(幕間)団長の孤独/遺されたもの
ラインハルトは、竜舎裏手の小さな墓標の前に、月に一度、花を供える習慣を続けていた。
テオドール。享年五十八。辺境竜騎士団、先代竜匠。
刻まれた文字は、まだどこか真新しく見える。指でなぞるたびに、胸の奥が締めつけられる。
半年前、国境の裂け目から現れた大型の魔物に、竜舎の一頭が暴走した。テオドールは、その竜を鎮めようと単身で近づき――そのまま、還らなかった。
ラインハルトは、あの日から、竜舎の全てを一人で背負ってきた。竜たちの世話、団員の訓練、王都との折衝。誰にも弱音を吐かず、誰にも頼らず。それが、テオドールへの弔いになると思っていた。
だが、あの日から、竜舎は明らかに傾いていた。フィリアスに乗れる者はおらず、若い団員たちの士気も下がる一方だった。
そこへ、王都から来た伯爵令嬢が現れた。
正直、期待などしていなかった。貴族の道楽か、体のいい厄介払いだろうと思っていた。
だが、フィリアスの前に膝をつき、震える声で竜語を発した彼女の姿を見たとき、ラインハルトの中で、何かが揺れた。
テオドールなら、なんと言っただろうか。
「竜が心を許すのは、誠実で、裏表のない者だけだ。そこまで高潔な人間は、そうそういるものじゃない」。それは、テオドールがよく口にしていた言葉だった。あの伯爵令嬢は、その理を、誰に教わったわけでもなく、体現していた。
墓標の前で、ラインハルトは小さく息を吐いた。
「テオドール、あんたが見たら、何と言った」
答えは、返らない。ただ、風が墓標の花を揺らすだけだった。
ラインハルトは、立ち上がった。竜舎の方角から、微かに、エリーゼの声と、それに応えるように鳴く子竜の声が聞こえた気がした。気のせいだろう、と思いながらも、足はそちらへ向いていた。




