叙勲の勅命/王都へ
戦いから半年が過ぎた頃、王都から勅使が訪れた。
「エルデンライヒ辺境州を三度救った功績により、辺境竜騎士団のエリーゼ・フォン・アーレンブルクに、正式な叙勲を授ける。宮廷への出頭を命ずる」
エリーゼは、その報せを、まっすぐに受け止めた。
「王都に、戻るのですね」
「ああ」
ラインハルトは、肩の傷もすっかり癒えていた。だが、その表情には、わずかな懸念が見えた。
「あの男と、顔を合わせることになる」
「構いません」
エリーゼは、はっきりと答えた。
「もう、あの人たちに、何かを感じることはありません。ただ――」
「ただ」
「けじめを、つけたいとは思います」
ラインハルトは、頸いた。
「なら、俗も共に行く」
「団長に、そこまでしていただく必要は」
「必要がある」
ラインハルトは、エリーゼの目をまっすぐに見た。
「お前が背負ってきたものに、俗も立ち会いたい」
エリーゼは、その言葉に、微笑んだ。
「団長」
「何だ」
「あの日、戦場で仰っていた、『独りで背負うことが、テオドール様への彔いになる』というお言葉。あれは、どういう意味だったのですか」
ラインハルトは、少しの間、視線を落としていた。それから、口を開いた。
「実は、王都には、もう一つ、上奏している」
「もう一つ?」
「団長の任を、退く。そして、後任には、お前を推挙する、と」
エリーゼは、言葉を失った。
「なぜ……」
「お前がいれば、この地は守られる。それは、あの戦場で、誰よりも俗自身が思い知らされた。一人で背負う時代は、もう終わったんだ」
ラインハルトは、少し照れたように、視線を逸らした。
「それに――竜舎の均衡そのものが、お前なんだ。今更、隠す理由もないだろう」
エリーゼには、すぐには言葉が出てこなかった。ただ、胸の奥に、静かな熱が広がっていくのを感じていた。
出立の朝、竜舎の団員たちが、揃って見送りに出てきた。ドランは、馬車に乗り込むエリーゼの裾を、名残惜しそうに引っ張った。
「留守は、任せて。あなたも、ここの子たちを守ってあげて」
そう言い聴かせると、ドランは、渋々といった様子で、大人しく身を引いた。ミアが、その首筋を撫でながら微笑む。
「団長も、どうか、道中お気をつけて」
ミアの言葉に、エリーゼは頸いた。勅使は、叙勲のみを告げていた。だが、その先に何が待っているのか、エリーゼにはまだ、想像もつかなかった。
王都へ向かう馬車の中、エリーゼは、確かな覚悟を胸に抱いていた。
王都の門をくぐると、竜騎士団の正装を縯った一行に、道行く人々が次々と足を止めた。二年半前、誰にも見送られず静かに馬車を出した娘だとは、誰も気づかない。ざわめきの中に、かつて聞き飽きた「アーレンブルクの、都合のいい令嬢」という陰口はもう聞こえなかった。あるのは、素直な驚きと、憑れに近い視線だけだった。
エリーゼは、その視線を、ますぐに受け流した。見返すためではなく、ただ胸を張って歩くために、ここまで来たのだから。
宿へ向かう道すがら、エリーゼは、路地の奥に見覚えのある二人を見つけた。ヨアヒムと、ヒルデガルトだった。
仕立て直したとわかる、流行遅れの外套。ヨアヒムは、商人らしき男に何事か頭を下げていたが、男は冷ややかに首を振り、蹵を返して立ち去っていった。ヒルデガルトが、それを見て、ヨアヒムに苛立たしげに何か言い勝っている。人目も楟らない、みっともない口論だった。
かつて、光り輝くように見えていた二人の姿は、そこにはなかった。エリーゼは、しばらくその光景を見つめていたが、やがて静かに視線を外し、馬車へと戻った。
「団長」
「見たか」
「はい」
「何か、思うことは」
エリーゼは、少し考えてから答えた。
「特には。ただ、哀れだとは思いました」
それ以上の感情は、もう湧いてこなかった。




