竜語の限界/噓をついた日
三日間、フィリアスと共に辺境州の境界線を巡回し続けた。荒野の寒風、慣れない野営、絶え間ない警戒。竜舎に戻ってからも、休む間はなかった。溜まった書類には目を通さねばならず、若い団員たちは代わる代わる相談事を持ち込んでくる。誰かの相談に応え、誰かの失敗を庇い、誰かの愚痴に耳を貸す。気づけば陽は傾き、エリーゼの足取りは、自分でも驚くほど重くなっていた。
「大丈夫か」
夕刻、竜舎で顔を合わせたミアが心配げに尋ねてきた。
「ええ、大丈夫」
エリーゼは、笑顔を作って答えた。本当は、今すぐにでも横になりたいほど、疲れていた。だが、心配をかけたくなくて、つい取り繕ってしまった。
その足で、フィリアスの元へ向かう。いつものように、額に手を当てようとしたそのとき――
フィリアスが、わずかに、身を引いた。
「……フィリアス」
戸惑うエリーゼの手を、フィリアスは避けるように顔を背けた。大きな瞳に、今までにない距離が見えた。隣の柵では、ドランまでもが、落ち着きなく地面を引っ掻き、苛立たしげに鼻を鳴らしていた。
エリーゼは、その場に立ち尽くした。
噓をつくと、声が響かなくなる。
ラインハルトの言葉が、頭の中でよみがえる。「大丈夫」と、心にもない言葉で自分を偽った、あの一瞬。竜は、それを見抜いていた。
「ごめんなさい」
エリーゼは、フィリアスに向かって、今度は本音を口にした。
「本当は、疲れているの。すごく」
フィリアスの瞳が、少しずつ、柔らかさを取り戻していく。額を、エリーゼの手のひらに寄せてきた。ドランも、いつの間にか大人しくなり、安心したように地面へ伏せていた。
その夜、竜舎の隅に座り込んだエリーゼのもとに、ラインハルトが水筒を持って現れた。
「疲れているなら、疲れていると言え」
「見ていたのですか」
「見なくてもわかる」
ラインハルトは、水筒を手渡しながら、低く言った。
「竜語の声は、噓をつくと響かなくなる。だが、それだけじゃない。竜は、心を通わせた相手の気持ちに、そのまま引きずられる。お前が苦しんでいれば、竜も苦しむ。無理を重ねれば、いつか、お前自身が壊れる」
エリーゼは、水筒を受け取り、ゆっくりと口をつけた。冷たい水が、疲れた喉に染み渡る。
「肝に銘じます」
「そうしろ」
ラインハルトは、それだけ言うと、隣に腰を下ろした。何も話さない、ただ隣にいるだけの時間が、この日はやけに心地よかった。




