表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/29

(幕間)王都の噂/ライヒェンバッハ家の陰り

ヒルデガルト・ノイマンは、ライヒェンバッハ侯爵こうしゃく邸の応接間で、帳簿を睨むヨアヒムの背中を見つめていた。


「父上への支払いが、また滞っているそうよ」


「わかっている」


ヨアヒムは、苛立たしげにペンを置いた。侯爵家の財政は、この一年でみるみる傾いていた。夜会や賭け事、見栄のための贈答品という、積み重ねた浪費のつけが、今になって回ってきている。


「エリーゼの家宝を、奪えていれば……」


ヒルデガルトは、思わず口にしてから、しまったと思った。ヨアヒムの顔が、みるみる険しくなる。


「お前が、やりすぎたんだ」


「は?」


「お前と、お前の取り巻きが、いじめすぎたんだろう。だから、あの女の心が折れて、賭けの期限を待たずに逃げ出した。俺にもう少し、時間さえあれば」


ヒルデガルトの顔から、血の気が引き、代わりに怒りが上ってきた。


「よく言うわね。婚約者のくせに、あの女に労いの言葉一つかけようともしなかったのは、あなたじゃない。少しでも優しくしていれば、あんなに簡単に逃げられることもなかったはずよ」


「今更、それを言うな」


「ごめんなさい。でも……」


ヒルデガルトは、窓の外を見た。エリーゼが辺境に去ってから、もうずいぶん経つ。あの静かな令嬢のことなど、社交界の誰も、もう話題にしていない。


「あの女がいなくなって、清々したでしょう」


「ああ」


ヨアヒムは、そう答えたが、その声には、以前ほどの余裕がなかった。


「支度金の件は、お前の家からなんとかならないのか」


「子爵家に、そこまでの蓄えはないわ」


沈黙が落ちた。窓の外で、馬車の音が遠ざかっていく。


ヒルデガルトは、ふと、あの夜のことを思い出した。竜を鎮めるという家宝、『竜の涙』。あと少し時間があれば、あの首飾りは手に入っていたはずだった。なぜだか、それが今になって、小さな棘のように、胸の奥に刺さっていた。


「大丈夫よ、私たち」


ヒルデガルトは、ヨアヒムの肩に手を置きながら、自分自身に言い聞かせるように呟いた。


「きっと、なんとかなるわ」


窓の外の空は、王都らしい、灰色がかった曇り空だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ