部下たちの目/認められるまで
竜舎の仕事は、想像していたよりも過酷だった。
早朝の餌やり、糞尿の始末、竜具の手入れ。貴族の令嬢としては、触れたこともない仕事ばかりだった。それでも、エリーゼは黙々と続けた。
若い竜騎士たちの視線は、最初、冷ややかだった。
「貴族のお嬢様の道楽に、付き合ってられないんだよ」
聞こえよがしの陰口も、一度や二度ではなかった。エリーゼは、それに言い返さなかった。ただ、手を止めなかった。
変化が訪れたのは、二週間ほど経った頃だった。竜具の革紐が擦り切れかけているのを見つけたエリーゼが、誰に言われるでもなく修繕していたところを、団員の一人――若い女性騎士のミアが見咎めた。
「勝手に触らないでよ、これ、私の竜の――」
言いかけて、ミアは口をつぐんだ。修繕された革紐は、元より丈夫に仕上がっていた。
「……どこで、こんな技術を」
「刺繍の延長のようなものです。針を持つ手は、革にも応用が利きますので」
ミアは、しばらくエリーゼを見つめていたが、やがて小さく言った。
「エリーゼ、で、いいの」
「はい」
「私はミア。よろしく」
初めて名前で呼ばれた瞬間だった。何でもない一言だったが、じんわりと、胸の奥が温かくなった。
それからは、少しずつだが、確実に空気が変わっていった。竜舎の仕事を教わり、時には他愛のない世間話も交わすようになった。
ドランも、竜舎の片隅で、少しずつ大きくなっていた。まだ空を飛ぶには至らないが、団員たちの足元をよちよちと歩き回っては、餌をねだる姿が、いつしか竜舎の名物になっていた。「令嬢の道楽」と陰口を叩いていた若い団員の一人が、こっそりドランに干し肉を分け与えているのを、エリーゼは見て見ぬふりをした。
ある日、巡回任務から戻った団員たちの荷物を運んでいたエリーゼに、ラインハルトが声をかけた。
「随分と、馴染んだな」
「まだ、竜には乗せてもらえませんが」
「それは、時間の問題だ」
ラインハルトは、それだけ言うと、竜舎の奥へ歩いていった。エリーゼは、その背中を見送りながら、小さく笑った。
竜舎の風は、王都のそれよりも、ずっと乾いていて、冷たかった。だが、その冷たさが、今のエリーゼには心地よかった。




