1-2 『婚約者と悪役令嬢(親友)の浮気現場を目撃する伯爵令嬢。』
美しい青と水色の花が咲き乱れている庭園の片隅で美しい水色の瞳が陰りサラナは呆然と立ち尽くしていた。
♢♢♢♢♢♢
「ひゃん、そこ気持ちいい。」
「イヤらしい女だな、しかしお堅い家のお堅い女と違って…。そそるよ。」
「フフフッ結婚が近いというのに全てお預けなんでしょ?可哀想なジャン。」
「あぁ…。ストレスだけたまるよ。たくっ、こっちは王宮の仕事で疲れてるって言うのに、あっちは家の事やってるだけだろ?大変な仕事をしている俺に対して全く気遣いがないんだよな。」
「その点ミーナはいいよ。俺の事わかってくれるし……。体の相性も抜群だ。」
姿こそ見えないが、確かにすぐそこで繰り広げられている密事をしているのは、もう間もなく結婚をする婚約者のジャンと学園時代からの親友のミーナだ。
艶かしい声とイヤらしい音がサラナを容赦なく襲う。
それと同時に今まで2人から掛けられていた今となっては安っぽい2人の言葉がフツフツと甦ってくるのだ。
~~~~サラナ、一生傍にいて欲しい。俺たち結婚しよう。幸せにするよ。~~~~
~~~~サラナ、大好き。私達って気が合うわ!ずっと親友だよ。~~~~~
信じていた、愛していた、思いもよらない最悪の現実を目の当たりにしてしまい、それらの美しい言葉が…2人との関係が、ガラガラと崩れていく。
頭の中が真っ白になりサラナの体がふらりとふらついた……。
(……!)
しっかりと後ろで支えてくれる者がいた。小さな女性のような大きさの手だが、固くしっかりとした鍛え上げられている。
小さいが、まるで男性のような手がサラナをしっかりと支えてくれたのであった。
振り返るとそこには女性の騎士がいた。
赤い騎士服をピシッと着こなしたオレンジ色の髪の毛の可愛らしい顔の女性だ。瞳の色は可愛らしい栗色だが、瞳の奥は鋭い輝きを放っている。
「大丈夫ですか。」見た目とは違うゆっくりと落ち着きのある声だ。
サラナはコクンと頷いた。
「私は王宮の騎士。警備課所属のリルダです。」
「わたくしは、サラナ・カルティアナ伯爵令嬢です。」
顔色が悪く、ブルブルと小さく唇が震える。
垣根の向こう側では、2人の密事が盛り上がっているのか先程よりも少し大きな目の声で続いている。
「あれは、私の婚約者のジャン・ミハルド子爵令息とミーナ・キアナ男爵令嬢です。2人ともこちらで文官をしておりますの。」
垣根を指した指は震え、声は上ずっていたが、出来るだけ落ち着きのある所作をしたつもりだ。
リルダはサラナを見、ゆっくりと頷く。
この2人の声はリルダも聞き覚えがある。
しかもお互いの名前を何度も連呼している、間違いなく2人は王宮に所属する文官であろう。
「サラナ様、こちらの件は警備課で対応させて頂いても宜しいでしょうか?」
「はい。宜しくお願い致します。」
♢♢♢♢♢♢
リルダは了承を得ると手首に取り付けられている小型の通信魔道具で、まず所属の上司に報告をし指示を仰いだ。
その後、密事を繰り広げている2人の上司の文官長にも連絡をする。
報告や連絡など、一通り落ち着くと、隣にいるサラナをチラリと見た。
サラナは、こんな事態に遭遇したというのに、顔色は悪いものの、気丈にも背筋をピンと伸ばし佇んでいる。流石は由緒ある名門の伯爵家のご令嬢だ。
サラナの手には、大きめの茶封筒とバスケットがある。
恐らくであるが、茶封筒は婚約者のジャンが忘れた書類。バスケットは差し入れを持ってきたのではないだろうか。
婚約者を気遣い行動した結果がこれだ。なんとも気の毒である。
リルダは腰の小さな携帯鞄から、水筒を取り出す。この鞄も水筒も魔道具だ。携帯鞄の見た目は小さいが沢山の物が収納できる。
これらの魔道具は日々優秀な魔術師によって開発され作成されている。
…水筒の冷たい水をコップに注ぎ、サラナに差し出す。
「サラナ様、宜しければどうぞ。冷たいお水です。」
「あ、ぁぁ。ありがとう。」
差し出された水筒の水を、ゴクリと飲むと思っていたよりも、その水は冷たくサラナの淀んでいた思考を一気に正常に働かせたのだ。
水を飲み干し礼を言うと、おもむろに鞄に入れてあった扇子を取り出し、バッと広げた。
シックなゴールドの扇子は、骨を束ねる要の部分にカルティアナ家の鷹の紋章が入っている。
それを口元に持っていった。
そうするとまるで誇り高き鷹のようになれるのだ。
♢♢♢♢♢♢
咲き誇る花の裏側で密事はずっと続けられていた。こちら側で、いくらなるべく音を立てずに事を進めているとは故、普通ならば気付いてもおかしくない状況なのであるが、2人は全く気付いてないようであった。
逆に、益々エキサイティングし熱烈な行為をしているのだ。
程なくして、警備課長と文官長がやってきた。
リルダはビシッと敬礼をした。
2人ともサラナに簡単な挨拶を済ますと、「リルダ君、対象者と遭遇してからどれ位経ったかね?」
「はい、警備課長。9時40分に遭遇いたしまして、そこから10分30秒経過しております。」
「フム」顎に手をやり「えらく長いな。」
それを遮るかのように、文官長が眼鏡をクイクイしながら長いため息をついた。
「ハァ─、とんだ大失態をしてくれたよ、あの2人は。」
そして皆に深々とお辞儀をした。
「うちの課の者が2人も、とんでもないことをしてしまいご迷惑をお掛けして申し訳ない。」
警備課長は首を横に振り、文官長の肩をポンポンと軽く叩いた。
監督不行き届きとなるのであろうか…。
いや…。いくら勤務中の出来事とはいえ、この案件は上司の責任というよりも、個々人のモラルの問題となるであろう。
文官長は顔を上げ、サラナに向かって再度深々とお辞儀をし謝罪をする。
「文官長殿。あなたが謝ることではなくってよ。謝るべきなのはあの2人なのですから。2人にはそれ相応の償いをさせようと思っておりますの。」
扇子の要部分のカルティアナ家の鷹のごとく、1度狙った獲物を決して逃すことはない鋭い眼差しだ。
扇子越しのサラナの声は、とても冷たい。
傍で聞いていた筋肉隆々の警備課長と、リルダの喉が思わずゴクリとなってしまうのであった。
文官長も恐る恐る眼鏡を、人差し指でクイクイとするのであった。
♢♢♢♢♢♢
今日はとても天気が良く気候も良い。とても清々しい日である。
♢♢♢♢♢♢
水色と青のコントラストの美しい花が咲き乱れる。
──垣根の外側にて
わたくしはメモリアル帝国の中でも格式のある由緒正しき家柄の、カルティアナ家の一人娘サラナ・カルティアナですの。
どんな時でも冷静な判断をしなくてはならないといけないのです。
そう…。たとえ愛する婚約者と、学園時代親しくしていた友人がわたくしを裏切っていたとしても。
伯爵令嬢らしく優雅な所作で…。
家紋入りの扇子で口元を覆う。水色の瞳は氷のように冷たい視線で垣根の向こうを見つめた。
♢♢♢♢♢♢
水色と青のコントラストの美しい花が咲き乱れる。
──垣根の内側
青色の瞳のジャンは、婚約者の親友のミーナと、ケダモノのような行為をした後、カチャカチャとベルトを絞め直し、制服の乱れを直し、上機嫌で垣根の外に出ようとしていた。
♢♢♢♢♢♢
誰にも知られてはいけない関係。
相手の女は婚約者サラナの学園時代からの親友で、学園を卒業してからもサラナと交流があるミーナだ。
赤色の巻き毛と黒色の瞳が魅力的な、女を全面に出してくる女だ。現に今も隙があれば、豊満な胸を俺の体にぴったりと押し当ててくる。
学園時代から女の雰囲気を漂わせていて熱を帯びたねっとりと絡みつくような視線を度々感じていた。
体の関係を持ち始めたのは学園を卒業し王宮に勤めだしてからだ。
♢♢♢♢♢♢
学園を卒業し王宮に勤めに行く際、元々の所属希望は文官ではなく魔法課だったのだが、何故か俺の文官としての才能が評価されたのか、文官に配属されたのだ。
そして、たまたまミーナの配属先も同じ文官だった。
文官の仕事は大変だった。
ミーナとは、同期で同じ課ということもありミーナと共に過ごす時間も増えていき、徐々に体も心も近づき、そしてある日一線を越えたのであった。
ミーナとは体の相性がとても良く気に入っている。
が、この女は結婚向きではないだろう。俺の妻には相応しくない。
爵位も男爵だしな。その内どこかの身の丈にあった貴族と結婚するんだろう。
この関係も結婚するまでだ。ただの結婚前の火遊びなのだから。
勤務中にこんな事をして、もしもバレたら一大事になる。取り返しがつかない事になるであろう。
…だが、バレなければ良いのだ。
ミーナの豊満な胸を見てジャンはニタニタと笑った。
ミーナとは関係を持っている。
しかし…勿論サラナの事は好きだ。
学園時代も他の男共は『身分の差がありすぎる…。帝国の中でも特に格の高い美しい伯爵家令嬢に、おいそれとは関われないさ。』と言っていた。
俺はそんな府抜けどもとは違う。
身分の差など関係ないだろう?
臆することなく他の友人に話しかけるように、サラナに話しかけた。
周りの腑抜けどもは、俺がサラナと親しくなっていくと、恨めしそうに指を加えて見つめていたが。
確かに身分が上で、とても美しい容姿だがそんなことは関係ない。俺がどうしたいかが重要だ。
俺は欲しいものは何としてでも手に入れる。実家でもそうだった。
兄弟が多く8人兄弟の5番目だった為、自己主張しなければ何も手元に残らない。忘れ去られていくだけでだった。
俺は自分の持てる武器を全て使いサラナに猛アピールをした。一見近寄りがたそうなサラナも実はそうでもなかった。親しくなれば親しくなる程あどけない笑顔を見せてくれる事もあった。
どんなに高貴な女も、所詮は女なのだ。
最初こそはサラナの実家の父親は、俺たちの関係に渋っていたが俺の熱意とサラナの必死の訴えもあり婚約することが出来た。
こうして誰もが羨む上等な女を、俺は手に入れることが出来たのだ。
今の所、サラナとは体の関係はない。
残念たが仕方がない、格式ある伯爵令嬢だ。結婚するまではお預けだが、結婚すれば思う存分堪能することが出来る。
俺の手で思うように汚し、創りあげていけると思うと最高にそそるものだ。それこそ男冥利に尽きるというものだ。
実家も太い為、悠々自適に暮らせるだろう。
俺の将来設計は完璧なものだ。
♢♢♢♢♢♢
ジャンは先程までの密事で体が満たされていた。
そして、それに加え自分の素晴らしい未来を考えると、自然と頬が緩み鼻歌も出るのであった。
♢♢♢♢♢♢
ジャンとミーナは、腕を絡ませイチャイチャと寄り添い、美しい花の垣根を通り過ぎ歩いていくのであった。
その向こう側には自分の思い描く楽観的で快楽的な将来とは真逆なものが待ち構えているとは少しも考えずに……。
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