(三十三)島の探険
ラリゼルの話を聞くうちに、トイズマスターの食事をする手が止まっていた。
「ハーレキンは、わたしを本当の『コロンバイン』にしたいんですって。彼と対になる恋人で女王である存在に。それほどわたしを気に入っているんですって」
ラリゼルは話し続けた。
今日はずっとハーレキンと一緒だった。ハーレキンは親切だった。地底の港で動けなくなったラリゼルを抱き上げ外に出ると、そのまま匠の館に運んでくれた。
「私が喋らないと、彼は珍しい宝石や真珠をプレゼントするから機嫌を直してくれと言ったわ。そんなものはいらない、彼のことなんか大嫌いだと言ったら、『僕には魂が無い。だから、君の言っていることがわからない』って答えたの。その理由は、ハートが無い道化の王さまのハーレキンだからですって。でも、魂が無くても、これからもずっとわたしと一緒にいたいんですって」
ラリゼルはちぎりかけたパンを皿に戻した。スープは冷めていた。デザートにはラリゼルの好きな果物のケーキも用意されていたが、これ以上食べられそうになかった。
「今日はとても疲れたみたい。おやすみなさい」
目を伏せたトイズマスターを冷えた食卓に残し、ラリゼルは自分の部屋に引き上げた。
タンゲイトーは高い山も高層建築物もない、小さな島だ。海から昇る太陽は、あますところなく国中を照らしだす。気象すら魔法で管理された常春の国だ。空を流れる雲が陽をさえぎる日はあっても、けっして雨は降らなかった。
ラリゼルは窓の外を眺めた。朝食が済んだばかりの時間なのに、遊園地には早ばやと子どもが遊びに出ている。
「そういえば、まだ島の東側には行っていなかったわ」
ラリゼルの呟きに、縫い物をしていたトイズマスターの手がハタと止まった。
「海岸があって、船が来ることもあるって、ハーレキンが言っていたわ。この国とは取り引きの無い海賊船らしいけど、境海の悪魔の囚人でいるより、普通の海賊と取引する方がマシだと思うの」
この国から、一刻も早く逃げ出したい。そのためにはあらゆる可能性を探ってやる――――どんなに怖くても、何もしない方がもっと怖い。それが、一晩かけてラリゼルの出した結論だった。ハーレキンの庇護下でラリゼルはタンゲイトーにあるあらゆる脅威から護られているなら、それを逆手に取ってやるのだ。
トイズマスターの返事が無いので、横目でチラッと様子を窺うと、どんよりと顔を曇らせている。
「あー、それはだね、あっちのほうは子どもが行かないように、魔法の障壁が張られているんだよ。いやもちろん、君は通れるよ。でも、あまり危険なことはしない方が良いと……」
「ハーレキンは自由に歩き回って良いと言ったの。わたしなら調べに行けるわ」
するとトイズマスターは縫いかけの布を作業台に置き、ラリゼルの方へ向いた。
「いいや、今回は止めさせてもらうよ。この島は、もともと無人島だったのを、リングマスターがやって来て自分の領土に開発したんだ。子どもたちに危険なものはほとんど存在しないはずだが、それでも未開発の自然地帯には、危険な虫や野生動物がいてもおかしくないからね。向こうには遊園地のような歩きやすい道もないんだよ」
「でも、黒騎士団は海岸の見張りにも行くんでしょう。海岸まで馬が通れる道があるはずよね?」
ラリゼルも一歩も譲らぬ構えで、トイズマスターをはったと見据えた。
トイズマスターの表情が露骨に渋くなった、が、
「姫君、よくそこまで考えついたねと褒めたいところだ。うん、これが魔法大学のテストなら及第点だが、よく考えたまえ。ここで私たちに使える馬はいないし、その道を行けたとしても、確実に黒騎士に見つかってしまう。島からの脱出にはつながらないんだよ?」
冷静な口調だった。局員やリリィーナが公的な用で話すときに似ている。
「黒騎士に見つかっても、わたしには危害を加えられないわ。そこはハーレキンの約束を利用してやるわ。どんな様子か見に行くだけで、ムリだと思ったらすぐに戻って来ます」
止めても行くんだろうね、と、トイズマスターはしぶしぶ首を縦に振った。
「本当に、姫君がリリィーナみたいにならないかと心配になってきたよ。もしも、困ったことがあったら、ハーレキンの名前を大声で呼ぶんだよ。いいね?」




