第65話 門番
数日後、無事に私たちは再び街へとやってきた。
そして、ロジェとジョルジュ、マルタンと私のふたチームに分かれて行動することになった。
今回もロジェとジョルジュは物売り担当だ。雑用を任せているようで心苦しかったが、ジョルジュの成長には繋がっているらしい。むしろ何度も街へ来て直接商人と取引できるという経験を積めることに感謝されたくらいだった。
荷物を全てロジェとジョルジュに預け、身軽になった私たちは逸る気持ちを歩く速度に乗せ、小走りの状態で来たの門へと向かった。どの村も春の到来によって自分たちの村での作業が忙しいのか、前回来た時よりかは人通りも少なく、移動するのには快適だった。
北の門へはマルタンが先導してくれた。手を繋いで、はぐれないように二人で前のめりに走る。北へ行けば行くほど身なりの良い人たちが増えていくので、それに伴って私たちのスピードも落ちていった。もしもぶつかって何かあった時に、対処できないからだ。
それに、広場から北の方向以外の道は基本的に雑然としているが、広場から北への大通りを歩くと一気に雰囲気が変わる。通りを走っている子供などいないのだ。あまり悪目立ちするのは本意ではない。私たちはなるべくこそこそと道の端を、できるだけ早く歩いた。
……本当ならば、ガスパルの力も借りたいところだった。ガスパルは貴族に顔が利く。となれば、ガスパルにくっついて貴族街に潜り込むことは、もしかするとできたかもしれない。ただ、私がちょろちょろと余計なことをしたことが原因で、ガスパルが貴族街出禁になんてなってしまったら大変だ。父の助けを求められなかった場合、私はガスパルを資金面で大いに頼りにしている。だからそれだけは避けたい事態なので、今回はガスパルに相談するのはやめて、自己責任で動くことにしたのだった。
大きな建物をきょろきょろと眺めていると、やがて視界が開けた。路地を挟んだ向こう側に、詰所がある。その奥に橋があり、大きな門へとつながっていた。あの象牙色の門の向こうが、貴族街だ。門のサイズや、門の向こうに見えるお城の様子に少し圧倒されながらも、私は詰所を観察した。
鉄の甲冑のようなものを身体につけた男性が、槍を持って立っている。門番の役割を果たしているのだろう。また、橋を渡る手前側に二人、そして奥の門の側に二人が立っていた。橋の手前側に平屋建ての建物があり、これが詰所の役割を果たしているのだろう。
「レノ」
その雰囲気に気圧された私が、思わず歩みを遅くしたのに気付いたのだろう。手を引いてくれていたマルタンが、こちらを振り返った。その瞳が、怖気づいたのか? と言わんばかりのものだったので、私は思わずマルタンの手をぎゅっと握った。
「行こ」
短くそう言って、今度は私が手を引くようにマルタンより先を歩いた。
ずんずんと大股で路地を横切る子供の姿に気付いたのか、門番の一人がこちらを見た。二人ともどうやら若い男性のようで、こちらを見て姿勢を正した。
「迷子か?」
男が言った。私は口を開いて、その口の中が乾いていることに気付いて、コホンと咳ばらいをひとつした。
「あの、聞きたいことがあるんです」
「迷子なら、広場へ行くと良い。商業ギルドの場所は分かるか? あそこだったら、街の地理に詳しいのがたくさんいるから、誰かが助けてくれるはずだ」
迷子に確定するな。
「チャーリーという名前の貴族を探してるんです」
「貴族?」
男は怪訝そうに言った。私は父の特徴を説明した。名前がチャーリーであること、三十代くらいの見た目で、青色の髪をしていて、深緑の瞳を持っているということ。どこにいるかはわからないが、貴族であるというのは間違いないということ。
「それで? その貴族を探して、お嬢ちゃんはどうするつもりなんだ?」
「緊急で伝えたいことがあるって言ってほしいです。私、レノって言います。レノがそう言ってるって伝えてもらえれば、きっとわかってもらえるはずなんです!」
私が必死にそう話すと、男はうんうんと頷いた。
「そうか、よくわかった」
「ほ、ほんとですか! じゃあ……!」
「で、隣にいるのは君のお兄さん?」
「え?」
男が優しそうに微笑んだので、私は思いが通じたのだと思って表情を綻ばせたのだが、思いも寄らぬ質問を受けたのできょとんとしてしまった。マルタンは苦々しい顔をして、首を横に振る。
「ただの友達です」
「そうか、友達か。だったらちゃんと見ててあげなきゃダメだろ? こんなくだらない悪戯してないで、さっさと自分の村に帰りなさい。君たちをここに連れてきてくれたご両親がきっと心配して、君たちを探してるはずだぞ。自分の村の名前は言えるか? 泊まってる宿の場所は?」
優しそうな男の顔を見て、私は硬直した。真剣に聞いてくれていると思っていたのだが、どうやらそれは子供をあやしているだけで、全部右から左へ聞き流していた。
私が唖然としていると、マルタンがため息をついた。
「レノ。全然通じてないよ」
言われなくても分かっている。私は落胆する気持ちを隠しながらも、声を上げた。
「チャ、チャーリーっていう貴族を探してもらいたいんです!」
「人探しごっこでもしてるのか?」
男はそう言って笑った。
「残念だが、そんな名前の貴族はいないんだ」
「い、いない?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。だが、それくらい男の発言は聞き捨てならなかった。
「あの、いないことは無いです。いるんです。絶対にいるんです。どこに住んでるかまでは知らないけど、でも、いるんです! どうか伝言を、伝言を伝えてもらいたいんです!」
「あのねぇお嬢ちゃん……」
子供だからといって、適当にあしらってくれては困る。こっちは人命が懸かっているのだ。だが、男は困ったように微笑んだまま、その場にしゃがみこみ、私に目線を合わせてくれた。
「ごめんね、本当にいないんだ。だからお嬢ちゃんの人探しごっこもここでおしまいだよ」
「分かりました、じゃあ貴族じゃなくていいです。チャーリーっていう貴族には、クロードさんっていう執事がいるんです。だから、クロードさんに伝言を伝えてもらいたいんです!」
「クロードって……」
男の困り顔がさらに深まった。それでもなお食い下がろうとした時、ふっと影が落ちた。
「おいガキ。いい加減にしろよ、調子に乗りやがって。うるせえんだよ」
「おいおい、その辺にしておけって」
「俺はガキが嫌いなんだよ。仕事の邪魔なんだよ、このクソガキ」
もう一人の門番は、どうやら子供嫌いらしい。嫌悪と侮蔑の混じった表情で、私を上から見下していた。それを宥めるように優しい方の門番が立ち上がり、どうどう、と言葉をかけている。
「……分かりました。これ以上ご迷惑をおかけするわけにもいかないので、もうひとつだけ聞いたら引き下がります」
私の大人っぽい話し方に面食らったのか、二人とも言い合うのをやめてこちらをきょとんと見ている。
「ユベールか……それか、リュカさんに会わせてもらいたいです」
「あのね、お嬢ちゃん、」
「いい加減にしろ! このクソガキ!」
優しい方の門番が穏やかに何かを諭そうとするのを遮るように、もう一人の門番が怒鳴った。ギロリとこちらを鋭く睨んで、まるで汚物でも見るかのように嫌そうな顔をしている。
「とっととここから消えろ! 二度と俺の視界に入るな、じゃなきゃこの槍でてめえの脳天突き破ってやる!」
一体どこが地雷だったのか、男はそう怒鳴ってこちらに槍を構えた。
突如として迫った身の危険に私とマルタンは身を強張らせて一歩後ろへ引いた。まあまあ、ともう一人が割って入ろうとするが、男は怒ったようにそれを制して私たちの方へと切っ先を迫らせた。
「お前みたいな貧乏なクソガキに構ってる暇なんざねぇんだよ。俺たちは騎士団だ、お前らみたいなクソッタレに見物されるためにここに突っ立ってるわけじゃねぇんだよ!」
「見物って、」
「レノ! いいから下がって!」
そんなつもりはない、と伝えたかったが、話が通用するような状況でないとマルタンが判断して、私の手を引いた。何故か怒っている男の切っ先がこちらにどんどん迫ってきているため、焦ったマルタンは強めに私の手を引いたので、私はたたらを踏んで後ろへと下がった。だがそれでも踏みとどまれず、足をもつれさせて後ろへとひっくり返った。
かと思った。
背中に大きな手が添えられ、そのままお盆でも持ち上げるかのような軽やかさで私の身体は随分と高いところまで持ち上がった。高くなった視界の下では、長くてがっしりとした脚が門番の槍を足の下に敷き、切っ先を地面へと伏せさせていた。
「怪我は無いか」
ぶっきらぼうな声がした。気付けば、私は大男の肩に乗せられていて、すぐ近くにこげ茶色の短髪があって、緑の瞳は心配そうにこちらを見ていた。
見たことのある顔。すっと記憶が蘇る。
「ラ、ランメルトさん!?」
私が声を上げる前に、先ほどまで怒髪天を衝くと言わんばかりの様子だった男が叫んだ。突然小動物のように不安げに、きょろきょろと周囲を見つつも、ランメルトの様子を伺っている。ランメルトの足の下にあった槍は、すぐに男の背中に隠すように引っ込んでいった。
「あ、ありがとうございます。怪我は無いです」
ちらりとマルタンを見ると、マルタンは随分と低いところにいた。ここからではマルタンが心配そうに私の方と、門番の方を見比べている様子が丸見えだった。マルタンにも怪我がなさそうなので、私は安心してランメルトの方へと向き直った。
ランメルトは緑の瞳を静かに揺らし、門番の二人を見た。
「何をしていた」
「こ、このガキ、いえ、子供が、訳の分からないことを言うので、」
「訳の分からないことを子供が言うと、槍で頭を刺すのか?」
ランメルトの低い声は、まるで内臓を響かせるようだった。迫力のあるその声は、決して大きくはないが、何か言いたげだった二人は押し黙り、その場は静まり返っていた。
「『騎士団』はそう教えたか?」
「い、いえ! そんなことは!」
「ではなぜ、そんなことをした」
先生に叱られる生徒というよりかは、上司に追い詰められる新卒、というような構図だった。私は少し可哀想に思えてきて、ランメルトの短い髪を緩く引っ張った。ランメルトの瞳がこちらを向いた。
「もういいですよ。私が悪かったんです。色々聞きたいことがあったんですが、お二人は無理だって言ったのに、私が無理やり食い下がったんです」
父が貴族街にいないとは思えないが、突然やってきた貧民の子供に、貴族について聞かれて、そうホイホイ情報を流せるわけではないだろう。それこそ、幾らか握らせてあげた方が良かったのかもしれない。……いや、この見た目でそれやっても、逆効果かな。やっぱりガスパルに力か、もしくは知恵を借りた方が良かったのかもしれない。こんな直接的な行動を起こしたのがそもそも間違いだったんだ。私は猪突猛進的すぎる今回の自分の行動に、ちょっぴり反省した。
「聞きたいこととはなんだ」
「えーっと。いやでも、あのー。……多分、無理なので大丈夫です。貴族について聞きたいんですけど、騎士団なら守秘義務とかありますもんね。知ってても教えられないだろうなって、今なんとなく気付きました」
「……貴族?」
ランメルトが不思議そうに言った。表情が変わらないので、本当に不思議に思っているのかは謎だが。
「君は、確かレノと言ったか。レノはフルール村の人間だとユベールから聞いている。何故貴族と関わりが?」
「あー。その話はなんというか、あまり大きな声では言えないことで……」
私はこそこそとランメルトに耳打ちした。『騎士団』ならば、貴族の生態についても詳しいだろう。どうやら門番たちよりかはランメルトの方が上の立場のようだし、この寡黙で真面目そうな様子からも、なんとなく信用できる。
私は簡単に、チャーリーという貴族の娘であること、母が病で倒れていること、父がどうするのかは分からないがとにかくそれだけは伝えておきたいということを説明した。
もしかすると、ランメルトなら案内してくれるとは言わないが、私の生い立ちや立たされた状況に同情して、伝言くらいなら伝えてくれるかもしれないという欲目もあった。だからランメルトに話したのだ。
だが、結果として、ランメルトからの返答は、思いも寄らないものだった。
「……すまない。本当に君の父は、チャーリーという名か?」
「そうです、母が父のことをそう呼んでました」
「………では、恐らく。この門の向こうに、君の父はいないだろう」
「……………はい?」
チャーリーという名前の貴族は、本当にいないのだとランメルトは言った。
貴族は、生まれた時に必ず名前を貴族帳簿に登録するらしい。住民票のようなものだろう。それを管理するのも、騎士団の仕事だそうだ。だからランメルトは全ての貴族の名前を知っているらしい。
だが、その中に、そんな名前の人間はいないと言った。つまり、あの門番は、嘘を言っていなかったのだ。だから私とマルタンが、『魔法使いである騎士団員をからかいに来た』のだと思い、あそこまで怒ったらしい。
現に、門番をからかいに来たり、度胸試しとして北の門へ潜り込もうとする悪ガキは時折いるらしい。当然、子供とはいえ詰め所を通さずに貴族街へ行くことは重罪のため、タダでは済まされないのだが。
「力になれず、すまない」
気落ちしたようなランメルトの声に、私は我に返った。ランメルトに抱っこされたまま、広場へと戻ってきたのだ。ざわざわとした喧騒がやっと耳から脳に入ってきて、私はランメルトに礼を言って下ろしてもらった。
「いえ、助けてくださってありがとうございました。ランメルトさんにはいつも困ってるところを助けてもらっちゃってますね」
これで二度目だと笑うと、ランメルトは無表情のまま言葉を返した。
「『騎士団』として当然のことをしたまでだ。感謝されるほどのことじゃない」
「いやいやいや、感謝はしますよ。ありがとうございました。ランメルトさんがいなかったら、前回も今回も、顔に傷が残るほどの怪我をしちゃったかもなので」
ぶんぶんと首を横に振ってそう言ったが、ランメルトは何も言わずに立ち上がった。ランメルトが立ち上がってしまうと、もはや巨人と小人みたいな身長差になってしまうので、その顔はもうほとんど見えない。首を大きく曲げて見上げていると、ランメルトは淡々と言った。
「もう厄介なことに巻き込まれないよう気を付けろ。宿で大人しくしていることだな」
「き、気を付けます……」
私の返事を待たず、ランメルトは長い脚を動かして北の詰所へと戻って行った。広場に残された私とマルタンはちらりと顔を見合わせて、ため息をついた。
「ごめんねマルタン、まさか父さんの名前が偽名だったなんて……」
「僕こそ悪かった。その可能性があることくらい、どうして思いつかなかったのか……」
母は、チャーリーという名前が偽名だということを知っていたのだろうか? 知っていたから、探しようがないから、こうなることを予見して、私に何もするなと言ったのだろうか? だから待つしかないと、そう言ったのだろうか?
私はがっくりと肩を落とし、もう一度ため息をついた。これでまた、振り出しに戻ってしまった。父を探すには、他の方法を改めて考える必要があるだろう。
なんだか沢山の人に読んで頂けてるみたいで、とても嬉しいです!
読んで下さってる方がほんとにいてくれてるんだと思うと、自信が出ます。これからもがんばります!




