれぇぇええええええええええええええぇぇえぇええええ!?
実は、これが俺と平井さんの正式なファーストコンタクトだった。そう知るのは、もう少し後のことになる。




