(三十七)局員の内偵②
どうもリリィーナとトイズマスターのやりとりは不可解だ。ラリゼルが帰って来るまでに、二人で何を話していたのだろう。
ラリゼルは二人の様子を注意深く観察した。何かとんでもない裏がありそうな気がする。それに、リリィーナまでが、ハーレキンを安全だと思っているなんて、あんまりだ。ハーレキンの正体は境海の悪魔リングマスターかも知れないのに、そんなヤツの傍に一時でも引っついていろなんて、残酷すぎる。
なのに、トイズマスターもうなずいていた。
「そうとも、今夜の大舞踏会では、ハーレキンは姫を自分のパートナーの女王コロンバインに選ぶはずだからね。これは一夜限りのゲームだよ。割り切って参加してみれば、面白いと……」
「嫌です」
ラリゼルがきっぱり断ると、リリィーナとトイズマスターはきょとんとした。
「コロンバインになれば、王城で女王になれるんだよ。ハーレキンは自分と同じ権力を恋人に与えるからね。ただ、たいがいの少女は女王として振る舞うことに夢中になって、すぐにリングマスターの寵愛を失ってしまうけど、姫君は別だ。禁足地へ一人で入ることもできるようになるんだよ」
トイズマスターは説得を試みてきた。しかし、ラリゼルにしてみれば、不思議探偵リリィーナが救出に来てくれたのだ。もう自分で危険を冒してまで禁足地を調べに行く必要は無い。
「コロンバインとして女王に選ばれた女の子は、海賊の奴隷商人に連れて行かれるのよ。それが、コロンバインになった女の子が消えていくカラクリで……」
そう切り返してから、ラリゼルは思い出した。コロンバインの話を教えてくれた白雪姫との約束があったんだっけ!
「わたし、大舞踏会に行かなくちゃ、ならなかったんだわ」
はあ、と大きな溜息を吐いて右手で額を押さえた。王城での記憶が次次と蘇る。白雪姫と名乗った、凜とした黒い目の少女……だけど、本当は涙で潤み、押さえ込んだ恐怖が今にもあふれ出しそうだった。
あのとき、すぐに彼女の手を引いて、この館へ駆け込めるかどうかを試してみれば良かったのだ。
「どうしたんですか、急に?」
リリィーナに顔を覗き込まれ、ラリゼルは姿勢を正した。
「王城でピエロに見つかりそうになったときに、囮になって私を助けてくれた女の子がいるの。お互いに無事なら今夜の大舞踏会でもう一度会おうと約束したのよ」
告白したら、少し気が楽になった。身体が重いように感じるのは、リリィーナが来たから安心して緊張が解けて疲れが出てきたのだろう。
「その子とお友だちになったんですか?」
リリィーナが優しく尋ねてきた。トイズマスターはリリィーナに、ラリゼルの話をまだ聞かせていなかったようだ。
「ええ、この国で二人目の友だちよ。一人目の男の子は、私と話していたら子供のままでいる魔法が解けてしまって、ピエロにどこかへ連れて行かれたの。わたしは助けられなかったの」
ラリゼルはきゅっと唇を噛んだ。助けたいのは白雪姫だけではない。コータローや他の子どもたちも、全員だ。そこから先を話すのが辛くて言葉がなかなか出せないでいると、代わりにトイズマスターがここ数日の出来事を説明してくれた。
「…………それで、その子たちに変化が起きた理由だが、ラリゼル姫と一緒にいたからだよ。姫は客人として庇護されているし、姫に生まれつき備わっている魔法の力も外からの魔法をはね返しているからね。他の子も姫の近くに長くいると、遊園地の魔法の作用が弱まるんだろうね」
トイズマスターの話が終わると、リリィーナはトイズマスターに向けていた真剣な眼差しをラリゼルへ向けた。だが、リリィーナの微笑みを浮かべた顔はすぐに、トイズマスターの方へ戻された。
「本当にいろいろあったようですね、トイズマスター。あなたの姫君に対する責任は、後でゆっくり追及するとして」
そう言ってからリリィーナがラリゼルへ見せたのは、ラリゼルが初めて見る、この上なく優しい微笑だった。
「できればすぐにここから連れ出してあげたいが、お友だちとの約束は守らないとね。今夜は王城へ行ってください。あと一つ、姫君に訊きたいことがあります。それを聞いたら、わたしは騎士団に戻ります」
「なにかしら?」
「この国に来てから、姫君が出会った人物について、です」
「ぜんぶ話したわ。抜けは無いと思うけど……」
ラリゼルは首を傾げた。
トイズマスターは沈黙している。
リリィーナは質問を補足した。
「その中の誰かが、本物のリングマスターです」
「わたしたちはリングマスターの正体をまだ掴んでいません。姫君がトイズマスターと一緒に攫われたのは不運な偶然でしたが、リングマスターには幸運だったのです。リングマスターは、遊園地で遊ぶ子どもとは別に、姫君のような存在を必要としているのです」
「ハーレキンがこの国の支配者で王ではないの? わからないわ、境海の悪魔がどんな姿をしているかなんて……」
ラリゼルは混乱しそうだった。怖い思いもたくさんしたが、リングマスターに関わっていたなんて、思いもよらないことだった。
「そうですね。訊き方を変えましょう。ラリゼル姫、これまで出会った中で、一番、嫌な気分になった人物は、誰でしたか」
リリィーナの質問を、ラリゼルはよく考えた。
「それは――――やっぱりハーレキンかしら。奴隷商人の海賊の船長は外の人だから、リングマスターでは無いし」
ラリゼルは正直に答えたのに、リリィーナとトイズマスターは、堪えきれないように苦笑を浮かべた。
「では……あなたの興味を特別に引こうとした人物はいましたか。自分から積極的に話しかけてきた者です。子どもも含めて」
「それもダントツでハーレキンだわ」
「では、出会った大人の中で、一番気に掛かるような言動をした人物は?」
「それなら、黒騎士団の騎士団長かしら。彼との会話で、この島の秘密に関わるような、意味深な内容があったから」
それを聞いたリリィーナは、トイズマスターの方へ顔を向けた。
トイズマスターはさっきから一言も口を挟まない。リングマスターの正体を探る会話は、トイズマスターにとって禁忌に関わるからだろう。
「黒騎士団の身元は、境海世界での履歴を調査中ですが、禁忌に関わる話を自分から話題にできるなら、彼がリングマスターである可能性は考えられます」
「いや、騎士団の人間は……!」
トイズマスターは、パッと口を押さえてうつむいた。
その右手の骨ばった指の隙間から、鮮血があふれ出した。




