第75話 母の行方
聞きたいことは山ほどあった。でも同時に、今すぐに父の手を振りほどいて、どこかに逃げ出したい気持ちもあった。
ランメルトは騎士団の人間だ。
何度も私を助けてくれている、良い人だ。
そのはず、だったのに。
ロジェは死んでしまった。
母さんがどこにもいない。
それなのに、突然、父さんがやってきた。
動揺と困惑で、頭が真っ白になっている。だからなのか、混乱のあまりここから逃げ出すといった短気を起こせるような気力は、湧き上がらなかった。とにかく、今は状況を把握したい。
「どうして、父さんがここに……?」
「レノ。私は君に、話したいことがたくさんあるんです。君に聞いてほしい話も、君に協力してもらいたい話も、それはもうたくさん」
そう言って、父は微笑んだ。
「ですが、そうも言っていられません。時間がないんです。できれば、夜明けまでにすべてを片付けてしまいたいので」
「片付ける……?」
「ええ。レノも聞きたいことがたくさんあるでしょう。ですが、どうか、お願いです。それは今ではなく、後で、落ち着いたら質問してください。必ず後で、レノのすべての疑問に答えると約束しましょう」
それはつまり、父の言う『片付け』が終わった後も、私は父と一緒にいられるということなのだろうか。父が懇願するようにこちらをじっと見ていたので、私はまたのろのろと頷いた。
「本当にレノは良い子ですね。私の自慢の娘ですよ」
よしよし、と父は私の頭を撫でた。そこで、私がいまだに濡れ鼠どころか、すっかり血と泥でぐしゃぐしゃになっていることに気付いたらしい。父は眉根を下げて、コートの内側に手を入れた。
「すっかり汚れてしまいましたね。このままでは風邪を引いてしまいますよ」
懐から取り出したのは、一本の木ぎれだった。いや、木ぎれにしては、手入れがされている。取っ手までついている。父はそれを軽く私の頭の上で振った。すると、私の身体に何か暖かい風のようなものが吹いたような感触があった。
一体なんなんだ、と風で乱れた髪を直そうとして、ぎょっとした。濡れていたはずの髪が渇いていたからだ。慌てて自分の身体を見下ろすと、そこには泥一つついていない自分の身体があった。魔獣に襲われたときに破れたはずの服も直っている。
何より驚いたのは、本当にもう、どこも痛くない。つい先ほどまで、肩と背中の傷は、じわじわと痛みを訴え始めていたはずだというのに。それだけじゃない。転んだときに色々なところを擦りむいたり、打ち身をしたりしたはずなのに、その痛みもすっかりと消え去っていた。
「と、父さん、これって、」
「レノ。質問は無し、のはずですよ?」
あ、と私は自分の口を手で覆った。それを見て、父は楽しそうにクスクス笑った。
「でも、少しばかり意地悪過ぎますね。いいでしょう。幾つかの質問には答えましょうか。歩きながら答えられる範疇で、ですが」
父はそう言って、私の手を取り、歩き始めた。私の身体が、家から出て行く。私は後ろ髪を引かれる思いで、家の中を見た。
ロジェが死んでいる。
ランメルトの顔を見たり父の姿を見たことで、まるで夢心地のように混乱していた私の意識が、一気に現実へと戻ってくる。
ロジェが死んでいるのだ。
ランメルトが殺した。
私を攫おうとしたのはランメルトで、それを指示したのは父だった。
……母さんは、どこだろう。
私は質問したくて口を開いたが、先ほどの約束を思い出して、口を閉じる。今は父の機嫌を損ねない方が良いかもしれない。だって、ランメルトはあんなに平然と、普通の顔をして、普段通りに、ロジェを殺したのだから。そこに人を殺したという罪悪感は見えなかった。ただ、『うまく仕事をこなせなかった』ことに対して、申し訳なささを感じているようにしか見えなかった。
だから、分からなかった。『私』の常識と、父の常識が、どれほどズレているのか分からない以上。目の前で人が死んでも平然としている父に、なんと声をかけていいのか、分からなかった。
「と、父さん、ごめんなさい。あの、……」
「何ですか?」
外に出ると、そこにはクロードが控えていた。外の見張りでもしていたのだろうか。いつもの燕尾服のまま、私と父の後ろをついてくる。
「あの、リアムは? 家の外に、小さな男の子が眠っていたと思うんだけど……」
「ふふ。レノは面白いことを言いますね。君も十分『小さな女の子』ですよ」
父は軽い冗談を言って、くすくすと笑った。
「安心してください。彼は騎士団が保護しました。今頃広場で皆と合流しているでしょう」
外傷も特に見当たらなかったので、すぐに目を覚ますでしょう。穏やかな声で父がそう言ったので、私は強張った顔のままぎこちなく頷いた。
最初はどこへ向かっているのか分からなかったが、やがて気付いた。どうやら父は、森へと向かっているようだった。避難のために行ったり来たりした道を再び歩きながら、父は先ほどの私の疑問に答えてくれた。正直、どう声をかけて良いのか分からなかったので、父から話し始めてくれたのは助かった。
「君が思っている通り、私は魔法使いです」
自分の誕生季を告げるかのような平然とした口調で、父が言った。私はその事実の重みに、思わず父の手を握りしめた。だが、父は嬉しそうに笑った。
「君は優しい子ですね。私を心配してくれているだなんて」
「だ、だって、魔法使いだってバレると、奴隷になるって……」
私を助けてくれた傷跡のある男も、確かそう言っていたはずだ。だから私も、母も、魔法使いであることを隠さなければならなかったのだ。それだというのに、父が魔法使いだなんて。
「そうですね。ですがそれは『バレれば』の話ですよ」
「母さんも魔法使いなんだよね? ……それと、私も」
「やはり気付いていましたか。君は賢いですから、きっとそのうちに、自分で気付くのではないかと思っていたんです」
どうやって気付いたんですか? と父が言ったので、私は肩をすくめた。
「……最初に変だなって思ったのは、赤い実を食べたとき。あれ、すごく元気になるんだけど、食べ過ぎると熱っぽくて、気持ち悪くなって……」
「ああ、あの実ですか。あれは魔力と体力を大きく回復させる薬のようなものですからね。魔力が十分に回復している状況で食べ過ぎると、身体の中で処理しきれなくなった魔力のせいで、身体が内側から爆発してしまうので、十分に気を付けてくださいね」
えっ、なにそれ今めちゃくちゃ怖いこと言った?
「あの、私の怪我なんだけど、父さんが魔法で治してくれたの……?」
人の怪我や病気を治す力を持っているのは、癒者という存在だけだったはずだ。癒者がどんな人なのかは知らないが、魔力を買って行かなきゃというところから、てっきり魔道具でどうにかしてくれる存在だと思っていた。だが、父は自分の魔力で私の怪我を……怪我だけではない。服まで直してくれた。これは結構、すごいことではないのだろうか。
「痛々しい傷でしたからね。娘の大切な身体に傷が付いていると思うと、居ても立っても居られなくて……」
傷跡も残さずに治したのでもう大丈夫でしょう、と父は穏やかに言った。私はそれに感謝を告げて、ちらりと肩口から背中の方を見る。……父さんは癒者の力も持っていた。母さんはそのことさえも知っていたのだろうか。
「あのね。父さん。母さんが……母さんが病気になった、んだよ」
病気になったことは知ってる? と自然に質問しそうになって、私は言葉を飲み込んだ。それに気づいたらしい父はまたクスクス笑って、ええ、と頷いた。……何が面白いんだろう。どうして笑えるんだろう。私は陰鬱とした気持ちで、俯いた。
「……知ってたんだ。母さん、父さんなら自分を助けられるからって、父さんが来てくれるまでずっと待ってたんだよ」
「マリアンヌのことですから、そうするとは思っていました。私もすぐにマリアンヌのところへ行ってあげたかったのですが……私がここに来られなかったのは、今からレノにお願いする話に関係があるんです」
父に手を引かれるまま、私たちは森へ入った。
夜の森なんて入ったことがない。こんな暗い中で危ないんじゃないか、と思ったのだが、なぜか木の根に足を引っかけることもなく、坂になっているだけの舗装された道を歩くような感覚で進むことができた。これも父の魔法なのだろうか?
「レノ。魔法使いには必ず銀の輪が付けられていることには気付きましたか?」
「うん。気付いてたよ。母さんには足に輪っかがついてたし、騎士団の人には手に輪っかがついてた」
「その通りです。よく観察出来ていて、偉いですよ」
どうしてその銀の輪が必要なのか、父は説明してくれた。
魔法使いというのは、普段は常に魔力が身体から出ている状態になるらしい。訓練を受ければ、身体の中にある蛇口のようなところで魔力の管理が出来るようになるらしいが、逆を言えば、訓練を受けていない魔法使いは全てその蛇口がない状態になってしまう。
「魔力が漏れ続けると、どうなるか分かりますか?」
「うーん……」
漏れたガスが充満した部屋で火をつけると爆発するように、魔力も充満すると良くないのだろうか? しかしあまりそれらしい考えが浮かばず、私は分からないと首を横に振った。
「この世には、魔力を持つ魔法使いと、魔力を持たない人間がいます。魔力を持つ我々は、様々な富を生み出すことが出来ますが、それと同時に様々な厄介なことも引き寄せてしまうのです」
例えば、魔力が充満すると。魔力を垂れ流している人を中心に、濃い魔力が充満し続けてしまう。それは空気だけではなく、大地にも影響される。その土地は豊作となり、たくさんの実りをもたらすことになる。
だがそれは、腹をすかせた獣を呼び寄せるだけでなく、魔力を食事にしている魔獣をも呼び寄せることになる。
「……まさか、それが、今回魔獣がここに来た理由なの?」
「………はい」
身体から力が抜けていくような感覚があった。へなへなとその場に座り込みそうになった私を父は抱き上げ、抱えて歩いた。私はもうすぐ五歳。抱えて歩くには少し重いような気がするが、父は平気な顔で私を抱えたまま夜の森を進んでいく。
この村にいる魔法使いは二人。私と母だ。そして、母には銀の輪がついていて、私にはついていない。魔獣は魔力を持つ者を追って出現するとなれば……今回の件。誰が原因だったのかは、嫌になるほど明白だった。
「どうして、私には銀の輪をつけてくれなかったの?」
私は掠れた声で、父に尋ねた。
「……レノに魔力があるかどうか、それが私たちには分かりませんでした。私たちの子ですから、恐らくはあるとは思っていました。ですが、確実にあるとも限りません。それに、子供であるレノに銀の輪をつけたとして、レノがそれをうまく他人から隠すことができるかどうかも心配でした」
確かに母はうまく隠し続けてきていた。それほど、銀の輪を手足につけているというのは、ほぼ同意義で魔法使いだという自己紹介になってしまうらしい。
……だとすると、私みたいな子供に輪を嵌めることなんてできないだろう。幾ら私が年齢に比べて賢かったとしても、銀の輪を手首か足首につけているのを隠し続けるのは、なかなかに難しい。すぐに身体は成長してしまうから銀の輪のサイズも変えないといけないし、常に服のサイズにも気を付けなければならない。また、私の銀の輪が見つかった場合、私が魔法使いだとバレれば芋づる式で母もそうじゃないかと疑われることになってしまう。
「じゃあ、父さんは魔法使いなのに、どうして貴族のままでいられるの?」
当然の疑問だった。私たちが隠れて暮らすのが難しいように、父だってまた、隠し続けるのは難しいだろう。領主に近い貴族として、トップシークレットにされているのだろうか?
「レノ。ひとつずつ話させてもらってもいいですか?」
まだ先ほどの疑問が解決していませんよ、と父が静かに言った。私はハッとした。父にだって、話したい順番があるのかもしれない。私が質問攻めすることで話の流れを途切れさせてしまっているのだと気付いた私は、大人しく黙った。父はそれを見て満足そうに頷き、話し始めた。
「レノが持つ魔力は、レノが思っている以上に強いものです。その魔力に惹かれて、恐らく何度か魔獣がここに訪れているはずです」
父が話したのは、驚くべき事実だった。どうやら私の魔力を求めて、すでに何度か魔獣が襲撃してきたことがあったらしい。そのたびに、騎士団が退治してくれていたということだった。
父は最初、母の魔力が漏れ出して、それを求めて魔獣がやってきていたと考えていた。だが、その頻度があまり多いため、もしかすると、もっと強い魔力の持ち主が別にいるのではないかと考え始めた。
「村にいる魔法使いはマリアンヌだけだと思っていましたが、銀輪をつけていないレノがいる以上、その頻度から考えて、魔獣たちがレノの力に惹かれて集まってきていると考える方が自然です」
だが、魔獣はそこに存在しているだけで、周囲を『穢れ』で満たしてしまう。
正しく言えば、魔獣にも魔力があり、その魔力が漏れ出すことでその場が『穢れ』るらしい。一度『穢れ』た場所は、浄化して、元の状態に戻さなくてはならない。騎士団は魔獣を退治しながらも浄化作業を繰り返していたそうだが、さすがに魔獣が歩いた『足跡』までをも全て消すことはできなかった。
「ここは異常な状態でした。村の中は魔力で満ちているはずなのに、その周囲は瘴気に覆われ、魔獣は頻繁に表れる。ところどころに魔獣の足跡もあり、魔力と『穢れ』が入り混じった地帯になっていたんです」
それは魔法使いにとって、あまり住みやすい環境とは言えないらしい。それはまるで、カビの生えた壁で生活しなければならないような状態。それを打破するために、『穢れ』を浄化させようと、どうやら母は私の知らないところで随分と尽力してくれていたらしい。
「ですが、マリアンヌ一人ではどうにもならなかった。やがて魔力が底を尽き、赤い実を頼りながらも生活を続けていたのでしょう。そのうちに本当に体調を崩し、魔力を使う蛇口もうまく機能しなくなってしまった」
「……蛇口が機能しなくなったって………」
魔力が空っぽになってしまうと、貧血状態で倒れてしまうというのは、なんとなくわかる。私も先ほどそうだったからだ。
ただ、逆に、魔力でいっぱいになってしまえば。先ほど父から聞いた『内側から爆発』という言葉が蘇り、私は父の服をぎゅっと握った。父は安心させるように、しかし悲しみを帯びた表情で、うっすらとほほ笑んだ。
「魔法石が高値で取引されるのは知っていますか?」
「え、っと……?」
突然の話題変更に、私は面食らった。
どうやら魔法石はとんでもなく高い金額でやり取りされる、高価なものらしい。その魔法石の見た目の美しさを真似て、宝石が存在しているとのことで。宝石っていうだけで金貨が動くというのに、それよりもずっと魔法石は高価だと言われると、その金額が幾らほどになるのか想像もつかなかった。
「では、魔法石は何から出来ているか、知っていますか?」
最初に思いついたのは、今でも首から下げている袋に入っている、黄色に輝く石だった。もしかすると、これが魔法石なのかもしれない。
そう思ったのは正しくて、父は、基本的には森や川といった、自然豊かなところに魔法石の原石が落ちているのだと説明してくれた。それに魔力を注ぎ込むことで、その人の魔力を充満させた魔法石が生まれるらしい。商業ギルドで見たのもその一種だろう。ただあれは内臓できる魔力量が少ないので、魔法石ではなく、魔石と呼ばれている。一定ランク以上のものを魔法石と呼ぶとのことだ。
「……ただ、他にも作り方はあるんです」
「ほかに?」
「ええ。ただ、それは禁じられた作り方なんです。……ああ。これは領主が禁じたというものではなく、この国が禁じている、禁呪なんです」
この『国』。気になりはしたが、それ以上に、私は直感的に、この先の言葉を聞いてはいけないような気がした。悪寒が背中を走り、思わず父の顔を見た。父は深緑の瞳に憂いを見せ、ふと立ち止まった。
「着きましたよ」
父に降ろしてもらうと、そこはヌーロの木が生えているところだった。
ヌーロの木を背中にして、一か所だけ視界が開けた場所がある。ここからだと、村の様子が一望できるのだ。
……初めてここから村を見たときの景色とはすっかり違ってしまっている。家々が焼かれ、一部森も焼け、畑は荒らされ、悲惨な状態だ。ところどころ黒い靄のようなものまで見えるが、もしかすると、あれが瘴気なのだろうか。
広場にはたくさんの人がいるのが見えた。それと一緒に、多くの荷馬車も準備されていた。治療のために、重症の人はあれで街まで運んでくれるつもりなのだろうか? それにしては、数が多いような……。
「レノ。家の中で拾ったものを渡して頂けませんか」
村の様子に目を奪われていると、父が静かに言った。振り返って父を見る。
「拾ったもの?」
「ええ。拾っているはずです。犯人は取り逃がしてしまいましたが、今ならまだ、その魔法石に残る魔力から術者を割り出し、追える可能性があるんです」
「……魔法石」
私は手に持った袋から、赤い石を取り出した。手に触れた瞬間、再び何かが石の中で蠢く感触を感じた。今ならわかる。これが魔力なのだろう。手の上をうにょうにょ動いているようで、変な感じがした。
「………術者を割り出すって、どういうこと」
こちらにやってきた父から魔法石を隠すようにしてそう問えば、父は哀しそうな顔をした。
「レノはもう、分かっているはずです」
「何を分かってるっていうの。分からないよ、全然分かんない」
魔法石を持つ手が震えた。頭では分かっていた。今すぐに、父にこれを渡さなくてはならないということを。でも、それはつまり、私が全てを理解してしまうことになる。『それ』を、受け入れてしまうことになる。
どれだけ探しても見つからない母。
家の中にあった魔法石。
魔法石を作るには禁呪があるということ。
そして、今、父は、魔法石に残る魔力から、術者を割り出しそうとしているということ。
「…………」
「レノ……」
父は私をそっと抱きしめた。そして、割れ物でも扱うように、丁寧に私から魔法石を取り上げた。今度は私も抵抗しなかった。
私は父の首に両腕を回して、ぎゅっと抱き着いた。
「………母さん、悪い人に、魔法石にされちゃったの?」
「……………恐らくは、そうでしょう」
「……戻せる?」
「…………一度魔法石にされてしまったものを、元に戻すのは……。……過去に一度も、成功例はありません」
クロードさんが静かに近寄って、父の手から魔法石を受け取り、小さな箱に仕舞った。それがまるで骨壺のように見えて、私は思わずぎゅっと目を閉じた。
「……一体、だれがこんな、こんなこと………」
父は震える私の背中を、宥めるように優しく撫でた。
「詳しいことは調べてみなければわかりません。ですが、マリアンヌが魔法使いだと知っている者で、かつ、マリアンヌがあの時弱っていたということを知っている者でなければ、この犯行は出来なかったでしょう。禁呪を使いこなし、魔獣のこの村に襲わせ、その騒ぎに乗じて魔法石を作って奪う……随分と用意周到なように思えますが、詰めは甘い」
「……どういうこと?」
「相手はそれほど準備をしたにも関わらず、失敗しているんです。ここに魔法石があるのがその証拠でしょう。大方、禁呪を使ったことで魔力を使い果たし、予想以上に早い騎士団の到着に驚き、仕方なく逃げ去ったのではないかと私は考えています」
混乱と同様と悲しみに暮れている私と違って、父は淡々と犯人像を突き止めつつあった。そのあまりにも逞しすぎる姿に、私は尊敬の念と、同時に、父さんは悲しくないんだろうか? という見当違いな思いを抱いた。おそらくはその気持ちが顔に出ていたのだろう。父は哀しそうに微笑んだ。
「……私たちがマリアンヌにしてやれるのは、敵を討つことです。もう二度と、このような悲劇を繰り返さないように。マリアンヌをこんな姿に変えてしまった者を必ず暴き、裁くのです。……レノは、そう思いませんか?」
……父さんが悲しくないわけがない。私は身体を離し、父の手を握った。
その拍子に、ぽろりと涙がこぼれた。
「思う、思うよ、父さん。わたしも、母さんの仇、絶対に討つから」
私は目元を拭いながらそう言った。……父さんは言った。魔法石にされた人を元に戻すことができた事例は、今までに無い、と。だったら、どうにかして、その方法を探してみればいい。あの魔法石に触れたとき、ぐるぐるとした魔力の動きを感じられた。それはつまり、あの中には、まだ母がいるという証拠になるはずだ。人を魔力の塊にして魔法石にしてしまったのなら。魔法石から魔力の塊をほどき、人に戻すことができれば。
父は眉根を下げて、ポケットからハンカチを取り出した。真っ黒なそのハンカチを私は受け取り、目元の涙を拭った。




