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境海の不思議探偵リリィーナ『夜の遊びの国』  作者: ゆめあき千路


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40/65

(四十)ジョリーロジャー

 ラリゼル姫がトイズマスターに送られ王城へ入った頃、正真正銘の不思議探偵リリィーナは、まだ海の上にいた。


 港湾都市を出発する前に、リリィーナは港の市場で、新聞売りの少年から五社の新聞を購入した。

 境海世界のこの階層で、情報の媒体は、新聞などの印刷物が主だって流通している。地球の歴史と比較すれば人人の生活水準や文化程度は、十九世紀末から二十世紀初頭の英国や欧州の文化程度に似通っていた。


『不思議探偵リリィーナ、魔術で化け物ガニを退治する』

『港町の酒場で魔術決闘。不思議探偵リリィーナが境海の魔術師を逮捕』

『不思議探偵、魔の海の探索へ。伝説の魔界探しか』


 新聞の第一面を飾るのは、全部不思議探偵リリィーナの関連記事だ。


「まあ、こんなものかな。今回は局の記者にもコメントは出していないし」

 リリィーナは新聞を畳んだ。


 港湾都市は中継地点だ。境海の海運貿易の主要都市であり、第ゼロ次元の多次元管理局と親交もある。指名手配犯の引き渡し条約なども結んでいる、境海世界の先進国だ。

 港湾都市のメディアが扱う情報は多次元管理局を始め、境海世界の多岐の階層に渡る。境海世界の人人は魔法や魔術、魔界の噂が大好きだ。怪しい噂は人が想像する以上に拡散する。

 新聞や雑誌のような情報媒体は時として境海すら越え、はるか遠くへ旅に出るのだ。


 リリィーナは読み終えた新聞を、バルディ船長に譲り渡した。

 この船で焚き付けにならなければ、この新聞もまたバルディ船長からこの船の船員の手を経てからどこかの港で、また別の手に渡って読まれるだろう。もしかしたらリリィーナよりもずっと遠くへ旅するかもしれない。

 

 今頃は、そんな遠い国国の新聞や雑誌の記者が、不思議探偵リリィーナとタンゲイトー探索の裏付けを取るために、白く寂しい通りと多次元管理局へ向けて派遣されていることだろう。



 リリィーナが乗り込んだ船は全長三十二メートルの大帆船だ。三本のうち一番高(トツプ)帆柱(マスト)のてっぺんには、黒地に白抜きの髑髏(どくろ)マークが(ひるがえ)る。見間違えようもない海賊旗(ジョリーロジャー)だ。

 これは海賊船なのだ。


 水平線に陸地の影が現れた。

 境海の西方、魔の海として名高い海域にある小島タンゲイトーだ。夜の遊びの国と呼ばれる伝説の魔法王国。島の切り立った岸壁が、雲間の月明かりに白く浮かび上がった。


 舵輪の前で、リリィーナとロム・バルディ船長は、双眼鏡で、タンゲイトーの岸壁の様子を確認した。

「よーし。帆はトップを残して、他は巻き上げておけ」

 バルディ船長の指示に、船員たちがキビキビと動き出す。帆柱から甲板に張られた蜘蛛の網目のような横静索(シュラウド)を昇って帆柱に取り付き、帆を吊り下げた帆ゲタに並んだ。滑車のロープが引かれ、慣れた手つきでいっせいに帆を畳み上げていく。


 バルディ船長はパイプに火を付け、一息煙を吐いた。

「偽装でも、また海賊旗を(かか)げようとは夢にも思わなかったよ。それにしてもあのタンゲイトーに一人で乗り込もうとは、女性なのに大した胆力(たんりょく)だね」

「仕事ですからね。そういうバルディ船長こそ、よくここまで来てくれましたよ」

 リリィーナはフードを外した。黒髪が潮風に乱され、肩でフードがはためいた。

「実のところ、他の船にはことごとく断られたんです。本物の海賊にも打診しましたが、返事を聞く前に逃げられました」

「そりゃそうだろうな。なにせ行き先がタンゲイトーだ。裸足で逃げ出すさ」


 バルディ船長は、この階層の境海では、けっこう有名人だ。

 この「白い女神号」は元はある大金持ちの個人船だったのを、カードの勝負で勝ったバルディ船長が商船に改造したモノだった。他にも境海世界の境目にある外海でシーサーペントを退治したとか、本物の海賊船と遭遇した際には返り討ちにしてお宝をぶんどったとか、いかにも七つの海を巡る船乗りらしい逸話(いつわ)には事欠かない人物だ。


 がっはっは、と船長は豪快に笑った。

「オレは境海の悪魔より、借金の方が怖いんだ! この前の航海で船荷の果物が全部(くさ)っちまって、大損害を出したからな。あんたから前金をもらわなきゃ、船を差し押さえられるところだったんだ。多次元管理局が金を出してくれるんなら、不思議探偵一人くらい、何度でも運んでやるよ」

 バルディ船長はリリィーナを窓口として多次元管理局と契約した。リリィーナが船を下りた後も、バルディ船長は、引き続き局の仕事をする。

 夜の遊びの国が解体されれば、救出された子どもたちを故郷に帰してやらなければならない。たくさんの人手と境海を渡る船も必要だ。今回は、バルディ船長を局に紹介したスカウト料がリリィーナの(ふところ)に入ってくる、一石二鳥の臨時収入だ。


「それは助かります。でも、わたしもタンゲイトーへ上陸するのは、一度で十分ですよ。それよりバルディ船長こそ、わたしが聞いた(うわさ)では、じつは海賊時代にタンゲイトーに乗り込んだ経験がおありとか?」

 リリィーナがさりげなさを装って訊ねると、バルディ船長は照れくさそうに小さく咳払いをした。


「そりゃ、三十年以上も昔の話だよ。若気の至りで海賊らしく振る舞おうとしてたんだ。そんなとき、リングマスターが貯め込んだ財宝の噂を聞いたのさ。闇にまぎれてあの海岸に上陸したが、あっという間に黒騎士団に撃退されちまった。ま、それが、俺達が海賊稼業から足を洗うきっかけになったがな」

バルディ船長は、ちょい、と鼻の頭を指でこすった。海賊と言っているが、その頃の彼らの活動は密貿易に海賊のヒゲがちょっぴり生えたようなもので、境海のどこにも犯罪者としての記録は残っていない。


「さすがは東の境海で名を馳せた傭兵騎士団だったぜ。こっちの魔法使いは真っ先にやられちまった。俺たちは逃げ出すのが精一杯だった。――――あいつらが東の境海で活躍したのは、もう半世紀も前だ。あの地域での戦乱は終息したし、ああいったグループはメンバーが代替わりすると昔の栄光を失うものだが、こんな島に来ていたとはね。境海世界で流転する人の運命は、境海の海流よりも複雑だ」


「黒騎士団の構成員は、近年、何人か新しく加わりましたが、設立時のメンバーと騎士団長は変わっていません。五十年前と同じ人物です」

 リリィーナの説明を聞いたバルディ船長からおどけた表情が消えた。


「それが本当なら、騎士団長は二百年以上生きていることになるぞ。あいつらは長寿の種族ではなかったはずだ」


「ええ、このままだと、彼らはあの島に居る限り、()いることのない若者の姿で過ごすでしょう。飢えも病気も知らず、死ぬこともなく」


「なんとも薄気味悪い話だな」

 バルディ船長は(くわ)えたパイプをふかし、

「そんなのは境海の彼方の伝説だ。大昔の阿呆どもが、大切な何かと引き換えに、境海の悪魔と契約したという民間伝承だ。まったく、くだらない……」

 バルディ船長が次に口を開いたとき、パイプの煙は絶えていた。「……だったら、あいつらは、その代償に何を支払うんだろう?」

「永遠の罪の烙印(らくいん)を魂に刻みます。ただし、悪魔に頼らず自らの手によって」

 リリィーナは海の彼方を眺めながら言った。


 バルディ船長は火の消えたパイプをくわえたまま、ゆっくりとリリィーナのほうへ向いた。その瞳の奥には恐怖が宿っている。魔界タンゲイトーの恐るべき真実を告げられたからではなく、そのすべてを承知しながらもタンゲイトーに乗り込んで伝説の魔人を捕らえんとする、リリィーナへの畏怖かもしれなかった。


 手すりの外へ灰を捨て、バルディ船長は、パイプに新たな煙草を詰めた。燐寸(マツチ)を擦って火を点けると、長い時間をかけて、細い煙を吐き出した。

「オレなら願い下げだぜ。行き着く先は海賊稼業よりひどい地獄だ」

 白い女神号は、ゆっくりと海岸に近付いて行った。

 そろそろ停船する頃合いだ。

 これ以上の浅瀬(あさせ)に進めば船は座礁(ざしょう)する。


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