(二十二)迷宮案内③
白雪姫はラリゼルを別の廊下へ案内した。
王城はすべてが魔法の迷宮ではないという。
通路と部屋は厭きっぽい住人が退屈しないように、わざと不安定に変容する魔法がかけられているが、そうではない場所もあるのだ。
迷宮とはどうやら、城の基本構造に魔法の目くらましが被せてある幻影らしい。
高い天井は薄暗く、壁は剥き出しのレンガだ。通路はぼんやり明るいが、シャンデリアやロウソクなどの灯り無い。壁や天井に発光する材料を使ってあるようだ。
白雪姫はドアを細めに開けて様子をうかがい、ラリゼルを手招きした。
「今なら行けそうよ。地下通路はピエロ専用だけど昼間はあまり利用していないわ。仕事が忙しくて帰ってくるのは夜だけなの。女の子は夜の舞踏会のために眠っているしね」
白雪姫に続いて、ラリゼルはドアの隙間から滑り込んだ。
「そういえば、遊園地でも真夜中から明け方は遊んでいる子供がいないものね」
二人は足音を殺しながら、早足で進んだ。まっすぐに見える廊下は下降しているとは思えないが、白雪姫を信じるしかない。
「そう、あなたも徹夜したことがあるのね。私も夜がどうなっているか知りたくて、必死で起きていたことがあるのよ」
だが、白雪姫は夜中の一時きっかりにひどく眠くなり、自然と足が部屋に向いたという。
「それも魔法で決められているのね。きっと遊園地の休憩時間じゃないかしら」
と、白雪姫は首を傾げているが、ラリゼルはその理由を知っている。
遊園地の整備作業の時間だ。
ピエロと一緒に巡回するトイズマスターの姿は、魔法の掟によって子どもたちには見えない。ピエロは仮面を着けて無個性な影の存在となる。子どもの楽園に大人は要らない。実際は大人の手によって管理され、維持されているというのに。
「そうね、ここは魔法の国だもの。でも、私は白雪姫の方が不思議だわ。どうしてそんなふうに考えるようになったの?」
ラリゼルが尋ねると、白雪姫は細めた横目でラリゼルを見た。
「あなたこそ、どうやってここへ来たの? こんな無茶な探険をする気になったのは、なぜ? いったい、あなたは何者なの?」
矢継ぎ早に切り返され、ラリゼルは答に詰まった。自分も囚われ人には違いないが、待遇はトイズマスターと同じ賓客扱いだ。ある程度の行動の自由と思考の自由すら与えられている。ほかの子どもと同じ呪いは掛からない。
歩きながら、答えを待つ白雪姫から、ラリゼルは目を逸らせた。
「わたしはむりやり連れてこられたのよ。偶然の事故みたいなものね。だから、少し違うんだと思うわ」
「そうなの。何か事情があるのね。いいわ、これ以上は訊かないわ。それで……なにか、わかったら、私にも教えてちょうだいね」
「ええ、約束するわ」
「しッ、止まって!」
白雪姫はラリゼルの手を引き、柱の陰に駆け込んだ。
「ピエロが来るわ。今の音は隠し扉が開いた音なの。けっこう近くね」
「あなたって、みかけによらず野性的ね」
ラリゼルの耳には何も聞こえなかった。白雪姫は、あっちの方よ、と廊下の奥を指差した。二呼吸ほどのちに、コツン、コツン、と硬い靴音が聞こえてきた。
「これも慣れよ。それより、このままだと鉢合わせするわ……あなたはここに隠れていて。私が引きつけるから、ひとりで行って!」
「え、でも、あぶないんじゃ?」
「慣れてるのよ。ホラ、早く行って! お互い無事なら、今夜の大舞踏会で会いましょう」
ラリゼルは柱の影に押し込まれ、白雪姫はあざやかにドレスの裾をさばくと、うってかわった危なげな足取りで廊下を歩き出した。
すぐに男の声がした。
「や、また、あの娘だぞ!」
ピエロだ! 二人いる。
「また、こんな所をフラフラしてるのか。いい加減にしてほしいなあ。いくら中途半端な状態とはいえ、こんなに長いこと居続けられる女の子も珍しいぜ。ほら、こっちへ来い」
外ではめったに喋らない彼らも、ここでは自由に会話をするらしい。
「おい、女の子なんだから、そんな乱暴に腕を持つなよ。後で文句を言われるぞ」
「かまやしないさ。どうせ、コイツらは半分正気じゃないんだから。王城の魔法に酔いすぎて、自分の名前も忘れているんだ。考えるのは今夜着るドレスと、魔法の幻で出現する、理想のパートナーの顔だけさ」
わはははは、と笑い声が遠ざかっていく。
ピエロの足音と気配がすっかり遠のいてから、ラリゼルは通路に出た。ピエロ専用の隠し通路は魔法の迷路ではなく、分かれ道の壁には『宿舎』とか『食堂』などの標識が貼られ、『地下』への通路だけは下りになっていた。
ラリゼルはゆるやかな傾斜の通路を進んだ。横道は無かった。足下が平らかになったと感じたとき、暗闇の向こうがぼんやりと明るくなった。




