↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/83

第72話 森への避難

 サロメの家の前には、村中の女性や子供が集まっていた。ちょうど支給用の食べ物を準備してあったからか、成人した女性はそれを背負っていた。

 私たちの姿を確認したサーラおばさんは、険しい表情で言った。


「今から森へ向かうよ! 大人は子供の面倒を見ること! ばらばらにならないこと! みんな、固まって行動するんだよ!」


 サーラおばさんを先頭に、人の群れは動き出した。森へ向かって、みんなが走り出した。





 暫く走り続けていたが、ふと、出発して以降、ヒューゴの姿を見ていないことに気付いた。一瞬不安になったが、サロメによると、どうやら大事な男手として、村のお年寄りの避難を手伝うためにどこかへ行ってるらしかった。


「もりへにげてもだいじょうぶなの?」


 リアムが心配そうに言った。

 今もなお、燃え盛る炎は東側の森にある。……もしかすると、森から魔獣がやってきたのかもしれない。そう思ったのはリアムだけではなく、私もだ。不安げにリアムと一緒にサロメを見上げると、サロメは安心させるように微笑んだ。


「街への方角へ逃げるとしても、丘があるくらいで、何もないでしょう? 私たちの足だと、あっという間に魔獣に追い付かれてしまうわ。それなら森の方がまだ隠れようがあるっていう判断よ。それに、一度魔獣が出たら、それを警戒して、この辺りの森には獣が寄り付かないらしいわ」


 微笑んでくれているサロメの顔色も悪い。無理をして、私たちに笑顔を見せてくれているのだろう。私は不安と緊張が入り混じる思いをしながらも笑顔で納得したように頷いた。


 ……ふと、頭の中に言葉が蘇った。


 そういえば、最近。母に言われなかっただろうか。

 何かあって、逃げるときは。ヌーロの木の方に逃げろって。


「………ねえ、」


 思わず立ち止まった。唐突に立ち止まったせいで、後ろを走っていた女性や子供たちが不審そうに私を見ながらも、逃げ遅れたらたまらないと言わんばかりに走り去っていく。


「ヌーロの木の方に逃げてって、おばさんに伝えてくれないかな」


 サロメとリアムにそう言うと、二人は意味不明という顔をした。私は母に聞いた話を説明し、サーラおばさんにそれを伝えてほしいともう一度お願いした。

 今はまだ森へ向かう道中だ。だが、このまま森へ入ってしまえば、先頭を走るサーラおばさんに伝言を伝えるのは難しくなるだろう。

 私たちは今、列の後ろの方にいる。まずもって、私の足では、先頭にいるサーラおばさんのところへ追い付くのが難しい。となると、残された手としては、ここから順に人伝えでサーラおばさんに伝言を頼むことになる。だがこのまま森へ進んだ後に実行すれば、みんなが山登りに一生懸命になっているため、後ろから伝言ゲームをしてもうまく伝わらない可能性が高い。

 だから、平地である今のうちに動いた方が良い。そうサロメに話すと、サロメは分かったと言って駆けだした。走るスピードを上げて、どんどん人を追い抜かしていく。……これ、もしかして、単純に私の足が遅かったりする? い、いや、これは体格差だよね……!


「レノ、行こう!」


 リアムが私の手を取った。どうやら立ち止まっている間に、私たちは本当に一番後ろに来てしまったようだ。焦ったようなリアムが、私の手を引いて走ろうとして、でも私が動かないので、不思議そうな顔で私を見た。


「レノ? どこかいたい? もうつかれた?」


「……リアム。一人にしてごめん。今すぐに走って、あの一番後ろでいいから着いていくんだよ。伝言が終わればサロメが速度を落としてくれるだろうから、そしたらサロメと合流して。絶対みんなとはぐれないようにしてね」


 早口でそう伝えると、リアムは首を傾げた。


「うん、わかったよ。でも、どうして? ひとりってどういうこと?」


 レノが一緒にいるのに、とリアムが困惑していたが、私はにっこりと無理やり微笑んだ。


「……私、母さんのところに行ってくる」


「………あっ!」


 リアムが驚愕したように目を見開いた。


 そう、今回。


 老人は、体力のある女性や比較的大きい男の子が助けてくれていて。

 でも、母は。病人は。まだ、誰も救助していない。

 母はまだ、事情さえ知らず、家で眠っているのかもしれない。


 もしも母が眠っていたら、老人救助部隊が気を回してくれて助けに行っても、逃げられない。人を一人負ぶって森に入るのは、あまりに危険すぎる。そして何より恐ろしいことに、魔獣が放つ炎は、ゆっくりとその規模を拡大し、村を焼き尽くそうとしているように見えた。

 母は言っていた。そういう時は、自警団が助けに来てくれるよって。だが、自警団は全員、今頃命懸けで魔獣を食い止めてくれている。だから、母のことを気に掛けてくれそうなロジェだって、今はもう、頼れない。


「で、でも! 危ないよ! ヒューゴがきっと、たすけてくれるよ!」


「……ごめん、リアム。私、行くね」


 死ぬつもりなんてない。母を叩き起こして、すぐにみんなと合流するつもりだ。私はリアムの背中を押して、それとは反対方向に走り出した。

 後ろからリアムが何事か叫ぶ声が聞こえるが、私はそれを振り払うように今来た道を戻るために全力で走った。








 ぬかるんだ道を駆け抜ける。泥が跳ねて、両足のズボンの裾にかかっている。後で洗濯が大変そうだ。

 雨脚は弱まる気配もなく、しっかりと降っていた。薄暗く、視界も悪い。風に乗ってやってきたのか、焦げた匂いもした。

 私は肩で息をさせながらも、全力で走り続けた。道中の畑に誰もいない村の様子は見慣れないもので、私の焦燥感を一層煽った。遠くで、怒鳴り声や轟音、悲鳴。そしてまた炎が上がるのが見えた。一瞬ジョルジュの顔が頭をよぎったが、私は思考を振り払って走ることだけに集中した。


 すぐそばで、パァン!と音がした。

 あまりに驚いて、私は足をもつれさせ、その場で盛大に転んでしまった。魔獣の襲撃かと思い、私は慌てて起き上がって周囲を見渡す。だが、そこには何もいない。ふと、身体がべとついていることに気付いた。転んで泥まみれではあるが、身体に赤い液体がかかっている。

 ……バクダンだ。

 私は安堵の息を吐いて、立ち上がった。初めてバクダンが爆発したところを見たが、これはかなりビビる。地面を見ると、運よく私は当たらなかったが、爆発した際に飛び散った皮の破片も落ちていた。確かにこれは危険だ。

 ふと、自分の身体を見た。泥まみれなうえ、バクダンの液体まみれになってしまった。救いがあるのは雨が降っていることくらいだ。このまま雨を浴びていれば、自然のシャワーということで全部洗い流してくれないだろうか。

 弾む息を深呼吸で落ち着かせながらも、私は再び家を目指して走り出そうとして、ふと、パシャリという自分以外の足音を聞いた。もしかして、他に逃げ遅れた人がいたのかもしれない。慌ててもう一度周囲を見渡す。

 一人の子供の影が、遠くに見えた。こちらに走ってきている。


「大丈夫? 逃げ遅れた? 逃げるなら方向が反対だけど、……」


 私は声をかけながらそちらに向かって走り寄ろうとして、気付いた。息も絶え絶えで私の後を追ってきていたのは、迷子の子供なんかじゃなかった。



「………リアム、」



 苦々しく呟いた。……まさか、私を追ってくるなんて。

 私が顔を引きつらせていると、リアムはぜえぜえと息をしながらも、微笑んだ。


「マリアンヌさん、たすけるんでしょ? レノひとりじゃ、むりだよ、だって、マリアンヌさん、ねてるかもしれないから。ぼく、てつだうよ」


「リアム、ダメだよ、リアム。今すぐ戻って、みんなと合流して」


「だいじょうぶ、みんなで、行こう! ぼくだって、男の子だもん、すこしは、やくにたてるよ」


 レノよりきっと力持ちだから、とリアムは胸を張った。私は思わず押し黙る。今すぐリアムをみんなのもとに向かわせるのと、私と一緒にいるの、どっちが安全なんだろう?

 ……いや、そんなの決まっている。みんなと一緒にいなければならない。だって、私もリアムも武器を持っていないし、私の家に戻ったところで誰か屈強な人が助けにきてくれるわけではない。

 騎士団からの応援部隊がすぐに来てくれるなんていう淡い期待は、持たない方が良い。魔獣が何を目的に存在しているのかもわからない中で、私たちがやるべきことは。騎士団が来てくれるまでの間、なんとか生き延びることだ。

 足の速い男の子が街へ向かってくれたが、恐らく一日近くはかかるだろう。そのあとどうにかして騎士団がすぐに駆け付けてくれるとしても、私たちが耐え忍ばなければならない期間は短くても丸一日程度。

 その間にダミアンさんが魔獣を退治してくれればいいのだが、……実際のところ、無理だと思う。だって、一度私が魔獣に襲われた時。退治したのは騎士団だった。騎士団の人たちが何人も総出で魔獣を退治したのだ。

 そもそも魔獣を倒せるのは、魔力のある魔法使いだけ。それを、人間である村の人たちがどうにかしようなんて、無理な話だ。できたとしても、時間稼ぎくらいだろう。


「……ダメだよ、リアム。今すぐみんなのところに戻って。魔獣がいつどこに現れるかも分からないんだから」


「でも、とうさんが魔獣を引き寄せてくれてるはずだよ。そのあいだに、いそいでにげれば、だいじょうぶ」


 リアムは私が不安になっているのだと思ったらしい。励ますようにリアムはそう言って、私に頷いた。


「もしもレノがこわいなら、ぼくがマリアンヌさんをたすけにいくよ! だからレノがみんなと合流したらいいよ」


「……リアム」


 とうさんが守ってくれるからだいじょうぶ、リアムはそう言ってにこりと笑った。ダミアンが今にも魔獣を倒してくれるんじゃないかと、本当にそう信じている顔だった。

 私はその表情に泣きそうになり、それを悟られないように顔を逸らした。逸らした先には、轟々と燃え盛る村の姿がある。ここからだと魔獣の姿も、必死に戦ってくれている男たちの姿も見えない。だが、魔獣が炎を吐いているのだろう。魔獣の足は、命懸けでなんとか止めることができても、雨でも消火しきれない火の手は、もうすぐそこまで迫ってきている。


「……分かった。でももし何かあったら、すぐに逃げるんだよ?」


「もちろん! そのときはレノもいっしょだけどね」


 ここでリアムと問答している時間の方が勿体無いと判断した私は、二人で家へ向かって走り出した。 


 いや、走り出そうとした。


 数歩前に進んだところで、急ブレーキをかける。


「レノ?」


 リアムが不思議そうな声を上げた。だが、私はそれに答えられない。答えるような余裕がない。全身の毛が逆立つような感覚。鳥肌が立ち、直感的に、危険が差し迫っていることを感じた。

 私は咄嗟にリアムを抱いて、その場に伏せた。その直後、私たちが立っていたところに、大口を開けたライオンのような大きな獣が飛びついた様子を、私たちは下から見上げていた。


「っ!?」


 リアムが息を呑んだ。獣は飛び掛かった勢いのまま私たちを飛び越え、反対側の畑へと着地した。

 本当に、以前見た魔獣とほとんど見た目が同じだった。ライオンのような見た目をしているが、サイズは『私』が知っているその比ではない。その尻尾は三又に分かれていて、大きな口に生えている牙は鋭い。何かに飢えたように口からは涎を垂らし、その凶悪な瞳はこちらを捉えていた。


「逃げて、リアム!」


 私は急いで立ち上がり、リアムと魔獣の間に立ちふさがるように両手を広げて立った。だが私の背で、リアムは迷うようにしていて、動かなかった。私はもう一度背中の後ろにいるリアムに逃げろとと怒鳴ろうとして息を吸い込んだ時、わたしより先に、魔獣の咆哮が上がった。


「グアアアァァア!」


 ビリビリと全身が震えるような咆哮。

 まるで、威圧のようなものが具現化して出ているかのように、魔獣を中心としてぶわりと風が吹いた。私は思わず顔を歪め、その風に吹き飛ばされないように踏ん張った。……だが。

 背後でぱしゃりと音がした。後ろを見ると、リアムが倒れている。私は慌ててリアムを抱え起こしたが、リアムは気絶しているらしく、ピクリとも動かない。このままリアムをここに転がしておけば、泥水で窒息してしまうかもしれない。とはいえ、リアムを抱えたまま、魔獣の相手が出来るわけがない。

 ……短時間で、魔獣をどうにかしなくて。私はリアムの手を本人の頭の下に入れ、なるべく頭の位置を下げないようにしてから寝かせた。

 そして、立ち上がり。目の前の光景に思わず声を漏らした。


「なっ、」


 魔獣が三体に増えている。


 そんな、バカな。


 私は周囲を見渡した。魔獣からは穢れのようなものが出ているのか、魔獣が歩いたところは黒く変色し、作物が枯れていた。

 だからこそわかる。その足跡が、今もなおダミアンさんたちが戦っている方角からやってきているということが。……先ほどの咆哮で、魔獣が集まってきたのかもしれない。

 確か、私たちに第一報を知らせてくれたあの男性は、魔獣が四体出たと言っていなかっただろうか。ここには今、魔獣は三体いる。凶悪な牙を見せつけ、グルルと喉を鳴らし、こちらを威嚇しながら私を中心にうろうろと近くを歩き回っていた。


 私は思わず、唇を釣り上げた。

 恐怖で身体を震わせながらも、ニヤリと笑う。


 ここに魔獣が三体もいるということは、ダミアンさんたちが戦う数も減るということで。そうなればきっと、四体を同時に相手した時よりも、被害の数は減るはずだ。

 それに、と私は頭を働かせる。魔獣は倒れているリアムではなく、三体ともその瞳に私を映していた。……前回も、そうだった。魔獣は執拗に私を狙っていた。


「……これ、今回も私が目的だったりするかな」


 一度だけならまだしも、二度も続いたうえ、私の姿を見た魔獣は咆哮を上げて他の魔獣を呼び寄せている。ここまでくれば、私が目的なのだと考えても良いだろう。


「きっとその分、ダミアンさんたちが楽になってるよね」


 私は薄く笑いを浮かべてそう呟いたと同時に、覚悟を決めて走り出した。魔獣が狙うのは私だとしても、このままここにいれば、眠っているリアムは自分の身を守ることも出来ない。リアムを守りながら魔獣と戦うなんて高等技術、絶対的に無理である。そもそも自分の身が守れるかも定かではないというのに。

 そういう思いで、とにかく森とは反対方向へ走り出す。家の方角にも向かえない。私という餌で、なんとか魔獣が満足して、どこかの住処に戻ってくれればいい、そんな気さえした。





修正が更新に間に合った…!

ブクマ・評価ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。