(四十九)真実の姿は①
ラリゼルは大広間を囲む回廊に出た。
一瞬、右と左のどちらに行こうか迷う。勘で、右を選んだ。
誰もいない回廊には見張りのピエロもいない。大広間に詰めているのだ。
でも、どこへ隠れれば良いのだろう。
こちらから外へ出られたかしら?
匠の館があるのはどっちなの?
だが、この島でハーレキンに入れない場所は無いのだ!
ふいに、右横から伸びてきた手がラリゼルの右手首を掴んだ。
柱の陰に引きずり込まれたラリゼルは首を竦め、ギュッと目を閉じた。
「だいじょうぶ、わたしです」
大人と少女の中間にある、ちょっと低めのアルトな声音。
リリィーナの優しい手がラリゼルの頬に触れた。
嘘のように恐怖が治まったラリゼルは、目を開けた。
涙で滲む視界にリリィーナの顔。と、その首から下が、紅白縞の衣装なのが見えた。リリィーナはピエロの服を着て左手にはピエロの白い仮面を持っている。
ラリゼルは堪えきれずに吹き出した。
「なあに、その格好は?」
ひとしきり笑うと体の震えも治まった。リリィーナの顔を見て安心したからだ。
「もちろん、変装ですよ」
不思議探偵リリィーナにしては珍しく苦みばしった声だった。
ラリゼルは目尻にこぼれた涙を白手袋の指先で拭った。魔法でまとっている衣装だが、白い絹の手袋は布らしく水分を吸水してくれた。
「ご安心を。ハーレキンは姫君に何もできません。もちろん、ピエロたちもね」
リリィーナは右手の人差し指を唇の前に立てた。
「それは!? 何かあるの?」
そういえば、誰もラリゼルを探し来ない。玉座周辺にはハーレキンの側近を務めるピエロ達が控えていたし、大広間の警備役のピエロ達は、いっときは全員が白猫を追って行ったが、すでに戻って来たはずだ。
「子どもたちを保護するために、局員が複数のピエロと入れ替わっています。知らない大人が急に現れて、混乱させないようにね」
リリィーナはポケットから青い香水瓶を出した。
トイズマスターがリリィーナに――正確にはリリィーナに変装していた白猫に――手渡していた物だ。では、リリィーナはここへ来る前に、白猫に会ったのだ。
「私が出会ったピエロは全員、トイズマスターの作ったこの睡眠薬で眠らせました。原料がこの島の植物なので、島を包むリングマスターの魔力には異物と認識されずに使えるんです」
リリィーナは、こちらへ来てください、とラリゼルの手を引いた。
ラリゼルは「ちょっと待って!」と、廊下を振り返った。
「その前に友だちを助けて。今は子豚だけど、本当は女の子なの」
ここは西の廊下。子豚がいるのは東の廊下だ。
子豚になった白雪姫を隠した柱は、大広間の反対側にある。
回廊に面した扉は開放されているから、どちらへ回り道をしても、舞踏会場にいる者からは姿を見られてしまう。
「姫は、誰かが変身するところを見たんですか?」
リリィーナは訝しげな目でラリゼルを見た。
ラリゼルは「そうよ」と頷いて、リリィーナと目が遭った。極めて冷静な、非情な眼差しだ。ラリゼルが他にも何度か会ったことのある局員の、万課員の目だ。それで理解した。
リリィーナはこの島のことを詳しく知っている。
なぜなら、局の調査は以前から進められていたからだ。元局員の不思議探偵も、夜の遊びの国の呪いの内訳は周知の事実だった。局が一斉捜査をするために、来られなかっただけ。
ラリゼルは涙が溢れた。リリィーナの顔が滲む。やるせない哀しみと憤りで胸が詰まり、言葉が出なくなった。
「その子を探しに行きましょう。あちらの、東の廊下ですね」
リリィーナは冷静に左右を確認し、右の方へラリゼルを導いた。




