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1-8『婚約者と悪役令嬢(親友)の浮気現場を目撃する伯爵令嬢。』

リルダにお姫様抱っこされ、警備課専用室に到着した。恥ずかしかったが抱っこされていると温かく揺れも心地よかった。


割れ物を扱うかのように、そぅっとソファーに座らせてくれた。

「リルダ様、ありがとうございます。」


礼を伝えると温かな笑みが返ってきた。私よりも小柄で可愛らしい女性なのに思わずキュンとしてしまう。


リルダが紅茶を入れて来るとの事で、ミルクとハチミツは入れて言いか聞かれ、お願いしますと返答をする。


1人ソファーに座り待っていると、警備課専用室は煌びやかではないがきちんと物品等整理されており清潔感があった。


ほどなくして、リルダが紅茶を持ってきてくれた。


「綺麗にされてますね。」と言うと「今日の掃除当番はユリアス先輩だったかな。特に綺麗かもしれないですね。」と笑いながら返事が返ってきた。


『ユリアス』ということは多分男性の先輩だろう。


男性で、しかも騎士。きっと警備課長のように筋肉隆々の騎士の男性が、こんなにも綺麗に掃除をしたということに少し驚く。 


ミルクティーからは、湯気が出ていた。お口に合うかわかりませんが、と言うリルダにお礼を言い紅茶を飲む。


するとその紅茶はとても美味しかった。

ミルクと蜂蜜が紅茶を甘くまろやかにする。傷ついた心が癒えていく気さえする。


「先程は、ハンカチを貸していただきありがとうございます。」再度礼を言う。


「あのハンカチは、とても可愛らしいですわね。クマの刺繍もとても素晴らしかったです。リルダさんは騎士としての腕も立つのに、あんなに素晴らしい刺繍までされるなんて本当にすごいですわ。」


「あ、あれは…。私ではなくて…婚約者が作った物なんです。」


婚約破棄したばかりの令嬢にとっさとはいえ思わず婚約者の存在を口走ってしまった。あっ、と思いサラナを見つめる。


サラナは少し目を見開き驚いた。


「婚約者……、と言うことは、だ、男性?男性ですわよね?それはそうですわよね。リルダ様は女性ですし。しかし……あんなに素晴らしい刺繍を?男性が?」


サラナは下をうつむき、何やらブツブツと言っている。大丈夫だろうか…。


サラナは『婚約者』というキーワードに対しては、全く気にしていなかった。他の事で頭がいっぱいであったからだ。


ハンカチの可愛らしいクマの刺繍。

まさか男性があの素晴らしくも、かわいらしい刺繍を作ったという事に対して、雷が『ピシャーン』と落ちてきたかのような、これ以上ない位に衝撃を受けていたのであった。


綺麗に掃除をしたり、刺繍をしたり……、それは全て女性のやる事、女性の役割だと勝手にサラナは思い込んでいたようだ。


もっと言えば、『女騎士』も、存在は知っていたけれど実際に関わるのは今日が初めてであったし、騎士というのは、やはり男性の仕事だと思っていたのだ。


思えば、ジャンと出会いジャンと過ごすようになってからは特にそういう片寄った考えになってしまっていたようだ。


ジャンは事あるごとに「男は…こうだ。」「女はこうあるべきだ。」と、言われていたため、この数年間ですっかりそういう思考になっていたようだ。


そう言えばミーナもそのような考えを持ち、女性ならば女性らしくと、女であることに独自の考えを持っていた。


自分でも気がつかない内にとても視野が狭くなっていたようだ。


だが、そもそもサラナ自身も、ゆくゆくは『伯爵』になるのだ。この帝国では珍しい『女伯爵』に…。


……なんて事かしら、わたくしったら。本当に。

サラナは目をパチパチさせた。


ジャンはサラナが『伯爵』になる事も嫌がっていた。


王宮で働く事は、とても大変で名誉な事。サラナは自分の家の手伝いをしているだけ、と言うのが常日頃の態度でヒシヒシと伝わってきていた。


実際に、今日の密事の最中もそう言っていた。


故に、いつの間にか実際には伯爵家を継ぎ、『伯爵』にはなるのたが、『伯爵』になるということを堂々と言えず、仕事をする事と爵位を継ぐ事。


それとこれとは別みたいな変な風になっていた。


明白な事実である『伯爵』になるということが堂々と言えない雰囲気だったのだ。


とても大事なことなのに。

自身をもって良い事で、自分の誇りとして思っても良い事なのに…だ。


ジャンの言動や態度は、今まで色々と疑問に思うことはあったのだが、全て目を瞑ってきてしまっていた。


実のところ純粋にジャンの事が好きだったから…、というだけではないのだ。


父の事だ。父に対する思いがあった為、ジャンのあらゆる事に対して目を瞑っていてしまっていたのであった。

♢♢♢♢♢♢


母はサラナが幼い頃に亡くなった。それ故、父と子とで過ごしてきた。


幼い頃は寂しかったが、ここ最近父の仕事を手伝うようになってから、少しずつ父の気持ちがわかるようになり、父を益々誇りに思い尊敬するようになった。


注がれる愛にもなかなか気付かなかったのだが、一つの大きな事実に対して非常に大きな愛を父から感じるようになった。


それはサラナに、と言うよりは母に対する愛なのだが、それでもいいのだ。


父は何度も一族から再婚を勧められていたが、頑なに断り再婚をしなかった…。その事実が良かった。


母への変わらぬ愛を感じれたし、時折かけるサラナへの言葉にサラナへの愛も感じる事が出来たから。


そして、これは父には内緒だが、父が時折母の写真に向かって話しているのも知っているのだ。

一見冷酷そうな父が優しげに母の写真に話している。


母はサラナが小さな時に亡くなった為、母の事はほとんど覚えていないが、父の執務室の机の上にある母の写真はとても幸せそうであるのだ。


そして、年々その母の姿に似ていっているのが嬉しい。


父と母の愛を知っているからこそ、自分で決めた愛を貫かず婚約を破棄してしまうのが嫌だった。


出来る事なら婚約破棄はせずにいたかった。


♢♢♢♢♢♢


本来ならば家門の事を考えると、政略結婚とまではいかないが、もう少し家格が釣りあっている相手と婚約を結ぶべきであっただろうに。


ジャンの猛烈なアピールと自分の希望で、父に半ば強引に婚約を認めてもらい、ジャンとの婚約を決めてしまった。


それなのに、今回婚約破棄をしてしまったのだ。


しかし、……。

今回の出来事があり、父には申し訳ないが、ジャンに婚約破棄宣言をしてよかったと思う。


急に視界が広がってきたようだ。

自分のわがままで婚約者を決め、結果的に婚約破棄をしてしまい申し訳ないという気持ちは勿論ある。


…が、婚約破棄したものは仕方ないのだ。屋敷に帰宅したらしっかりと父に謝罪し、そして今後はより一層、伯爵家の仕事に対して誇りを持ち次期伯爵として真摯に向き合い懸命に働こうと思うのだ。


サラナはゆっくりと深呼吸をし、そう決心したのであった。

♢♢♢♢♢♢



紅茶を飲み終えると、壁に貼ってあるポスターが目に入った。「このポスターは何ですの?」


「あっ、ああポスターでちゅ、しゅ、すね。こ、これは、模擬戦のポスターです。定期的に開催しているのですが、近々王宮の演舞場で開催される模擬戦のポスターです。」


「模擬戦……、これはリルダ様も出場されるのでしょうか?」


「はい。私も出ますし、他の数名の女性騎士がいますが、皆出ますよ。もし宜しければ是非見に来て下さい。」


リルダの他にも女性騎士がいて皆模擬戦に出場するということだ。


女性としても、とても可愛らしいが、騎士としても相当な手練れであろうリルダの模擬戦が見れるのだ。しかも他の女性騎士達の戦いも見れるのだ。これは行かない理由はないであろう。


何だか全く知らなかった別世界の扉を見つけた気がしてワクワクとする。


思わずリルダの手を取り、微笑みながら「是非とも伺いますわ」と伝えた。


サラナの美しい水色の瞳は、輝きを放ち生き生きとしていた。リルダはそれを見て少しほっとした。



この短時間でとても世界が広がった気がした。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


サラナを見送った後、気がつけば昼休憩の時間になっていた。


リルダは慌てて王宮にある中庭まで走っていった。ハァハアハァッ。


中庭のベンチには、紫色の制服に黒色のローブをまとい、黒髪を高い位置で一つに束ねたルビーのような赤い瞳の端正な顔立ちの男性が座っている。


婚約者のアベル・ギルデスだ。

アベルはこちらに気がつくと、なんとも色気のある甘いマスクで微笑むのであった。








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