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境海の不思議探偵リリィーナ『夜の遊びの国』  作者: ゆめあき千路


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(三十六)局員の内偵①

 ラリゼルは椅子を持ってきてリリィーナの隣に座った。とたんに、何故か落ち着かない気分に襲われた。まるで初対面の人の横にいるような、ぎこちない感じだ。久しぶりに会ったせいだろうか。

「大人は黒い馬車に乗れないはずなのに、どうやって来たの?」

 (たず)ねながら、リリィーナの全身をしげしげと観察する。黒いショートヘア、凜凜しい形容するのがぴったりの整った顔立ち、優しい黒い瞳。藍色の三つ揃いを着こなした、いつものリリィーナだ。


「正式な手続きを経て、昨日の船で上陸したんです。遅くなってすみません」

 リリィーナの声を聞いていると、ラリゼルは白く寂しい通りに戻れたような気がした。暗く(よど)んでいた心が晴れてくる。脱出できるのだという希望が光り出す。

「タンゲイトーに住む人間には魔法のマーキングがされているんです。だから、私が潜入するには、マーキングの無い人間とすり替わる必要があったんですよ」

 リリィーナはテーブルに置いていた黒獅子の紋章入りの剣を見せた。

 黒騎士の剣だ。


 タンゲイトーはリングマスターの魔法で厳しい秩序が(たも)たれている。だが、その機能は完璧ではない。不思議探偵が潜入できる程度に抜け道もあるのだ。


「黒騎士団の団員は、休暇などで境海の港街に来ます。その中の入団歴の浅い団員を一人確保しました。黒騎士は魔法を使えるので、その能力を損なわないよう、リングマスターの印は身体には刻まれないんです。その代わりにリングマスターの魔力を込めた剣を支給されます。初めの厳しい魔法審査さえパスすれば、二度目は疑われないものなんですよ」


 リリィーナによると、街で入れ替わった直後に仲間の黒騎士から少少不審な目を向けられた。だが、完璧な魔法の変装に加え、本物の黒騎士から奪い取った「気配」と「記憶」と「身分証の剣」で納得させたという。

 そうして仲間とともに島に戻り、帰還の挨拶にも行ったが、任務を果たして戻った新参の団員を、騎士団長は疑いもしなかった。自分たちは万全だと信じているがゆえの、致命的な弱点だった。


「魔法の変装は局員の特技ですから。ただし、写し取った記憶は意識の表層だけなので、入れ替わった騎士の親しい友人などにプライベートなことを詳しく訊かれると危険ですがね」


 黒騎士団はパトロールの責務を担うために、島中を行き来できる。下っ端のピエロと違い、専用の居留地に家を持つ彼らは、仕事が終われば自由な時間を過ごせる。今、リリィーナに必要なのは、拘束されずに動ける立場だ。

 ラリゼルはワクワクしてきた。あの白く寂しい通りの不思議リリィーナが捜査している事件の渦中に、自分も居るのだ。今は被害者という立場であっても、魔法大学付属学院に戻ってから級友に話せば、羨ましがるだろう。そう考えれば、ここに幽閉されているみじめな境遇すら冒険談(アドベンチャー)に変わるのだ。


「彼らは総勢三十五人。昼と夜と、半数ずつ交替で島の見回りをします。私は今夜の当番です。もうすぐ交替の時間なので戻りますが、その前に姫君にお願いがあります。今夜の大舞踏会に出席してください」

「王城へ行けというの?」

 ラリゼルは呆然とリリィーナの顔を見返した。希望に満ちた空想は、一瞬で真っ白になった。

「いやよ、あいつの主催する舞踏会なんて、絶対に行かない!」

 ラリゼルは椅子から立ったが、すぐ恥ずかしくなって座った。淑女らしくないことをした。ほら、リリィーナもトイズマスターも、呆れて顔を見合わせている。

「また、ずいぶんと嫌われたものですね。何かありましたか?」

「まあ、それはいろいろと……ね。でも、姫、ハーレキンは姫には親切だし、一緒にいると安全でしょ。今度は舞踏会だから、海賊はいないよ?」

 トイズマスターはハーレキンを、ラリゼルの御守りと勘違いしているようだ。


「わたしはハーレキンが大嫌いなの。彼は狂った道化の王だわ。親切に王城の地下の船着き場へ案内する振りをして、幻獣に変身させられた子どもが奴隷船に積み込まれるのを私に見せたわ。ハーレキンは私の反応を見て、面白がって笑っていたのよ。あいつは最低の人間よ!」


 ラリゼルの激しい憤慨(ふんがい)ぶりに、二人は目を丸くしている。

「ああ、それでか。でも、最低の人間ってのは、少し違う……と思うんだがね、フーム……」

「トイズマスター、姫君は人の本質を見抜くんですよ。それに女の子は魔法の才能とは関係なく、審美眼が厳しいものです。ハーレキンの基本はわがままな子どもですからね」

 ラリゼルが反論しようとしたのを、それまでラリゼルの様子をじっと観察していたリリィーナが代弁してくれた。

「うん、王さまでも、見てくれより中身だね。そいつは手抜かりだったな。まだまだ研究の余地(よち)があるなあ……」

 納得したわりには、トイズマスターの表情はさらに(しぶ)くなった。

「お二人とも、何の話をしているの。ハーレキンの話ではないの?」

ラリゼルは自分だけが間違った見解を述べたような、奇妙な居心地の悪さを味わった。

「ハーレキンのおかげで危険はありませんし、舞踏会は安全です。月に一度の豪華絢爛(ごうかけんらん)な大舞踏会だそうですから、見物するのも良いでしょう」

 リリィーナは(ほが)らかに言った。


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