(五十二)秘められた禁足地①
リリィーナは柱の影でピエロの服を脱ぎ捨てた。下はいつものネイビー・ブルーの三つ揃いだ。
廊下の南から、紅白縞の衣装をつけた、背の高い黒髪のピエロがやって来て、「リリィーナ」と呼んだ。大広間の各所にいるピエロは、白猫とラリゼル姫のダンスが終わった時間帯に局の人員と入れ替え済だ。
「そのオルゴールを預かろう。待機場所のヒルダおばさんに届けて来るよ」
彼は白いピエロの無表情な仮面を左手で外した。リリィーナよりは少し年長の、黒い目をした精悍な青年の顔が現れた。
「よろしく頼む、フェルカー」
リリィーナはオルゴールの小箱をフェルカーに渡した。このオルゴールを持ち歩くのはさすがに危険が高い。手間だが一度匠の館に戻り、トイズマスターが準備していた安全な金庫に隠そうと思っていたから、好都合だ。
「トイズマスターが行方不明だ。わたしはこのラリゼル姫と一緒に、王城の禁足地に行ってくる。リングマスターもそこにいるはずだ」
「内偵の連中にも確認できなかった、あの場所か」
かく言うフェルカーも、内偵のため数日前に潜入した局員の一人だ。リングマスターと取り引きした内容は、最低ランクの金銭取り引きによる期間契約だが、リングマスターの魔法の印が付けられているため、島内での行動は多くの制約がされていた。
「次の船は一時間後だ。掃除屋の連中が到着する。一人で行くより待った方が良いんじゃないか」
フェルカーの眉間に縦皺が寄った。他の局員にもそれぞれ一斉捜査での役割がある。現時点で、リリィーナのサポートとして共に行動できる局員は、いない。
「時間が無いんだ。リングマスターはトイズマスターと入れ替わろうとしていた。たぶん、トイズマスターは殺される」
「わかった。無理するなよ」
念のため、そっちに行く応援を要請しておく、と約束して、フェルカーは立ち去った。
これからどこへ行くの、とラリゼル姫が訊ねてきた。
「王城の地下に、ハーレキンしか入れなかった禁足地が在ります。そこに境海の悪魔フィクス・タルトウの本体が隠されている……と、我我は考えています。急ぎましょう。リングマスターは健在だが、魔法の象徴だったハーレキンが壊れたから、時間が経てば王城の幻惑の魔法も弱まる。魔法だけで支えられていた色色なものが崩れ始めています」
リリィーナは回廊を北へ進んだ。北のどん詰まりにある白い扉を開けて、回廊から抜け出した。ここまではピエロも自由に行き来できるスペースだ。
さらに長い長い廊下を進む。
夜会ドレスのラリゼル姫が一緒なので走れない。
シャンデリアや金銀の装飾で華やかだった回廊とは打って変わって、今度の廊下は薄暗い。灰色の石壁が剥き出しだし、灯りは魔法のロウソクか、壁にポツリポツリと嵌め込まれている特別な発光する石の煉瓦だけだ。
叶う限りの早足で角を二つ曲がったら、真正面の突き当たりに黄金の扉が見えた。
リリィーナは、黄金の扉に、右手の平を向けた。黄金の扉は、肉眼では見えない魔法の光で包まれている。扉を閉じているのは魔法の鍵だ。
リリィーナの横でラリゼル姫は息を切らしながら、黄金の扉を見上げた。
「ここは?」
開けてください、とリリィーナはラリゼル姫に頼んだ。
「王の居室です。王と女王にしか開けられません」
黄金の扉はラリゼル姫の小さな手が触れると、音も無く内側へ開いた。
リリィーナは、ラリゼル姫より先に室内へ踏み込んだ。ハーレキンは可動を停止したとはいえ、危険の可能性が無いわけではない。魔法のトラップや留守居を護る者が残されているかもしれない。
「ここがハーレキンの部屋です。人形にも休息場所は必要だから」
王の部屋と言うには簡素すぎる白い壁と最小限度の白い家具しかない室内の、クローゼット横の壁に、これだけは夜空の星よりも華やかな青の衣装が一着だけ、吊り下げてあった。代えの衣装だろう。部屋の主は人形であったがゆえに、生活臭はまるで無い。さながら廃墟となった建物を連想するような、無味乾燥さだ。
ラリゼルが珍しそうに部屋を眺めている間に、リリィーナはクローゼットの扉を開けた。
奥にもう一つの隠された扉があった。
リリィーナは扉を開け、地下への階段を覗き下ろした。
「この階段の下にフィクス・タルトウの神殿があります。トイズマスターはそこにいるはずです」




