第8話 村の子供たちと出会う
筋肉痛の身体を引きずりながらも朝早く起きて、寝ぼけ眼のまま母に連れられて職場へやってきた。農民の朝、早すぎない? 日の出とともに出勤って、普通に考えてブラックなのでは?
そんな泣き言を言っても誰にも通用しないことは分かっている。母がせっせと肉体労働しているのだから、私も生きるためには頑張らなきゃいけない。さて、今日も一日がんばるぞい!
みんなで決められた農地へ行き、頃合いのものを採集した。初めて採集した時は右も左も分からず、なんとなく私の常識的に考えてこれはオッケーだよね? というものを採っていた。大体私の常識観はこの時代でも通用するらしく、その点においては安心したが、一応は見たことのない野菜は全て一度サロメに聞いてから採取している。と言っても、季節が変わらない限り基本的には採れるものも変わらないらしい。すっかり一人前の様相で、私はひょいひょいと籠の中に野菜を入れていった。
籠を背負って戻ってきた後は、草むしり組と下処理組と分かれる。私たちはいつものように井戸の側で水を汲み、綺麗な水で野菜を洗っていると、足音がした。ヒューゴたちだろうか? 何かあったのかと顔をあげて、私はきょとんとした。そこには、見慣れない子供たちがいたのだ。
「サロメ。この辺り使っていい?」
赤ちゃんを背中に背負った、サロメと同い年くらいの女の子がそう言った。釣り目だからか、勝気そうに見える。
「ああ、ロジーヌ。もちろんよ。レノ、こっちにおいで」
私は荷物をまとめて、サロメの側に移動した。ロジーヌと呼ばれた少女は、持ってきたボロ服と板が入ったバケツのような入れ物を地面に置く。その拍子に、ボリュームのある赤毛がふわりと揺れた。
ロジーヌの後ろには、少年が二人立っていた。二人とも同じようにバケツのような入れ物にぎっしりと布を入れて、板を持っている。よく見ると石鹸らしきものも持っていた。
……そうか、この井戸は共用井戸だったっけ。つまり、彼らはここに洗濯をしにやってきたのだろう。
「サロメ、久しぶり。元気だった?」
サロメの側に、一人の少年が陣取った。茶髪の少年は落ち着きのない様子でサロメをちらちら見ながら、井戸水を汲んでいる。
「ええ。ボーモンも元気そうで良かったわ」
「今日も収穫は順調? 僕、下処理、手伝おうか?」
「ありがとう。でも平気よ。前は私とリアムで下処理をしていたから時間がかかっていたけれど、今は立派な助手が来てくれたから、大助かりしてるの」
サロメは私をちらりと見た。子供たちの視線が私に集まるのを感じて、私は俯いて野菜の下処理に専念した。でも、その対応は不正解だったらしい。サロメは私の手を止めさせ、その場に立たせた。
「レノったら。案外人見知りなのね? ほら、みんなに挨拶しなきゃ」
まるでリアムの面倒を見ている時のような顔で、サロメは私の背中を押した。見知らぬ三人の子供の視線を受け、私は覚悟を決めてにこりと笑った。
「レノです。何日か前から、サロメに色々教わって、収穫のお手伝いをしています。よろしくお願いします」
何をよろしくするのだろうか。でも、村の子供たちってことは、その後ろに大人もいるわけだし、村づきあいも大切だよね? こういう閉鎖的で小さな村は持ちつ持たれつなことが多いだろうし。顔を売っておいて損はないはずだ。『私』だった時のクセで、友達の友達を見ると逃げ出したくなってしまって顔を俯かせたのは本当に失敗だったな、とサロメに心の中で感謝した。
「……噂と違うな」
そう呟いたのは、水色の髪をした少年だった。この中で一番身だしなみを整えていて、利発そうな顔をしている。クールそうな少年だ。
「噂?」
こてりと首を傾げれば、サロメは慌てたように声を出した。
「マルタン。余計なことは言わないで!」
サロメのその言い方が、ヒューゴが私を最初にからかった時と同じような口調だと気付いた。ということは、私や私の母についての、あまりよくない噂のことだろうか? サロメは最初から、私を思って、私の耳に嫌な噂が届かないように考えてくれているのだと気付いた。やっぱりサロメは良い子だ。
怒ったサロメの声を聞いても、マルタンは肩を竦めているだけだった。その瞳には無関心さが映っており、どうやら噂を確かめたかっただけで、私自身にそんなに深い興味を持っていないようにも見えた。
「わたし、聞きたいよ、サロメ。わたしがどう言われてるのか知っておかなきゃ、変な噂もずっとなくならないよ」
「……レノは身体が弱くて、貧弱で、何もできない役立たずだって聞いていたよ。レノの母親も、男に媚びを売るだけしか取り柄のない人間だって」
思ったよりはっきりと内容を教えてくれたマルタンに、思わずひくりと頬をひきつらせた。マルタンは観察するように私のことをじろじろ見ているので、ここで癇癪を爆発させるわけにもいかない。噂が貧弱な役立たず、から、怒りっぽい能無し、に変化しても困る。
しかし、村の人たちからはそんな風に見られていたのか。サロメが気を回してくれていたおかげで私は気付かなかっただけで、もしかすると大人社会で生きている母はそういう噂を耳にしたり、そういう目で見られていることに気付いているかもしれない。
確かに、私も初日に、母の周囲にあまり良くない人たちがいたのを目撃している。しかし仕事仲間になるのだから、そのうちその姿勢も改善されていくだろうと高を括ってしまっていた。一緒に接していたとしても、イメージを払拭するまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
だというのに、そんな環境にも関わらず母さんは毎日弱音も吐かずにせっせと頑張って働いているなんて。なんてできた人間なんだ……!
「レノ……」
黙りこくってしまった私を見て、サロメは気遣わしげな声を出した。私はぎゅっと拳を握りしめ、サロメを見てにこりと笑った。
「大丈夫、平気だよ。わたし、がんばるね。単純にサロメの足を引っ張らないようにするつもりだったけど、こういう噂もすごく嫌だから、変な噂を消せるくらい、きちんとまじめに働くよ」
小さな村だから、噂話はあっという間に広がるだろう。特に、私と母はよそ者だから、プラスの感情での噂をしてもらえる見込みはかなり低い。でも、今、私はサロメたちと一緒に働いているのだ。村の中心人物と一緒にいることで庇護下に入れてもらえるだろうし、誠意をもって仕事に臨むことで、周囲の評価も変えられるだろう。私たちと直接面識のない人間たちの評価を変えることは容易ではないが、何事も一歩ずつ。
「噂なんて、嘘ばっかりよ。村の暇な大人たちが適当に作った作り話ばっかり。うんざりよ。そんな暇があるのなら、手を動かしなさいっての」
ロジーヌはバッサリそう言い捨てて、ごしごしと板で洗濯物を洗っていた。それを聞いて、サロメは安心したようににこりとほほ笑んだ。
「ロジーヌの言う通りよ。……レノ、紹介するわ。わたしのお友達のロジーヌ。ヒューゴと同い年よ。これがボーモンで、わたしと同い年。マルタンは十歳よ」
井戸は村に幾つかあって、それぞれの井戸に近い家が共用として利用しているらしい。この井戸はここにいるメンバーで利用しているらしいので、今後も顔を合わせる機会も多いとのことだった。この三人は、農地のお手伝いもしているが、基本的には家で酪農をしているらしい。今日は手が空いているので、洗濯をして、そのあと一緒に山へ採集を手伝ってくれるとのことだった。
「サロメ。やっぱり手伝おうか? レノみたいな小さい子を連れて森へ行くのは時間がかかるだろう? 早めに出られるようにした方がいいと思う」
ボーモンはそう言って、やたらとサロメに話しかけていた。サロメは、レノは有能だし体力もあるから普段と何も変わらないわ、と切り捨てていたが、ボーモンはめげずにサロメに何かしようと積極的だった。ちょっとだけ鬱陶しそうなサロメに、ロジーヌが時折話しかけて、助け舟を出していた。マルタンは黙々と洗濯をしている。どうやらこれが、この井戸での子供たちの日常風景らしい。
ボーモンが手伝ったせいで、早めに下処理が終わってしまった。むしろ、洗濯組の仕事が終わらないという結果になっている。サロメは仕方なさそうにボーモンの洗濯を手伝い始めた。
私は洗濯をしているみんなをじっと見つめた。まな板のようなものに布をこすりつけて、ごしごしと洗っている。どうして板をギザギザの形にしないのだろう?洗濯板っていうと、ギザギザのイメージが強い。何か意味があるのだろうか。私は疑問に思って、思わずサロメに聞いた。
「ねえ、サロメ。どうしてまっすぐの木の板に布をこすりつけるの?」
「どうしてって……。あのね、レノ。これで布を綺麗にしているのよ。昨日、レノの母さんとうちの母さんが一緒に石鹸を作っていたでしょう? これで汚れが落ちるのよ」
サロメは幼い子に常識を教え込むように言った。うーん、そういう意味じゃなかったんだけどな。私はどうやって疑問点を伝えようかと首をひねっていると、マルタンが目を細めてこちらを見た。
「レノ。……こっちへおいで?」
洗濯の手を止めているマルタンが私を呼んだ。私はなんだろう、と思いながら、ぐるりと井戸の周りを歩いて、反対側にいたマルタンの側へと向かった。マルタンの横にしゃがむと、マルタンは私にまっすぐの木の板を見せた。
「レノが気になっているのは、『どうして木の板がまっすぐなのか』っていうところ?」
よく見ると、マルタンの顔はかなり整っていた。サラサラした水色の髪を揺らして、マルタンが首を傾げて私を覗き込んできたので、私は思わずその整った顔をまじまじと見つめた。涼し気な水色の瞳がとても綺麗だった。
「ど、どうしてそう思うの?」
是とも非とも言えず、逆に聞き返せば、マルタンはふっと笑った。どうやら私のその動揺が答えになったらしい。
「サロメの答えでレノの疑問が解決していなさそうに見えたから。だったら、今のレノの言葉からとれる疑問点は他にないか? って思ったんだ。正解だったみたいだけど」
「う……」
「でも、分からないんだ。それってどういう意味なんだ? レノは、こういう形ではない木の板で洗濯をしたことがあるっていうこと?」
「あー……」
どうしよう。洗濯板での洗濯なんて、当然にしたことなんてない。教科書とか、時代劇とか、そういうので見ただけだよ。単に手間を省きたかっただけだし、ただでさえ原始的な生活でみんな、毎日が大変そうなのだから、多少は効率的にしてあげたかっただけだ。けど、じゃあどうしてそんなことを知っているのか、と聞かれても、説明に困ってしまう。
「えっとね。わたし、思ったの。靴にね、泥がくっついたときはね。平たい石でこすりより、砂利とか、ギザギザな石でこすった方が、泥が早く落ちるんだよ。だからね、洗濯もきっと、同じなんじゃないかなって」
苦しかっただろうか。一応筋は通っているはずだ。マルタンが動いて第一人者になってくれれば、よそ者の私が広めるよりずっとすんなりと村に浸透するだろう。だって、こんな風に木の板に布を力いっぱいこすりつけてたら、どう考えても布が傷んでしまう。ただでさえ貧しくて、新しい服なんて買えないような人たちが集まってるんだから、長く使えるものは一日でも長く使えた方が良いだろう。
私の話を頭の中で転がすように黙っていたマルタンは、やがてじっと私を見つめた。その瞳には、先ほどまでの無関心さとは全く違い、少しの熱量を感じた。
「わかった、試してみるよ」
「えっ……でも、そんな、」
「他にも何か気付いたことがあったら、僕にだけ教えてほしい。君は賢いけど、言葉足らずだ。僕が君の考えてることを拾い上げて、必要に応じてみんなに知らせる……いいね?」
マルタンの瞳に、野心的な色がちらりと映った。それと同時に、私を見極めようとしているのがひしひしと伝わってきた。なんとなくプレッシャーを感じて、私は苦笑いをしながら視線を逸らした。
そうこうしているうちに洗濯が終わり、それを木々に繋いだ紐に干した後、ヒューゴたちと合流してみんなで山へと向かった。
「あれ? いつもと向かう場所、違うの?」
ふと、いつも歩く道と少し逸れていることに気付いて、私が声をあげた。先頭を歩いていたヒューゴはくるりとこちらを振り向き、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「当たり前だろ? 狩りの日は終わったんだぜ」
道を変えることと、狩りの日が終わったことと、一体何の関係があるんだろう? 私が首を傾げて考えていると、サロメが説明してくれた。
「狩りの日っていうのはね、次の採集場所を安全にするためにやるの。だから狩りの日が終わったら、翌日からは収集の場所を変えるのよ。同じところでずっと同じものを採ってたら、次の年から実りが悪くなっちゃうの」
システムとしては分かった。季節ごとに採れるものも違うだろうし、それらが分布している範囲も違うのだろう。次の収集予定地にいる獣を根こそぎ狩るのも動物分布的に大丈夫なのかという気持ちもなくもないが、このシステムで長年問題なく回っているのなら、私が余計な口出しをすることじゃないだろうし。
サロメの言葉に頷いていると、ヒューゴが棘のある声を出した。
「サロメは相変わらずお節介だよな。俺が教えてやろうって思ってたのに」
「うるさいわね、ヒューゴ。ヒューゴはそもそも、正しく村のルールを理解できていないじゃない。そんなヒューゴがレノみたいに何も知らない子に何かを教えるなんて。まるで、ジョルジュがリアムに裁縫を教えてるようなものよ」
「……んだと? 俺だって村のルールくらい分かってるっつーの」
「ルールを分かってて破ってるんだったら、余計にタチが悪いじゃない。そんな人に、小さい子の世話なんて任せられません。悪影響しかないわ」
どんどん険悪になっていく雰囲気に、私は慌てて周囲を見渡したが、みんな平然とした様子で聞き流しているようだった。ジョルジュは先頭を歩いて前だけを見ているし、ボーモンはサロメの隣でにこにこしているし、ロジーヌはそうよそうよとサロメの見方をしてヒューゴを煽り続けている。マルタンは我関せずといった様子で、涼しい顔をして私の隣を歩いていた。
リーダーなのに仲裁するつもりがないジョルジュ、犬猿の仲なヒューゴとサロメとロジーヌ、サロメのことしか頭にないボーモン、何を考えているのか分からないマルタン。てんでばらばらなチームのまま、私たちは森へ到着した。
登場人物がちょっとずつ増えていきますが、主要キャラは今後もいっぱい出てくるので、ゆっくり覚えてもらえればと思います。
長くなってしまったので、分割しました。




