(五十四)秘められた禁足地③
「残念だが、この程度で我らは死なん。首を切り落とせ」
蒼白な顔色で、騎士団長は血と一緒に吐き捨てた。右を下にして床に横たわった腹部からは内臓の一部がはみ出し、右肘下の切り口からも大量に出血している。普通の人間なら瀕死の重傷だ。だが、リングマスターの契約が有効でこの島に居る限り、頭部を完全破壊されなければ、不老不死の彼らに死は訪れない。
「そのくらい知っているさ。君にはリングマスターの罪を証言してもらう」
白猫は騎士団長の首に剣を突き付けながら、リリィーナへ目配せした。
リリィーナはラリゼル姫を連れて祭壇へ上がった。倒れている黒騎士の体を避けて、祭壇の後ろの扉へ行きついた。
「ラリゼル姫、扉を開けてください」
リリィーナに言われるままに、ラリゼル姫が扉のノブに手を掛けた。
扉は音も無く内側へ開いた。
リリィーナと白猫の注意は扉の奥に向けられ、倒れて動かなかった騎士団長から完全に視線が離れた瞬間だった。
風を切る音がした。
ラリゼル姫が声も無く仰け反った。
リリィーナは、ラリゼル姫が倒れる前に、抱き留めた。
その背に突き刺さった短剣を見、騎士団長を見た。
「手に入らぬならば、いっそ……」
横たわって動けないと思っていた騎士団長は頭をもたげ、短剣を投じた左手を伸ばした姿勢で呻いた。
そのとき、リリィーナの腕の中からラリゼル姫が忽然と消えた。だが、――――リリィーナも白猫も、眉一つ動かさなかった。
「どういうことだ、姫は……姫は、どうなった?」
己の道連れにせんとして殺害を目論んだ騎士団長だけが、蒼白だった顔色を紙のように白く変えた。血を吐きながらの問い掛けには、リリィーナも白猫も答を与えなかった。
「思惑が外れて残念だったな。姫はここにはいない。お前の罪が増えただけだ」
リリィーナはラリゼル姫の姿が消えた場所から、子指の先ほどの人形を拾い上げた。小さすぎて、騎士団長からは何も見えなかっただろう。
「貴公は境海の悪魔に成り果てたとみえる。その方がわたしも躊躇わないで済むが、殺しはしない」
白猫が、剣の先で騎士団長の左の肩口に触れた。ギチリ、と騎士団長は全身をこわばらせ、白目を剥いて失神した。それでリリィーナには、白猫が恐ろしく強度の拘束魔法を掛けたのだとわかった。人形とは言え、ラリゼル姫を傷つけた者を許せなかったのだろう。
だが、白猫は、ギロリと横目でリリィーナを睨んだ。
「なぜ、短剣を止めなかった、リリィーナ?」
「そっちこそ」
「今日はえらく機嫌が悪いな」
「君のせいだぞ。心当たりを思い出して反省しろ」
「匠の館の件だな。人形でも、今のはこたえたよ。黒騎士たちは先に待機所へ引き渡してくる。でないと素手で八つ裂きにしそうだ」
白猫は黒いマントを翻すと、倒れていた黒騎士三人ともども消え去った。
リリィーナは右手の銀の短剣を長剣に変化させ、重い扉をゆっくり押し開いた。
眩しいほど白い部屋だった。
さっきの祭壇の間が舞踏室ほどの広さなら、ここはその半分くらいしかない。
どこかで、ぴちょん、と水音がする。
純白の部屋の中央に、黒ずんだ赤い染みが見えた。
血だらけのエプロンを付けた人が、白い真珠質の玉座に腰掛けている。その両手は力無く肘置きに置かれ、顔はガクリと前に俯けられていた。
トイズマスターだ。真珠の玉座にロープで縛り付けられている。
と、玉座に近付こうとしたリリィーナは、あと一メートルの処で床を蹴って後ろに跳び、扉近くまで後退した。
玉座を囲むように、真珠色の大きな棘が何本も生えていた。一本一本がリリィーナの膝に届くほど長く、尖端は針のように尖っている。
「お待ちしておりました」
椅子の背の後ろから、くの字に体を曲げた白髪の老人が現れた。




