第9話 山菜採集
ここでは果実ではなく、山菜を採取するらしい。この間まで通っていた場所は、色々な果実が生っていて、わりとカラフルだった印象があったのだが、ここはそこに比べると地味というか、緑色が多く見える。草や木々が青々と生い茂る中、私たちはそれぞれ採集を始めた。
私はサロメとロジーヌのコンビにくっついて、食べられる葉っぱや若い芽について教えてもらった。果実と違って、葉っぱは分かりにくい。毒があるものや、食べると痺れてしまうような種類もあるとのことだった。見分け方や群生箇所を必死に頭に叩き込みつつ、一定期間は絶対に採取したものは一度サロメに確認してもらおうと心の中で決めた。
……葉っぱの見分けって難しくない!? 水辺に生えてるネギっぽいのを見つけたのはうれしかったけど、それに似た毒草があるんだよってその隣の形がめちゃくちゃ似た葉っぱを指さされたら自信もなくなります!
ある程度教わった後は、独り立ちということでサロメとロジーヌコンビから離れたところで採集を再開した。先ほど教えてもらったばかりの知識を思い出しながら、しかし自信のないまま適当にプチプチと葉っぱや若い芽を摘んだ。
「レノ。それは食べられないよ」
後ろから声がしたので、私は思わず飛び上がった。振り返ると、マルタンがいた。
「あ、ありがとう。まだよくわからなくて……」
「だろうね。そう簡単に見分けがつくなら、レノは野生動物と同じになるさ」
「あ、うん、そうだね……?」
ぐい、と背中が引っ張られた。どうやらマルタンが私の籠の中を覗き込んでいるらしい。サロメにこっそりチェックしてもらおうと思っていたので、抜き打ちテストのようなことをされて私は思わず笑みを引きつらせた。確実に食べられないものが入っているだろう。間違っていると分かっていて間違いの指摘を待つのは、なんとも気が落ち着かない。
「これは毒草だよ。こっちは食べられるけど、美味しくない。ああ、これも食べられないね」
ひょいひょいと私の背中から葉っぱを取り出しては、それを私に見せて簡単に説明してくれる。テストの採点をされてるようで、私は粛々と自らのミスに向き合った。
「教えてくれてありがとう。わたし、山菜取り、向いてないかもしれない……」
すっかり軽くなった籠に、私はがっくりと肩を落とした。
「初めての山菜取りにしては優秀なんじゃない?」
薄い笑みを浮かべたままのマルタンの言葉に、私はため息をついた。そんな社交辞令を言われても、嬉しくない。これはもう、暫くきちんとした勉強が必要になるかも。
「マルタン、それって……」
落ち込みながらマルタンを見ると、その手にはキノコが握られていた。ひょいっと背中の籠に放り込むのを見て、私はぐいぐいとマルタンの籠を引っ張る。
「マルタン、籠、見せて!」
不思議そうにしながらも、マルタンは一度籠を地面におろして、私に中身を見せてくれた。そこには山菜だけでなく、きのこも幾つか入っていて、私は目を瞬かせた。ここに生まれてから、一度もキノコなんて食べていなかったので、てっきりこの村では食材認定されていないのだと思っていた。
「これ、初めてみたよ?どうして採ってるの?」
キノコがあるなんて、最高じゃないか。塩味のうっすいスープしか食べてこなかったけど、これで味が格段に広がる。ネギみたいなのもあったし、キノコもあれば、味に香りと深みが出るに違いない。早くこのキノコを湯にぶち込んで出汁をとりたい。スライスして乾燥させてもいいし、ああ、バターで焼いたら最高じゃないか!
「どれのことを……ああ、ピニョンのことか?」
「ピニョン?」
「そう。これはピニョンっていうんだ。スープに入れると美味しいし、香りも良い。でも、山菜より厄介でね。ピニョンも毒のあるものと無いものがすごく似ていて、でもその毒は山菜よりもずっと強いものが多いんだ。間違えると大変なことになるから、村でも一握りの人間しか採っちゃいけないことになってる」
籠の中には、しめじっぽいやつと、しいたけっぽいやつと、マッシュルームみたいなのが入っていた。どれも私の記憶よりもでっかいが、そんなことはどうでもいい。その中に、私は見つけてしまった。ひとつしか入ってないけど、これってもしかして、ポルチーニじゃない?
私が目をキラキラさせながらポルチーニを眺めていると、マルタンは苦笑した。
「レノ、それが気に入ったのかい? さすがだね……それは滅多に採れないんだ。見つけても、中が虫に食われてるのも多くて。それは珍しく完璧な形で手に入ったところだったんだよ」
だからそれはちょっとあげられないかな、と呟くマルタンにそりゃあそうだよ! と私は大きく頷いた。
「これは大事にマルタンが食べなきゃダメだよ! キノコ……じゃなかった、ピニョンを採るのは村でも一握りの人しかできないってことは、マルタンはすごいってことだよね?」
フグの調理師免許みたいなものだよね? 毒性があったり、幻覚を見たり、とにかくキノコは危ないものが多い。素人が手を出していいものではないだろう。もちろん山菜だって毒のあるものもあるが、キノコは玄人でも見極めを間違えることがあるって聞いたこともある。栽培しているやつじゃなくて、素人が山から採ってくるようなものなんて、『私』だったら絶対御免だ。
でも、その村直伝の免許をマルタンは会得しているわけだ。経験を積んだおじいちゃんなら分からなくもないが、マルタンはまだ十歳の子供だというのに。とんでもなく頭が良いのだろう。
「すごいね! マルタン! これはそんなマルタンへのご褒美だよ! マルタンの家は酪農をしてるんだっけ?」
「あ、うん、そうだよ」
私の勢いに若干引き気味のマルタンが頷いた。
「両親は酪農をしてて、兄さんはそれを手伝いながら、この村の自警団をしてる」
「自警団?」
「村の安全を見回る役さ。村を見回ったり、獣が森から降りてきたときに退治したり、万が一村に賊が侵入したときに対応するのが、十五を超えた男の役目だ」
警察みたいなものかな? 田舎で平和そうに見えるが、ここには城門がない。誰でも入って来放題だろう。確かにそういう人間を育てておかなければ、有事の際に何もできないまま村を焼かれそうだ。戦国時代をイメージしながら私は頷いた。
「えっと、それで。酪農してるってことは、家にバターはあるよね?」
「ああ、もちろん。ピニョンの代わりに欲しいっていう話? 安心していいよ、今日はみんなに配る量を準備出来ているはずだから」
「え、本当!? やったー! ……じゃなくて!」
ちょうど切らしていたのだ。バターも毎日手元にあるようなものでもないが、食べたことがないわけでもない。時折母が買ってきて、パンにつけて食べていた。なので、マルタンの言葉で頭の中にキノコのバター炒めが出てきて大喜びしてしまったが、私は慌てて違う違うとパタパタ両手を振った。
「これ! これをバターで軽く炒めて、ちょびっとだけ塩を振って食べるの! 絶対スープに入れちゃだめだよ、いや入れてもいいけど、せっかくなんだから!」
オリーブオイルがあればそれでもいいのだが、オリーブオイルがあるのかも分からない。うちでは植物油は高級品なので、滅多に手に入らない。ならば、食べ慣れたバターソテーの方が良いだろう。ポルチーニのバターソテーとか……羨ましすぎる!
「レノは……これを食べたことがあるのか?」
きょとんとしているマルタンに、無いよ、と首を横に振る。『私』だった頃には何度かはあるが、それでも頻繁に食べていたわけではない。普通に高いし、ちょっと今日は奮発して贅沢しようかな~! な時くらいにしか食べなかった。外食の時に。
「いやー、マルタンはすごいね! 尊敬するよ! マルタンのおかげで、私は今日から幸せが毎日続くよ! 出会えてよかった!」
クールで他人に無関心そうで、内心人を馬鹿にしてそうな冷たい印象のマルタンだったが、そんなことはどうでもよくなった。キノコを恵んでくれるのだ。しかも、酪農家で、私たちがせっせと野菜や果実を拾ったものを渡した代わりに、ミルクやバターをくれるのだ。ミルクとバターがあって、キノコがあって、野菜と果物があって、サロメの家からたまに卵をもらって。こんなにも早く、脱オンリー塩スープな生活になるとは思っていなかったので、私はじんわりと幸せを噛み締めた。食の幸せは、人生の豊かさに通ずるのだ!
……あ、でもうちって、フライパン無かったよね? あの深鍋でバターソテー作っても大丈夫かな?
「大袈裟だな、レノは」
少しの間、言葉を失っていたマルタンだったが、やがてふっと笑って、私の頭をぽんぽんと撫でた。私はマルタンへの印象がうなぎ上りにプラスに上がっていっているので、にこにこと満面の笑みでマルタンを見上げた。
「おい! レノムシ、マルタン! そんなとこで、何サボってんだよ!」
上から声が振ってきた。見上げると、向こうの木に登ったヒューゴが、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。
「どうしてヒューゴは木に登ってるの? 今日は山菜取りでしょ?」
ヒューゴが木に生っている果実を両手に持っているのを見て、私は首を傾げた。だが私の言葉によりムッとなってしまったようで、ヒューゴはジロリと私を睨んだ。
「なんだ、レノムシは腹減ってねえってことか? だったらいいぜ、俺がその分食ってやるから!」
「あ、あ、ごめん! 食べる! お腹空いた!」
「はっ、今更おせーっての! バーカ!」
「やだー! ヒューゴ! いじわるしないでー!」
どうやらみんなのおやつを採ってくれてたらしい。悪いことを言ってしまった。私があたふたとしていると、近くにいて騒ぎを聞いたらしいロジーヌが、心底呆れた様子でヒューゴが登った木の下へやってきた。
「ヒューゴ。くだらないことしてないで、さっさと人数分採って降りてきなさいよ。それ食べて休憩したら、そろそろ森を降りなきゃ日が暮れるわよ」
「うるせーな。ロジーヌのくせに、俺に指図するんじゃねーよ!」
「なんですって!」
あーあ、喧嘩が始まってしまった。ヒューゴが木を揺らしたせいで、果物がひとつ、重力に従って落ちていった。それがロジーヌのすぐそばを落ちて、危ないでしょ! 果実を無駄にして! と一層ロジーヌの怒りを煽っていた。
どうやって仲裁しようかとわたわたしていると、マルタンが私の手を引いた。どうやらジョルジュが別の木に登って、果実を採ってくれているらしい。あの二人は放っておいて、ジョルジュの方へ行こうという合図だった。私は後ろ髪を引かれる思いで二人をちらりと見ながら、でもお腹が空いたのでマルタンと一緒に移動した。ジョルジュのところにはすでにサロメもいて、ヒューゴとロジーヌの喧嘩から逃れてきたボーモンもいた。
シャリシャリと黄色い果実にかじりつきながら、なんとなく空を見上げた。ここ最近、日に日に気温が上がってきていて、結構暑い。しかし森の中は空気が澄んでいて、ちょっぴりひんやりとしていて、気持ちが良かった。真夏になるとどれくらい暑くなるんだろう、と思いながらぼんやりしていると、ふと側の木に実が生っていることに気付いた。
もぐもぐと口を動かしながら、木に近寄っていく。緑のものや赤いものが色とりどりで、さくらんぼみたいなサイズをしている。これ、食べられるのかな?
「ねえ、マルタン。あれは食べられるの?」
側で果実を食べていたマルタンに声をかけると、マルタンは振り返って、私の視線をたどった。
「オリーブのことか? 食べれなくはないけど、今の季節は美味しくないから要らないぞ」
……オリーブ? 今、オリーブって言った?
改めてその木を見上げた。これがどうやら、オリーブの木らしい。確か、旬は秋口だっただろうか? 完熟して食べられるようになるのはその頃だったはずだ。それまでは渋すぎて食べられたものじゃなかったはず。
私は強烈な気持ちを持って、木を見上げた。もし『私』の知っているオリーブと一緒なら。私はオリーブオイルを手に入れて身体の汚れが落とせるし、保湿もできるし、料理にも使えるようになる。最高だ、最高過ぎる。
「秋はいつ? あとどれくらいで、秋になる?」
「今は夏が始まったばかりさ。秋なんて、ずっと先になる……それにしても、よく知ってたな。オリーブが食べられるようになるのは、秋になってからだってことを」
私はマルタンの最後の言葉をスルーしつつも、思った。あとワンシーズンで秋なのだ。数か月待てば、自然とこのオリーブも熟すだろう。その頃にもう一度ここに訪れよう。ほんとは実を持って帰って『私』の知っているオリーブなのかどうかの実験をしてみたかったのだが、灰汁抜きには大量の塩が必要になる。先立つものが無い。料理に必須な塩を使い切るわけにもいかない。他にも今は食べるものはたくさんあるので、オリーブだけに固執するわけにはいかない。
「……必ず秋にはまた来るからね………!」
私はオリーブの木に手を当てて、心の底から出た言葉を口走った。マルタンはそんな私の様子を、じっと見つめていた。
帰り道でも喧嘩するヒューゴとロジーヌの元気さに感心しながら、私たちは帰路についた。頭数が多かったのでいつもより野菜の当分は減ったが、家にも蓄えがあるので何の問題もない。それよりも、今日はマルタンたちが来てくれたおかげで、ミルクやバターが手に入った。最高過ぎて震える。ご近所付き合い、万歳だ!
母にお願いして、マルタンが採ったキノコをバターソテーにしてもらった。ベーコンと一緒に炒めてもらったので、最高の一品が出来た。それといつもの野菜スープに、カチカチのパン。うちには深鍋しかないせいで、バターソテーをした後にスープを作ったので、ちょっぴり野菜スープにもバターと肉の味が移っていたけど、とても美味しかったので大満足だった。
残ったミルクやバターを冷暗所に移す。この季節ということもあり、あまり長期間放っておくのも良くないだろう。明日には使い切らなければならない。もったいない気もするが、日持ちするものでもないので仕方がない。残った野菜やキノコを戸棚に片付けていると、ふと仕舞ってあった赤い実が目に入った。そういえば、これのことを母さんに説明してなかったよね?
「ねえ、母さん。今日は疲れてる?」
「え? そうねぇ……いつもと同じくらいは疲れてるけど、大丈夫よ。寝て起きたら、ちゃんと元気になるから」
母は私の唐突な問いにきょとんとしながらも、元気に笑ってくれた。特別疲弊しているわけでもなさそうだ。じゃあこの赤い実はいらないかな? 私も最近は肉体労働に慣れてきたので、赤い実を食べなくても大丈夫になってきた。とっても酸っぱいし、身体の中が変な感じがするので、あまり食べたくないというのが本音なのだが。
「サロメに教えてもらったんだけど、これ、疲れたときに食べるといいんだって。元気になるって。あと、病気も治るんだって」
そう言って赤い実を母に見せた。洗い物をちょうど終えた母は、私の側に着てどれどれ? と手のひらにある赤い実を手に取って、目を見開いた。
「……レノ、これを食べたの?」
「え? あ、えっと……うん、ちょ、ちょっとだけ……」
普段、森であったことや、不思議野菜について話しても、母はにこにこと話を聞いてくれるだけだった。私が度を超えて危険なことをすることもないし、ヒューゴのような悪戯をすることもない。そのため、私は母に大目玉を食らうようなことは今まで一度もなかった。
だからこそ、話を聞いただけで、母が顔をさっと青くしたことに、私はとても動揺した。最初のうちは毎日一粒食べてたりしたけど、もしかして、ダメなことだった……?
「ご、ごめんなさい、食べちゃダメだったんだね、知らなくて……」
どこの家でも、一番偉いのは母だ。機嫌を損ねたのならばとにかくまずは謝らなきゃ、と私は慌てて言葉を足した。私の焦った様子に我に返ったらしい母は、ふう、とひとつ息を吐いて、その場にきちんとしゃがみこんだ。私と視線を合わせて、真剣な表情を見せる。
「これを食べたとき、どんな感じだった?」
「え?」
「身体がおかしくはならなかった?」
「あ……。うん、少しだけ熱くなったよ。熱が出たみたいに……でも気持ち悪いとかはなかったし、元気がすごく出たから、いいかなって。そのうちにその変な熱みたいなのもどこかにいっちゃったから」
アレルギー的な心配をされているのだろうか? それとも、やっぱりやばいクスリ的なあれそれだったりする? 私はここの常識に、めちゃくちゃ疎い。母の方が私の身体のことを熟知してくれているだろうし、ここの植物とかにも詳しいだろう。私のような無知な者の勝手な判断は良くない。
「……だったらいいの。でも、レノ。約束して。それはもう、出来るだけでいいから、食べないでほしいの」
私の返答に少しだけ身体の力を抜いた母が、それでも心配そうな表情で言った。
「食べるにしても、量には気をつけなさい。絶対に、一粒以上は食べてはいけないからね」
「か、母さん。私は一粒しか食べてないけど、ヒューゴは三粒くらい一気に食べてたよ? もし食べる量で、身体に悪いことになるなら、わたし、ヒューゴにもそれを伝えなきゃ……」
「いいえ、レノ」
母は私の両肩を握った。
「他の子はいいの。食べても問題ないわ。でも、レノ。あなたはダメ。だから他の子に伝える必要はないし、……難しいとは思うけど、できればレノがその実をなるべく食べないようにしてることも周りに知られないようにするのよ」
なんだその無茶ぶりは。器用に立ち回れってことなのだろうが……私、アレルギー持ちなのかな。サロメたちには受け入れてもらえたとはいえ、この村には私と私の母について、あまりよくない噂も流れている。確かに、なるべく慎ましやかに生活して、弱みなんて誰にも知られずにひっそり生きる方が正解だろう。
「わかった。バレないようにする」
「サロメたちにも知られないようにするのよ?」
「わかった。知られないようにする」
大丈夫かな、本当に分かってるかな、という顔で母は私を見ていた。母が言っていた、『外の世界は危険ばかりで、でもそんな世界で生きていくための術を身につけなければならない』というのは、こういうことなんだろうなと薄っすら感じた。




