第60話 バンクルの魔力充電
「君、レノと言いましたね」
手を繋いでいないと私が人ごみに埋もれることに気付いたらしいマルクは、仕方なさそうに私を抱き上げた。細い枝のような身体なので私なんかを抱き上げて大丈夫なのかと心配に思っていたのだが、魔法使いのローブのような服に包まれたそれは意外とがっしりとしていて、安定していた。
「はい」
すぐそばにあるマルクの瞳は、商業ギルドを目指して前を向いている。
「ギルドバンクルの調子はどうですか?」
質問の意図が良く分からなかった。私は小首を傾げながらも、自分のギルドバンクルを反対の手でなぞった。
「……特に問題ないですよ。この間……といっても、ほんとに何日か前の話なんですけど、ガスパルさんのお父さんが私の村に来てて、その時に馬車を準備してくれる取引をしたんです。銀貨三枚なんていう現金は持ってなかったのでギルドバンクルで支払いを済ませましたが、普通に使えましたよ」
精密機器だから壊れやすかったりするとか? それとも、受付の人がハズレだと、充電されてないギルドバンクルを渡されるとか?
「君、前回この街に来たのは、私と初めて会った時ですか? それ以外に何度かこの街に来ている、とかは?」
「いや、マルクさんの言う通り、今回で二回目です。それが何か?」
マルクの質問の意図が全く読めない。どういうこと? とマルクの横顔に視線を送っても、その瞳は私を映しはしなかった。
「……レノ」
名前を呼ばれるの、初めてかもしれない。なんだか変な感じだなぁ、とマルクの神経質そうな声を聴きつつもその横顔をじっと眺めていると、マルクの頬が少しだけ強張っているような気がした。
「ギルドに入ってからは私の話に合わせなさい。いいですね?」
「え?」
「いいですね?」
「あっはい」
圧の強い低い声で繰り返されて、私は反射的に背筋を伸ばして返事をした。
ギルドの中は、相変わらず人ごみでごった返していた。私たちが用があるのは二階の書類受付なので、人がゴミのような一階を横目に見ながら、スイスイと階段を昇っていく。もちろん、ギルドに着いてからは地面に下ろされているので、私はゼエゼエ言いながら大人用に作られた階段を必死によじ登った。
ガスパルやロジェだったら絶対抱き上げてくれていたが、マルクにはそういう甘えはないらしい。ただ、階段の踊り場に到達するたびに足を止めて、私を待ってくれてはいた。……その瞳がもう少し、頑張れ~! という暖かいものなら良かったのだが、まるで道路を横断しようとしているダンゴムシを眺めているような目でこちらを見てくるので、私としてもなんとも言えない気持ちになるのであった。
二階は前回と同様、空いていた。すんなりと受付へと向かうと、そこにはリアーナがいた。
「あら? あなたは確か、ガスパルのところの……」
「レノです。こんにちは」
「そう、レノちゃんね! こんにちは。今日はガスパルと一緒じゃないのね?」
受付のカウンターは、私にとって結構高い位置にある。背伸びしても届かないので、私はカウンターに接近せず、少し離れたところでギリギリ相手の視界に入るようなところに突っ立った。もちろん子供用の足場なんて準備もないので、リアーナもカウンターから少し身を乗り出すようにして私と会話している。それを見兼ねたマルクが大きなため息をついて、私を本当に仕方なさそうに抱き上げた。
「君は本当に面倒ですね。さっさと成長してください」
「それは正直なところ、私も毎日願っていることです」
「願ってそれとは情けないですね」
そんな無茶な、と呻いたが、マルクは完全に無視してきた。まだ四歳になりたてなので許してください。
マルクはリアーナに契約を書面で結ぶので紙とインクが欲しいと話した。その言葉に頷いたリアーナがインク壺とペン、そして羊皮紙を準備してくれる。てっきり自分でそれらを準備して、契約締結まで終わった時点で提出かと思っていたので、私はちょっぴり驚いた。少なくとも、ガスパルはそうやったのだから、そうなのだと思っていた。
「物事には色々な方法がありますからね」
思ったことをそのままマルクにぶつけると、マルクは表情を変えることなくそう言った。
「店にその準備があるのであれば、それでも良いでしょう。ですが、こちらに来ればこのように準備をしてもらえるだけではなく、彼女が私たちの契約締結の証人となってくれます。私にはインクも羊皮紙も証人も、全て準備がありませんので」
サラサラとマルクは契約について書面に書き起こしていく。私を片手で抱き上げているので少しだけ字が乱れているが、神経質そうなイメージにばっちり似合う、綺麗な文字を書く人だなと感心した。ガスパルの字も綺麗だったし、商人になるにはもしかすると、ボールペン講座みたいなやつを受ける必要があるかもしれない。そんなバカみたいなことを考えていると、リアーナが話しかけてきた。
「この短期間に二件目の取引先を見つけてきたわけ?」
ガスパルだけじゃ物足りなかったかしら、と冗談っぽくリアーナが言った。
「いや、でもマルクさんとの契約は、村として契約するようなものなので……」
「村として? あなた、村長の子供なの?」
「え? 違います、けど……」
リアーナとの受け答えで、ハッとした。そういえば勝手に契約を進めてしまっているが、サーラおばさんには何も報告してない気がする。多分、前回行った時のことはマルタンやジョルジュがうまく伝えてくれているだろうが、今回本当に書面で契約するという話は少なくともしていない。
そもそも、私がギルドに加入したことだって、母さんを除けば前回同行してくれた三人以外誰も知らない話な気がする。まあ、そんな言いふらすことでもないし、いじめっ子お姉さんたちの対処もあって色々忙しかったからそんな暇もないうちに忘れ去ってしまっていた。
「そんな重要な契約、レノちゃんがしちゃって良かったの?」
「リアーナさんに言われて初めて私もそう思いました。まあでも、大丈夫だとは思いますが……」
そもそも薬草について詳しくて、売りに行くような人間は私やマルタン、ロジェだ。先生は村から出ないし、反対側に住んでいる大人にも多少薬草について学がある人もいるらしいが、売り物としてというより自分たちが使う方面でしか考えていない。小遣い稼ぎしてるのは私たちだけなのだし、村にとって新しい分野のことだから第一人者の私が責任を持って方向性を決めた、ということにすればなんとかなるだろう。なると思う。思いたい。
「……レノちゃんって、本当にガスパルの言う通り、頭が良いんだか悪いんだか分かんないわね」
私が顔を青ざめさせている姿が面白かったのか、リアーナがぷっと吹き出した。私としては笑い事ではないのだが、まあ、誰かに笑い飛ばしてくれることで精神的には助かる。……宿に戻ったら絶対ジョルジュに相談しておこっと……。
「……私の分は済ませた。次は君だ」
そうこうしているうちに、マルクは契約書を手書きで作り上げていた。私はざっと契約書の中身を読んで、特に問題ないことを確認してから、ペンを手に取った。マルクのサインがある真下に、たどたどしく名前を書いていく。私が読み書きできることにマルクは驚いているようだったが、わざわざ声に出してそれを言うことはなかった。
サインし終わった契約書をリアーナに渡す。リアーナもサインがあることを再度確認し、それを大切そうにくるくると丸めた。
「あ、そうだ。レノちゃん、ギルドバンクルの調子はどう?」
リアーナはそう言いながら、カウンターから離れた。奥の事務机にあるボックスに契約書を片付けている。私はそんな彼女に声が届くように息を吸い込んで発言しようとすると、身体を軽く揺すられた。
「?」
不思議に思ってマルクを見ると、マルクは一瞬だけちらりとこちらを見て、また視線を戻す。余計なことは言うなっていうことだろうか? よくわからず困惑していると、リアーナがカウンターに戻ってきた。
「問題ないようです」
「あ、そう?」
私と話そうとしていたのに横からマルクが入ってきたことにリアーナは一瞬困惑した顔になったが、気を取り直して今度こそ私に話しかけた。
「じゃあ、魔力の補充してく? 暫くギルドに来れなかったみたいだし、すっかり前にバンクル使えなくなってるでしょ? あ、でもお金は必要だよ。前回はガスパルが払ってくれてたみたいだけど、」
「必要ありません。先ほど、私の店で補充しましたので」
朗らかにリアーナが話しているのをばっさり切り落とすかのように、マルクが淡々と言った。今度こそリアーナは困惑したのを丸出しにした表情を見せて、あ、そう……と呟いた。
用は済んだと言わんばかりにマルクが踵を返したので、私は慌ててマルクに抱き着くように首に腕を回し、その肩越しに顔を出した。
「あ、あの! リアーナさん、ありがとうございました! お会い出来て良かったです!」
耳元で大声を出されてマルクが嫌そうに顔をしかめたが、今度は私がそれを無視した。リアーナは私の言葉ににこりと明るく笑って、手を振ってくれた。私もそれに手を振り返したのだが、マルクの長い脚ではあっという間に階段に到着していて、やがてリアーナさんは見えなくなった。
「お礼くらい、言った方がいいんじゃないですか?」
じろりと側にある顔を睨むが、マルクは涼しい顔で答えた。
「私は君のためを思って動いたまでですよ。必要なければ、どうぞ次からご自分で受け答えしてください。……どうなっても私は責任を取りませんがね」
「……どういう意味ですか?」
その言葉に不穏な色を感じ、私は怪訝そうに言った。マルクは早足でギルドを出て、路地を歩く。人気のない細い道を選んで歩いているらしく、街の活気ある喧騒はどんどん遠ざかっていく。
「マルクさん?」
一体どこへ連れて行くつもりだ、と身体を強張らせていると、マルクは声を潜めながら話し出した。
「ギルドバンクルの魔力、切れていませんね?」
「……それが、なんだっていうんですか」
ドキリと、心臓が跳ねた。
リアーナにも言われたので、やっと私にも、その異常性が分かる。マルクはそれを知って、私に余計なことを言うなと指示してきたのだ。
……本来なら、今頃。私のギルドバンクルの魔力はすっかりなくなっていて、使用不可になっているらしい。それでも、私はつい数日前に使用している。どうやって魔力充電の残り値を見るかは分からないが、マルクは見ただけでわかるらしい。リアーナは分かっていないようだったから、何かコツがあるのかもしれない。
「……どうして君のバンクルがまだ使えるのかは分かりません。ですが、少なくとも、バンクルには魔力が充分に残っているのは確かです」
「も、もしかすると、私、バンクルを一度も使ってなかったから魔力が残ってるのかもしれませんよ」
「魔力は自然に消費されていきます。消費は時間経過でも行われてしまうので、一定期間を超えると必ず補充する必要があるんです」
ぐうの音も出ずに、私は黙り込んだ。
「ではなぜ君のバンクルの魔力は失われていないのか……それは、補充されているからです」
「補充……。でも、わたし、魔力補充用の魔石とか持ってないんですよ?」
「ええ。ですから、問題なのです」
マルクはほとんど囁くように言った。
「魔力が補充できるのは、魔法使いだけ……つまり、レノ。あなた、もしくはあなたのすぐ近くに。魔法使いがいるということです」
時が止まったような気がした。マルクの言葉が頭の中をぐるぐると回る。ギルドバンクルを持ってるだけで、魔法使いがバレてしまうなんて。まさか、このままだと、頑張って隠して来たのに、私が魔力を持っているのだとバレてしまう。私はなんとか誤魔化せないかと必死に頭の中を動かした。
マルクは私のそんな考えに気付いたのか気付いていないのか、疑う対象をズラし始めた。
「あなたとも限りません。そのバンクルに触れた人は、他に誰かいますか?」
「え、ええと……」
すぐに思い出せるのは、ガスパル父。取引の時に触っていたはずだ。それと、母さんも触った。あと、ロジェやマルタン、ジョルジュも触っている気がする。そもそも手を繋いだり、こうやって抱き上げてもらったりすると、無意識のうちに触れている人は何人もいる。そういう意味ではマルクにも触っているし、ガスパルにも触っている。予想したより容疑者が次々と増えていっていくうちに、私は少し冷静さを取り戻した。
「酷な話かもしれません。ですが、その中に、必ず魔法使いがいます」
でなければ、バンクルに魔力補充されているはずがない。マルクのその言葉に、私は鉛を飲み込んだような気分になった。そして、それを追撃するように、マルクは言った。
「私が先ほどあなたのバンクルについて隠したのは、人によっては、あなたを魔法使いだと思う人がいるからです」
「わ、わたしを……? でも、マルクさんの言ったように、接触した人はたくさんいるから、わたしとも限らないって、今言ったじゃないですか」
「ええ。冷静に考えればそうなります。ですが、それを変な形に解釈する人間も一定数いることを忘れないでください。……君を魔法使いだと思い込んで、その真偽をハッキリさせるため、危機的状況に追い込んで……例えば、ひどく痛いことをされたり、君にとって大切なものを奪ったりして、君が魔力を暴走させないか確認する。そういうことが起こる可能性もあるんです」
背筋が冷えていく感覚があった。魔法使い。便利で、かっこよくて、夢のような存在。この世界で奴隷として利用されていても、どこかそんな風に思っている節があった。
だが、魔法使いであるという可能性が出てきた瞬間、そんな危険性が目の前に現実となって転がり込んできて。私は思わず、マルクの胸板に掴まった。
「……大丈夫です。君は賢い子ですから。下手なことをしない限りは、バレませんよ」
私が怯えているのに気付いたのだろう。マルクは安心させるように、私の背中をぽんぽんと叩いた。……あれほど神経質で狡猾そうなイメージのあったマルクだが、実はめちゃくちゃ優しいらしい。少なくとも、出会った当初は、こんな風に子供をあやしてくれる人だとは思っていなかった。
マルクへの信頼度を爆上がりさせているうちに、気付けば店の前へと戻ってきていた。どうやらあの秘密の会話を誰にも聞かれないために、あの道を通ってきたらしい。マルク、超できる子。




