第66話 大通りでの出会い
私とマルタンは、宿に向かって歩き始めた。
……着いたら、一度作戦会議するしかない。チャーリーは本名で、実は他領地の貴族という可能性も考えたが、残念ながらこの領地は現在、鎖国中だ。偽名と考えるのが一番可能性が高いだろう。
道すがら、マルタンが落ち込んだ空気を変えるように私に尋ねた。
「レノはさっきの大男とも知り合いなのか?」
「ランメルトのこと?」
そういえば、前回ランメルトやユベールに助けてもらった時、マルタンは席に残っていて、店の中で何が起こってたかは見てなかったんだっけ。
私はマルタンにランメルトとの出会いについて説明した。マルタンもその時のことは覚えていたらしく、納得したように頷いていた。
「レノはどうして怖くないんだ?」
「怖い?何が?」
さっきの門番のことだろうか。いや、切っ先がこっちに向いたときは普通に怖かったし、身の危険を感じたんだけど。そう言おうとしたが、マルタンはそうじゃない、と首を横に振った。
「門番もそうだが、あの大男もそうだ。魔法使いで、騎士団なんだぞ? しかも、あの門番二人の態度を見ると、さっきのランメルトって人は、騎士団の中でも地位が高い方なんじゃないか?」
……確か、ランメルトとユベールって普通に仲良さそうだったよね。少なくとも、あの門番の人たちのような態度はとってなかったし。となると、二人とも騎士団の中では地位が高い方なのだろうか? リュカは騎士団長って言われてたから偉い人なんだろうとは思ってたけど、あの二人もわりと偉い人なのかも?
「ランメルトさんが偉い人だったとして、どうして街の見回りをそんな偉い人がやってるの? そういうのは下っ端がやるようなもんじゃないの?」
「街の安全を確保するのが『騎士団』の務めだろ? 下っ端だけに任せてられるわけないだろ」
私の疑問に、マルタンは当然だと言わんばかりの顔で答えてくれた。ふむ、と私は下顎を撫でる。『騎士団』の存在の名誉に関わるものだから、街の見回りというか、警備は下っ端だけに任せてもいられないということか。
となると、だからうちの村にもユベールが来たのだろうか? 領主様にとっても村にとっても春と秋の祭典は大切な行事なのだろう。そうそう適当な人員配置も出来ないから、ユベールやリュカが直々に村を回ってると思うと、納得がいく。
「……マルタンは、ランメルトさんが怖いの?」
ランメルトは先ほど私を助けてくれた張本人だ。むしろ、さっきの門番の方が怖いくらいだ。私としては純粋な疑問として問いかけたつもりだったのだが、マルタンは苦い顔をした。
「………別に、怖いわけじゃない」
じゃあさっきの質問はなんだったんだ。私が顔にありありとその疑問を浮かべると、マルタンはムッとした顔でそっぽを向いた。
「さっきの大男はたまたまレノを助けたけど、魔法使いは魔法使いだし、騎士団は騎士団だろ。関わり合いになればそれだけ面倒なことが起こる」
「面倒なことって?」
「魔法使いと関わることなんて、村にいたら普通無いだろ? 騎士団なら、なおさらだ。さっきの門番だって、下っ端だとしても騎士団の仲間なんだから、レノも気を付けろよ」
「何に?」
「だから、騎士団に目を付けられたら、面倒なことになるんだって」
「だから面倒なことって、何なの?」
「知らないよ! 普通はそう言うだろ! レノはほんっとに何も知らないんだか……、うわっ!?」
マルタンから具体性のない警告を受けたので、一体具体的には何が起こるのか質問攻めにしていたのだが、突然マルタンがこちらにぶつかってきた。風景ばかり見ていてよそ見をしていた私はそれに咄嗟に対応できず、マルタンもろとも一緒に通りに転んだ。
「い、痛い!重い!」
……マルタン、こんな重いんだ?
地面に頬を付けている私は、その重みと、地面の硬さに嘆いた。上にマルタンが乗っているせいで、身動きが取れない。うう、と呻いていると、ふっと重みがなくなった。横に見えていた風景に、手が差し伸ばされる。
「レノ、大丈夫か?」
差し出されたマルタンの手を取って起き上がると、そばに見知らぬ子供がいることに気付いた。どうやらその子供が細い路地から飛び出てきたせいでマルタンとぶつかり、私はその二人の下敷きになっていたらしい。
髪や身体についた砂を払いつつ、その子供の様子を伺った。灰色のフードをすっぽりとかぶってしまっているので、性別は分からないが、その華奢な身体つきに、ジョルジュと同じくらいの身長というところから、まだ成人はしていない子供なのは分かった。その子はフードをぎゅっと掴んだまま、きょろきょろと辺りを警戒するように見渡している。
「ありがと。マルタンも大丈夫?」
「僕は平気」
お互いの無事を確認し合えば、自然と私たちの視線はその子へと向けられた。その子は大通りに出てきてしまったことに困惑しているようで、まるで迷子のようにどこへ行こうかと悩んでいるようだった。
「あの、大丈夫ですか?」
思わずそう声をかけると、その子はびっくりしてこちらを見た。私を見て、警戒するように数歩後ろに下がっている。だが、その子が出てきた細い路地の方から、突如怒声が響いた。
「いたぞ! こっちだ!」
三人が路地を振り返った。そこには、ガラの悪そうな男たちが、目をギラつかせてこちらを見据えていた。そのうちの一人と、ぱちりと視線が合う。……この凶悪な顔をした大男、どこかで見たような……?
「必ず捕まえろ!」
他の男がそう怒鳴った。男たちが走り出す。その瞬間、私の脳が活性化し、思い出した。あの大男。あの酒場で、ランメルトが店外にたたき出してくれた男じゃないか? 私が頭にジュースをぶっかけた男じゃないか? そして私を容赦なく殴ろうとした男じゃないか?
……お前、見覚えがあるぞ。男の視線がそう言っているような気がした。
「逃げろ!」
私は咄嗟に声を上げ、マルタンと灰色のローブを着た子の手を取り、走り出した。灰色のローブの子の行動は早かった。すぐさま隣に並ぶようにスピードを上げていた。
対して、マルタンは状況に混乱しているようで、走り出しが遅かった。私はマルタンを無理やり引っ張るようにして、走る速度を上げる。
「待てコラ!」
後ろからチンピラのような叫び声が聞こえる。振り向いたら終わる、振り向いたら終わる、と後ろとの距離感を確認したがる自分の気持ちを理性でねじ伏せつつ、私はこのまま宿へ逃げ込もうと考えた。だが灰色のローブの子はそうは思わなかったらしく、私から手を離すと先導するように前を走った。
「着いてきて!」
思ったよりも高い声が聞こえる。どうやら女の子らしい。捕まったらおしまいだという気持ちが一層芽生え、私はその子を見失わないように全力で走った。マルタンも、とにかく事情を把握するよりかは逃げた方が良いということにやっと理解が追い付いたのか、一生懸命走り始めた。
灰色のローブの子は、逃走経路を大通りではなく裏路地を選んでいた。どうやら随分と身体能力が高いらしく、落ちているゴミや水たまり、ボロボロの毛布で眠っている人間の塊をひょいひょいと飛び越えて行っていた。
私はそんな彼女の動きを真似て、なんとか何かに躓くことなく、細くてごちゃごちゃした路地を走り抜ける。先頭を走る灰色のローブの子は地理を把握しているのか、はたまた悩んでいる時間さえ惜しいのか、さっさと道を選んでいく。右へ曲がり、左へ曲がり、細い道を通って、壁を乗り越え、また右に曲がって……。
最後に、子供か猫くらいしか通り抜けられそうにない狭い壁をすり抜けて、私たちはまた大通りへと飛び出した。
「お、追っ手は、」
ゼエゼエと肩で息をして、私はやっと後ろを振り返った。どこかの時点で怒鳴り声が聞こえなくなったので、相手を撒いたような気がしていたのだが、本当に逃げ切ることができたらしい。安堵する気持ちと同時に、全身に疲労が回る。こんなにも全力で全身を使って走ったのは初めてだ。吹き出る汗を拭いながら、灰色のローブの子を見る。マルタンでさえしんどそうに息を弾ませていたのだが、その子は息ひとつ乱していなかった。陸上選手になれそうだ。
「今は大丈夫みたいだけど、時間の問題だね。どこか身を隠せるところがあればいいんだけど……」
そう言って、その子は困ったようにまた周囲を見渡した。こうやって相手を撒いては身を隠すところを探し、探しているうちに見つかってまた走って、ということを繰り返していたのだろう。となると、これに巻き込まれた私たちも、自動的にまた同じ追いかけっこをすることになるかもしれない。
早く宿に戻りたい、その一心で私は今自分がどこにいるのか把握するために、血眼になって周囲を見渡した。そして、すぐにここがどこだか判明した。
「こ、こ、こっち!こっち!」
私は乱れた息のまま、へろへろになりながら側にある店の扉を開いた。急いでそこに身を滑り込ませ、最後に外をちらちらと確認する。どうやら追っ手はまだこの大通りにまで来ていないらしい。ここで時間を潰せば、なんとかなるかもしれない。私は今度こそ本当に安堵のため息をついて、そろそろ限界を訴えている太ももを手で叩いた。
「た、助かった……」
「助かった、ではありません。何の用ですか」
冷たい声が響いた。モノクル越しに向けられる瞳は、底冷えするほどに冷たい。そりゃあそうだろう。仕事中に、子供が三人慌てた様子で入ってきたのだ。たまたま客がいなかったからよかったものの、商談中なら雷を落とされても文句は言えまい。……まあ、ここに私たち以外の客が来ているところなんて、見たこともないんだけど。
「ちょっと匿ってください!」
「ここは子供の隠れ場ではありません」
「そんなの知ってますよ、子供同士のかくれんぼだったらここを隠れ場所には絶対選びませんよ。でも緊急事態なんです、頼むから助けてください!」
カウンターの奥にある、いつもの肘掛け椅子に座っているマルクの側にやってくると、マルクがぎろりと睨んできた。
「君のお知り合いの二人なら、すでにこの店を後にしています。待ち合わせ場所にするのならば、広場をお勧めしますが」
「もう! 話聞いてくださいよ! 緊急事態なんですってば!」
ゴロツキに追われていることを私が焦ったように説明すると、マルクは頭痛がするように目を閉じて眉間に皺を寄せた。そして、ため息をついて投げやりにカウンターに視線を向けた。
「その下でなら、隠れることを許可しましょう」
「ええ……奥の薬品棚の方が見つかりにくくありません?」
「そこは私の大切な商品が陳列されています。そんなところに子供を野放しにしておくなど、到底許可できるものではありませんね。……ご不満なら、いつでも出て行っていただいて結構です」
「すすすすみません! ありがとうございます! 助かります!」
スライディング土下座くらいの勢いで私は腰を九十度に折ってお礼を言った。マルクの顔を見るのが怖かったので、そのまま私は灰色のローブの子をカウンターの下へ案内した。すると、マルクの険しい声が飛んできた。
「待ちなさい。……その子供は?」
見覚えのない子供だからだろう。マルクの不審そうな表情を見ながらも、私はゴロツキに追われるきっかけとなったことを話す。すると、マルタンが突然声を上げた。
「あっ!」
「ま、マルタン? どしたの?」
マルタンを見ると、驚いた表情で自分の口を手で押さえていた。その視線の先には、灰色のローブの子。一体何を見て驚いたのかと二人を見比べていると、灰色のローブの子が小さく肩をすくめた。
「バレちゃったか。ま、そのうちにバレることかなって思ってたけど」
透明感のある声でその子がそう言った。変声期前の男の子ともいえるし、女の子の声にも聞こえる。不思議な子だと思っていると、本人の手によって、ふわりとそのフードがめくられた。
「………!」
私とマルクの目が見開かれる。
肩までに切りそろえられた白い髪に、透き通るような白い肌。薄い水色の瞳は優しそうに見えて、強い意志を秘めているようにも見える。そして何より、私たちが驚いたのは……。
「猫耳!? 尻尾付き!?」
思わず素っ頓狂な声を上げると、その子はコロコロと笑った。
「ふふ、はっきりと言う子だね」
ふわふわとした毛並みの耳を揺らして話すその灰色のローブの下からは、細長い尻尾が見えていた。
「ボクの名前はニャーニャ。この見た目を見せれば、説明はいらないよね」
いや説明は欲しい。
「君、獣人だろ!? どうしてこんなところに、いや、そもそもてっきり僕は、そんな……」
「『おとぎ話の世界の存在だと思ってた』?」
「………」
マルタンが困惑したように声を上げたが、ニャーニャが図星を突いたらしく、一瞬気まずそうに押し黙った。それを見て、ニャーニャは意地悪そうにニヤリと笑う。チェシャ猫のように口元が半月型に吊り上がるその笑みは、猫耳によく似合い、ふさわしくも感じた。そして同時に、胡散臭くも感じた。
「事実、僕たちの領地は今、他の領地との貿易が禁止されているはずだ。どうして君はここに?」
言葉を選ぶようにマルタンが尋ねた。それは正解な対応だったようで、ニャーニャはさてどこから揚げ足をとってやろうかと言わんばかりに思案するような顔を見せた。
「君、マルタンと言ったね?」
ニャーニャはそう言って片目を閉じた。
「ひとつ正そう。君たちの領地は他領地との貿易を禁止していない。正しくは、制限しているんだ」
そういえば、先生がそんなようなことを言っていたような気がする。
ニャーニャの説明は、以前先生が話してくれたこととほとんど同じだった。領主様が選んで許可を出した領地の、許可を出した商人は私たちの領地へ来ても良いということ。ただしそれは城の中、もしくは貴族街での商売の話であって、平民街へと降りてはいけないということ。
「だからボクがこの領地に来ているということは自体は、全く問題ではないということだよ」
「いやでも街に降りちゃダメだって今自分で説明したのでは」
思わず突っ込むと、ニャーニャはきちんと話を聞けていて偉いね! と私の頭を撫でた。そうしてカウンターの内側へと潜り込む。
私とマルタンは丸椅子を借りて、マルクの近くに座らせてもらった。これで四人、輪になって顔を見つつ、腰を据えて落ち着いて会話ができる。私はふと自分の自己紹介がまだだったことに気付き、椅子に座りがてらニャーニャに全員の名前だけ教えた。ニャーニャはにこにこしながらそれを聞いて、ふんふんと頷いていた。
「話を戻そうか。街に降りちゃいけないっていうのは、実を言うと、レノの言う通り。本来ボクは今頃、君たちの領地の領主様の近くで商いをしているところなんだ」
あまりにも平然とそう言うので、私はどうリアクションして良いのか分からなかった。一ミリも悪びれていない。
「ボクは何度も君たちの領主様に領地を開いてほしいってお願いしているんだけどね。だって、そうだろう? いつだって決まった商人と取引をしていたって、代わり映えがなくてつまらないじゃないか。ひとつくらいは目新しい情報を手に入れないと、わざわざこんな遠くに足を運ぶ甲斐が無いよ」
「……だったらマズいんじゃないか? どれくらいの商人が今、領主様のところへ来ているのかは知らないけど、そんなの、簡単にバレるじゃないか」
「ま、城内ではボクの部下がうまくやってくれているはずだから、すぐには問題にならないと思うよ。もちろん、時間制限はあるんだけどさ」
「えーと、じゃあどうしてゴロツキに追われてたの?」
脱走がバレてるなら、追いかけてくるのは騎士団だよね? 疑問を感じて私が尋ねると、ニャーニャは悪戯っぽく笑った。笑うたび、柔らかそうな毛並みの耳が揺れる。
「それはボクがうっかり……ついうっかり。とある騎士団員とゴロツキくんたちが、悪い取引をしているところを目撃しちゃったからかな」
突如としてニャーニャは爆弾発言をかましてきた。ゴロツキと騎士団の誰かが繋がっているということだろうか? 興味がそそられるスクープだが、これが事実ならとんでもないことだ。しかもそれを、領地外の人間に知られるなんて。……いや、逆に幸運だったのだろうか? 領地外の人間なら、それこそ弱みを握ったところで、
「目撃ついでに、この情報を元手にぜひ強請られてくれないかとお願いしたんだけどね。最初は取引に応じる姿勢を見せてくれていたのに、相手が小柄な子供だってわかると、途端に口封じしようと動き出しちゃって」
やれやれ、と言わんばかりにニャーニャはため息をついていた。ニャーニャは私の想像通り、全くの善人なわけではなさそう……というか、強かな人間なのだとここで私は確信した。
ふう、とため息がこちら側でも聞こえた。ずっと押し黙って頭痛が痛いみたいにこめかみ辺りをさすっていたマルクだったが、漸くゆっくりと口を開いた。
「……獣人がこの平民街で情報収集するだなんて、一体どんな目的があるんでしょう」
マルクの声はゆったりとしていたが、冷ややかなものだった。対してニャーニャは、面白そうに口を半月型にニッと吊り上げる。
「商人としての嗜みだよ。領主様から聞いてるよ。この領地で流行するものの幾つかは、平民街から持ち込まれるものなんだってね。となれば、流行の最先端は平民街にあるってことだろう? その先行調査さ」
まるで腹の読みあいをするかのように、二人は視線を合わせていた。マルクは眉間に皺を寄せた状態で、ニャーニャを観察するようにじっと見つめていた。
「出入りの許可を貰っていない者を匿えば、罪に問われるのは私です。今すぐ騎士団に突き出しても良いんですよ」
「おぉ、それは怖い。でも、ボクを匿ってくれれば、君にも悪いようにはしないさ。ボクは商人だよ? この後、君の店を贔屓に取り立ててもいいし、何なら貴族街の出入りが出来るようにここの領主様へ進言してあげることも出来る」
大きな古時計が、カチカチと時を刻む音だけが、部屋の中に響いていた。外の喧騒から切り離されたかのような静けさに耐えかねた私は、あのー、と小さく挙手して声を出した。全員の険しい視線が私に集まる。
「すみませんが、誰かわたしに、獣人とは何か説明してもらえませんか?」
そして、全員が拍子抜けしたような顔になった。




