(三十二)地底の港と海賊船
夕食の席で、ラリゼルは心配するトイズマスターに一日の出来事を尋ねられた。
はじめは話すまいと思っていた。だが、黙って暗い顔をしていたら余計に心配されることに気付き、ハーレキンと一緒に遊園地を回って来たと告白した。
「彼は私が行きたいと言うところは、どこにでも案内してくれたわ」
つきまとわれたという方が正しいかもしれないが――――。
「ハーレキンは王さまだからね。とてもきれいな少年だったろ。彼と一緒なら、この島のどこへ行っても安全だよ。黒騎士だって彼には逆らえないんだ」
トイズマスターは逆に安心したようだった。
そう、ハーレキンはラリゼルにとても親切だった。
王城の禁足地である通路の向こうの、厳重な魔法のセキュリティに護られた扉も、ハーレキンの前ではすべて解錠された。
「王城の地下にある船着き場に行ったの。ちょうど船が来ていたわ。動物に変身した子どもたちの檻が運ばれていくところだったの。彼らは灰神の紋章を付けた奴隷商人で、定期的に商品を受け取りに来るのですって。秘密の取引だから、本当は見つかっちゃいけないんだけどって言いながら、ハーレキンはわたしを船の近くまで連れて行ったの」
冷たい潮風が洞窟の奥から吹き上げてくる。
地底へ降りる洞窟は、真っ暗に見えた。だが、中に入ると、岩壁が発光しているので、足下の白い砂が見える程度には明るかった。
「足下に気をつけて」
洞窟を降りて行く間、ハーレキンは親切にもラリゼルの手をしっかりと握り、足下が滑らないように気を付けてくれた。それはラリゼルが感心したほど、非の打ち所のない紳士的な態度だった。
やがて潮のざわめきが聞こえてきた。
ふいに、視界がまぶしいくらいに明るくなり、地下の空気とは異なる外気の匂いに包まれた。
チラッと金色の光がラリゼルの目の前を走った。
天井の岩の割れ目から差し込んだ陽光が海面に反射している。
「ほら、着いたよ、姫君。あれが昨日来た船だ」
ハーレキンが指差した先には、地底に海水を引き込んだ船付き場があり、巨大な三本の帆柱を持つ帆船が停泊していた。帆柱の帆は半分たたまれていたが、その船体の大きさは俗に『千人乗り』と呼ばれる最大級の大型帆船だった。
パシーンッ! 鋭い音が、高い洞窟の天井にこだました。
ラリゼルはビクリと肩を竦めた。
「野郎ども、さっさと運べッ。グズグズするな、落とすんじゃないぞ!」
帆船を見下ろす高い岩場で、赤い上着の大男が鞭を振るっていた。
岩場の手前の奥から、船乗りたちがぞろぞろと出て来る。彼らは大きな箱を持ち、あるいは数人で抱えて、次次と船に運んで行く。
あれは、変身した子どもたちの入っている、箱型の檻だ。
赤い上着の大男はハーレキンとラリゼルの接近に気付くと、長い鞭を左手でまとめて、丁寧にお辞儀した。
「これはこれは、王さまではありませんか。このようなむさ苦しい所へ、ようこそおいでくださいました」
「やあ、船長、仕事の邪魔をしてすまないね。ちょっと見学だよ」
「おや、さいで。ところで、こちらのお美しい御方は、もしや、新しいコロンバインの王妃さまでは?……」
凶悪な人相の船長はニヤリと顔を歪めた。熊のように大きな男は顔の造作も大きく、ギョロッとした目に潰れた鼻、分厚い唇のそろった顔中にたくさんの傷まである。あまりにも怖いのでラリゼルはとても正視できず、露骨に顔をそむけてしまった。
「ああ。彼女が船を見たいって言ったんでね」
ハーレキンは陽気に応じて、ラリゼルの方へ顎をしゃくった。ラリゼルはそれまでもハーレキンの後ろに隠れていたが、震える足を無理やり動かして、さらに一歩後退した。
「いやはや、これはすばらしい」
船長という大男はニヤニヤしながら、ラリゼルの頭から足先までをじっくりと眺め回している。まるで値踏みするような下品な視線に、ラリゼルはこの場から逃げ出したい衝動にかられた。
「灰色の神神の栄光にかけて、新しい王妃さまに、お祝いを申し上げます。ところで、この王妃さまが、我が海賊船に乗られる光栄はいつ頃になりましょうや。なんといっても、コロンバインをお待ちになっているお客さまは境海中にいらっしゃいますので。こんな短期間に二人目のコロンバインが、それがこのようにお美しい御方であれば、人間の館でも灰神の神殿でも、さぞかし歓迎されますでしょうな。そうなれば、皆さま方の王さまへのご厚意も、また一段と上がろうというもの。いかがですかな、この場でわたくしに王妃さまを任せられては?」
海賊船長の長長とした言葉に、ラリゼルは、グワンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
コロンバインが王妃で、王妃が海賊船に乗るって?――――言葉づかいは丁寧だけど、ラリゼルにも意味がわかった。ハーレキンにコロンバインにされた女の子は、海賊船でどこに連れて行かれるのだろう。この海賊船長は奴隷商人だ。助けの来ない境海の果てに連れ去られた女の子の堕ちる運命なんて、ラリゼルの乏しい知識でも想像できる。それに、境海のどこかにあるという灰色の神神の神殿には、もっと恐ろしい伝説があった――――
「欲張りだね、船長は。残念でした、彼女は特別だ。この島からは出て行かない。姫への態度には気を付けるようにしてくれ」
ハーレキンはさらりと答えた。ハーレキンの声は澄んで明るく、目の前の男が奴隷商人だろうと灰色の神の信者であろうと、何の感慨もわかないようだった。
「おや、さようで。これはとんだ失礼をば、いたしまして、あ、おい、そこの。お前だ、気を付けないか! では、御前、失礼ッ」
海賊船長は岩場を駆け下り、箱を落とした船乗りの元へ走って行った。
「…………姫? ラリゼル姫、どうしたの。帰るよ?」
ハーレキンに声をかけられるまで、ラリゼルは自分が震えながら岩場に座り込んでいたことにも気付かなかった。
灰神とは『冷たき灰色の神神』のこと。
それは境海世界で、大いなる人類の敵、悪しき魔神の代名詞でもある。
多次元管理局のある中央世界、第ゼロ次元の近在では隠れ崇拝は少ないが、遠い世界では公然と崇める人も多いという。そして、そんな人人が支配力を持つ国では、人間をも生け贄に献げる慣習があるという噂だった。




