裂け目の氾濫/一日目の夜明け
夜明けと共に、裂け目から溢れ出した魔物の群れが、国境線に押し寄せた。
想定を遥かに超える数だった。地平線を埋め尽くすほどの影が、地を這い、空を覆う。
エリーゼは、出撃の直前、胸元に忍ばせていた小箱を開けた。中から取り出したのは、父に託された家宝――『竜の涙』。淡く光る石が、朝の光を受けて煌めく。
「今こそ、力を貸して」
首にかけたその瞬間、石が、脈打つように光を強めた。フィリアスとドランの瞳が、同時に鋭く見開かれる。二頭の竜の体から、これまでにない力が漲るのを、エリーゼは肌で感じ取った。
「散開! 各隊、指示に従え!」
ラインハルトの号令が響く中、エリーゼはフィリアスに跨り、竜語の声で竜たちに指示を飛ばした。集結、散開、退避、再突撃。声一つで、竜たちの動きが有機的に連動していく。ドランも、家宝の力に応えるように、若い体に見合わぬ力強さで、仲間の竜たちを援護していた。
戦闘は、想像を絶する激しさだった。爪と炎、悲鳴と怒号が入り混じる中、エリーゼは冷静さを保ち続けた。
ここで、退くわけにはいかない。
一頭の竜が、深手を負って落下しかけたのを見て、エリーゼはフィリアスを急降下させた。声を張り上げ、他の竜に援護を呼びかける。間一髪、落下する竜を、複数の仲間が支えた。
「エリーゼ、後方へ!」
ラインハルトの叫びに、エリーゼは首を振った。
「まだです! ここで退けば、防衛線が崩れます!」
戦いは、日が沈んでも終わらなかった。松明の灯りの中、両陣営は消耗戦を続けた。
夜明けが近づく頃、ようやく、魔物の第一波が引いていった。だが、それは、束の間の休息に過ぎないことを、誰もが知っていた。
エリーゼは、フィリアスの背にもたれかかりながら、赤く染まり始めた空を見つめた。
一日目は、終わった。だが、戦いは、まだ始まったばかりだった。




