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<--異世界観測媒体☆日本人☆ミューテーション-->(仮題)(旧題:魔王を倒してサヨウナラ)  作者: nanasino
第0章 『0の因果』

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第9話 『 船出の白書 』






△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼






『━━━━━…』




『『『『『『『『……………………』』』』』』』』




 すぐ近く、というほどでもない距離。ワタルリとイオラを囲むように何人もの人影がうっすらと見える。

 フラッシュライトの光ではぼんやりと黒い世界からその中身の造形を浮かび上がらせるだけで、はっきりとはそれら眷属達の姿は見えないが━━━━━奇妙だった。


 皆一様に頭部を布地や面などで隠しており、中には紙袋を被っている者などいて素顔を隠している。

 分かるのは体格の大小や、素朴に身を包むだけの特徴薄い服装。そこから翼や尻尾や角といったはみ出しが見える程度だ。ほとんどの者が人体に近い立ち姿に見える。




『──っ!…ぁ……?』




 ヒラリと落ちてきた、何か真っ白の四角くて平べったい物がワタルリの足元にある。封筒のような何かに見えなくもない。眷族達うちの1人の腕がわずかに動き、それをこちらへと差し出すように投げてよこしたのだ。

 不審なそれを拾おうとせず眷族達の方を見据えているワタルリの眼下にネコミミくんがしゃがみ込み、それを拾い上げてうやうやしく両手で掲げ持った。

 


『にゃ、拝借します』



『なにそれ…拾わなくていいよ…。───ん?ぇっ…ここは…─────』



 ネコミミくんが拾い上げた封書がなんなのかワタルリは嫌な予感がしたが、それより気づいて驚いたのはここがまた見知らぬ場所だったからだ。


 ワタルリは確か狭い路地のような場所にポツンと立っていたはずである。高い建物に囲まれた露地の隅の窪んだ隙間に何かの都合でたまたま余ってできた意味不明な空間みたいなシュールな所。最初の場所がそうだったはずで、それが今は周囲をぐるりと壁や段差が囲っている。


 ワタルリ達を見下ろす覆面の眷族達は壁際にある3段高い位置の、それも祭壇のような壇上に敷物を敷いて座っており、それぞれ柱を背にして佇んでいる。

 その柱の伸びた先の天井は格子のように梁が組まれていて古い寺院を思わせる造りに見えなくもないが、フラッシュライトの明かりではその高さまではよく見えない。


 立ち上がって驚いたのは足元の感触である。ライトで照らしてみると、白洲のように真っ白な砂の敷かれた地面だ。砂地には模様が作られていて、それがちょうど枯山水の庭みたいな造詣で踏み歩くのをはばかる静寂がある。そういうところに今のワタルリは立っていて、ポカンと口を開けていた。




『プククwクックっww』



『…!?』




 クスクス笑いを堪えるイオラが壁の段差の上に腰掛けている。

 いつの間に傍から離れたのかワタルリは気づかなかったが、イオラは涙が出るほど笑いを堪えていて顔が真っ赤だ。なぜなんだい?ええ?




『ぷググーッwwし…ww仕返しwヒャッひゃww仕返ししてやったww』



『は…はぁあ!?』



『か…勝手にww私を連れ出したからっひゃwwあーww仕返し!wwっひゃww』



『オウマイ…』




 オーマイガーというところだ。どうやらイオラは、ワタルリが眠って固まっているのをどうにかして運び、ネコミミくんが言った”秘密の集会所”とやらに担ぎ込んだのだろう。ワタルリがイオラを眠っている間に幽界まで運んだように、その仕返しを即座にやってのけたと。やっこさん、なんてえ女だい。




『ひーwひゃっひゃww』



『勘弁してくださいよちょっとぉ…これは…俺は、こういうのがもう困るって今喋ってたでしょ………』




 イオラの引き笑いがこだまする中で目を泳がせるワタルリはネコミミくんの顔を見て目を見張った。

 白い封筒━━━であるかに見えたのは紙をつづらに折った奉書だったのだが、それを広げて眺めるネコミミくんのポカンとした顔つきと半開きの口がやけに静かでワタルリは気にかかったのである。




『ちょっと、待て!ちょっと待てよ…いいから待て。待て待て。そう。よーし、いい子だ』



『にゃ?にゃむ、…むぐ〜』




 誰かが何かを言い出す前に静止したかったワタルリはネコミミくんの背後に回るとその口をそっと両手で覆った。

 ちょっともうしばらく休ませて欲しいじゃないか。ワタルリのキャパシティたる脳の処理能力は沸騰する鍋と宅急便の受け取りを前にして全裸である場合、優先順位を決めることもできず泣き崩れるしかない程度なのだ。


 なぜ自分が異世界にいるのか解らず、帰る方法も解らず、この異世界のありとあらゆる事が解らない。それなのにまた何かの流れに流されそうになっているなんて事は絶対にここで止めなければならない。


 一度この流れを止めて、説明のくだりに入って欲しい。

 ワタルリの異世界での活動について、そのあらましを語り聞かせて欲しい。今更とか遅いとかいうことは無い。その辺はちゃんとして欲しい。だってそうじゃないと、どう生きてもすぐ死にそうじゃないの。


 ここに集まる人外の面々は何者か知らないが、おそらくは神とかに仕えるなどという眷族達に違いないのだ。いってみればこの異世界の神々の部下だろう。神々に繋がる奴らならば、ワタルリの目的の一端である安全保障の話を持ち掛けるのにグッドタイミングである。俺を神に取り次げと。この変化のない黒い世界”隔離界”に集まるほどの彼らは何か秘密を抱えているに決まっている。ワタルリにとってこれは逆にチャンス到来なのだ。




『──あの!お願いします!俺は元の世界へ帰りたいです!何でか分からないけどこの世界に居る状態で…誰かに召喚されたんだと思うんですけど、…あの、厄介な頼み事かもしれませんが…何とか助けて頂けないでしょうか。何にも分からないんで俺……すぐ殺されて…………』



『『『『『『『『……………………』』』』』』』』




 ワタルリの訴えに応じる者が無い。顔を覆面で覆う彼らはワタルリの方を見ているのかどうかすら分からないのだが、話聞いてるのだろうか。ワタルリが心から訴えているというのに何の反応もないというのは、彼ら眷族という存在は人間の心象を汲む情緒が欠けているのかも知れなかった。


 相手の反応がなければ人が感じるのは己の心である。ワタルリは惨めな気持ちで立っている自分に気づいて視線が足元へ向いてしまい、萎縮した。

 言葉尻が消えそうになるワタルリだが、ここは引いてはいけない場面だろう。自分の言いたい事を言わないといけない。表現しないと伝わらない。

 自分で気持ちを切り替えたワタルリは真剣になると声が震えたが、かまわず言葉をつづけた。




『し、正直、最悪ですよ、この世界。クソです。…いや、それは、俺は全然この異世界で一瞬しか生きてないから、この世界のこと何にも知らないってのはありますけど……俺の扱い酷いですよ。こんな……俺は、……異世界物語が好きだったのに………異世界が面白そうって思ってたのに………』



『『『『『『『『……………………』』』』』』』』


『ふがふが…にゃッ』




 訴えているうちに泣けてきて涙ながらにワタルリは吐露した。吐露しつつ、自分こそガキじゃないかと思ってネコミミくんを手放した。

 正直な気持ちを言えば言うほどバカバカしくなってくる。こんなことを誰に言っても何の意味があるだろう。自分が惨めな気分になるばかりじゃないか。




『俺は…どうすれば………』




 尚も眷族達からの返答はなく、ワタルリは項垂れてしまい、もう言葉が出なかった。

 自分はこのまま、こうして出会う者達にああしろこうしろと促されてどうにかなって行くだけなのかと思うと、本当に自分なんて存在は価値がないような気がした。

 それどころか、悪魔の言った通り本当は自分なんて者は存在しないのではないかという虚な幻想が胸を締めてくる。そんな自分なんて居なくていいと。


 失望し、フラッシュライトを点ける気にもなれず、それからこの真っ黒い世界のこの部屋の中でなにがどうなったのかワタルリは感知したくなくてどうでもよくなった。

 ただ、そうして突っ立っているワタルリをイオラが後ろから抱きしめてくれて、暖かな胸の鼓動を背中に感じたような気がした。




 ━━━━━━━━━━━。




 それから、ズボンの膝の辺りをグイグイ引っ張る何かに体が傾いて、何処かへと歩いた。

 どこをどう歩いたかなんてのは全然分からないが、登ったり降ったり、左や右へ折れてと膝を引っ張るそれに連れられてワタルリは足を動かしている。あの部屋からはとっくに出てしまって、眷属達からは結局一言も無かった。


 自分がこれからどうなるのか、誰かの考えで自分の運命は作られているのか、自分の意思はこれからも永遠に無視されるのかという諦念が頭を巡って反芻し足取りを覚束おぼつかせない。


 歩いていると、仄かな明かりの揺らめきが見えてきた。

 水面の煌めきのようなそれがずっと遠くまで続いていて、それがトンネルみたいに見える。




『んしょ。にゃ、…お兄さん、お舟に乗ってください』



『━━━━━…』



 急に何だろう。ネコミミくんの声が聞こえて、ずっと膝を引っ張っていたのがこの子だというのは、やっぱりなという感じだ。

 だが、この変化のない黒い世界だという隔離界の景観に薄明かりがあるのはおかしい。ワタルリは不安になって辺りを見回した。




『イオラさん…』



『お姉さん?いませんよ?』



『えっ』




 ワタルリは狼狽した。イオラが自分から離れてしまうなんて想像してなかったのである。なぜか、彼女はずっと自分と一緒にいそうな気が勝手にしていたのだ。

 イオラはここまでの歩みにはついて来ず、さっきの集会場で別れたのだとネコミミくんがいう。それを知るとワタルリは嗚咽して泣いてしまった。顔がくしゃくしゃになって涙が出るのを抑えられない。




『━━━━━なんでッ………お別れ……………嘘だろ…………』



『………』




 寂しいと思うにしても、こんなに泣くほど辛い気持ちになるのは自分でも変だとワタルリは困惑して首を傾げている。イオラ・アビアがどういう人物なのか本当のところは知らないのに。人から抱きしめられたのは初めてだったとはいえ、手コキされたとはいえ、自分とイオラはほんのちょっとの付き合いしかない薄っぺらい関係だというのに。純情な青少年に性的搾取する変態お姉さんのことをワタルリは異常な人だと思っているのに。




『……━━━』




 立ち尽くして泣いているワタルリの周りでネコミミくんはうろうろとその辺を歩き回ってあちこち眺めていたり、段差に腰掛けて足をぶらぶらしたり、四つん這いになって身を伸ばすと水面に顔を突っ込んだりと落ち着きがない。


 水面、━━━━━ここは水辺なのだ。

 波打つ水面の揺らぎは黒い世界のものではない。少しの湿気と涼しげな空気を肌に感じてワタルリは目を細めた。

 水面の反射する薄明かりに目が慣れてくると、ここが洞窟の中みたいな場所だと分かった。

 周りは全て岩場で、その中に遠くまで入江のように穿った水辺があって、1艘の小舟が浅瀬に乗り上げている。




『ここは…?どこ?なんなの?』



『━━━にゃ、お兄さんをお連れするのです。僕がいれば大丈夫。幽界の案内がいれば、記憶の…あの世界に入ったりする事はないです』



『…?』



『幽界の河に出ます。秘密の港なんです』




 ネコミミくんの言うことがなんとなくピンときた。ワタルリは今から、もう一度あの幽界の河に行くのだ。

 そしてそこから━━━━━━━




『…俺をどうするつもり……?』



『お兄さんを生き返らせるんです。にゃ…』




 ワタルリが目を据えてネコミミくんを見下ろすと、ネコミミくんは身を縮めるようにして耳を伏せ、ワタルリを見上げた。

 この子のこういう挙動がどういう感情なのかワタルリは分からなくて、いちいち困惑して唇を噛んだ。ワタルリは今どういう視線を投げかけられているのだろう。


 ただ、生き返らせるというこの子の言葉は、ワタルリの覚えていた記憶を鮮明に蘇らせて、ネコミミくんをもう一度正面から見るために目線を下げさせた。手招きしたわけではないが、膝を折ってその場に座るともうネコミミくんの方から側へ来ている。




『君は…あの、名前は?地下室で俺と、…死んだ俺の魂と会ったのを覚えてる?』



『にゃ、え…と。覚えてます。お兄さんは、殺されて……泣いてました。あこから出れなくなってて、困って、それで…あ、これ……』



『━━━━━━━…』




 そうして名前は答えずに、ネコミミくんはポケットから小さくてカラフルな包みを取り出し、ワタルリに差し出して見せた。

 ピンクとホワイトのストライプの包みに包まれたシュワシュワ飴ちゃん。それはまごうことなく、ワタルリがネコミミくんにあげたキャンディーである。


 このシュワシュワ飴ちゃんを見たワタルリはあの地下室での邂逅が鮮やかに思い出されて、その後の一つの違和感をも実際にあった記憶だと確かな感触を得た。ワタルリが記憶世界の旅で取りこぼした一つの疑問を。


 ワタルリがそう見とめた瞬間、ネコミミくんはキャンディーさっとポケットに閉まってしまい、その上からしつこく触って飴玉の感触を確かめると「よし、あるな」という感じでまたワタルリを見た。




『僕がお兄さんを生き返らせます。今回は、あのお姉さんが因果をくれました。あとは、幽界の対岸の、霊界の岸辺で待機している受け入れ先の方から、…えーと、転生企画を受け取るだけです。にゃ。…にゃー…ちゃんとできるかな……』



『━━━━━わかった。言う通りにするよ。もう、…わかった』




 もう行くしかないのだ。事の流れに流されるのは嫌だけど、もっと何かしっかり教えて欲しいけど、もうどうしようもない気がした。

 ネコミミくんの言うお姉さんとはイオラのことだろうが、その因果をくれたというのがどういう事か分からなくてもワタルリは心にザワザワする何かがあるのが分かる。イオラの何かが、ワタルリの心の隣にあるのだ。

 その先のどうたらこうたらは解らないが、案内だというネコミミくんに任せるほかないだろう。ワタルリにはそうするしかなかった。


 でも、そのネコミミくんが何者なのかがよく分からないまま付いていくのも釈然としない。

 もう少しこの子と話がしたい。ネコミミくんが何者なのか知りたいし、それに、ネコミミくんから聞き出せることが色々あるかもしれない。ネコミミくんは何もワタルリを急かす風でも無いから、今のうちに聞けることは聞いておくべきだろう。

 この流れの先へ行くしかない、と思いを切り替えたワタルリは少し前向きな気持ちが湧いてきている。




『いろいろ解らないことがあるから、質問に答えてほしいんだけど…いける?ネコミミくん』



『にゃ!質問!にゃはー!』




 そういうわけで、ワタルリは改めてネコミミくんに向き直ると、やけに嬉しそうな彼に向けて色々と話しかけつつ探りを入れた。

 ワタルリは期待した。この子も一応は眷属で、猫神の眷属神とかいうピンク色の化け猫ニボシの使いっ走りなのだから、この世界の知識は相当にあるはずだと。小さい子だし何かぽろっと秘密を教えてくれるかもしれないと。


 ネコミミくんが大事そうに携える白い折文は暗がりに浮き立つようで、ワタルリの前途を示すかのような純白であった。






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