(五十)真実の姿は②
回廊だから、どこかで廊下は繋がっている。
二回目に右へ角を曲がったとき、右目の端にチラリと青い衣裳が見えた。
ハーレキンだ。
小走りに追ってきたハーレキンは、ラリゼル姫、と大声で呼んだ。
「良かった、まだ居てくれたんだね。てっきり匠の館に帰ったと思ったよ。皆が女王を待っているよ。大広間に戻ろう」
「いいえ、わたしは戻りません」
ラリゼルはせいいっぱいの威厳を込めて拒絶した。
「せっかくこの島の女王にしてあげたのに、どうして僕から逃げるの?」
ハーレキンは媚びるように甘い声で微笑みかけてくる。ハーレキンにはどうしてラリゼルが逃げ出したか、理解できないのだ。
ところが、嬉しそうに目を細めていたハーレキンは、ラリゼルの後ろにひっそり立つリリィーナが目に入ると、たちまち表情を険しくした。
「お前、勝手に仮面をはずして……姫君から離れろ!」
初めて聞く荒荒しいハーレキンの怒鳴り声に、ラリゼルは怖くなった。リリィーナの陰に隠れようとした。
リリィーナはすばやく仮面を装着した。ラリゼルの肩を掴むと、ハーレキンの前へ押し出した。
「ええ!? ちょっと待って、何をするの?」
ラリゼルが体をよじると、リリィーナはラリゼルの耳元に囁いた。
「ハーレキンに愛していると言ってください」
「おい、お前、なにしてるんだ、ラリゼル姫、こっちへ来るんだ」
ハーレキンが睨みつけてくる。
「あ、愛し……って、急に、どうして?」
ラリゼルはリリィーナとハーレキンを交互に見た。
「本物の姫君が言わないと効果がないんですよ。さあ」
リリィーナは両手でラリゼルの背中をグイグイ押してくる。
ラリゼルは否応なく、ハーレキンの前に立たされた。
それだけでハーレキンは、無礼なピエロのことなどコロリと忘れたらしい。いそいそとラリゼルの両手を手を取った。ギュッと握り締めて、指先に口付ける。薔薇の香りがふわりと薫ってきた。ハーレキンの吐息だ。
「君こそ僕の永遠の恋人、ただひとりのコロンバインだ。君を愛している」
ハーレキンは熱に浮かされたように告白してきた。
よく臆面もなく、そんな歯の浮くような科白が言えるものだ。しかも、言った本人が自分に陶酔してうっとりしているなんて、見せられているラリゼルの方が恥ずかしい。
助けを求めてリリィーナを振り返っても、リリィーナはピエロの召使いになりきって控えている。その頭がかすかに動いた。催促されている。
『早く、例の言葉をお言いなさい』
――そんな!? 心の準備ができてないわよ!!!
どんなふうに言うべきか、それが問題だ。
ラリゼルがぐるぐる考えていると、脳裏にポンとトイズマスターの顔が浮かんだ。
『偽りの愛の言葉は最強の破壊の魔法なんだ』
ラリゼルがハーレキンのことを愛していると言えば、それは嘘。嘘だとバレなければ、ハーレキンは喜ぶだけだろうに、破壊の魔法とは何のこと?
確かにその理由を探りたいなら、このシチュエーションは絶好だけど。
ハーレキンの冷たい手がラリゼルの頬をはさんだ。
薔薇の香りの吐息がラリゼルの顔にかかる。
ハーレキンの喜びに輝く顔が近付いてくる。エメラルドの瞳にじっと魅入られると、嫌悪感が嘘のように引いた。
――あれ? 何か変だわ。どうして冷静な気分になっているのかしら。
ハーレキンの美貌が間近に迫っても、精巧な造花を手に持った時のような無機質さしか感じない。キスされそうなのは危険のうちに入らないの?と、リリィーナに訊きたくなった。
必死で抵抗しなかった理由は、自分でもよくわからなかった。もしかしたら――ハーレキンのエメラルドの瞳と、その美貌のどこかが――あの『白猫』に似ているような気がしたせいかもしれない。
――今なら言えるかしら?
「ええ、わたしも、愛しているわ」
微笑むハーレキンの唇が、ラリゼルの唇に触れようとした。
ラリゼルが息を止めたのは、薔薇の芳香にむせかえりそうになったからだった。
だが、ハーレキンの薫る吐息は、その時、止まった。




