表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師の原罪  作者: 卓麻呂


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/20

第13章

GC320.8.21

 

ステラ・ヴィアにある薄暗い自室で、リナはベッドに転がったまま天井を見ていた。


照明は落としたまま。


「……あーあ」


端末を見る気にもなれない。



体を横に向ける。

同じ景色。狭い空間。


「……飽きた」


小さく呟いて、また仰向けに戻る。


何もしてないのに、妙に疲れてる。


目を閉じても、すぐ開く。


考えたくないのに、勝手に考えが浮かぶ。


——数年待機。


「……長すぎだよね」


誰もいないのに、確認するみたいに。


こういう仕事だし、場合によっては数ヶ月宇宙艦ってのは仕方ないんだけど・・・


でも数年なんて


「無理でしょ」


即答だった。


足を組み替える。

落ち着かない。


「……ほんと、どうすんだろ?これ」


帰還申請?

通る訳ないじゃん。


ステラ・ヴィアしかないし。


「知ってるって」


自分でツッコんで、ため息。


じゃあ勝手に帰る?


「……それやったら終わりだし、私1人じゃ無理」


火星戻った途端逮捕とか。


意味ないよね、それ。


体を起こして、壁にもたれる。


視線が部屋を一周する。


同じ配置。

同じ物。

変わらない。


「……何年も」


想像して、顔をしかめる。


無理。


ほんとに無理。


「……」


しばらく黙って。


ふと、笑う。


「詰んでない?」


帰れない。

出られない。

待てない。


「いや、詰みじゃん」


言い切って、また天井を見る。


……終わってる。


なのに、


「……なんか、まだ考えてるんだよね」


諦めきれてない。


どこかに、抜け道がある気がしてる。


「……ないよね、普通」


でもさ。


「普通じゃなかったら?」


ぽつりと落ちる。


その言葉だけ、少し重かった。


自分で言っておいて、眉をひそめる。


「……やめとこ」


それはダメなやつ。


分かってる。


「……でも」


完全には消えない。


頭の奥に引っかかる。


「……最悪」


呟いて、再びベッドに倒れ込む。


天井が、さっきより少し近く感じた。


リナの部屋に、短い呼び出しアラームが鳴った。


「……誰」


面倒そうに呟いて、端末をちらっと見る。


ルカ。


「……ああ」


一瞬だけ間が空く。


断る理由もないし、断る気力もない。


「入っていいよ」


ドア越しに声を投げる。


外で、ほんのわずかに気配が止まった。


——躊躇ってる?


「何してんの?入っていいよ」


少し苛立ちを含んだ声で言う。


「……分かった」


ドアが開く。


ルカは一歩踏み込んで、そこでほんの一瞬だけ止まる。


視線が落ち着かない。


部屋の中を軽く見て、すぐ目を逸らす。



「……」


リナはベッドに腰掛けたまま、それをぼんやり見ていた。


ラフな部屋着のまま。

着替えるのも面倒で、そのままだった。

太腿が露わになっている。


ルカの視線が一瞬だけ止まる。


ほんの一瞬。 すぐに逸らした。


「あー……ごめん、散らかってる」


リナは適当に言う。



「いや、その……大丈夫」


ルカはぎこちなく答える。


どこ見ていいか分からない感じで、微妙に姿勢が固い。


「……」


その様子が、少しだけ可笑しくて。


でも、笑う気分でもない。


「来てくれてありがと」


あくまで軽く。


いつも通りのトーンで。


でも内側では、さっきまでの思考がまだ残っている。


——帰れない。出られない。詰んでる。


その感覚が、完全には消えていない。


「……」


ルカの返事を待ちながら、


リナはふと考える。


この人は——


帰りたくないのかな?


それとも。


「……」


どうでもいいはずの疑問が、妙に引っかかった。


突っ立ったままのルカを見て、リナが軽く手を振る。


「立ってるの疲れるでしょ。座りなよ」


自分の隣をぽん、と叩く。


「……あ、ああ」


ルカは一瞬ためらってから、ぎこちなく腰を下ろした。


距離が近い。


空気が、ほんの少しだけ張る。


「……」


どちらも喋らない。


ルカは前を見たまま、微妙に姿勢が固い。


リナは横目でそれを見て、


少しだけ視線を落とす。


——近いな。


ふと、


手が動く。


理由もなく、


ルカの腕に、軽く触れる。


一瞬。


「っ」


小さく、体が揺れる。


それだけで、十分だった。


「……」


手を離す。


静けさが戻る。


でも、さっきとは少し違う。


「……」


リナは何も言わない。


自分の手を、ほんの少しだけ見て、


すぐ視線を逸らす。


ルカも何も言わない。


言えない、という感じで。


ただ、さっきより少しだけ呼吸が浅い。


「……」


時間が、少しだけ伸びる。


リナはゆっくり息を吐いて、


視線をルカに戻す。


ルカは小さなメモリチップを差し出した。


「フェイズアンカーのシリアルコード。コピーしてきた」


リナはそれを受け取らず、ただ見ている。


小さすぎて、重さなんてないはずなのに。


「……」


ルカが少しだけ視線を逸らす。


「何に使うのか分からないけど」


一拍置いて、


「シリアルコードだけだと、意味はない」


淡々とした説明。


でも、少しだけ探るような響き。


「……」


リナは答えない。


ルカの手の中にあるメモリチップを見つめる。



——これだけじゃ足りない?


分かってる。


でも、


セキュリティなんて専門家が本気を出せば破れないはずはない。


過去、幾多のハッカー達が絶対に破れないといわれていたセキュリティを突破してきた。


現代でもハッキング対策には細心の注意を払っているのだ。そしてリナ自身も通信システムに関わるスペシャリストの1人である。

そう、破れないセキュリティは存在しないのだ。 


「……」


沈黙が落ちる。


さっきより、少しだけ重い。


ルカは何も言わない。


「……」


リナは視線を落としたまま、口を開く。


「私もさ」


少しだけ間を置いて。


「ワープのこととかフェイズアンカーのこと、ちゃんと知りたくなったの。どうせ暇だし」


軽く言う。


いつも通りのトーン。


——のつもりだった。


「……」


でも、どこかほんの少しだけ、


間がずれている。


自分でも分かるくらいに。


ルカは何も言わない。


ただ、ほんの一瞬だけ——


リナを見る。


「……そう」


短く、それだけ。


納得したわけじゃない。


でも、踏み込まない。


その距離感。


「……」


リナはそれ以上何も言わない。



視線を落とす。


——嘘。


分かってる。


さっきから、分かってる。


でも、


「……」



リナはメモリチップを見つめたまま、動かない。


頭の中で、何かが静かに繋がっていく。


フェイズアンカーのシリアルキーがあればワープ座標は分かるはずだわ。



「……」


セキュリティなんて何とかなるんじゃない。



シリアルコードさえあれば。


「……」


ルカが何か言っている。


聞こえているはずなのに、少し遠い。


代わりに、


別の思考が、はっきりしてくる。


これがあれば、次は。


「……」


気づかないふりをする。


まだ、はっきり形にしない。


「……そうなんだ」


適当に相槌を打つ。


声はいつも通り。


少なくとも、自分ではそう思っている。


でも内側では——


少しずつ、


方向が決まっていく。


「……」


止めなきゃいけない。


そう思っているはずなのに。


「……」


止める理由。


さっきまであったはずなのに。


「……」


代わりに、


別の言葉が浮かぶ。


——やれるかも。


「……」


その瞬間、


ほんの一瞬だけ、


自分が何を考えたのか理解する。


「……は」


小さく、息が漏れる。


でも、それもすぐに飲み込む。


「……」


まだ、大丈夫。


まだ戻れる。


そう思いながら——



リナはルカの腕に体を預けたまま、少しだけ力を抜く。


距離はそのまま。


逃がさないみたいに。


「……ね」


声を落とす。


近すぎる距離で。


「そんなことよりさ」


軽く言う。


軽く、のつもりで。


「……その」


ルカの思考が追いついてないのが分かる。


視線が定まらない。

呼吸が少しだけ乱れてる。


「ルカが来てくれたことが嬉しいの。私」


言いながら、腕にかけた力をほんの少しだけ強める。


意識してるのか、してないのか、自分でも曖昧なまま。


「……」


ルカは何も言わない。


言えない。


頭の中が一瞬で埋まって、整理できていない。


「……ね、分かった?」


確認するみたいに、上目遣いでルカを見上げる。


「……あ、ああ」


反射に近い返事。



「……ありがと」


リナはそこで、ふっと体を離す。


何事もなかったみたいに。


距離が戻る。


「……」


ルカはまだ固まっている。


さっきまでのやり取りが、うまく処理できていない。


「……」


リナは一瞬だけ視線を落とす。


上手くいった?


そう思ったかどうか、自分でもはっきりしない。


ただ、


さっきより少しだけ、


都合のいい状態になったのは確かだった。


「……」


でも同時に、


胸の奥に、ほんの少しだけ引っかかる。


「……ま、いっか」


小さく飲み込む。


リナはルカの腕から、ゆっくり体を離した。


さっきまでの距離が嘘みたいに戻る。


「……ありがと」


軽く言う。


何に対してかは、曖昧なまま。


ルカは少し遅れて頷く。


「……うん」


まだどこか上の空だ。


「……じゃ、これ」


ルカは思い出したみたいに、メモリチップを差し出す。


さっきまでの空気を打ち消すみたいに、ぎこちなく。


リナはそれを受け取る。


指先が触れそうになって、ほんの少しだけずれる。


「……」


一瞬だけ、間。


「……じゃあ、俺は戻る」


ルカは立ち上がる。


どこか早足で、逃げるみたいに。


「……うん」


リナは見送るだけ。


ドアが閉まる。


静寂。


「……」


手の中のメモリチップを見つめる。


——取れた。


その事実だけが、はっきりしている。


——これさえあれば。


「……」


少しだけ眉をひそめる。


さっきの自分の行動を、思い返す。


私ってこんな事ができちゃうんだ。



思い出すと急に胸がドキドキしてくる。

ルカとやり取りしている時はそんなことなかったのに。


上手くいったのかな。


「……」


胸の奥に、わずかに引っかかるもの。


罪悪感、というほどじゃない。


でも、


「……感じ悪」


小さく呟く。


誰に対してかも曖昧なまま。


それでも、


手はメモリチップを離さない。


「……ま、いっか」


短く切り捨てる。


でも——


次のことを考え始めている。


リナは端末を開いたまま、ルカが去った扉を見ていた。


視線は通り過ぎて、もっと先を見ている。


「地球……どうやって、送ろうかな」


小さく呟く。


地球とは普通に連絡することは可能である。しかし、ちょっと知り合いとお話するのとは訳が違う。軍規違反である。即拘束されても言い逃れできない。


通信は全てログに残る。


「……それは論外よね」


即座に切り捨てる。


じゃあ、隠す?


ステガノグラフィという言葉が頭に浮かぶ。ステラ・ヴィアの定時通信に紛れ込ませられるんじゃない?


「……それ、いいかも」


そのくらいステラ・ヴィアの通信担当のリナにとってはお手のものだ。


どこまで検査されるかも。


完全じゃない。


でも、いける

 。


「……」


一度に送るか。


それとも——分けるか。


「……」


まとめて送れば楽だ。


一回で終わる。


でも、その分“異物”が大きい。


「……目立つよね」


小さく息を吐く。


なら、分ける。


細切れにして、少しずつ。


ノイズに埋もれる程度に。


「……」


頭の中で、形を崩していく。


意味を持たない断片。


単体ではただのデータ。


でも、揃えば——意味を持つ。


「……時間かかるな」


ぽつり。


一回で終わらない。


何回も送る。


その分、リスクも増える。


「……」


指先が止まる。


——途中で見つかったら?


それは無い。


「……大丈夫」


短く出る。


でも、


「……」


見つかるわけがない。


そう判断している自分がいる。


「……たぶん」


小さく付け足す。


確信じゃない。


でも、選ぶ。



「……で、誰に送るかね」


思考が切り替わる。


まぁアテは1人しかいないんだけどね。


「……」


あまり気乗りはしないんだけど。


元カレ。地球から火星に派遣されていた時に少し付き合っていた。彼が地球に帰ると自然消滅した。

4年くらい前の事だ。

あれから一切連絡を取っていない。


でも——


「……技術士官だって言ってた」


表向きは地球統合政府と火星、技術者の友好的な技術者の交換派遣。

実際は内情視察も兼ねていたのだろう。


「……色々思い当たる事もあったし」


危ない。


分かってる。


「……でも」


だからこそ。


「……やってくれそうじゃない」


ぽつり。


期待とも、予測ともつかない言葉。


「……」


信用してるわけじゃない。


むしろ逆。


利用される可能性は高い。


「……あり得る」


即答。


でも、


「……それでもいい」


それもまた即答だった。


動かないよりは、ずっとマシ。


「……」


視線を落とす。


方法は決まった。


相手も決まった。


「……」


残っているのは、


踏み出すかどうか。


それだけ。


「……」


ほんの一瞬だけ、手が止まる。


——まだ戻れる。


その考えが、よぎる。


「……」


リナは目を閉じる。


一拍。


それから、開く。


「……考えるのは、ここまで」


小さく言う。


これ以上は、同じところを回るだけ。


「……」


端末の画面を見直す。


まだ何も送っていない。


何も起きていない。


「……」


それでも、


もう戻っていない気がした。


GC320.8.25


メイはプラント管理システムのモニタを眺めながら、足を机に投げ出していた。


ただの暇潰しだった。


マナリンクは切断済み。

現在のプラントはステラ・ヴィアとのリンクはあるものの、フェイズアンカーを通したマナリンクからは隔離された状態だ。最低限の環境維持しか動いていない。



「んー……」


ログを流し見する。


温度。

圧力。

循環。

マナ。


全部正常。


そのはずだった。


「……ん?」


メイの指が止まる。


CPU使用率。


ほんのわずか。


誤差みたいなスパイク。


でも——


「……何これ」


周期がある。


一定じゃない。


ランダムにも見える。


なのに、


「これは……素数かな?」


2、3、5、7、11——


綺麗すぎる。


「いやいや」


小さく笑う。


環境維持システムでそんな動きになるわけがない。


ノイズなら、もっとランダムに出る。


「……」


メイは少し姿勢を起こす。


目が細くなる。


「これは……なかなか」


誰に言うでもなく呟く。


「こんな規則的なスパイク。何かありそう。」


少なくとも、自然じゃない。


「面白そうな事してるね……」


数秒だけ考えて、


肩をすくめる。


「オスカーが何か遊んでるのかな?」


無駄に凝ったことが好きそう。

でもこんなハッカーみたいな技は知らないと思うんだけど。


「違う」


メイの勘だ。オスカーはこんな事しない。



「ステラ・ヴィアを介して何処かに何か送ってる?」


口元が少しだけ上がる。


完全に、興味の顔。


メイの指が動き始める。


軽い。


迷いがない。


階層を潜り、


監査領域を抜け、


キャッシュログを拾い上げる。


流れるような操作。


まるで、最初から構造を知っているみたいに。


「……へぇ」


小さく漏れる。


悪くない。


むしろ、かなり高度な技だ。


「……誰?」


その瞬間。


メイの目の色が、少しだけ変わった。

こんなの私じゃなきゃ見逃してるんだからね。


退屈潰しが、


“探索”に変わる。


メイは椅子の背にもたれながら、薄く笑った。


「……さてさて」


ログを追う。


痕跡は小さい。


かなり丁寧に隠してある。


でも——


「隠し方が綺麗すぎるんだよね」


ノイズに埋めている。


負荷も極小。


検査を前提にした作り。


つまり、


「素人じゃない」


指先が軽やかに走る。


監査ログ。

キャッシュ。

遅延記録。


表から裏へ。


裏から、さらに奥へ。


「……何送ってるのかな?」


通信量そのものは大したことがない。


問題は“形”。


断片化。


周期の揺らし。


しかも、


「……わざと検出ライン避けてる?」


そこまで見えて、メイの口元が少し上がる。


「へぇ」


面白い。


ただの悪戯じゃない。


ちゃんと頭を使ってる。


「……OEDが何か仕掛けてる?」


可能性はある。


こちらのログを解析してステラ・ヴィアの情報を見ようとしている可能性はある。すでにいくつかのボットは確認しているが、特に問題はないものばかりだった。あるいはメイが無害なものに改ざんしたプログラムもあったが。


「見逃しちゃったのがあったかな」


でも——


違う?


「なんとなく、勘なんだけど」


もっと機械っぽいというか・・・


これは違う。


むしろ、


「……人間っぽいんだよね」


小さく呟く。


誰かが一人でコソコソやってる感じ。


その瞬間。


メイの目が細くなる。


「……ふーん?」


面白い。


実に面白い。


誰かが、


自分の目を盗めると思っている。


その事実が。


「そんなことされたらさぁ」


メイは端末に頬杖をつく。


楽しそうに。


「私が丸裸にしたくなるじゃん」


指が止まらない。


ログの海を泳ぐみたいに、


痕跡を拾っていく。


わずかなズレ。

タイミング。

負荷の癖。


「……あ」


小さく漏れる。


今、一瞬。


“人間の癖”が見えた。


完全自動じゃない。


調整している。


リアルタイムで。


「……いるねぇ」


笑みが深くなる。


まだ誰かは分からない。


でも、


確実に“誰か”がいる。


「……いいよ」


メイは楽しそうに目を細めた。


「どこまで隠れられるか、遊ぼっか」


その声は軽い。


でも、


獲物を見つけた捕食者みたいだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ