第11話 シュクールとの出会い
ヒューゴに連れられて、二人でシュクールを取り扱っている行商人のところへとやってきた。食材売り場の一角でお使いに来た子供の駄賃用に売り場を開いているらしく、一仕事終えたらしいすっきりした顔をした子供たちに賑わっていた。小さい小箱にシュクールがころころと入っていて、大きさによって値段を変えているようだった。シュクール自体、出回るようになったのもつい最近らしく、子供たちはここぞとばかりに買い求めているようだった。
「さっさと買わねえと、なくなっちまうぞ?」
シュクールと手元の干し肉を見比べている私を見て、ヒューゴは呆れたように言った。
さて。どうするか、だ。手元には干し肉がふたつある。干し肉は我が家にとってレアなものだが、村の生活サイクルから考えれば、定期的に必ず手に入るものではある。だがシュクールは少量だが、行商人が持ってこなければ手に入らない。この行商人が、毎回必ずシュクールを持って現れる保証もない。
「レノ?」
近くで声がした。私をムシと呼んでないので、ヒューゴじゃない。子供特有の高い声に振り返れば、そこにはボーモンとマルタンが立っていた。どうやら二人もお使いに来たらしい。ボーモンは私とヒューゴを見て、そわそわと周囲を見渡した。
「ぐ、偶然だね! もしかして、サロメも来てるのかな?」
「サロメならジョルジュと二人であっちにいるよ」
「本当!? ありがとう、レノ!」
ボーモンは満面の笑みで私の手を握ったあと、さっとその場を離れていった。サロメ命すぎるその姿に思わず笑っていると、隣にやってきたマルタンが私の籠を覗き込んだ。
「お使いは終わった?」
「うん。マルタンは?」
「僕はこれから」
背伸びしてマルタンの籠を覗きこもうとすると、マルタンは苦笑して籠を下ろしてくれた。ヒューゴと二人で中身を覗き込む。私とヒューゴは基本的に野菜や山菜、木の実や果実、干し肉といった毎日の収穫で採れるものが中心だったが、酪農をしているマルタンは私たちと商品内容が全然違っていた。野菜も幾つかあるようだったが、基本的には乳製品だったり、ヒツジの毛、そして獣の皮が入っていた。もしかすると、サロメたちの籠にも獣の皮は入っていたかもしれない、と私は考えた。肉はみんなに配っていたけど、皮についての言及はなかったように思える。
「あ、レノ。傷付けないでよ? 大事な商品だから」
私が獣の皮を持ち上げると、マルタンは眉をひそめた。だが、私の行動をやめさせるつもりはないらしい。ヒューゴが触ったらすぐに取り上げそうなマルタンだが、一定の信頼を得ていることに気付いて内心驚きつつも、私は獣の皮をまじまじと見つめた。
「これ、この間の狩りの時の皮?」
「そう。僕の父さんが狩ってきたんだ」
「皮……剥ぎとって、そのままなの? 何かしたの?」
見ただけではよくわからない。私が知っている革製品は、基本的に現代の手法で加工されたものだ。だが、一応知識としては、どういう歴史で革製品が加工されてきたかはなんとなく知っている。漫画で読む機会があった。そう考えると『私』の時代の、様々な知識を取得できるの環境ってすげーな、と改めて思う。
「何かって……剥いだ皮を煙でいぶして、獣の脂を塗ってあるけど……」
当然だろ? という顔で私を見た。私はそっか、と頷いて、籠の中に皮を戻した。
革製品はなんにでも使える。洋服にも、靴にも、鞄にも、それこそ水筒にだってなる。食料を保管することもできる。超有能なのだ。その革製品を良い品質で出荷できるとなれば、ある程度の収入が見込めるだろう。
……私も狩りに参加しようかな!? お肉は分配してくれるけど、皮や骨は獲物を狩った人間の取得物になるらしい。だから、狩りから帰った男たちの家には、それを勲章のように家の中に飾る家庭が多いらしい。
ただ、ここにはひとつ、大きな問題がある。それは、私が革製品の加工方法を何も知らないということだ。多少なら何かで読んだことがある知識を持っているが、実行するとなると話は全く別物になる。
「おい、レノムシ。いいのか? だいぶ減ってきたぞ」
ヒューゴが私を小突いた。ハッとして売り場を見ると、ヒューゴの言葉通り、小箱にあるシュクールがだいぶ減ってきたのが見えた。私は慌ててヒューゴに籠を押し付け、干し肉だけを握りしめてしゅるりと子供たちの間を縫って入り込んだ。元日本人である私に、忍者のように人の合間をすり抜けることくらい、朝飯前だ。
ほくほく顔でシュクールを手にして戻ると、ヒューゴが呆れた顔で私を見た。私の手から、干し肉がなくなっていることに気付いたらしい。
「おい、レノムシ……良かったのか? 本当に全部交換しちまったのか?」
お駄賃はお駄賃だ。たまたま余った食材とシュクールを交換してくるのであって、お使いとは別である。だというのに、私は比較的貴重品である干し肉を全てシュクールと交換してしまったのだ。ヒューゴはそわそわと私を見た。
「おばさん、怒るんじゃねーか?」
「へーきへーき。干し肉、余ったらわたしが食べていいって言ってたもん。だったら干し肉はそもそもわたしのものでしょ? その干し肉をどう使おうが、わたしの勝手だよ」
にこりと笑ってそういえば、ヒューゴは疑わしそうに眉をひそめた。そんな理論で親を丸め込めるとは思っていない、と思っているのがよくわかる顔だった。そのやりとりを見ながら、マルタンが私の手の中を覗き込もうとした。
「レノはいくつシュクールを買ったんだ?」
「六個」
「ろっ……!?」
ヒューゴが衝撃を受けたような顔をした。マルタンも驚いた顔で私を見た。
「おい、このバカ! バカレノ! さすがのビジンな母さんだって、怒るに決まってる! 今すぐあのおっさんに言って、買い戻すんだ! このままじゃ俺が怒られちまうよ、どうしてレノを止めなかったんだ、って!」
ジョルジュもレノにシュクールを食べさせたから同罪だ! とヒューゴが頭を抱えた。どうやらサーラおばさんから叱られるのが、ヒューゴにとって一番効くらしい。顔を青くするヒューゴの隣で、マルタンも怪訝そうな顔をした。
「どうしてそんなに沢山買ったんだ? 確かにシュクールは美味しいけど……それだけのはずだ」
干し肉の方が栄養的にも、腹持ち的にも意味がある、とマルタンは私と同じようなことを言った。あくまでシュクールは嗜好品である、と。
私は二人の様子を見て、まあそういう反応になるよね、と思いながらも、まあまあ、と曖昧に微笑んだ。
「……レノ、何か企んでる?」
頭を抱えてどうやって言い訳をしようか考えているヒューゴに聞こえないように、マルタンは私の耳元に顔を寄せて、ぼそりと呟いた。驚いてマルタンを見上げると、マルタンは水色の髪を揺らして小さく首を傾げた。
「……どうしてそう思うの?」
「レノが変なことをする時って、大抵そうだから」
頭脳派のマルタンにはバレているらしい。私はニヤッと笑って、さあ、と肩をすくめた。シュクールは干し肉を入れてきた麻袋に詰めて、籠の中に入れておく。私の様子を見て、マルタンは何をしでかすつもりなのか気になって仕方ない、と思ってそうだがそれを素直に見せることも出来ない様子で、無表情ながらもそわそわとしていた。
「マルタン!」
「……兄さん」
そわそわしているマルタンに、声がかけられた。マルタンと二人でそちらを見ると、そこには青年が立っていた。マルタンと同じ水色の髪だが、その髪は短く切り揃えられている。マルタンと違ってすでに声変わりしているらしく、その身長も大きくて、まるで大人だった。マルタンが兄さん、と呼ばなければ、てっきり若い父親かと思ってしまうくらいだった。
「なんだ、まだ買い付けに行ってなかったのか? こんなところで何してる?」
マルタン兄は不思議そうに首を傾げた。そして私の姿を見て、再びマルタンに視線を戻す。
「もしかして、この子が噂の、レノ?」
「うわさ?」
「兄さん! 余計なことは言わなくていいよ」
マルタンの白い肌に、さっと赤みが走った。一体家で、私についてどんな噂をしているのだろう? と一瞬思ったが、あ、違う、と考え直した。多分、村でまことしやかに流れている方の噂の話だろう。あまりよくないタイプの。だからマルタン兄はこんなにも興味深そうに私を見つめているんだ。
「悪い悪い、余計なことだったな……ほら、マルタン。これ、欲しかっただろ?」
「ああ、うん。まあね」
マルタン兄が、マルタンに白くて長細いものを渡していた。それも一本ではなく、何本も。受け取ったマルタンはそれを大事そうに撫でたあと、満足した笑みで大切そうに籠に入れた。
「マルタン、今の、なあに?」
「なんでもないよ」
「マルタンはあれで文字の練習をしてるんだ」
「兄さん!」
私の質問を誤魔化そうとしたマルタンだったが、マルタン兄がさらりと答えを教えてくれた。マルタンは慌てた様子でマルタン兄を睨む。いつもはクールなマルタンだが、兄が絡むと年相応の振る舞いになるのだと知り、私は微笑ましい気持ちになった。いや、そんなことより、今文字って言った!?
「マルタン、文字書けるの!?」
っていうか、文字ってあったの!? い、いや、文字くらいはあるか。そりゃあそうだ。貧しい農民の地だったから文字がなくとも問題はなかったが、どうやら街へ行けばきちんと文字が書ける人がいるらしい。マルタンが受け取っていたのはやっぱりチョークのようなものらしく、硬い石や地面に書いて練習した後は、水を流せば消えるらしい。本当は黒板のような板に書くものらしいが、お金がないのでチョークだけをたくさん買っているとのこと。
「この村で文字を書けるのは、キノコの採取が出来る人間よりも少ないんだ。本当に数える程度しかいない。ま、キノコは食べられるけど、文字は書けても食べられないから、当然だと思うけどね」
マルタン兄はきっぱりとした口調でそう言った。
「基本的には文字を書く習慣もないから、憶えた人もここで生活しているうちに忘れていくらしいよ。使う必要もないからね。勉強しようっていう人も、基本的にはほとんどいない。だからマルタンは変わり者って噂されてるんだ」
「変わり者……」
思わずマルタンを見るが、マルタンは気を害した様子もなく、平気そうにしていた。言われ慣れているのか、大して気にしていないようだ。
しかし、マルタンが文字を書けるということは、マルタンにそれを教える人物がいるということだ。話の流れから察するにこのマルタン兄がその先生だとは思えない。別に先生がいる。となれば、私ももしかして、勉強できるんじゃないか!?
「あ、あの! わ、わたしも! わたしも文字、練習したい!」
はい! と勢いよく挙手して意見を述べれば、マルタンもマルタン兄も驚いて私を見た。チョークっていくらなんだろう? もしかして塾代も払ってるかな? お金払えるか不安だけど、最悪マルタンが教えてくれたりしないかな?
「あ、あ、でも、あ、その白いのって何と交換できるんだろ……」
「……もしかして、兄さんに貰った石のことを言ってるのか? あれはそんなに安いものじゃない。今すぐ戻って野菜を持ってきても、交換出来て一本程度だろう」
「う……そっか………」
無いなら作る? それとも、拾う? そもそも石灰を見つけなきゃいけない。山で穴でも掘ってみるかな? がっくりと肩を落としていると、マルタンがまたそわそわした。そして、仕方なさそうにため息をついた後、私の背中をぽんぽんと叩いた。
「レノ。あの石は、小さくなると扱いづらいんだ。だから……その、僕が使いにくくなったものなら、君にあげてもいい」
「え、いいの!?」
「僕にとって使いにくいんだ、レノにとっても使いにくいに決まってる。だから別に、感謝とかしなくていい」
「そっか、ありがとう……!」
「しなくていいって言っただろ」
ふん、とマルタンが顔を逸らしたが、頬が赤くなっているのが見えた。マルタン兄はニヨニヨとした顔で私たちの様子を見守っていた。……何はともあれ、文明開化ばんざーい! 私は満面の笑みで万歳して、喜びを表した。
「ねえ、マルタン! 文字を練習するとき、教えて! チョークがなくて書けなくても、マルタンのを見て学ぶことはできるし、空で練習だってできる! ねえ、お願い!」
その勢いでマルタンの手を握った。この村で生涯を終えるつもりがない私にとって、文字が書けるかどうかは重要なことだ。街に出れば活字があり、文字が読める方が文化人として採用に有利になるのであれば、学ばない理由はない! 就職には資格! 即現場投入できるような技術があった方が絶対良いもんね!
「分かった、分かったから離せ!」
マルタンが私の手を振り払った。耳まで真っ赤になっている。
「今度、先生に紹介する。それでいいな?」
「や、やったー! マルタン、大好きー!!」
これで文明人としての一歩が踏み出せる! 私はうれしくなって、マルタンに抱き着いた。細い子供の身体をぎゅーっと抱きしめると、マルタンが心底慌てふためいて私を引っぺがした。
「おい、レノムシ! 何してんだ!?」
脳内おばさんからやっと解放されたらしいヒューゴが、驚愕した声をだした。マルタンに勢いよく引っぺがされたせいでバランスを崩していた私を見て、慌てたように私の肩を支えてくれた。そして、ぎろりとマルタンを睨む。
「マルタン! レノを突き飛ばすんじゃねーよ!」
「突き飛ばしてなんていないさ、ただレノが……」
「レノもレノだ! お前、女なんだぞ!」
「うーん、でもわたし、まだ子供だし……」
「レノムシはリアムと同じには見えねーの! サロメとおんなじくらいに見えるんだから、それらしくしろっての!」
「え! わたし、サロメみたいに大きくないよ?」
「背丈の話じゃねーよ!」
ぷりぷりと怒るヒューゴが面白くて笑うと、ヒューゴがもっと怒ってしまった。マルタンはマルタン兄を連れて、さっさとその場を去って行った。お使いもまだだったので、早いところ行商人のところへ行った方が良いのには変わりないだろう。
サロメたちのところへ戻ったが、ボーモンの姿はなかった。サロメが、お使いが終わってからゆっくり話そう、と言って追い払ったらしい。ボーモンが戻ってくる前にいなくなるあたり、さすがサロメである。
「そんなことより、このレノムシのバカ! 聞いてくれよ!」
ヒューゴが珍しく顔を青ざめさせてそう言うと、ジョルジュとサロメとリアムは不思議そうにヒューゴと私を見た。ヒューゴが、私がたくさんシュクールを買ったと話すと、三人とも咎めるような目で私を一斉に見た。サロメは困惑し、ジョルジュが泣きそうな顔をして、二人そろって、どうしてレノはそんなことを……と嘆いた。
一応ここでも、干し肉は私のものだからどう使おうと私の勝手だという話は母と私の間で取り交わされていると説明したが、いまいち彼らに響かなかった。私は説明義務は果たしたから、という気持ちで頭を切り替え、サロメに話しかける。
「サロメ。小麦粉ってあるかな?」
「小麦粉? うん、もちろんあるけど……」
「シュクール一個と、小麦粉だと、どれくらいで交換できる?」
「なにって!?」
行商人との交渉よろしくサロメに交換を持ち掛けると、サロメは悲鳴のような声を上げた。そして、ひとつ大きなため息をつく。
「シュクールなんて必要ないわ。レノが欲しいなら、好きなだけ持って行っていいわよ。小麦粉なんて、いくらでも手に入るんだから」
どうやら行商人ごっこを気に入ったと思われてしまったらしい。サロメは生暖かい目で私を見ていた。だが、私としても無償で何かを貰うのは申し訳ない。ただでさえ、毎日の食事を豊かにするために、みんなが必死になって働いている毎日を身に染みて理解しているのだ。そんな中、小麦粉とはいえ、無償の搾取は良くない。
じゃあ、と、私は代替案として、小麦粉の提供と台所レンタル権を、完成品の試食権と取引しないかと持ち掛けると、サロメはふたつ返事で了承してくれた。一体どんなものが出来上がるのか面白がっているようだった。
帰宅した後、荷物を家に置き、シュクールを数粒持ってサロメの家へと向かった。
サロメから小麦粉を受け取った私は、踏み台の上へと昇った。練習用に作るので味に期待はあまりできないが、それでもまあなんとかなるだろう。
「レノ、何を作るの?」
リアムが心配そうに言った。ジョルジュとヒューゴはサーラおばさんの手伝いに出かけているので、ここにいるのはサロメとリアムと私の三人になる。
「クッキーを作ろうと思ってるよ」
「くっきー?」
リアムが不思議そうに言った。ボウルやフライパンを準備してくれているサロメも、首を傾げた。どうやらクッキーは、この地域ではメジャーなものではないらしい。……クッキー、いいと思うんだけどなぁ。日持ちするし、量も作れるし。兵糧にしてもオッケーな、万能な食べ物だ。
「まあ見ててよ」
私はボロ布を腕まくりして、意気込んだ。
小麦粉、溶かしたバター、湯煎で溶かしたシュクールをボウルに入れて、すり棒のようなものでぐるぐるとかき混ぜる。本来なら泡立て器が欲しいし、無いなら菜箸が欲しかったが、まあしょうがない。もちろん小麦は振るいにかけつつ、量を調節しながら入れた。測りがないのだ。様子を見ながらじゃないと、大変なことになってしまう。
ごねごねして、ちょうど良い硬さになったら、少し手に取って形を作り、一口サイズにして薄く潰す。それをフライパンに並べて、火をつけた。個人的な好みによって、数個の上には砕いた木の実をちらしておいた。
「こんなもんかな!よーし、簡単お手軽クッキーの出来上がりだよー!」
量がめちゃくちゃ適当なので、どうなることやらと思ってはいたが、案外まともな見た目になった。こんがりときつね色に焼きあがっているクッキーを見て、私は満足の笑みを浮かべた。アチチ!と言いながら真ん中で割ってみても、きちんと火が通っていることを確認できた。
「本当にこれ、このまま食べるの……?」
リアムが恐る恐るといった様子で尋ねてきた。確かに見た目はそんなに美味しそうには見えない。とりあえず毒見も兼ねて、私は先ほどふたつに割って少し冷ましたカケラを口の中に放り込んだ。
「………」
サク、とした触感が歯から伝わってくる。ほんのりと広がる甘み。香ばしい匂い。シュクールを二粒使ったが、思ったよりも良い出来上がりになっていた。バターの量を同じにするなら、もう一つシュクールを増やしてもいいかもしれない。素朴な甘みになってしまっている。日常の中では程よいが、これをもし父に出すとなれば、お金持ちの父のことだ。甘い食べ物など、食べ慣れているに違いない。もう少し甘くなければ、満足してもらえない可能性もある。
「あ、これ……美味しい……!」
私が味わっている様子を見て、サロメがひょいと口の中にひとつ放り込んだ。もぐもぐと咀嚼するうちに、その表情がどんどんと明るくなっていって、感動したようにつぶやいた。サロメの様子を見て、慌ててリアムもひとつ食べる。サロメと同じように、パアと表情を輝かせた。
「レノ、おいしい!」
「その、甘さは大丈夫? 思ったより甘さが控えめになっちゃって……」
「十分よ! すごく美味しいわよ、レノ!」
サロメが興奮したように言った。たくさん作ったので、ヒューゴとジョルジュ、おばさんやおじさんの分もある。日頃のお礼としてここに置いていこうと思いつつも食欲に負け、私はもう一枚だけぱくっと食べた。
「レノ、料理も発明できるの?」
リアムが尊敬したように私を見た。別に発明しているわけではないので、私は微妙な笑みを浮かべていたが、サロメがぎゅっと私の腕を握った。
「他にも何か、思いついたものはない!? うちにある材料でこんな新しい食べ物を作れるなんて、レノは天才よ!」
他にも、か。私はふと、前から思っていたことを告げた。シュクールと牛乳を溶かして、固めて煮詰めてみると美味しいかも、と。鍋を焦がさないようにするのは大変だし、火の状態を安定させて長時間とろ火で煮詰めるのも一苦労だろう。だがもし成功すれば、とても美味しい甘味になるはずだ。
その作り方を説明しつつ、今回のクッキーはすべて差し上げるので、また小麦粉を工面してほしいと言えば、サロメは快諾してくれた。
クッキーは全部サロメの家にあげてしまったので、手ぶらで帰宅した。改めて母に父が来る日を尋ねると、数日後に来るのだと教えてくれた。
「レノも父さんに会えるのは楽しみ?」
「まあね」
父さんに会うのが楽しみなのかと聞かれて、否定はできない。でも、別にそんなに楽しみなわけでもないので、大きく肯定もできない。そのせいで曖昧な答え方になってしまったのだが、母には違う形で伝わってしまったらしい。母はくすくす笑って、いじわるそうに言った。
「レノはご馳走が楽しみなんでしょう?」
「えっ! あ、いや、そんなことはないよ!」
母の中で、私は食いしん坊キャラで確立されてしまっている。まあ、確かに美味しいものに目はないし、食の豊かさは心の豊かさに繋がると信じてやまないので、間違ってもいないか
どうやって母は、父が来る日を予想しているのかは私にはいまだにさっぱり分からなかった。何か父とやりとりする秘密の暗号があるのかもしれない。何にせよ、断言する形で数日後に父が来ると母が言ったので、きっとそれは本当のことなのだろう。私は麻袋に仕舞われている残り四個のシュクールを確認した。別に、父には特別の思い入れなどないが、母が大事にしたい人なのだ。ある程度は母に合わせてもてなしたい。何より、私は母が喜ぶ姿を見たいのだ。たいのだ。




