第57話 ジョルジュとヒューゴ
……ん?
立ち上がって前のめりになっていた私は一瞬固まった。そしてそんな私の隣を、颯爽と歩いていくヒューゴ。
ヒューゴは私のことなんて全く気にしていないようで、すたすたとジョルジュたちのところへと歩いて行った。
……すっかり出番を取られてしまった。とはいえ、このまま変な感じにここに突っ立っているわけにもいかない。私はサロメとリアムと三人で、こそこそヒューゴの背中を追って、ジョルジュたちのいる場所へと近づいた。
「いい加減にしろよ、あんたら」
ヒューゴの怒った声が聞こえてくる。ここからでは背中しか見えないのでどんな顔をしているのかは分からないが、その怒気だけはしっかりと伝わってきた。
「な、何よ! 大人に向かってその口の利き方は許せないわ!」
唐突なヒューゴの登場にぽかんとしていたいじめっ子お姉さんたちだったが、一番最初に我に返ったNo,3が慌てたように注意した。だがそんな言葉がヒューゴに刺さるわけがない。ヒューゴは完全にNo,3を無視して、ただNo,1を睨みつけていた。
「レノたちのことを何も知らないくせに、好き勝手言ってんじゃねえ! そんなにもレノたちのことが嫌なら、自分が村から出て行けばいいだろうが!」
「なっ……どうして私たちが村から出て行かなきゃいけないのよ! 口の利き方を改めなさい!」
No,2がムッとしたように言った。場の雰囲気は一気に険悪ムードになる。あーあ、と私は場を取りなそうと手をあげて輪の中に入ろうとしたが、私が何かを言う前にジョルジュが静かに言った。
「ヒューゴ。口が悪いぞ」
「そ、そうよ! さすがジョルジュね、サーラの長男らしくて偉いわ!」
ジョルジュがヒューゴを注意すると、No,4がそれを褒めた。
ヒューゴは怒ったようにジョルジュを睨みつけたようだったが、ジョルジュは静かにそれに頷いた。その表情が、まったくもってヒューゴを注意するものではなく、むしろ胸に秘めた怒りを抑えつけているようなものに見えて、私は息を呑んだ。
「……でも、僕はヒューゴの意見に同感です」
「な、なんですって?」
自分の味方についたと思ったジョルジュがそう言ったので、No,4は素っ頓狂な声を上げた。
「皆さんのお話だと、村の役に立たない奴らは追い出せ、と。そういうことですよね?」
ジョルジュは怒っていた。初めて見るジョルジュの怒りの姿に、お姉さんたちだけでなく、ヒューゴやサロメ、リアムに、サーラおばさんまで驚いてジョルジュを見つめていた。
「その話でいくと、村の老人や、伴侶に先立たれてまだ幼い子供を抱えている人たちも全員、追い出さなきゃいけなくなってしまいます」
「そ、そんなつもりは、」
「僕はそんなことをするつもりはないし、そんなことを許すつもりはないです。僕はまだまだ全然ダメだけど、いずれは父のようにこの村のことを率いていきたいと思っています。だからこそ、僕は、この村を害そうとする人を許しません」
そこに特別扱いはありません、とジョルジュが続ける。
「ヌーロの種を持った人間は、最期までこの村の仲間であり、家族である。僕は小さい頃からそう教わって育ってきました。レノやマリアンヌさんは、ヌーロの種を持っています。それはつまり、二人は僕にとって、家族なんです……それに、」
ジョルジュは自嘲するように、小さく笑った。
「村の役に立つかどうかという点では、僕なんかより、レノの方がずっと冴えていますから」
「……ジョルジュの言う通りだ、……です。街に行った時だって、レノは誰よりも役に立ってたってジョルジュもロジェもマルタンも言ってた、です。今も街へロジェが行ってるけど、マルタンや俺が集めた薬草をロジェが売りに行ってる。今まではどこも買ってくれなかったし、あれが売り物になるなんて思ってもなかった。でも、レノのおかげで売り先を確保できたんだって、ロジェが褒めちぎってたぜ。……です」
ヒューゴはそう言って、最後にちらりと私を見た。
「僕は見てることしかできなかった。でも、レノは大人と対等に話して、自分の力で稼いできてるんだ。村の役に立つどころか、僕はレノから学びたいことは山ほどあるよ」
ジョルジュはそう言って肩をすくめた。いじめっ子お姉さんたちは、そんなバカな、と半笑いで零しているが、攻撃する方向を見失って困惑しているようだった。
「っでも、その女が今まで村に対してやってきた、失礼な言動の数々が消えるわけじゃないでしょう!」
No,1が声を荒げた。まるでそれは、劣勢になってきた自分たちへの鼓舞のためのようにも聞こえた。サーラおばさんが、それはダミアンが許可しているんだから、と言いかけたが、ジョルジュがそれを遮った。
「確かに、今までの村のことを考えてくると、マリアンヌさんやレノは特殊な立場です。僕たちにとって当たり前なことを、二人は知らなかったり、簡単に変えたりしてしまう」
「そうよ、そんなの村の風習に反してるわ!」
「でも、それで正しいんですよ」
ジョルジュがさらりとそう言ったので、No,1は一瞬何を言われたのか分からないという顔をした。
「この村も変えていかなきゃいけないんです。僕は街に行って、気付かされました。村と街では、違うことが多すぎる。それは当たり前で、仕方のないことで、変えられないものだと思っていました。でも、レノは違った。自分の力で、色々なものを成し遂げていた。……だったら、この村も。僕たちの手で、少しでも良い方向へ、導いていかなきゃいけないんだ」
ジョルジュにとって、街での出来事は鮮烈で、大きな変異点となっていたようだった。サーラおばさんは、もう泣きそうな顔でジョルジュを見守っていた。ジョルジュはすっかり大人びた顔で、いじめっ子お姉さんたちを見つめ返していた。
「つーか、さぁ」
ヒューゴが頭をわしわしと掻いて、ため息をついた。
「お前らがレノに仕事を押し付けてたこととか、普段から仕事サボって担当地で喋りまくってたりとか、枯れたり調子の悪い作物が出来たら責任を他の奴らに押し付けてたりとかさぁ。俺たち、全部知ってんだけど」
ぴしり、と空気が凍った。だがヒューゴはそこで終わらせなかった。
「マリアンヌさんにはたぶん、よそ者で金持ちっていうのでムカついてんだろうけど、単純にそれだけじゃなくて、村の男たちがマリアンヌさんのことを綺麗で良い女だって持ち上げるから気に食わねえんだろ?」
「……は?」
思わず声が出た。そんなシンプルな理由なのか?私がヒューゴを見ると、ヒューゴはぽんぽんと私の頭を撫でた。
「レノのこともさ。アレじゃん、あの街から来た行商人の若い男と仲が良かったから、嫉妬してるんだろ? あんたら、あんだけあの男のことで浮ついてたし」
……えーと、ガスパルのことだろうか? ガスパルがやってきたとき、確かに何人もの村の女性がガスパルにお熱になっていたのは知っている。だがそのメンバーに、このお姉さんたちが入っていたのは知らなかった。
ということは、なんだ。私がガスパルと親し気に話したり、マルタンと三人で広場を抜けて秘密のお話をしてたり、そういうのが気に食わなくて、いじめたっていうのか? それはなんていうか、とんでもなく。
「……く、……っだらな……」
思わず口から声が漏れた。あ、と慌てて私は自分の口を塞いだが、零れ落ちた声を拾うわけにはいかなかった。いじめっ子お姉さんたちの頬がカッと赤くなり、彼女たちの剣呑な視線が私とヒューゴへと一気に注がれた。
「何を根拠にそんなことを言うの!?」
「そんなわけないじゃない!」
「適当なこと言わないでもらえる!?」
次々と興奮したお姉さんたちの怒りのこもった言葉を降り注がされる。リアムが怯えて、私の背中に隠れたのが分かった。私は後ろ手で、服の裾を掴むリアムの手をそっと握ってあげた。
「……誰が村にとって悪影響だって? 誰が村にとって役に立たないだって?」
静かな声がした。ジョルジュだった。怒気を孕んだ瞳で、ジョルジュがお姉さんたちを睨みつける。それを見ながらも、ヒューゴが呆れたように言った。
「理由はなんであれ、あんたらが仕事サボってたってのは事実だろ? あんたらの言い分だったら、それこそレノの母ちゃんとあんたらは一緒じゃねえか。レノの母ちゃんのことを、サボり魔だって言ってんだろ? だったらあんたらもサボってるわけだから、レノたちを追い出すなら一緒にあんたらも追い出さなきゃいけねーだろ」
ヒューゴの言い分は筋が通っていた。だがそれでもお姉さんたちは往生際が悪く、口々と弁明の言葉を吐いていた。
「私たちがそんなことをしたっていう証拠はあるの?」
「て、適当なこと言わないで頂戴!」
相手はサーラおばさんの次男、ヒューゴなのだが、保身に走ったお姉さんたちは慌てたように自分たちが仕事をサボっていたなんていうことを証明させないように口々に何かを喚いた。
その時、後ろから手が回ってきて、ぎゅっと抱き着かれた。リアムだ。リアムが私の背に顔を押し付けて、後ろからぎゅっと抱き着いているのだ。一体なんだ、と振り向こうとした時、リアムが声をあげた。
「ぼ、ぼくも、みた!」
震える声で、リアムが叫ぶ。
「ぼくも、このひとたちが遊んでるところ、みたもん!」
「……私も見たわ。多分、聞けばマルタンやロジーヌ、ボーモンも見てるって言うと思う」
子供たちは案外抜け目なくみてるものよ、とサロメが言った。とうとうリアムとサロメにまでそう言われて、お姉さんたちはグッと押し黙った。お姉さんたちが黙ると、一気に場は静まり返った。
「……この件に関しては、ダミアンにも話をしておくよ。でもね、これだけはハッキリしてるね」
サーラおばさんがまるで裁判長のように言った。
「この二人はこの村の大事な家族さ。そして、あんたらもね。だから誰が特別ってのは無いよ。みんなが家族で、助け合って私らはこの村で生きていくんだ。それができないやつらこそ、家族として失格だよ」
勝訴! とまでは言わないが、結果として私たちはサーラおばさんを始めとした一家に守ってもらえた。それがうれしくて、ありがたくて。私はゆるむ頬を隠せなかった。
すっかり日が暮れて暗くなるなか、私はせっせと籠へ今日の食料を詰め込んでいく。私で最後だったので、分配用の机の上はヒューゴとジョルジュが片付けていた。
「……二人とも、ありがとうね」
ぽつりとそう呟くと、二人は一瞬動きを止めた。暗かったのでどんな表情をしていたのか分からなかったが、まだ微妙に強張っていた空気が和らいだような気がした。
「別に礼を言われることでもねーよ。あいつらが間違ってるのに、いちゃもんを付けてくるのがムカついたから、仕返ししたってだけだ」
「ヒューゴの言う通りだよ。あの人たちの話には間違ってたり、勘違いしていたり、この村のためにならないことが幾つもあった。だからそれを正したってだけさ」
二人はそう言ってくれたが、それでも二人が私たち母娘のために、この村の大人であるあの四人組と正面衝突して、しかも言い負かしてくれたのだ。すぐにあの人たちと仲良くなれるとは思わないが、この件はダミアンおじさんにも話がいくだろうし、となると彼女たちも今まで通り大きな顔をし続けることはできないだろう。
あの四人組は解散になって、他の人たちに監視されながらこれから仕事をしていくことになるとジョルジュは教えてくれた。仕事をサボっていた、というのはサーラおばさんとしても見逃せないようだ。
「そんなことより、今年も随分とホーサクだよな」
ヒューゴは端数で余った食材を一か所に集めながら、感慨深そうに言った。私はこの二年しかいないからよくわからないが、今までに不作だった年もあったらしい。サイクルから言えば、今年はわりと収穫量が減るという目測だったのに、今年も昨年と同様……下手すると、それ以上の収穫量がある。
「実りが多いのはありがたいことなんだけど、あまり続くのも不安になるんだよね」
ジョルジュが少し沈んだ声で言った。確かに、いつかしっぺ返しがきて、全然食料が取れない年がくるんじゃないかと思う気持ちは分かる。この辺りは気候が穏やかなので、もともと収穫量は安定しているらしい。だが、それでも収穫量には毎年差が出てくるということだった。
「ホーサクなのは食いモンがいっぱいあって、うれしいことだろ? なんでジョルジュは落ち込んでるんだ?」
「もし来年、この二年の豊作を取り返すような不作になったらって思うと、心配なんだ」
「ははっ、なんだよジョルジュ。全然いつものジョルジュじゃねーか」
ヒューゴはそう言って笑った。
「あの女たちに言い返してるジョルジュなんて初めて見たから、すっかり大人の仲間入りしてるかと思ったんだけど……そうでもなかったな。起きてもねーこと心配して、うじうじしてるとこ、ジョルジュらしーぜ!」
「……ヒューゴ、それ全然フォローになってないし、むしろ言い方ひどいよ」
「うるせーレノムシ。ジョルジュは弱虫で弱腰で弱々なんだよ。ま、ちょっとだけ成長したみてーだったけど、まだまだ俺に比べたらオンナみたいなもんだな」
なんだその謎比較。だがヒューゴはなんだか嬉しそうで、そう言ってカラカラ笑っていた。とうのジョルジュは不機嫌になってやしないかとひやひやしたのだが、どうやらジョルジュも小さく笑っているらしい。なんだかよく分からないが、兄弟的には胸のつかえがとれたかのような感覚らしく、二人ともすっきりしたような顔をして笑い合っていた。
家に帰ると、母は申し訳なさそうな顔で、母さんのせいでごめんね、と言った。当然、母が悪いわけではないので、私は謝る必要なんてないしむしろ環境は改善されたわけだからこれでよかったよ! と母を元気づけるように言うと、母は眉根を下げたまま微笑んだ。
それから暫く経って。母は再び寝込み始めた。




