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境海の不思議探偵リリィーナ『夜の遊びの国』  作者: ゆめあき千路


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(四十八)女王コロンバイン

 舞踏曲は止んでいた。

 ラリゼルが玉座へ向かって歩いて行くと、大広間を埋め尽くしている子どもたちが次次と振り返り、通り道を開けた。

 正面の、一段高く(しつら)えられた玉座から、昼間よりもさらに豪奢な青の装いを()らしたハーレキンが、ラリゼルを手招(てまね)いた。

「ようこそ姫君、こちらへ来て。さあ、僕の(そば)へ」

 しかたなしにラリゼルが玉座のコーナーまで昇ると、ハーレキンはラリゼルの両手をとった。白い指先は大理石の彫刻のようにきれいだ。そして絹の手袋越しにさえ氷のように冷たかった。


「美しいラリゼル姫。君こそが僕の真実の恋人、永遠のコロンバインにして、この島の女王だ。僕が君に永遠の時間をあげる。終わることのない夢の中の夢、無限の時を過ごせるように」

 ハーレキンはラリゼルの目を見つめ、熱っぽく言った。


「それ、どういう意味なの?」

 さっきの科白(せりふ)でコロンバインの宣言は終わったのよね。と、ラリゼルは冷静に考えて、ジリジリと逃げ出す準備に掛かっていた。


「この島にいる限り、君はけっして年を取らずに、永遠に美しい少女のままで過ごせるんだよ」

「そんなの不可能だわ」

 ラリゼルは手を引っ込めようとしたが、ハーレキンは放さなかった。

「これは大昔からある、契約の魔法なんだ」

 ハーレキンはラリゼルの両手を優しく握りしめて言葉を続けた。


「この島で子どもたちが遊び続ける限り、若さと活力は供給され続ける。そして、リングマスターと特別な契約を交わした者たちには、尽きることのない若さと生命力が与えられるんだ。特別なピエロや、リングマスターに永遠の忠誠を誓った黒い騎士たちのようにね」


 ドクン、とラリゼルの心臓が大きく()った。

 ハーレキンの話はラリゼルの記憶の奥深くを刺激した。

 ラリゼルの耳の奥で、(いにしえ)の物語の始まりが(よみがえ)る。


『むかしむかし、あるところで……』

 それは、いつかどこかで耳にしたおとぎ話だったのだろうか。

 それとも学校の図書室で読んだ古い童話だっただろうか。

『悪い魔術師が子供達を(さら)いました。その魂と引き換えに、悪魔から永遠の若さと命を手に入れるためです』

 それは、悪魔に()(にえ)(ささ)げる黒い魔術だ。


 ラリゼルは全身が凍りついた。ハーレキンの緑色の目は宝石のように美しい。エメラルドの海に吸い込まれそうで、瞬きすらできない。

 そんなラリゼルとハーレキンを、たくさんの目が見つめている。攫われてきた哀れな子どもたち。今のハーレキンの告白を聞いていたのに、子どもたちの、舞踏会を楽しむ最高の笑顔は崩れない。

 ただ、玉座に注目する視線は(うつ)ろで、祝いの拍手は一定のリズムを叩き、ハーレキンの眼差し一つでピタリと止んだ。

 まるで精巧に作られた(マリ)人形(オネツト)のごとく。自分たちの意思が無いに等しいのだ。悪魔に魂を奪われるとは、このような状態のことではないか?

 

 ラリゼルは、寒くもないのに体が震えた。本能の深淵から這い上ってくる恐怖を感じる。ハーレキンを見た者はその美しさに惑わされるように、タンゲイトーの存在理由も、無邪気な子どもたちが遊ぶ遊園地によって隠されているのだ。


「夜の遊びの国は……そのために(つく)られたの? 子どもたちが必要な、本当の理由は……その目的は…………」

 ラリゼルが訊こうとしたことを真実を、ハーレキンは珍しく察して答えてくれた。

「そう、永遠の夢の国を維持するためだよ。タンゲイトーが存在する限り、創造主であるリングマスターの力は尽きることなく、ともに生きる者たちにも死はけっして訪れはしないんだ。ここは人間が夢見る理想郷の具現なんだよ」


 それが夜の遊びの国の邪悪な呪いの正体、昼間に黒騎士団の団長が、ラリゼルにほのめかした契約の秘密とはこのことだったのだ。


 ラリゼルは勇気を振り絞った。このまま恐怖で何も言い返せなければ、後で絶対に後悔するはずだ。

「ハーレキン、あなたはそれを何とも思わないの? 本当にあなたは魔界の創造主リングマスターで、境海の悪魔なのね。これが……夜の遊びの国の真実なんだわ」

 やっと出せた声はひどく(しわが)れていた。口の中がカラカラだった。肌の表面が冷え切っている。身体の芯からぬくもりを奪われたようだった。


 ハーレキンは優しく微笑んだ。

「いや、君はまだ、すべての真実を知らない。でもね、知らなくていいんだよ。僕はハーレキン、この国の王様で、君はコロンバイン、女王になるんだ。君はほかの女の子とは違う。たとえ天空に月が何度巡(めぐ)ろうとも、君はそのままの姿で僕のそばにいて、永遠に、一緒に暮らすんだ」


 ハーレキンはラリゼルの感じている恐怖を理解できない。それこそ月が天空を何度巡ろうとも、美しい姿も無邪気な残酷さも変わらずに魔の王国に君臨し続ける、境海の悪魔なのだ。


「僕は君の恋人だよ、ラリゼル姫」

 ハーレキンはラリゼルの右手の甲を持ち上げ、口づけしようと軽く目を伏せた。

 その瞬間、エメラルドの瞳の魅惑が消えた。

 ラリゼルはハーレキンの手を振り払い、ドレスの裾を蹴り飛ばして、びっくりしている子どもたちの間を駆け抜け、右側の扉から廊下に出た。


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