(四十二)幻影戦①
海賊を満載した上陸用短艇が次次と海に下ろされていく。海面に到達すると、何本ものオールが力強く上下し、海岸目指して漕ぎ出した。
「あれれ、あいつら、乗っていっちまったのに、俺達の船の短艇はそのまま残っているぞ?」
船員達は不思議そうに遠ざかる短艇を見送った。
海賊が幻なのと同じく、海賊を満載した短艇も幻だ。リリィーナが魔法で本物の短艇から色付きの影をちょいと拝借した。
短艇は海岸に上陸した。
海賊のリーダー格が指揮を執り、ボートを砂浜に引き上げる。
さあ、上陸作戦の展開だ。
満月の光に海岸の砂が明るく白い雪のよう。
海賊達の携える刃物のきらめきが陸を移動して行く。
突然、海賊達の動きが慌ただしくなった。
左右に散らばり、岩陰に隠れるや、それぞれの武器を構えた!
「来たぞ、黒騎士団だ!」
白い女神号では、トップマストの上に居る見張りの合図に、皆が一斉に海岸の西側に注目した。
白い砂浜の向こうに黒点がいくつも現れた。たちまち大きくなったそれは、黒い馬を駆る黒衣の騎士団だ。馬の蹄が砂を蹴ちらし、馬上で抜かれた長剣が月光を浴びてギラリと光った。
海賊達は雄叫びを上げて突撃していった。
黒い騎馬が散開する。
振り回される刃が白く閃き、剣戟が始まった。
「さすがに早いな。敵を迎え撃つ準備は万端とみえる」
リリィーナはマントの中へ剣を仕舞った。
手すりを乗り越え、飛び降りる。海面までおよそ十四、五メートルの距離を落ちて、とん、と海面に着地した。魔法を行使しているから海面は地面と変わりなく固い、が、波は波だ。靴裏の下で、さざ波が、ゆらり、ゆらりと揺れている。
リリィーナは海面を走った。
岸まで百メートルばかりの距離を、一滴の海水にも濡れることなく、一気に駆け抜ける。
東西に数キロに広がる長い砂浜で、リリィーナが砂浜の東の方に着いたとき、西の方での剣戟は佳境にあった。
海賊と黒騎士団の戦いでは、海賊はなんとかして内陸へ進もうと押し、黒騎士はそれを阻んで馬上から剣を振り下ろす。
タンゲイトーへの侵入者は、この砂浜を運良く抜けたとしても、奥地への路にはすべて魔法の障壁が張られており、そこで確実に足止めされる。
海岸からさほど遠くない場所の木木の隙間から、立派な建物の屋根がわずかに覗く。海上の船からでも双眼鏡を使えば確認できるその村は、黒騎士団の駐屯地だ。
タンゲイトーの内情を知らぬ者には、島を支配するリングマスターが住まうにふさわしい豊かな村に見えるだろう。
鋼の打ち合う、ひときわ高く澄んだ音が響き渡った。
その直後、突拍子もない大音声がした。
「こいつらは幻だ。惑わされるな、奴らの狙いはラリゼル王女の奪還だ。半数は王城の護りをかためよ! 急げッ!」
黒い騎士団長の鋭い指令と共に、ひとりの海賊の首が、飛んだ。
宙を舞い飛んで砂の上に落ち、消えてしまった。同時に胴体も消え失せる。
騎士団長の指示にしたがい、海賊の相手をしていた黒騎士どもが、剣戟を早早に切り上げ、来た方へと引き返し始めた。
まっすぐ遊園地へ続く道を、騎士団長とともに黒騎士の三分の一の騎馬が走り去る。海岸に残った黒騎士の騎馬十数騎に、海賊が群がった。
月光で作られた幻とはいえ、海賊の武器の鋭さは本物だ。馬から引きずり下ろされた黒騎士は傷を負って仲間にすがって撤退した者も出始めた。
「ふうん、意外に早くバレちゃったな。さすがは魔導騎士の長だ」
海賊はまだ一人も死んではいなかったのに、こうも早くめくらましを看破するとは、まともにぶつかればやっかいそうな相手だ――――リリィーナはチラ、と月を見上げた。
海賊の幻が活躍できるのは、月が夜空にある間だけ。あるいは首を切り落とされるなど、見た目にも死が確実な致命傷を与えられたら、消滅する。
リリィーナは戦闘を尻目に、海岸の東から内陸を目指して走った。黒騎士の駐屯地を迂回することになるが、遊園地の方へ抜けられる道がある。黒騎士団が島を一周して見回る時に使う裏道だ。
後方で蹄の音がした。
黒騎士が一騎、追ってくる。続いてもう一騎が追走してきた。




