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「ねー、お兄ちゃーん、いつまで寝てるの? もうお昼なんですけどぉ」
「うるせー」
唸りながら布団を被って寝返りを打つ。
「お兄ちゃーん」
うるさいな、揺するな。
さっきまで気持ちよく寝てたっていうのに、俺は妹の下品な笑い声と、しつこいクリックの音と、ベランダに何故かいる蝉の爆音ですっかり目が覚めてしまった。
一度目が覚めようが、俺は今日十四時まで睡眠を取るって決めたんだ。こんなことぐらいでは屈しない。もう一度寝よう。
「お兄ちゃんってばー」
「腹が減ったならソーメン茹でて勝手に食っとけ」
「えー」
「えー、じゃない。寝かせろ、疲れてんだ」
「ニートのくせにこんな時間までぐうたらして、社会のゴミだな全く」
「……おおおおい、今なんつった!?」
聞き捨てならない台詞に布団を突っぱねて起き上がった。眠気なんて今ので吹っ飛んだ。
「お前、兄貴に向かってなんっ! なんつうこと! ニートって、俺は立派とは言えなくとも一応働いてるっつの! フリーターって言え、フリーターって!」
「フリーターもニートも大して変わんないじゃん」
ばかやろう! 全国のフリーターの皆さんが発狂してもおかしくない台詞だ、それは……!
「変わります! 同じじゃありません!」
狭い部屋の中に閉じこもってパソコンとにらめっこして、親の脛かじってる奴らと一緒にすんな……! こちとらアルバイトを渡り歩いて自立してんだぞ!
「どうでもいいから、さっさと安定した職に就いてウチにお金入れなよ」
こっ……のやろう。
中二の分際で。
つか、お前こそなんだよ。朝の十時から訪ねてきて、それから堂々と扇風機の前を陣取り、俺のノートパソコンで動画サイトを満喫しながら、さんざん布団の隣で大爆笑しやがって。
夜勤明けに、妹の天まで響くような甲高い声はかなりキツい。
しかも俺のメールアドレスでアカウントまで作って、この夏休み中、暇な時に押し掛けては一日中入り浸っている。その間ずっと動画サイトを物色し、飯は俺に全て作らせ、おまけに冷蔵庫のアイスやらスイーツやらを断りもせず勝手に平らげていく。
こんな堕落した生活を送っている妹にニート呼ばわりされるのは、苦痛以外のなにものでもない。
「俺んちはネットカフェじゃないんだぞ。一日中パソコンとにらめっこしてないで、外行きなさい外。宿題あるんだろ? ちゃんとやったのか?」
「今日はプールが休みだから来たのー。それに宿題はお兄ちゃんと違って七月中に終わらせましたー」
「む」
「それにあたし、お兄ちゃんの様子、暇な時に見てやってってお母さんに言われてるから」
「……」
俺の様子というか、パソコンが目当てだけどな。
フリルの重なったワンピースに、ショートパンツから覗く白い太もも。夏休みだからといって、はしゃぐテンションに任せて明るい色に染めてしまったショートボブの髪。
目がくりくりしていて、バサバサした睫毛は人形みたい。
兄の俺が見ても、見た目は悪くない。というより良い方だ。
中学でも色んな男女と絡んでいるんだろう。よくお袋から話を聞く。この格好で渋谷なんか歩こうもんなら、すぐナンパされるんだろうな。悪い男とかに目をつけられたり……。
とはいえ、そーんな心配は全くないんだけど。
だってこいつは地元に籠もって、兄貴の家でドリンク片手にどっぷり動画サイトにハマってるから。
パソコン相手に手を叩きながら大喜びしているうちは、ナンパなんて一切無縁である。
「なー」
冷蔵庫から廃棄でもらったキャラメルプリンパフェを二つ出しながら、ホラーゲームの実況動画を見てワーキャーしている妹に話しかける。
「なぁにー、今いいとこなのー。邪魔しないで」
ケツ向けてダルそうに返すなよ……!
悲しいなぁ。ここ俺んちなのに、兄妹の会話くらい普通なはずなのに……。
「俺、新しいバイト始めたんだけど、聞きたいだろ」
キャラメルプリンパフェを一つ妹の側に置くと、やっと話を聞く気になったのか、ヘッドホンを外して俺を見上げた。
「これどうしたの?」
「廃棄、もらってきちゃった」
期限が迫っていたとしても、こうして食べられる商品をもらえるのは一人暮らしには有難い。こういったアルバイトの特権だ。
「廃棄? ああ、コンビニね……」
「なんだよ、その顔」
「だって、コンビニなんて時給馬鹿安いでしょー」
「ちが! 昼間じゃねえよ、深夜!」
「深夜ー? どこの?」
某所付近のコンビニだと言うと、妹はキャラメルプリンを口に入れ、盛大に破顔した。
「ぶはっ! やば、マジで草ッ!」
人差し指をこちらに向けたまま、ゲラゲラ笑う。
やめろ、かーちゃんにそれしちゃいけないって言われてきただろ。
「お兄ちゃん、マジで詰んでるじゃん!」
「詰んでる……? はぁ?」
「そこガチでヤバいらしいから、マジで早めに辞めた方がいいって」
「なんでだよ」
「え、お兄ちゃん知らないの? あそこ、幽霊の寄りどころになってるんだよ」
「寄りどころ?」
「そう。あたしの友達の一人に霊感ある子がいるんだけど、あの樹海で自殺して死んだ人とか、あの近辺で事故で死んだ人とかが、寂しくて助けてほしくて寄ってくるんだって言ってたよ」




