王都からの手紙/忘れられた令嬢
父からの手紙が届いたのは、ある晴れた午後だった。
エリーゼは、竜舎裏の木陰に腰を下ろし、封を切った。傍らでは、ドランが日向ぼっこをしながら、まどろんでいた。近況を伝える、いつもの内容だった。だが、末尾の一文に、指が止まった。
「ヨアヒム殿とヒルデガルト嬢の婚約が、正式に発表された」
ヨアヒムとの婚約を解消してから、もう二年になる。今更、驚くような話ではなかった。
それでも、エリーゼはその一文を、何度か読み返した。だが、込み上げてきたのは、痛みではなかった。ああ、ようやくお似合いの相手同士で片が付いたのだ。そう思うと、腹の底から、せいせいした気分がこみ上げてきた。あの人と結ばれずに済んで、心底よかった。今なら、迷いなくそう思える。
それだけだった。まどろんでいたドランが、ふと目を覚まし、機嫌よさそうに尻尾で地面を叩いた。
「浮かない顔だな」
気づけば、ラインハルトが隣に立っていた。
「いいえ」
エリーゼは、手紙を畳みながら答えた。
「元婚約者の、正式な婚約発表だそうです」
ラインハルトの表情が、わずかに硬くなった。
「辛くはないのか」
「いいえ、全く。むしろ、せいせいしています」
エリーゼは、笑った。取り繕った笑いではなく、素直なものだった。
「もう、あの人たちのことを、思い出すこともなかったので」
ラインハルトの表情が、わずかに和らいだ。少し間を置いてから、彼は言った。
「なら、それでいい」
短い言葉だった。だが、その中に、安堵のようなものが滲んでいるのを、エリーゼは感じ取った。
木々の間から差す光が、二人の影を長く伸ばしていた。エリーゼは、手紙を懐にしまい、立ち上がった。
「団長、次の巡回の準備をしましょう」
「ああ」
ラインハルトが、先に立って歩き出す。その背中を追いながら、エリーゼは思った。
過去は、もう自分を縛るものではなくなっていた。




