2-2 『毒花』と呼ばれていた悪役令嬢『お義姉様はこれから先も私のドアマットでいてね。』
キャロラインの振り上げた短剣がギラリと光る。
黄緑色の瞳が不気味な光を放っている。
「ウフフフッお義姉様。これからも私のドアマットでいてね。」
「あまり調子にのるようなら、またお母様に『躾』をしてもらわないといけないわよね。」
キャロラインの刃のような視線と、投げ掛けられた言葉がアリシアの心に、刺々しい楔を落とす。
見も心もズタズタにされていた伯爵家にいた頃の記憶が甦ってくる。
……アリシアは助けを求めるかのように、咄嗟に胸元のサファイアのネックレスを触る。
しかし、心のどこかから、『またか…。』と諦めの感情が押し寄せて来るのを感じた。
…この後にキャロラインがする行動は、大体見当がつくのだ。
いつもそうだったのだ。
キャロラインが自分でやった事を、アリシアがやった事に見せかけて罪をなすりつけてくるのだ。
伯爵家にいた頃は、それが日常茶飯事であった。
ある時は、自分のドレスを引き裂いてアリシアがやったとわめき散らしたり、ある時は自分の宝石をアリシアの鞄のなかに入れ盗んだという。
それを見ていた周りの人々は、皆あたかもそれが真実のように受け止めてしまうのだ。
キャロラインの言葉の力の効果もあり、皆少しも疑う事なくアリシアがやったのだろうと決めつけ『悪役令嬢』に仕立て上げるのである。
♢♢♢♢♢♢
アリシアとキャロラインは血の繋がりはない。キャロラインは義母の連れ子である。
母が亡くなり間もなくして、父が元々知りあいであった。
義母の夫も亡くなったばかりで、義母と連れ子のキャロラインを伯爵家に連れてきたのであった。
父が義母と義妹を連れてきた時、当時のアリシアはとてもショックであった。
何故なら母が亡くなったばかりで、まだ深い悲しみの中にいたからだ。
また、それは父も同じだと思っていたからであった。
♢♢♢♢♢♢
父と母は家同士の政略結婚であった。
だが、政略結婚とら思えないほどに、仲が良く互いを慈しみ愛し合っていたということが、子供の目からもはっきりわかる程に、それはそれは仲睦まじかったのであった。
ある日突然母が馬車の事故で亡くなり、父は深く悲しんでいた。
しかし、母が亡くなった直ぐ後に、義母達を伯爵家に招き入れた。
母が亡くなって直ぐに、母以外の別の女性を愛したのだと幼いアリシアの目には映った。
それが当時のアリシアにとっては、つらく悲しかった。
しかし、そうやってただひたすらに悲しみに浸れたのも束の間であった。
悲しむことさえ出来なくなる位、アリシアにとっては地獄のような過酷な日々が始まるのであった。
父は義母と義妹に完全に懐柔されてしまう。
まるで操り人形のようになっていった。その内、父だけでなく伯爵家の全ての使用人が義母達の思い通りになっていったのであった。
唯一アリシアだけは、義母達の言葉の力だけでは思い通りにならなかった。
その為、『躾』と称して徹底的に虐待をされ尽くされたのであった。
叩かれたり、何度も鞭で打たれる。たださえ質素な食事を抜かれることも多かった。
使用人達も、義母達の支配下にあった為、「助けて…。」と、声にならない声で助けを求めても、泣き喚いても誰も助けてはくれない。
次第に泣き喚いいたり、抵抗すると余計に体罰は酷くなる事を知った。
心を閉ざしてやり過ごす。
生命が危険にさらされる事も何度かあったが、何とか生き延びられた。
実は、アリシアには治癒の力があった。
誰にも知られなないようにしていたが、アリシアには治癒の力があった為、鞭で打たれたり、叩かれた箇所を治癒力を使い治していた。そのお陰で今まで生きてこられたのだ。
…で、なければ死んでいたであろう…。
義母達の虫の居所が悪い時は、粗末な食事を抜かれ栄養不足の所に、義母が強く打ち込んだ鞭の深い傷口がズキズキと痛み、身体が衰弱していく。
そこへ義母達の言葉の攻撃を浴びせられる。
「母親と一緒でお高く止まった可愛げのない人間。お前なんて何の価値もない。シロノア家の面汚し。役立たず。こちらの情けで置いてやっている。お前は、誰にも愛されない惨めな人間なのよ。」
「お義姉様のような役立たずは何処に行っても誰にも愛されず、そのまま朽ちていくだけなのでしょうね。可愛そうなお義姉様。」
♢♢♢♢♢♢
身体の傷と心の傷がアリシアを襲う、。
このままでは死んでしまう…そう思うことは何度もあった。否、このまま死んでしまった方のがいいのだろうか…そう思ってしまうこともあった。
そんなアリシアの心を支えていたのは、幼い頃の母の記憶、母の温もり…、、、だけではなかったのだ。
実は父もごく稀にであるのだが、アリシアと同じ紫色の瞳の奥でアリシアを心配するのだ。
そのわずかな心を、アリシアは感じとってしまったのであった。
♢♢♢♢♢♢
心の奥の最後の場所で生きることを諦めきれなかったアリシアは、決して義母達に気付かれないようにギリギリのところで、治癒の力をコントロールをし自分を治癒し続けたのであった。
♢♢♢♢♢♢♢♢
そんなアリシアに転機が訪れたのは、つい1ヶ月ほど前であった。
悪名高い辺境伯キヌア・ハーベストからアリシアに婚約の打診があったのをきっかけにアリシアは伯爵家を出ることができたのであった。
本当は父を置いて伯爵家を出る事は気がかりであったのだが、莫大な結納金に目が眩んだ義母達はアリシアを追い出すように伯爵と婚約をさせた。
♢♢♢♢♢♢
初めて出会ったキヌア・ハーベスト辺境伯は、噂どおりの冷たい表情をしていた。
特に、綺麗だが冷たいサファイアブルーの瞳は、少しでも見つめられるだけで、怒っている、叱られるのではないかとビ内心クビクしていたのであった。
…が、一緒に過ごす内にキヌアの優しさを知り、いつしか好きになっていったのだ。
また、この婚約は母方の足の悪い祖母が辺境伯に頼んで成立していたということも知った。
冷たい印象を受ける外見とは反対にキヌアの陽だまりのような優しさを知り、アリシアの苦しみで支配されていた心が解き放たれたのであった。
「大丈夫だ。俺はそのままのアリシアがいいんだ。」
アリシアの思うままに過ごしていいんだよ。」
温かい手で包み込んでくれた。
キヌアとの暮らしはとても幸せだった。それ故、地獄のような辛い日々を過ごしていたということを忘れていたのかもそれない。
どんな手を使ってでもアリシアを不幸のどん底に落とす義母と義妹の事を。
アリシアは何度も胸元のサファイアのネックレスを確かめるように触った。
♢♢♢♢♢♢
目の前の義妹のキャロラインは、短剣を大きくふりあげたかと思うと一気にそのまま自分の腕を刺したのであった。
キャロラインの着ていた淡いピンク色のドレスが切り裂かれ、鋭く腕を切った。
そこから、真っ赤な血がどくどくと流れ、みるみる内にドレスが赤く染まっていく。
「カシャーンッ。」
キャロラインは血まみれになった短剣をアリシアの足元に投げつける。
アリシアを見つめ、歪んだ表情でニタニタと笑うのであった。
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