噓は響かない/竜匠の遺言
翌日から、エリーゼは竜舎に通うことを許された。正式な竜騎士としてではない。ただの見習いとしてだった。ドランは、いつもエリーゼの足元にまとわりつき、水桶を運ぶ後ろをよちよちとついて回った。
「先代のテオドール殿は、どのような方だったのですか」
水桶を運びながら尋ねたエリーゼに、若い団員の一人が答えた。
「厳しい人だったよ。でも、竜への接し方は誰よりも丁寧だった。団長にとっては、親も同然の人だったんだ」
エリーゼは、手を止めた。
「団長の……」
「詳しくは、団長本人に聞いた方がいい」
その日の夕方、竜舎の掃除を終えたエリーゼに、ラインハルトが声をかけてきた。
「フィリアスの世話、続けるつもりか」
「はい」
「なら、一つ言っておく」
ラインハルトは、フィリアスの柵の前に立ち、鱗の一部に触れた。
「テオドールは、竜語の声を持つ者を、生涯に一人だけ見たことがあると言っていた」
「その方は、どのような……」
「その者も、お前と同じだったからだ。本音を、隠さない性分だった」
ラインハルトは、エリーゼを見た。
「竜がその者を選んだのは、才があったからじゃない。そういう性分だったからだ、とテオドールは言っていた」
エリーゼは、フィリアスの瞳を見た。大きく、静かな瞳だった。
「でしたら、私は――」
言いかけて、止める。
言葉より先に、喉の奥が、小さく震えた。ここでなら、隠してきた本音を、言ってしまってもいい。そう思った。
「本当は、ずっと、辛かったのです」
初めて口にする言葉だった。誰にも、悟らせたことのない本音だった。
「長い間、婚約者に都合よく使われていました。尽くしても、感謝の言葉一つなく、最後には賭けの道具にされていたと知って」
声が、思ったよりもまっすぐ出た。抑え込んできたものが、堰を切ったように溢れ出す。フィリアスが、耳のような器官を、こちらに向けた。
ラインハルトは、何も言わなかった。ただ、黙って聞いていた。
「今まで、誰にも、弱音を見せたことはありませんでした。ここでなら、隠さなくていいのですね」
「隠す必要はない」
ラインハルトの声は、いつもと変わらず低かった。だが、そこにわずかな柔らかさが混じっていることに、エリーゼは気づいた。
「隠せば、竜が離れる。それだけの、単純な理だ」
フィリアスが、額をエリーゼの肩に寄せてきた。重みのある、温かい感触だった。傍らでは、ドランが、心配そうに低く鳴きながら、エリーゼの膝に頭を擦り寄せていた。
エリーゼは、初めて、声を上げずに泣いた。




