表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Twelve Coins Of Hades ―戦国真田十二文銭―  作者: 大培燕
第二章 激突、上田城 ―昌幸烈火篇―
16/99

第十四話 時間差戦法―昌幸と信幸―

「逃がすな!鉄砲、弓矢を交互に放つのだ!」


 昌幸の掃討は未だ続いていた。当然、既に徳川軍は退却を開始しているのだが、ハの字型に建てられた『千鳥柵』が徳川軍の足を止め、行軍を滞らせていた。


――チュンッ、チュンッ。


――ヒュンヒュン、ズバッ。


 間髪入れず交互に押し寄せる鉄砲玉と弓矢に射とめられ、大軍の徳川兵は戦闘不能になっていく。


「痛ぇよぉッ!」

「助けて、助けてくれぇッ!」

「は、早よぅ行かれよ!頼むから外に出させぬかぁ!」

「い、行き止まり!?そんな、うわぁぁぁ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 その光景を見て、昌幸は歓喜していた。あの四朗勝頼の騎馬隊ですら倒せなかった徳川軍を、この自分が。圧倒的兵数差を覆して圧倒している。

 だが、一つ懸念があった。


――上杉……何故、来ない!?


 今上杉軍一千が大手門を塞いでくれれば、勝利は不動となる。だが伝令の報告を聞いても、上杉には南下する気配が見られない。

 そして櫓から指示を出していた昌幸は気づく。徳川兵の数は開始当初とほとんど遜色がないという事に。

 約半分の兵に手傷は負わせた。一見、戦闘不能の兵士ばかりにはなっている。しかし、長期の包囲戦ではまだ戦力足り得るではないか。


「不味いな……」


 昌幸は顔には出さないが、しかし焦った。鉄砲隊にしっかり狙う様指示をするが、逃げる徳川軍も必死である。一人、また一人と瞬く間に姿を消していく。

 上杉軍が近くに来ていればこんな心配はせずに済んだのだ。しかし彼らの援護は防衛戦においては遂に行われなかったのである。

 徳川軍はまだ、包囲するに十分な兵力を残していた。


                ******


 上田城の構造では、東と北に門を設けてある。南は尼ヶ淵が天然の要害となっており、西は高度のある曲輪によって侵入を防いでいる。徳川軍は信幸の誘導によって東門のみから入城してしまった。つまりこれは真田昌幸の功名な罠であったという事に、総大将鳥居元忠は気づいた。


「一方向から攻めるから手当たり次第に射撃の的になるのだ。包囲戦に移行するぞ!」


 昌幸が気づいて欲しくないところに気づいた元忠だが、彼にもまた懸念があった。言うまでもなく北方に陣取っている上杉の援軍である。先程の伝令で、ある報告を受けていたのだ。


『上杉軍の数が明らかに増えている』


 春日山から援軍が来たという事なのか、はたまた伝令の見間違いなのか。しかし『明らかに』という言葉を使う辺り見間違いという線は薄い様に思えた。


――上杉は、徳川と事を構えるつもりか?


伝令の告げた上杉軍の数は約二千。今徳川軍が背後から上杉軍二千に攻められたら一溜りも無い。よって包囲戦においては真っ先に警戒が必要であった。

 徳川軍の行軍可能な数は約六千。真田・上杉同盟は(伝令の報告では)約三千。だが上杉の南下さえ防げれば相手は今迄通り、約千人で済む。包囲戦なら勝機が十分にある。


「平岩殿、岡部殿!兵一千を連れて上杉の防備に当たって下され。伝令には上杉に増援があったら逐一報告させる様に!」

「承知!」

「東側に配置している物見を北に回せ。上杉の南下をなんとしても阻止しろ!」


 徳川家臣・平岩親吉・岡部正綱を対上杉防衛に向かわせると、残り五千で包囲戦を始めようとしたその時である。


「伝令!」

「何だ、上杉がまた増えたのか!?」

「いえ、先ほどの物見は上杉が増えたと申していましたが、拙者の物見ではそうは見えなかったもので」

「馬鹿者!『明らかに』増えたと言っておったのだ、物見の言を一々疑っていたら戦にならぬわ!」

「は、はぁ」

「下がれ!包囲戦を始めるという時に余計な事を言いよって!」


 時は、信幸が上杉に合流してから一刻を過ぎていた。


                    ******


「大殿!北門に兵が集まり始めてございます!」

「遂に来たか……」

「どうされるので!?」

「志摩に騎馬隊の臨戦態勢をとらせる様伝えよ。出撃の合図は儂が出す」

「はっ!」


 昌幸は的確な指示を下す事で、動じていない風を装った。ここで士気を下げる事は致命的だからである。

 だが、内心は焦っていた。未だに上杉軍の動きは見られない。

 東門は今まで通りの防御策で良し。だが北門に兵を回すとなると東門の守りも薄くなる。乾坤一擲、騎馬隊で北門の攻城兵を蹴散らすしかない。

 が、頭数が足りない。上杉が同時に攻めてくれなければ、上田は包囲されいずれ落ちる。一か八かの策であった。


「望みは薄い、か」


 兵士に聴こえない様に愚痴る。

 囲みの中では伝令も出せない。上杉との連携は絶望的だった。だが昌幸には一つだけ、思い当たる可能性があった。


――奴なら、有り得るか?


 櫓から覗ける風景は、北門の緊急警報を鳴らしている。幾ばくの余裕も残ってはいなかった。


「志摩!騎馬隊の準備は如何に!?」

「整ってございます!」


 伝令を介さず、直接志摩に確認する昌幸。歴戦の将に迷いなしである。

 北門目がけて兵が突撃をかけたその瞬間、昌幸の下知が飛ぶ。


「ここが、真田昌幸の長篠である!根津騎馬隊、突撃じゃあ!」

「オオッ!」


 志摩率いる赤備えの騎馬隊五十・歩兵三百が、北門の徳川兵二千へ突貫していく。

 そしてその後ろ姿が、昌幸にはスローモーションの様に遅く見えた。ここで北門の兵を排除できなければ終わり。その緊張感が昌幸の目を狂わせた。

 怒声をあげながら突っ込んでいく志摩。だが、徳川の歩兵も怯まず向かってくる、練兵度の高い兵士達であった。さらに昌幸は徳川兵達のはるか後方に、新たな旗印を見つけた。


 この瞬間が、勝敗を分ける。果たして「竹に雀」上杉の旗か?「丸三つ葉葵」徳川の旗か?

 昌幸の両目が捉えた旗は、そのどちらでも無かった。


――やはり来たか、信幸!


「背後より敵襲!」


 昌幸に徳川軍の叫び声が届く。焦りが生む、敗者の叫びである。

 北門の指揮を引き受けた大久保忠世は怒鳴った。


「馬鹿な事を言うな!上杉の備えには平岩と岡部が行っているはず!」

「上杉ではありませぬ!真田の伏兵……『紺青の六文銭』にございます!」

「何ぃ?砥石城から、倅が来たと言うのかぁ!?」


 信幸軍六百の槍衾が、背後から大久保隊に突き刺さる。そして前からは志摩の騎兵が体当たりをかました。

 数瞬置いて、昌幸の歩兵までもが城から打って出る。最早危険な賭けではなくなっていた。


「信幸軍がついておる!臆せず徳川軍を挟撃せよ」

「不味い、退却、退却じゃ!」


 大久保忠世の一声で徳川軍は敗走を始めた。


「逃がすな!半数を屍とするまで追いかけよ!」


 もう、策を考える必要は無い。昌幸の心の灼熱は、掃討戦の始まりを告げていた。


                 ******


「東より、真田兵出現!北門の支援に行かなければ、大久保隊が壊滅しまする!」


 平岩親吉は、その衝撃的な伝令を受けて仰天した。


「馬鹿な!なぜ今まで気づかなかったのだ!」

「警戒を北の上杉に向けすぎた故かと……」

「全軍、南に反転!大久保隊を救出する!」


 しかし反転した瞬間、須田光親率いる上杉隊が南下を始めたのである。満を持して動き出した上杉軍に、平岩・岡部隊は震えあがった。


「な、何故今更動くのだ!?様子見に徹したのではないのか、まだ徳川こちらが圧倒的優勢ではないか!」

「ま、まさか……」

「何じゃ、岡部殿!」

「先程の上杉の増援……増援ではなく、真田の息子が合流しただけだったのでは?」

「馬鹿な、それなら旗印で見分けが……あっ」


 平岩親吉も、信幸の策に気づいた。


「まさか、我らは踊らされたのか!?」


 その通りであった。上杉に備えている伝令の報告が届くまでの間は、半刻(一時間)。信幸はその間『旗印をしまって』兵に小休止を取らせ、徳川軍に敢えて報告させた。当然、『上杉に増援があった』事が耳に入る。

 信幸の狙いは、砥石城(東)側の物見を上杉(北)側へ誘導する事であった。そして無警戒になった東側から、信幸軍は悠々と敵陣に割って入る。更に大久保隊の背後を突き昌幸との挟撃を成功させたのである。

 伝令の移動により生じる時間差を利用した、まさに一か八かの策である。悪く言えば運任せと言ってもいい。しかし上杉軍の腰が重い以上、これ以外にとる策は無かった。

 そして信幸は、軍監である山浦国清に妥協案を提案していた。


『挟撃が成功したら、必ず南下しろ。援軍無ければ、上杉の名はこれ以降地に落ちる』


 挟撃の成功、つまり真田の優勢を保った状態での出陣……百歩譲った妥協案である。これにようやく、国清は頷いた。上杉の威光を守る事を選択したのだ。

 そして戦国で五指に入る上杉の強兵に、平岩・岡部隊千人は瞬く間に蹴散らされたのである。


                ******


「全軍退却!神川まで走れ!」


 総大将・鳥居元忠もまた敗北を悟った。大久保忠教に殿しんがりを命じ、徳川軍は全面敗走を余儀なくされた。だが、その敗走がままならない。千鳥柵による混乱により、すでに城下町には忍部隊によって火が放たれていた。

 

「えぇい、これではまるで下戸に酒を飲ませた様ではないか!」


 その兵の混乱ぶりに、大久保忠教が愚痴をこぼす。

 一方の真田軍は喜び勇んで一人、また一人と槍衾の餌食を増やす。これらは混乱を誘発する忍者部隊の功であった。


「頭領(出浦盛清)!ここはお任せしてよろしいか」

「才蔵、何処へ向かう?」

「若殿の御命令にて」


 才蔵は配下を引き連れて神川へ向かうと、水位を下げるために塞き止めていた岩を引き上げる。信幸と昌幸の容赦の無さに、若干身震いを起こしながら。


「急げ、神川に入れば安全ぞ」

「待て、上流を見ろ!」


 塞き止められていた水量が、突然元に戻る。つまり人為的な洪水の発生である。

 徳川軍数百は忽ち飲み込まれてしまった。


「ようし、神川を越えた敵は追撃するな。勝鬨をあげよ!」


 大久保忠世・忠教兄弟の渡河を持って、徳川軍の敗走が終わる。同時に真田兵が鬨の声を上げ始めた。


「終わった、か……」


 昌幸は、そこでようやく安堵する。終わってみれば、相手に信じられない程の損害を与えた大勝利。徳川軍の死者は千余りながら、半数は怪我・出血で戦闘不能。対する真田は傷者こそ三桁出したものの、死者は五十人にも満たない。上杉に至っては死傷者は両手で数えられた。


 信幸と上杉を柄にもなく信じ切った昌幸の、圧倒的勝利であった。自分を見下している徳川に窮鼠として噛みつき、逃げ切った。

 昌幸の心は、今までのどの瞬間より誇らしかった。自分で上田・沼田という領地を切り取り、守り切った。この瞬間に昌幸は戦国大名となったのである。


 ここに第一次上田合戦は終結したのである。名将・真田昌幸の名はこの戦により、全国に轟くことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ