第7話 その翌日
狩りの日の翌日からは数日間、作業が一日交替でお休みになるらしい。というのも、動物の脂で蝋燭や石鹸を作らなくてはならないからだ。このタイミングでしか作ることができないので、どの家庭にとっても必ず必要な日となる。
ただ、母は今まで市場で買っていたため、自分で作ったことがないらしい。そのため、今日はサロメの家でサーラおばさんと一緒に作業をすることになった。そして、母とサーラおばさんが二人で蝋燭と石鹸作りをしている間、私はサロメたちと遊んでいろと言われ、母と一緒にサロメの家に連れていかれることになった。……家に留守場させてくれたら私だって家事くらいやったのに!
おばさんの家に着いて、すぐに母とおばさんは一緒に作業場へと移動していった。夜通しおじさんたちの宴会の世話をさせられていて、おばさんも寝不足のはずなのに、それを全く感じられないほどいつもと同じように元気溌剌な様子でぺちゃくちゃとお喋りする姿を見て、私は衝撃を受けた。おばさんにこっそりと体力お化けと名付けたのは、どうやら大正解だったらしい。おじさんは部屋で寝ているらしい。おじさんは人間らしくてホッとしたが、朝まで羽目を外して翌日昼過ぎまで眠るのならば、女性にも同じような日を設けてあげたらいいのにとも少し思った。
「おはよう、サロメ」
「……ああ、レノ。来たのね。おはよう」
サロメも寝不足みたいだった。子供は途中で解放されたはずなのだが、背伸びしたいお年頃のサロメは一生懸命おばさんの手伝いをしていたらしい。おませも良いけどほどほどにね、そう思いながらも、ふとサロメの手に握られているものに視線がいった。
「サロメ、それ、なあに?」
「これ? ああ、お人形よ。レノは持ってないの?」
「うん、初めて見た」
サロメの後ろを歩いて、子供部屋に連れて行ってもらった。初めて入る部屋だった。そこはどうやらサロメたち四人が眠る部屋らしく、四個のベッドが並んでいた。そのうちのきちんと整えられたひとつがサロメのベッドのようで、サロメは私の手を引いてベッドの上に座った。リアムもちゃっかり同じベッドの上に座っている。
「父さんが作ってくれたのよ。わたしとリアムにはこのお人形で、ヒューゴとジョルジュには槍の練習になる長い棒を渡していたわ。本当は、生まれたときに準備するから、リアムも男の子だから長い棒だったんだけど、わたしのお人形をリアムがすごく欲しがったから、特別に準備してくれたの」
どうやら生まれた記念に、女の子なら人形、男の子なら長い棒をプレゼントする風習があるとのことだった。父親が手作りで準備してくれるらしいので、まあ、私が持ってないのも当然だろう。
「これがお人形?」
サロメの許可を得て、触らせてもらった。藁人形にボロ布を着せてある。日本人的な感覚としてはちょっと怖いが、サロメは大切そうにしているので、素敵だね、と一言褒めておいた。
「わたしの宝物よ。わたしだけのものって、すごく少なくて……だから、このお人形と、ヌーロの種と、収穫用のナイフと、籠は、すごく大切なの。あれは、わたしだけのものだから」
にこりとサロメがうれしそうな笑みを見せた。確かに自分だけのものは少ないかもしれない。
「レノも自分だけの宝物はあるでしょう?」
「うーん、そうだね。わたしもヌーロの種は大事だよ。あと、わたしだけのものといったら……ベッド、かな? あと、お皿とスプーン」
家にベッドはふたつある。寝る場所が決まっているので、私のものといえるだろう。お皿とスプーンも子供用の小さいものだから、あれを共有しようとすれば母は使いにくいだろう。うん、これも私のものといえるな。あとは、何かあったかな?
家の中の様子を思い描いていると、サロメは気まずそうに笑みを強張らせ、同情するような表情を見せた。
「本当は、お人形は宝物で、ヒューゴやジョルジュには触らせないんだけど……レノは特別だから。一緒にお人形で遊びましょう?」
べ、別に、お人形がなくても気にしないんだけどな……。私は微妙に複雑な気持ちになりながらも、サロメの優しい気持ちを無碍にも出来ず、三人でお人形遊びをすることになった。
といっても、何をしたらいいのか分からない。サロメはリアムとおままごとみたいな形でお人形遊びを始めたが、今更おままごとと言っても、私は何をしたら良いのだろう。いまいち楽しむこともできず、二人がごっこ遊びをするのを眺めていると、そのうち静かになった。サロメが眠ってしまったのだ。
「サロメ、寝ちゃったね」
「……うん。つかれてたみたい。昨日、寝るのが遅かったって」
私が呟くと、リアムが頷いた。サロメが寝てしまったとなると、私がリアムの面倒を見るべきだろうか?
「えーっと。お人形さん遊び、する?」
「ううん。……僕も、ちょっと眠い」
サロメの穏やかな寝息を聞いて、リアムも眠気を誘われてしまったらしい。目をこすっているリアムを見て、私はひょいとベッドから飛び降りた。
「レノ、どこいくの?」
「リアムはサロメと一緒に寝てたらいいよ。私、眠くないから、ヒューゴやジョルジュのところに行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい……」
リアムの声がむにゃむにゃしていたので、きっとすぐに寝てしまうだろう。私は静かに子供部屋の扉を閉めて、部屋から出ていった。先ほどからヒューゴの声が外から聞こえてくるので、二人はきっとそこにいるはずだ。……おじさん、部屋で寝てるって言ってたよね? こんなに騒がしくして大丈夫なのかな?
外に出ると、昨日はおじさんたちが座り込んでいたところで、ジョルジュとヒューゴが長い木の棒を持ってチャンバラみたいなことをしていた。チャンバラと言っては失礼かもしれない。槍の特訓をしているのだろう。
「あ? レノじゃねーか。何してんだ?」
二人してぶんぶんと棒を振り回しているので、あまり近付くと危ないと思い、少し離れたところで様子を眺めていると、ヒューゴが私に気付いた。チャンバラごっこをやめて、二人は私のそばにやってきた。あれだけ力いっぱい身体を動かしていたのに、息切れひとつしていないあたり、毎日力仕事しているだけのことはある。
「昨日の疲れが残ってたみたいで、サロメが寝ちゃったの。その隣でリアムも寝ちゃったけど、わたしは眠くないから、ヒューゴ達は何してるかなと思って」
「俺たちは父ちゃんみたいになるために稽古してるんだ! レノは女だから、家の中で人形遊びでもしてればいーだろ」
「わたし、人形持ってないもん」
「サロメとリアムのがあるだろ」
「あれは二人のものでしょ? サロメ、宝物って言ってたし、本人の知らないところで勝手に触りたくないよ」
「なんだそれ? 相変わらず、レノは変なやつだな」
人のものを勝手に触らないとか、そういう配慮ができないからヒューゴは叱られてばっかりなんだよ。心の中でそう言いながらも、私は肩を竦めた。
「人形遊びが出来なくても、裁縫の練習は出来るだろ? この間も、サロメとやってたじゃないか」
ジョルジュがそう言った。だが私は首を横に振る。裁縫は好きじゃない。
「わたしはヒューゴと同じがいい」
「なっ……!」
ヒューゴが熟したヌーロのように真っ赤になった。ジョルジュは驚いたような顔で私を見た後、ヒューゴに視線を移した。……えーと。二人が動揺するような大胆発言をしたつもりは全くなかったんだけどな?
「し、仕方ねえな! レノがどうしてもって言うんだったら、特別だぞ。レノは棒も持ってないだろ? 仕方ねえから、俺のを貸してやる!」
ヒューゴはまだ顔を赤くしたまま、不機嫌そうに嬉しそうに声を弾ませるという器用な真似をしてみせた。私に棒を握らせて、少し離れる。思ったより棒は重くて、私の身長と同じくらいの大きさの棒を扱うのはなかなか難しそうだと思った。
「いいか? レノ。こうするんだ、これが突きだ。それで、こうするのが、斬りだ」
「僕たちは槍を使う。槍は突くのが一番効果的だ。刃の部分は短いけど、長いだろう? いろんな用途に使えるんだ。それに、木が生い茂ってる森の中では、斬りを使うことは少ない。木々の合間を縫うように、こうやって鋭く、速く突くんだ。ひと突きでは倒せなくても、みんなで同じ獲物を刺せば、強力な攻撃になる」
エア槍で、ヒューゴがお手本を見せてくれた。ジョルジュはそれに補足するように言葉を足してくれる。柄が長いが、確かに使いこなせば森の中で使うにはなかなか適しているように感じた。これだけ長いんだもん。私も槍を持って森に行けば、一人で木の高いところに生えている果実も採れそうだね!
ジョルジュのお手本のように棒を動かし、私を見てくれているヒューゴから足運びのダメ出しをもらう。二人の指導にだんだん熱が入ってきて、そろそろ休憩したいんだけどな、なんて私が稽古に疲労を感じてきた頃、おじさんが玄関口から顔を覗かせた。
「父ちゃん!」
ジョルジュとヒューゴは嬉しそうに顔を輝かせた。おじさんの手には長い棒と、おじさんが持つには短い棒が握られていた。これから二人はおじさんから直接稽古でもしてもらえるのだろうか? ヒューゴは勢いよく私から棒をもぎ取って、嬉しそうにおじさんに駆け寄った。
「今日は早起きなんだな! 俺、もう待ちきれないよ!」
「僕も! 早く見てもらいたいんだ、僕、ヒューゴから今日だけで二本もとったんだ」
「たまたまだからな! 俺だって本気出せばジョルジュから二本くらいとれるさ!」
そばでワイワイ騒ぐ自分の子供を完全に無視して、おじさんはのそのそと私の方へと近寄ってきた。一体なんだろう、と考えて、はたと顔を青ざめた。狩りは男の仕事で、裁縫や料理が女の仕事というのが、この村の習わしだ。私が暇つぶしに参加していた稽古だが、村の大人にとっては面白くない光景だったかもしれない。おじさんの瞳が、こちらをジロリとみているのに気付いて、私は慌てた。
「ご、ごめんなさい。わたし、お裁縫が苦手で、サロメに見てもらわないとちゃんとやれなくて。ひとりぼっちも寂しかったから、ヒューゴとジョルジュに遊んでもらいたくて、」
むっつりした顔のおじさんに、私は必死に言葉を重ねた。怒られませんように、と祈りながらおじさんを見上げると、おじさんはブラウンの瞳に私を映していた。睨まれているように感じたのだが、どうやら違うらしい。もともと目つきが鋭くて、怖い印象を感じるが、別にその瞳に険の色を感じなかった。
「……レノに、ヒューゴのは長すぎる。使うなら、これを使いなさい」
おじさんはそう言って、私に短い方の棒を手渡してきた。ヒューゴの棒は私の身長と同じくらいだったけど、これは胸元くらいまでの長さだった。
「長ければよいというものではない。使いやすい長さを自分で見つけなさい」
低い声でそれだけ言って、おじさんはヒューゴ達の方をくるりと向いた。稽古が始まるらしい。私は茫然として、木の棒を見た。まさか、もらえるとは思っていなかった。だって、これって、普通、生まれたお祝いで子供に与えるものなんだよね? サロメはそう言ってたよね? わたし、ここの子じゃないのに。わざわざ私の身長に合わせて作ってくれたのだろう。持ち手の部分は鑢掛けしてくれたのか、持ってもケガをしないようにつるりとしていた。
「あ、ありがとうございます!おじさん!」
感動のあまり声を震わせながらそう言うと、おじさんは首だけでこちらをちらりと見て、うっすらと笑みを見せた。
その後、ジョルジュたちに混じっておじさんから直々に稽古を受けていると、玄関口から呆れ顔のおばさんが顔を覗かせた。
「アンタ、女の子に一体何をやらせてるんだい」
叱咤の色を含ませた声色に、おじさんはむすっとした顔でおばさんを見つめる。私は慌てておばさんの前に出て、その間に割り入った。
「ごめんなさい。わたしが無理を言ったんです。この棒も、おじさんが作ってくれて……うれしかったから、調子に乗ったんです。ごめんなさい」
だからおじさんを怒らないで! おばさんをじっと見ると、おばさんはため息をついて呆れ顔のまま笑った。
「レノちゃんは悪くないさ。稽古を受けるのも、おばさんは怒っちゃいないよ。身を守る術を身につけておくのも大事なことだからねぇ……この男たちは狩りのことしか頭にないからね。肉に興味があっても、狩りに興味を持つ女はほとんどいないから、嬉しかったんだろうさ」
おばさんの目はヒューゴに向けられていた。ヒューゴは素知らぬ顔で、そっぽを向いている。よかった、怒ってないんだ、と私はほっと胸を撫でおろした。どうやら蝋燭と石鹸作りは終わったらしい。母が荷物を持って玄関から出てきたので、私はみんなにお礼を言って、母と一緒に家へ帰った。手作りの棒を貰ったのだと話すと、母は驚いていたが、良かったねと一緒に喜んでくれた。
稽古は思ったより楽しかったが、翌日、めちゃくちゃ筋肉痛になったので、やるとしてもほどほどにしようと心の底から思った。




