1-7『婚約者と悪役令嬢(親友)の浮気現場を目撃する伯爵令嬢。』
サラナはフーッと、大きく息を吐いた。
すると全身の力も抜けてしまったのか、体がふらりとふらついた。
「サラナ様。」
傍にいたリルダにしっかりと受け止められる。
「あ、ありがとうございます。リルダ様。」
温かなリルダの栗色の瞳が飛び込んできた。心配そうにこちらを見ている。抱き止められた状態でいつの間にか頬を伝っていた涙をリルダのハンカチで拭ってくれたのだ。
「すみません。わたくしったら。」そう言いながらも次々と涙が流れてしまうのだ。
リルダが貸してくれたハンカチは、黄色い柔らかな生地の可愛らしいクマの刺繍入りのハンカチだ。
止めどなく流れる涙を拭う事が出来た。
一通り泣いて、先程までよりはスッキリした。
ハンカチは洗って返すと伝えたのだが、大丈夫です、と短く言われた為、思わずそのまま返してしまった。
サラナの様子を見て、心配をしたリルダが良ければ少し休んでいって下さいと、警備課で休むよう勧めてくれた。
その優しさに甘えさせて、警備課で休まさせて貰うことにしたサラナはコクンと頷いた。
それを確認するとリルダは横からヒョイと、軽々とサラナを抱き抱えたのであった。
「リ、リルダ様。大丈夫です!歩けますわ。」
驚き、そう伝えるが、「このまま、お連れ致します。」
温かな笑みだが、断固として下ろさない意志を感じる返事をされた為、リルダは「ありがとう。」と小さく言い、警備課までリルダの胸の中に抱かれながら、連れて行かれる事となった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
その場に残っていた文官長は、またハァッと溜め息をつき、「君の所の、部下はとても優秀だ。」
「そうだろ!皆とても優秀なんだがな。リルダ君はその中でもなかなか素晴らしい人物なのだよ。」
警備課長がニヤリと笑い胸を張りそう言った。
「羨ましい限りだよ。まぁ、うちもあの2人以外は非常に優れた者達なのだがな。」眼鏡をクイッと人差し指で押さえた。
王宮に遣えるものは、皆優れた者達だ。
ミーナは人間的にはともかくそれなりに優秀な者ではあった。
…が、ジャンは優秀な人材と言うにはかけ離れていた。
では何故ジャンは王宮に遣えることが出来たのか??
……コネだった。カルティアナ伯爵からの強い推薦があり文官に配属されたのであった。
「ハァッ」また溜め息が出た。
「そんなに溜め息ばかりついてると、幸せが逃げるぞ。」警備課長はそう言うとバチンとウィンクをし、にたりと笑った。
「そうだ!久しぶりに飲みに行かないか?」
文官長は首を横に振り「ありがとう。しかし今回の件を書類で提出せねばならない。王様の側近には伝えてあるが、きちんと文書にせねばならないからな。しかも今回の件で2人分の穴があいてしまったし、暫く残業だろうな。」
文官長の肩を軽くポンと叩いた。
「差し入れを持って行くよ。君の好きなシュークリームはどうだ?」
文官長の眼鏡がキラリと光った。
「……。シュークリームも良いが、エクレアで頼む。」
再度、文官長の肩をポンポンと叩き、逞しい腕を上げ親指を立てた。「後で持っていく。」そう言うのであった。
♢♢♢♢♢
きっちりと前髪を上げ、綺麗に整えられた髭のある紳士が、赤い絨毯の豪華な執務室で足を組んでいる。
鷹の紋章の指輪を左手の小指に嵌め、シガーカッターで葉巻の先を切り、葉巻を吸う。
煙がユラユラと立ち上がっている。
机の上に飾られた金色の髪の水色の瞳の女性の写真を見つめ「まぁ、そう怒るな。今日位は吸ってもいいだろ。」
ずっと、葉巻は控えていたが、先程カルティアナ家当主専属の『カゲ』から報告を受け今日という日は吸わずにいられなかった。
「あの子は随分悲しんでいるだろうが。」
人差し指でトントンと葉巻の灰を落とし、目をギュッと瞑る。
悲しむとわかっていても、あいつは我が愛しの娘サラナに相応しい男にはどうしても思えなかったのだ。
だから舞台を整えた。友人の振りをしていたどす黒い光を放った瞳の持ち主の男爵令嬢とあいつを同じ舞台に立たせてやった。
無論、こちらは舞台を整えただけである。
もしも、何も起こらずこちらが考えていた以上に、あいつが娘を思いやり寄り添い愛を育んでいくのならば、それはそれで良かった。寧ろそちらの結果を心のどこかでは願っていた。
……が、残念ながら結果はこちらの思惑通り、いやそれ以上の最悪の動きをあいつはしたのだ。
こうなる兆候は今までの行いを見ていれば、ある程度予測はつくものではあった……。
が、あいつは、こちらの予想を上回り、とんでもないことをしてしまった。
帝国には損害を与えてしまった。特に同じ課の文官達には迷惑をかけてしまった。
まさか、あそこまでどうしようもない者だとは思っていなかったのだ。
(何かの折に、何かのかたちで埋め合わせをしなくてはならないな。)
葉巻の煙がモクモクと天井に昇っていく。
♢♢♢♢♢♢
サラナの母は、サラナを産み暫くした後、亡くなった。
サラナの父は、妻を亡くし哀しみの中にいたが、カルティアナ当主という非常に重い役割があった。
その為、言い訳になるであろうが愛情はあったが、愛情をきちんとサラナに注いでこれなかった。
それ故、サラナにはとても寂しい思いをさせてしまった。
その反動なのだろうか、メモリアル学園に通い同年代の者達と初めて触れあった為、いつもは冷静なサラナが浮き足立ち、サラナの前でだけ良い格好をする口先だけの者達と関わってしまい今回のような最悪の事態を招いてしまったのだ。
分別つく者であれば、おいそれとカルティアナ家のような名門の家柄に気楽に話しかけはしないだろう。
話しかけるにしても、非常識に強引に関わろうとは決してしないであろう。
しかし、ジャンとミーナは図々しくも自分達こそがサラナに相応しいと身の程知らずにも、サラナに近づいたのだ。
そして、愛情に飢えていたサラナは奴らを受け入れてしまい、ズルズルと引きずられていったのだ。
こうなってしまったのは、自分の責任でもある。
「すまない…サラナ。だが、私はお前の幸せを誰よりも願っていたいのだよ。」
葉巻の煙がまたゆっくりと、天井の方に上へ上へと立ち昇っていくのである。
大きな翼を広げ空高く、鋭い眼で先を見通す
鷹のように生きていきたいものだ……。
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【隙間の番外編】
──────── 文官室─────────
6名の文官達が忙しなく仕事をこなしながらも、ヒソヒソと話をしていた。
因みに、関係ない話だが、文官達は皆眼鏡を掛けている。
文官達の眼鏡が、キラッキラッと光りながら文官達は話をしている。
「文官長、戻られてからずっと、溜め息と変な笑い声を出しておられるぞ。」
「無理もないよ。ジャンとミーナの奴が勤務中にとんでもない事をして、投獄されたんたからさ。」
「おいたわしや…。文官長…。溜め息や笑い声と、いつもより余分に眼鏡を持ち上げておられる。だけど、すごい勢いで仕事をされているね。流石は我らの文官長殿だよ。」
「あれは2人の穴埋めの分だよね。2人分の仕事は大変だよな。まあ…あの2人は、2人で1人分の仕事をしていたか怪しいところではあるけれどね。」
「あぁ…そうだね。」
「…よし、我々も我々の仕事を頑張ろう。たださえ近々王宮主催の夜会が開催されるから、やる事がいっぱいだよな。頑張って仕事をしよう。」
6人の文官達は頷き、自分達の仕事に真摯に取り組んだ。
その数時間後、文官室のドアがノックされ警備課長が差し入れを持ってやって来たのであった。
差し入れは、文官長のリクエスト通りの、エクレアだった。
文官長は微笑み、眼鏡がいつもより余分に輝いていたのであった。
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文官長の眼鏡も余分に輝くと思います。(エクレアと同じくらいには。)
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