第10話 行商人の日
同じような毎日が続き、新しく出会った子供たちや、山菜収集にも少しだけ慣れてきた頃。
今日は朝からみんながそわそわしていた。一体何があるのかと首を傾げていたが、野菜の下処理が終わると、すぐにみんな一度家に戻っていた。マルタンたちも帰ってしまったので、これからみんなでいつものように森へ向かうと思っていた私は面食らった。
「今日は山に行かないの?」
「おいおい、レノムシ、正気か? 今日が何の日か、知らないのか?」
「知らないよ。だって、わたしはなんにも知らないんだから」
ヒューゴが呆れたように言ったので、私はムッとして頬を膨らませた。ヒューゴが面白がって私の膨れた頬をつつこうとしたので、嫌がって顔をそらすと、追いかけてきた。サロメの家の前できゃーきゃー追いかけっこを始めていると、騒ぎ声を聞いたからか、母が姿を見せた。担当している農地に向かった後は、帰宅するまで滅多にサロメの家まで戻ってこない母が戻ってきたのを見て、そんなに騒いだのかと思って私は顔を青くしてその場で姿勢を正した。
「か、母さん! ごめんなさい、違うの、騒ぐつもりはなくて、」
母の後ろには、サーラおばさんまでついてきている。え、そんなに大ごとなの!? そんなに私、うるさかったかな!? ヒューゴの馬鹿! と一瞬だけ慌てたが、その顔は怒っているようには見えず、私は首を傾げた。
「レノ。お使いを頼めるかしら」
「お使い?」
「ええ。今日は行商人の日でしょう?」
「……何の日だって?」
母が首を傾げ、私も鏡のように首を傾げた。それを見て、サーラおばさんが吹き出した。
「なに親子ですっとぼけたことしてるの! さっさとしないと良いモンがなくなっちまうよ! ほら、レノもマリアンヌと早く帰りな!」
おばさんはよく通る声でそう言って、どすどすと家の中へと入っていった。え、帰るの? と私がきょとんとしていると、母は私の手を引いて歩き始めた。家へと向かう道のりで、そういえば教えてなかったね、と苦笑交じりに母は行商人の日について説明してくれた。
定期的に、村の広場に行商人がやってくるらしい。村の人たちはお金を持ってない人の方が多いので、基本的には物々交換となる。ここで塩や香辛料、服など、ここで生活していると手に入らないものをゲットするとのこと。
今までは、父からもらったお金でもろもろを賄っていたらしいが、すでにそのお金も底をついている。ので、家に備蓄してある食料や薬草を持って、行商人のところへ物々交換のために向かう必要がある。
また、基本的にはこの行商人との物々交換は子供の仕事らしい。他の村とのレベル合わせや街からの要望、そして今シーズンの収穫量などといった情報から、コンブル何本と何が交換できるか、といったレーティングはほとんど事前の大人同士での取り決めで決まっているため、子供たちは交渉のために向かうというよりかは、本当に交換をしてくるためのお使い係となるらしい。
「結構色々買うんだね」
母からお使いする品の量を聞いて、私は驚いた。せっかく干しておいた肉も何個か入ってるのを見て、私はちょっぴり残念な気持ちになる。
「……もうすぐ、父さんが来るの。だから……ね?」
お肉を見つめて拗ねる私を見て、母はくすくす笑いながら言った。父が来るとなれば、いつものように母も手料理を張り切るだろう。さすがに愛情たっぷりだからといって、塩味の葉っぱスープとカチカチパンだけで済まさせるわけにはいかない。どうせその時お金もくれるだろうから、このお肉たちはひとまず諦めるとしよう。……父さんに会ったら、絶対何か強請ってやろう。あ、そうだ、フライパン欲しいんだった!
「良かったね、母さん!」
「……そうね。もう来ないかと思っていたから、少し驚いたわ」
「え? 父さん、来なくなるかもしれないの?」
「………そうじゃなかったから、嬉しいの」
え、じゃあそういう可能性はやっぱりあったってこと? 本当に最低じゃん! 子供が出来て、まだその子供が小さいから寄り付かないってこと? もしかして、私がある程度大きくなったらまた来るかもってこと? 私は父の姿をなんとか思い出してみた。
……母さんとハグしてる姿は、本当に母さんのこと大好きって思ってるように見えたんだけどなあ。あ、もしかして、母さんが好きでも、私には興味ない感じ? まあでも父さんはお金持ちっぽかったし、正妻から行動制限かけられて動けなくなってる可能性もあるか……。
ここの常識が分からないので、私は口をつぐんで、神妙な表情をしながら籠の中に出荷用の野菜や木の実、薬草、干し肉を詰めていった。
サロメの家に戻ると、サロメとヒューゴ、そしてジョルジュが籠を背負って立っていた。もちろんサロメの足元にはリアムがまとわりついている。それぞれ籠にはいっぱいの野菜を積んでいるので、サロメの家もいろんなものを物々交換するようだった。
「じゃあ、行こうぜ!」
待ちきれない、といった様子でヒューゴが歩きだした。私は母に行ってきますと手を振って、サロメと並んで歩き始めた。
井戸の横を通り過ぎ、いつもマルタンたちが来る方向へと足を進める。いつもは家から出て、山のある北にばかり向かっていたため、こちらの方角に来たのは初めてだ。多分、東かな? なんだか新鮮な気分だ。
「向こう側にマルタンたちの家があるのよ」
平坦な道を歩いていると、サロメが指をさした。そちらを見ると、家が何件か建っているのが見える。家だけじゃなくて、小屋のようなものも。広々とした草原に柵があって、その柵の中に牛と思わしき動物がいるのを見るに、放牧をしているのだろう。ヒツジやヤギの姿もある。
物珍しくてきょろきょろしていると、今度は進むにつれて地面が整えられていっていることに気付いた。さっきまでは、歩くには問題ない道ではあったが、例えば馬車が通るとすると大変揺れそうな凸凹道だった。だが、だんだんとその地面が整備され、馬車でも問題なく通れるようにまっすぐになってきたのだ。
そういえばうちの家の前もそんな感じに整ってたな、となんとなく父の存在を感じていると、地面が石畳になった。この石畳になっているところが村の広場なのだろう。建造物的が特にあるわけでもない、本当に単なるだだっ広い開けた空間だ。
そんな何もない広場に人がワイワイと集まってきていて、行商人らしき馬車を引いた人が何組もいた。もっと閑散としたものかと思っていたので、予想よりも活気のある姿に私は面食らった。
「この村に、こんなに子供、いたんだね」
あ、五七五。
「レノはあの辺りから出ないからね。広場を挟んで反対側にも住んでる子たちはいるよ。あんまり交流はないけど」
目を凝らすと、私たちが来た反対の方向にも、何軒か家が建っているのが見えた。
「俺、行ってくる!」
「あ、ヒューゴ!全くもう……ジョルジュ、付いて行ってあげて」
「分かってる」
我慢できないといった様子で、ヒューゴは駆け出した。たまにしか来ない行商人の品々を見るのが楽しくて仕方ないようだった。そんなヒューゴを追いかけて、ジョルジュも走り出したので、この場にはリアムとサロメ、私だけが残った。
「レノの分のお手伝いもしてあげたいんだけど、私もお使いがあるの。ここで待っていてくれる? すぐに済ませてくるわ。そのあと、レノの分も交換してあげるわ」
そう言ってサロメとリアムも行ってしまった。ワイワイと賑わう広場を前に、ぽつんと立ち尽くす私。……そういえば、おばさんが言っていたっけ。早く行かないと、良いものが売り切れちゃうって。っていうことは、早い者勝ちってことだろう。ここは品質が一定のスーパーとは違う。ある程度は自分の目で見極めて、さっさと品質の良いものをゲットしなければ。父をもてなさそうとする母のことを思えば、気持ちが奮い立った。
私は籠を背負いなおして、行商人たちが並ぶ賑わいの中に歩き出した。
「らっしゃい!」
新鮮な野菜は採れる。肉もある。となれば、必要なのは塩や香辛料。それを取り扱ってそうな行商人のところへ向かうと、そこにはひょろりとした細長い男が座っていた。地面に布を敷いて、そこに木箱を置いて、塩や赤唐辛子のような色とりどりのものを並べていた。袋詰めで売ってくれるっぽかった。
「何が欲しいんだ?」
うーん。母は香辛料としか言わなかったけど、どれのことなんだろう? 唐辛子っぽいやつから、豆っぽいやつ、葉っぱっぽいのもある。何の料理を作るのかも分からないのに、香辛料っていうアバウトな依頼を受けるべきじゃなかったと私は肩を落とした。母がそう言うから、てっきり香辛料といえばこれ! みたいな形で売ってるのかと思っていたのだ。
自分の考えの甘さに落ち込みながら、しかし何も買わずに帰るわけにはいかない。
「お兄さん。手に取ってもいい?」
「別に構わないが……」
お前みたいなガキにそれで何かわかるのか? と言わんばかりの怪訝そうな表情で、男は私をじろじろとみた。変なことをしようものならすぐに怒り出しそうだ。私はそれぞれ一つずつ手に取って、匂いを嗅いで、丁寧に元あった場所に戻した。……これは食べたら辛そうだし、これは香りが強いから匂い付けかな? ハーブみたいな匂いもするし……ハーブが必要なら、森から採ってこれるよね? となるとやっぱりほしいのは匂い付けじゃなくて、味としての辛みだから、買うべきは唐辛子系かな。
「お兄さん、これとこれ。あと塩をください。えっと、量はこの野菜と交換できるだけでお願いします」
グラムで通用するかもさっぱりわからないし、この野菜でどれくらいゲットできるかもわからない。でも塩は生活必需品だし、けちけちしている場合ではないだろう。持ってきた野菜をすべて塩と香辛料に交換してもらって、その場を離れた。同じ要領で干し肉を、乾燥させたショートパスタと、たくさんのパンと、椅子を治すための釘と交換していった。薬草は、私専用の小さなナイフと交換した。
これで一通りお使い分は交換を終えたので、私はほくほくの気分で籠を背負ったまま周囲を見た。元の場所に戻ってきてみたが、まだサロメたちは行商人とやり取りをしているようだった。……個人的には、本当は小麦粉も欲しいんだけど、サロメに頼めばどこかから仕入れてくれるよね? 小麦を作ってるんだもん、小麦粉くらいどこかで挽いてるはずだよね。
行商人たちは色々なものを売っていた。塩や香辛料、パンや色んな種類の干し肉、乾燥させたパスタやキノコから、大小さまざまなナイフや、槍の先端となりそうな刃物、鍋やフライパンといった鉄具も売っていた。この村には鉄鋼所がないので、こういった製品は買うしかないのだろう。名産品がない村はなかなか生活が楽にならないものだ。この間狩りがあったので、サロメたちは新しい槍の先となる刃物を探しているのかもしれない。……干したキノコが並んでるってことは、乾燥物なら行商人も取り扱えるってことだよね? エビや昆布も乾燥させて売ってほしいんだけどなあ。近くに海がないのかなぁ。
「なんだ、レノムシ、ひとりぼっちなのか?」
一通り行商人の売り物を見ながらもお使いも済ませて大満足らしいヒューゴが、ご機嫌な様子で私に声をかけてきた。ジョルジュも一緒だ。サロメも行商人と物を交換して、手にあるものを籠に入れてこちらに向かって歩いているのを見た。
「レノムシ、お前、一人で全部お使いできたのか!」
ぐい、と籠を引っ張られたと思えば、私の籠をヒューゴが覗き込んでいた。そこにあるものがすでに物々交換後のものだと知り、驚いた声を上げた。そんなバカな、とジョルジュが半笑いのまま私の籠を覗き込み、驚いて目を見開いていた。
「もうレノも終わったの? さすが……姿が見えないと思った時から、もしかしたら一人でお使いに行ったのかもしれないとは思っていたけれど……偉いわ、レノ!」
サロメはそう言って、私の頭を撫でた。リアムと本当に同い年か? とヒューゴが怪訝そうな顔で私の顔をまじまじと見てきたが、そんなことを言われても困る。……だって、ここで突っ立ってても時間勿体ないし、良いものが早い者勝ちだって聞いたら、やっぱり焦っちゃうじゃん?
「リアムだったら絶対一人で出来ねえのに……レノがすげえのか? それとも、リアムがダメダメなのか?」
ヒューゴが眉をひそめて私をリアムを見比べた。リアムはヒューゴの視線から隠れるように、サロメの背中にさっと隠れる。その時にぱちりと視線が合った。だがすぐにリアムは落ち込んだように俯いたので、私は苦笑しながらよしよしとリアムの頭を撫でた。
「僕、レノみたいにできないよ……」
「大丈夫。サロメのやり方をこうやって後ろから見て学んでれば、いつかきっとサロメみたいになんでもできるようになるよ」
身近に先生がいて、毎日それをリアムは目の前で見ているのだ。きっとやる気になればあっという間に成長するだろう。励ますようにそう言ったのだが、リアムにはなかなか響かないようで、無理だよぉとボヤいてサロメの背中にぎゅっと顔を押し付けていた。
「あら? レノ、この干し肉は交換してこなくていいの?」
興味心からか、我が家が何を欲したのか気になったらしいサロメはごそごそと私の籠の中をチェックしていたのだが、そこから目ざとく見つけだした交換前と思われる干し肉を二切れ取り出して私に見せた。私は慌ててその干し肉をサロメから取り返す。
「これはダメなの!」
「でも、マリアンヌおばさんにお使いを頼まれたんでしょ? 買い忘れがあるんじゃないの?」
「レノムシでも失敗することあるんだな! で、何を買い忘れたんだ? 俺が一緒に見てきてやるぜ」
どこに何が売ってるかは把握してるからな! とヒューゴが胸を張ったが、私はぶんぶんと首を横に振った。
「もうお使いは終わったの。母さんは、もしも足りなかったらって、少し多く干し肉を入れてくれたから」
「そういうことだったら、それは硬貨と交換してもらってきたら?」
「硬貨?」
「ええ、レノは見たことないかもしれないけど……これよ」
知らなかったが、今日のサロメは首から麻袋を下げているらしい。取り出したそこから、サロメは一枚だけコインを取り出した。ふと、頭の中に、父から受け取った茶色の袋を、鍵のかかる戸棚に閉まっていた母の姿がよぎる。あの中身はきっと、こんな感じの硬貨がぎっしりと詰まっていたのだろう。
「街では物々交換ができないの。普段はこうやって行商人の日に色んなものが手に入るけど、ここじゃ手に入らないものもあるわ。だから一年に一回、大人は街に出るの。街の商人からしか買えないものを、そこではこの硬貨を使って買ってくるのよ」
「街はどこにあるの?」
「ここから大人の足で一日くらいかかるみたい。街に行くのは大人の仕事だから、私もまだ行ったことがないの」
私の疑問に、サロメは首を横に振った。だから行商人とやり取りするのは子供の仕事なのかもしれない、と私は思った。大人になったら街へ行って、街の商人とやり取りをするのだ。その練習みたいなものだろう。
「だから、レノの家も少しは硬貨を持っていた方がいいんじゃない?」
「………う」
サロメの言葉は理にかなっている。だが、私は干し肉を後ろ手に隠した。
「……ダメ。余ったなら、持って帰って、わたしが食べるんだもん」
母に許可だってもらっている。余った分は持って帰ってきていいんだよね? って。確かに私は、ここで硬貨と物を交換できるというのは知らなかった。もちろんお金も大事だ。街へ行くならば硬貨は絶対に必要だろうし、お金はあればあるだけ良いに決まってる。……でも。この村で生きている以上。硬貨が山ほどあったとしても、お腹は膨れないんだもん。行商人の日が来ない限り、硬貨は硬貨。干し肉は干し肉なのだ。
「…………ぶ、っはっはっは! なんだぁ、レノムシ! お前、ガキっぽいところ! ちゃんとあるじゃねーか!」
私の頑固な態度を見てきょとんとしていたみんなだったが、最初にヒューゴが爆笑した。バンバンと肩を叩いてきて、正直痛い。それを見て、ジョルジュが我慢できなくなったらしく、吹き出した。最後にサロメがクスクスと上品に笑った。
「レノの言ってることは確かにその通りね。次に街へ行く日も決まってないし、今は食べられない硬貨より、食べられる干し肉の方が大切ね」
「確かに、僕もそう思うよ」
サロメの言葉に、ジョルジュが笑いながら同意した。ちょっぴり恥ずかしい気持ちになったが、嘘偽りない気持ちなので、仕方がない。
「……あ、レノムシ。じゃあお前、もしかしてシュクール買ってねーのか?」
「なあに?」
「シュクール。これだよ」
ヒューゴはポケットから、ころりとした可愛らしいサイズの丸いものを取り出した。ビー玉くらいのサイズだろうか。透き通った琥珀色で、とても綺麗だ。
「なにこれ、綺麗だね。おうちに飾るの?」
「レノムシ、お前ほんっと馬鹿だな! シュクールを家に飾る馬鹿なんて、この村にいねーぜ! リアムシだってそんなことしねーぞ!」
ヒューゴは大声で私を馬鹿にして笑った。サロメはヒューゴ! と叱るような声を出してから、自分もポケットからシュクールを取り出した。ジョルジュも持っていたし、何ならリアムも持っていた。何? 集めると願いでもかなうの?
「行商人の日はね、わたしたちにとって、ちょっと嬉しい日なのよ。お使いをすると、余ったものをこうやって、好きなものと交換していいってことになっていて……それで、わたしたちは今、このシュクールってお菓子がすごく気に入ってるの」
シュクールはお菓子だった。ヒューゴの手元にあるのは特別形がきれいだったらしい。リアムが持っているのは凸凹していたし、ジョルジュの手には三つあったが、大きさがばらばらだった。サロメの手にあるのは二個で、それも形に歪さが見える。……ジョルジュが三個で、サロメとヒューゴが二個。リアムが一個ってあたり、きちんと年功序列でお使いのお駄賃をあげてるんだろう。
「レノムシは買わねえの?」
ヒューゴが私の手の中にある干し肉を見て言った。だが私は首を横に振った。そんな小さなビー玉みたいなお菓子より、干し肉の方が大事だ。栄養的にも、腹持ち的にも。
「ふーん、変なヤツ! シュクール、すっげー甘くて、すっげーうまいんだぜ!」
「甘いの?」
「ああ! 俺、こんなに甘いもの、食ったことなかったぜ。あのヌーロより、ずーっと甘いんだ!」
手のひらにある琥珀色のビー玉みたいなのを見て、ヒューゴはうっとりしたように言った。どんな感じのお菓子なんだろう? じっとヒューゴの手元にあるシュクールを眺めている私に気付いたのか、サロメは気を遣ったようにシュクールをポケットに仕舞った。
「もうお使いは終わったのよね? そろそろ戻りましょう」
「レノムシ、ほんとーにいーのか? 行商人の日しか食べられないんだぜ?」
「う……」
ヒューゴ、ウザい! 私が恨めしそうにヒューゴを睨むと、ヒューゴは嬉しそうにニヤニヤ笑った。その時、ジョルジュが私の肩を叩いた。なあに? と問う前に、すっと手を差し出された。その手のひらには、小さくて丸いシュクール。
「レノ。これ、食べる?」
「あ、ずりーぞ! レノムシだけ!」
「レノは食べたことないんだろ? 僕は三個も持ってるし、これはその中でも一番小さいから、あってもなくても変わらないさ」
「だったら俺によこせよ!」
「ヒューゴはもう二個も持ってるだろ?」
「シュクールは何個あったっていーんだよ!」
ジョルジュにヒューゴがぎゃんぎゃん吠えているが、私は驚いてジョルジュを見上げていた。私の視線に気付いたのか、ジョルジュは優しそうに微笑んで、私の手にシュクールを握らせた。
「……いいの? わたし、お礼、できないから……干し肉、欲しかった?」
考えすぎた結果、ジョルジュの狙いが干し肉なのではないかと邪推すると、ジョルジュは苦笑いを零した。違うよ、と否定しながら、まるで自分の妹を見るような顔で言った。
「これでみんな一緒だろう? ほら、食べてごらん。甘くておいしいよ」
促されるがまま、私は口の中にシュクールを放り投げた。ころりと口の中で転がり、ぶわりと甘みが口の中に広がった。果実から得られる甘みとは全く違う。これは砂糖の甘みだ。少し薄められているような気もするが、べっこう飴のような直接的な砂糖の甘みに、私は目を見開いた。
「おいしい?」
ジョルジュが言った。私はぶんぶんと首を縦に振る。ここに生まれ変わってから、初めて食べる砂糖の味。べっこう飴なんて子供の頃以来ほとんど食べなかったが、ここまでべっこう飴ひとつで感動する日がくるなんて、夢にも思わなかった。
「ありがとう、ジョルジュ!」
サロメによると、やはりこれは砂糖から出来ているらしかった。砂糖は高額なので、基本的には貧しい貧民には買うことができない。だが、子供用のおやつとして、一口サイズのべっこう飴が比較的安い値段で売っているらしい。私の記憶にあるべっこう飴より結構サクサクしていて、口溶けも早かった。だが味は確実に砂糖だ。
そして情報通サロメによると、これはシュクールと呼ばれてはいるが、本当はシュクールではないらしい。本当のシュクールはもっと大きくて、もっとサクサクしていて、こんな飴玉みたいな形をしていないとのことだった。劣化版シュクールといったところだろう。しかしこういう情報も行商人からしっかり仕入れてくるサロメ、末恐ろしや。
「……ねえ、ヒューゴ。このシュクール、どこで売ってるって?」
「…………レノ?」
あーあ、という顔でヒューゴがジョルジュを見て、ジョルジュが苦笑を零した。ジュが苦笑を零した。




