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第62話 ガスパルの企み

 翌朝、早朝に起きた私は二人を叩き起こし、水汲みに行ってもらった。その間に持ってきた布を準備し、運んできてくれた桶の中の水を使って顔と身体を簡単に拭った。もちろん全裸になるわけにはいかないので、下着姿でやれるところまで、だ。相変わらず頭も洗えないが、まあ寒くて汗もかかない季節だし、一日くらいは我慢出来る。

 桶の中の水を新しく汲み替えてきてもらって、もう一度みんなを清めて、小ざっぱりしたところで服を着る。すっかり身体は冷え切ってしまっていたが、さっぱりした感覚は気持ちよかったので良しとしよう。

 ロジェもジョルジュも面倒くさがってはいたが、前回の私を見ていたので、特別どうしても嫌だとは言わず、大人しく身体を清めていた。




「こんにちは。レノです、ガスパルさんはいらっしゃいますか?」


 前回言われた通り、私はガスパルの店の裏口へと向かった。丁度店員さんが荷運びをしているところだったので声をかけると、私のことは事前に聞かされているのか、わかりましたと頷いてすぐに店の中へと引っ込んでいった。

 ロジェとジョルジュは私をここに送り届けてくれた後、野菜を売りに行ってくれている。今日はロジェじゃなくて、ジョルジュがあの野菜売り場のおじさんと話す予定らしい。今頃ジョルジュ、頑張ってるかな~なんて考えていると先ほどの店員が戻ってきて、中へと案内してくれた。


「こちらでお召し物をお着替えください」


 てっきり厨房に案内されるのかと思いきや、物置のようなところへと連れてこられてしまった。かと思えば、服を手渡され、着替えろと言われる。着替え終わったら出てきてくださいと言われて扉を閉められ、私は小首を傾げながら服を見た。そして、思い出す。


「これ、ガスパルさんに買ってもらったやつだ……!」


 そういえば、ここに来た時用に買ってもらって、次に来た時に着替えればいいって言ってたっけ。何から何まで本当にありがとうという気持ちでせっせと私は着替えた。

 裾が長めの白いワンピースに、ピンクのボレロ。……うーん、確かに春秋はこれで良いけど、今の季節だとちょっと肌寒いかも。もう一枚きちんとした上着が必要だなーと思いながら、脱いだ服を持って扉を開けた。

 服は店員さんに回収されて、私は手ぶらのまま階段を上がって二階にやってきた。掃除が行き届いていることに感心しながら廊下を歩き、一番奥の部屋の扉を店員さんがノックする。


「誰だ」


「レノさんをお連れしました」


「ああ。入ってください」


 店員さんが扉を開けて、一歩後ろへ下がる。私が中に入ると、店員さんは中に入らずに扉を締めた。

 部屋の中は執務室兼、来客用の部屋なのだろうという感じだった。家具はシックな色にまとめられ、絨毯の毛先は足が長く、豪華そうな刺繍がされている。入ってすぐのところには、商談用なのだろう、テーブルとソファが対面に置かれており、その奥に執務机があった。

 その執務机のところにいたガスパルは私を見るなり、満面の笑顔を浮かべて立ち上がった。


「レノちゃん!」


 そう言ってこちらへ速足でやってきて、ひょいと私を抱き上げる。


「会いたかったよ!」


「……あ、ありがとうございます」


 熱烈な歓迎に困惑していると、ガスパルはそのまま一番近くのソファに私を座らせてくれた。真っ赤な座面がこれまたオシャレじゃないか、と思っていると、部屋がノックされた。私の対面に座ったガスパルが入室の許可を出す。


「失礼します」


 先ほどの店員さんが、熱々の紅茶を持って入ってきた。本当に私は来客として対応してもらえているらしい。ここまで丁寧にされると逆に居心地が悪くて、私はティーカップを置いてくれた店員さんにありがとうございますと小さく頭を下げた。

 その店員さんが紅茶セットを机に置いて役目を終えると、部屋から出て行った。


「久しぶりだね、レノちゃん! 少し大きくなった?」


 二人きりになると、途端にガスパルは破顔した。久しぶりといっても、季節がひとつ巡った程度だ。そんなに経ってもいないのに、すぐに成長するわけでもない。

 ……と思ったが、ふと『私』の時の記憶が蘇った。そういえば、甥っ子や姪っ子の成長って、あっという間だったっけ。一か月とか会ってないうちに立ったり、流暢にしゃべるようになったり。まだまだ届かないと思っていたテーブルに手が届くようになったり。そう考えると、子供の成長は早いものだ。もしかすると、私が気付いていないだけで、私も意外と成長しているのかもしれない。


「早く大きくなりたいと毎日思っているので、その祈りが実ってるのかもしれませんね」


「確かに、僕も早くレノちゃんには大きくなってもらいたいよ。でも、小さいままのレノちゃんを、看板娘としてお店にいてもらうのも面白いんじゃないかなとも思うから、いっそのこと、大きいレノちゃんと小さいレノちゃんが欲しいところだよ」


 ガスパルがおどけたように言った。

 その後、最近の村の様子を私が話したり、街の様子をガスパルが話してくれたりして、簡単な世間話を済ませた。紅茶を一杯飲み干した頃、さて、と言わんばかりにガスパルが白シャツの襟首を正した。


「それで。今日はレノちゃんに話したいことがあるんだ」


 クッキーの話さ、とガスパルはにこりと嬉しそうに笑った。


「評判はどうですか?」


「なかなかのものだよ……正直、貴族相手に最初からこれほど高評価をもらえるなんて思いも寄らなかったよ。最初は少しずつじわじわと広げていけばいいと思っていたんだけど、予想以上に流行しているみたいで、すぐに大口の注文が来てね」


 ガスパルとしては口コミで少しずつ広まっていくだろうと目測を立てていたらしいが、それは大外れしたらしい。そもそも、ガスパルの普段の仕事内容は店の経営だけではなく、貴族街、ないし城への商品の流通・営業があるらしかった。もちろん、そちら側で商売をするのはなかなか難しい。だがガスパルはそのセンスの良さと、流行の最先端を追い続ける勘の良さが評価され、城や貴族街への商人としての出入りを許されているなかなかすごい人らしかった。

 前回私が街へ来た後、エマとせっせとクッキー作りに改良を重ね、よりよい逸品を持って城へ営業へ行ったらしい。


「前回のクッキーはあまり好まれなかったけど、『クッキー』っていう食べ物自体には興味を持ってもらえていてね。まさに、幸運だったよ」


 ガスパルは改良版をもって城へ向かった結果、見た目が前回と違って綺麗な小麦色だったことで興味を持たれ、一口かじってもらって高評価を出されたとのことだった。たまたま同じタイミングで、領主様の奥方の側近のうちの何人かとも、ブローチの取引があったらしい。もしよければ、とガスパルはそこでもクッキーの営業を行ったとのことだった。


「もちろん、側近の了承を得て夫人に召し上がってもらったとしても、夫人のお好みであるとは限らない。側近の了承は第一段階であって、成功そのものではないんだ。だから僕はずっとドキドキしていたよ、クッキーは城に献上してきたけど、もしもこのまま連絡が無ければまた失敗したことになるってね……でも、それがね」


 ガスパルはそこで言葉を区切って、私にウインクを飛ばした。


「連絡があったんだ。城から使者がやってきて。領主夫人が気に入ったんだって。しかも領主夫人から領主様にも伝わって、領主様も口にされて、お気に召されたって! だから、これから毎日、決まった量を必ず城へ届けてほしいって!」


 領主夫人はもちろん、領主様にまで気に入ってもらえた。それはつまり、クッキーが間違いなくこの領地で大流行するということだ。特に領主夫人の胃袋を掴んだのは大きい。貴族界のことだ、どうせお茶会でも開くんだろう。となれば、お茶会で出てくる新メニューとしてクッキーがあれば、領主夫人から他の貴族に伝わり、貴族街で大流行する。それが落ち着いてきたとしても、庶民用としてこの街や、この街を拠点として行商人を使って各村々に売ることが出来る。

 そう、そんな途方もなく大きな商売チャンスのスタートを切ったのだ! ガスパルがとんでもなく嬉しそうで、興奮しているのも理解できる。


「これも全部、レノちゃんのおかげさ!」


「そ、そんなことないですよ! 私はレシピを伝えただけで、本当にすごいのはガスパルさんとエマさんです。美味しいクッキーを作ったのはエマさんですし、それを売り込む力を持っているのはガスパルさんですから」


「もう! 君はまだ子供なんだから、謙遜なんてしないで!」


 ガスパルはそう言って立ち上がり、私の隣に座った。そして私をぎゅーっと抱きしめた。


「君は僕の女神だよ! キスでも送りたいくらいさ!」


 遠慮します!!

 しかし、私は内心首を傾げていた。てっきり、失敗すると思っていたのだ。それか、そんなに重宝はされないか。

 だって、すでにクロードさんがレシピを知っているのだ。父は貴族なのだから、例えば父がクロードさんにお願いしてクッキーを作ってもらったら、目新しいからといって家の中で話題になり、父の正妻がそれを気に入ってお茶会披露……とかになるのだと思っていたのだが。……もしかして、父さん。実はそんなに気に入ってなかったとか? 娘が一生懸命作ったお菓子だから、気に入ってるふりをしてくれてたとか? ……まあ、なんにせよ。父さんが広めなかったおかげで、ガスパルの商売は成功したのだから、結果的には良かったわけだが。


「それにしても、怖いくらいトントン拍子ですね。ガスパルさん、商人の神様にでも愛されてるんじゃないですか?」


「商人の神様、か……。レノちゃん、相変わらず面白いことを言うね」


 当たり障りのないことを言おうとしたのだが、ガスパルが微妙な顔をしたのが見えて、私は内心慌てふためいた。そうだった、領主様が神様みたいな領地なのだった。宗教系の解釈違いは恐ろしい未来を招くので、本当に気を付けようと心に改めて誓いつつ、私は先ほどの言葉をかき消すようににこりと笑った。


「儲かっているようなら何よりです。これでガスパルさんのお店の名前も、ガスパルさんの名前を、大きく広まるでしょうね」


「そう、そうなんだよ! 君は本当に頭の回転が速いね」


 ガスパルはもう一度私をぎゅーっと抱きしめた後、やっと身体を離してくれた。このまま本当にキスなんてされたらたまったものじゃないので、私は紅茶を継ぎ足すフリをしてガスパルから少し距離を取った。


「それで。今回僕はレノちゃんに、新しいレシピを依頼したいんだ」


 クッキーの味変依頼だろう。二杯目を入れた紅茶を一口飲んで、ガスパルの方に向き直った。ガスパルは子供のようにキラキラした瞳でこちらを見ていた。

 私はそうですね、と少しもったいぶりながら、準備していた考えを幾つか提案してみた。


「三種類くらい違う味があった方がいいですよね」


「うんうん。レノちゃんに最初に会った時にちらっと教えてもらったよね。ええと、ナッツを乗せたり、乾燥させた果実を乗せると良いって言ってたよね」


 記憶力の良い男だ。私は内心舌打ちしながら、銀貨20枚分をぺらぺらと喋った過去の私を呪った。


「砕いたナッツを乗せたものが一種類。乾燥させた果実を乗せたものが一種類。最後の一種類は……」


 私はティーカップをカツンと指先でつついた。


「茶葉ですね。生地に茶葉を練りこむんです。香りが良くて、女性に人気が出ると思いますよ」


「茶葉を、練りこむ……!?」


 上に乗せることだけを考えていたらしいガスパルは、青天の霹靂だと言わんばかりの顔を見せた。もちろん、乾燥させた果実を細かく切って、練りこんで焼いても良いだろう。この辺は好みだが、上に乗せた方が宝石感が出て高級に見えそうなので、とりあえずそう指示しておいた。


「レノちゃんはどの果実を使うと良いと思う?」


「んー……そうですね……。とりあえずルミュール、えーと、夏場の野菜ではなく、春先や冬場に採れる小さな赤い果実があるじゃないですか。ああいうのを乾燥させて上に乗せると、見た目がかわいいですよ」


 ベリー系は甘酸っぱくて味が良いし、見た目もかわいい。ついでに柑橘系のオレンジのようなものをおススメしつつ、あとは旬の果実を色々試してみれば、期間限定商品になるので飽きがこなくて良いんじゃないかと提案しておいた。ガスパルは生地の練りこみだけでなく、期間限定という商法を聞いて特大ショックを受けているような顔になっていた。……喋りすぎたかな?


「………えーと、とりあえずこれで銀貨10枚分くらいにはなりますかね?」


「……レノちゃん………」


 レシピは伝えたので報酬が欲しい。実際どの果実が合うかとか、乾燥させる時の手間とか、そういうのを考えて試して試作品を作ってみるのはガスパルだ。それらは全て投資のようなものであって、失敗したらその分の人件費と材料はパアだ。

 つまり、私は知恵を預けるけどそれだけなので、それだけでお金がもらえるのはとんでもなく有難いことなのだ。だって、懐は痛まないのだから。だから、あまり大きな声でもっとくれ! とは言えない。せめて契約通りの金額が欲しいな~あと私はまだまだ有益な情報を持ってるから優遇してほしいな~という気持ちでガスパルを見上げると、ガスパルはガシッと私の両肩を掴んだ。


「ガスパルさん?」


「………レノちゃん。君、今何か、困ってることはある?」


 ガスパルの目が据わっている。ヘーゼル色の瞳がこちらをじっとりと見据えていて、ちょっぴり怖い。さらりとしたガスパルの髪が彼の肩に乗っているのが見える。


「こ、困っていることですか?」


「うん。例えば、……レノちゃんのお母さんは? 元気になった?」


「あー……いや。それが……その」


 私が言葉を淀ませると、ガスパルの瞳がギラリと鈍く光る。


「まだ、体調は優れない……?」


 そう言って、ガスパルは心配そうな表情になった。だがその瞳だけはまるで獲物を見つけた肉食獣のようにギラついていて、私はそれこそ草食動物のように今すぐこの場を逃げ出したくなった。なんとなくわかってきたのだが、ガスパルは商機を見つけると、こういう瞳をする。つまり。私はガスパルが言いだしそうなことを、なんとなく察していた。


「そうなんです。ええと……これは薬問屋で聞いたんですが。母はまだ体調が悪くて、その原因が分からなくて。だから治すためには、街に母を連れてきて癒者に見せるか、癒者を雇って村に連れて行かなきゃいけないって。それには金貨が三枚ほど必要なんだって言われたんです」


「金貨、三枚……」


「はい。でもそんな大金、すぐには準備出来ません。だから、私はこれからも頑張ってお金を稼ごうって思っているところで……」


 さすがに金貨三枚は大金すぎるのだろう。ガスパルの瞳の色が、少し冷静さを取り戻していた。小娘に融資するには、あまりにも大きすぎる金額。すでに幾らかガスパルは私につぎ込んでくれているのだ。その上にこの金額は、そう簡単に頷けるものではない。


「分かった」


 頷けるものではない!


「僕が工面しよう」


 頷くな!!


「ガスパルさん?」


 こいつは馬鹿か? という顔でガスパルを見つめると、ガスパルはなぜか照れたように微笑んだ。


「その代わり、と言っては何だが。レノちゃん。君は、僕の店で生涯働くという契約をしてくれるかい?」


 まさかの終身雇用だった。私が返事に詰まっていると、ガスパルはうんうんと頷いた。


「生涯、って言われても、きっと今のレノちゃんにはピンとこないよね。僕が言いたいのは、君には僕の店の従業員になってほしいということと、他から引き抜かれたりしないでほしいっていうことさ。もちろん君と、君のお母さんがこの街で一緒に住める場所も僕が斡旋してあげる。そして、君は僕の店の従業員の一人になる。新しいアイデアに対して報酬は出すけど、君はうちの専属っていうことで、他の店にアイデアを渡すのは禁止させてもらいたい」


 そう言って、ガスパルはお金を出す代わりの条件を積み上げてきた。要は、他店に引き抜かれるな、情報を渡すな、この店がより発展するように尽力してくれ、というものだった。それを書面で契約したいという。

 ……確かに、悪い話ではない。遅かれ早かれガスパルの店では働くことになるだろうとは思っていた。私がこの世界を知るためにも、そうしたいという気持ちもあったのだ。

 だが生涯ガスパルの店で働くのはどうだろう? 私は私の人生を想像しようとしたが、今は母を治したいという気持ちでいっぱいで、うまく思い浮かべられなかった。


「……少し、考えさせてもらってもいいですか?」


 ぽつりとそう言うと、ガスパルはもちろんだよ、と大きく頷いて私の頭を撫でた。


「簡単に決められる話じゃないからね。君の人生に関わることなのだから、良ければ君のお母さんと話し合ってみるといいと思う。……ただ、そのお母さんを助けるためには、お母さんが生きているうちに動かなきゃいけないっていうことは忘れないでね」


 悩んでいるうちに母が二度と起きなくなってしまったら元も子もない。ガスパルはそう言いたいのだろう。金貨三枚なんていうお金は私にはすぐ準備できないし、村には借りられるような相手もいない。本当はすぐにでも、ガスパルの提案を有難いと泣いて喜んで手を取るべきところなのだろう。条件だって、悪い話でもないはずだ。

 ……しかし、ふと、頭にマルタンの顔がよぎった。何か決めるときには、いつも相談に乗ってくれていたマルタン。一人で勝手に全部決めるんじゃないぞ、とぶつぶつ言っているマルタンの声が聞こえたような気がして、私はその場で即決するのを躊躇った。一度、マルタンに相談してもいいかもしれない。


「次に来る時には、お返事が出来るように考えておきます」


「うん。急かすつもりはないけど、さっき僕が言ったこと、忘れないようにね」


 私が表情を曇らせると、ガスパルはあやすようによしよしと頭を撫でてくれた。

 ……マルタンの姿が頭をよぎった時に、実のところ、もう一人の姿が頭をよぎっていた。父さんだ。父さんと連絡さえ取れれば、なんとかなるかもしれない。幸運にも父さんは貴族で、この北にある門の向こう側に住んでいて、ガスパルはその門の向こうに行ける存在だ。何かうまいことやれば、父さんに助けを求められるかもしれない。一度村に帰って、きちんと色々考えてみようと私は心に決めた。

 結局、石のことは勇気が出なくて、聞けなかった。




 その後、ガスパルから銀貨15枚(サービスだそうだ!)を貰うと、ガスパルはこの後商談があるらしく、お開きとなった。

 帰りがけ、ガスパルの提案で今後のために一度店の中を視察だけさせてもらうことになり、レシピ関連だけじゃなく、アクセサリー関連でもまだまだ発案できることはありそうだな、と考えつつ、私は店員さんに声をかけて着替えを持ってきてもらった。またこの高級服はここに来た時に着れるようにとお返しして、私はもともと来ていたいつもの布に袖を通した。


 そうこうしているうちにロジェとジョルジュのお迎えが来たので、合流して宿へと帰った。時間があればエマと話そうと思っていたのだが、エマは今、クッキーの大量生産中で超ド級に忙しいらしい。にもかかわらず、私が新たにレシピを持ち込んだので、きっとエマはその試作品づくりも課されることになって、今以上に忙しくなるだろう。ご愁傷様である。いや、うれしい悲鳴と言うべきか。




 翌日、私たちは村で必要なものを簡単に買い揃えた後、馬車に乗って村へと帰った。

 私の頭の中は、どうやって金貨三枚を工面するかでいっぱいで、帰る馬車の道中もずっと上の空だった。だが、村に近付くにつれて、なんだか気持ちが穏やかになってくるというか、ひどく馴染んだ空気を感じるような気がした。やっぱり街の空気は合わないのかもしれない。というより、この村の空気が合い過ぎるのかもしれない。

 不思議な感覚を覚えながらも、やっぱり頭の中では、金貨三枚という言葉がぐるぐると回り続けていた。

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