第55話 ガスパルの思惑
宿に戻って、買ったお土産たちを色々見せてもらった。サロメには、小さいけど綺麗な色をした石が嵌まっているブローチ。ヒューゴには子供用の盾を買ったらしい。安い服や、村ではとれない食材も大量に買ったらしく、それで籠がパンパンになっていた。
「すごーい、綺麗な色!」
サロメ用に買ったというブローチを見せてもらった。ロジェが選んだらしい。これはきっと、サロメはとんでもなく喜ぶんじゃないか、と地味にワクワクした。
「本当はガスパルの店で買ってみたかったんだけどね。さすがにあの店に入る勇気が……あ、いや、お金がなくてね」
南の方にある宝飾品の店で買ったんだ、とロジェは苦笑した。……ガスパルの店の中をちゃんと見れなかったのは残念だった。次こそはまともな身なりになって、ガスパルの店の中のものを漁ろうと心に決める。どんな商品を幾らで売ってるのか知っておきたいしね。高級そうなお店なのはわかるけど、ブローチ一個で銀貨なのか大銀貨なのか金貨なのかもわかんないし。
しかし。私は手のひらの上のブローチを色々な角度から見た。石が、部屋の明かりを反射して、キラキラと光る。とても綺麗だが、正直、これと魔石の違いがよくわからない。リアーナに見せてもらった魔石もこんな色で、こんな感じに光っていた。強いて言えば、あっちは何か、力のようなものを感じたが、このブローチからは何も感じない。まあ、あれが魔石でこっちは綺麗な石だって事前に知ってるから、余計にそう思えてくるだけなのかもしれないが……。
「レノもそういうのが欲しいのか?」
「悪い、レノの分も買ってこればよかったか」
どうやら私がブローチをまじまじと見ているのは、サロメが羨ましく思っているのだと思われているらしい。マルタンの言葉に、ロジェが眉根を下げた。
私は慌ててブローチをロジェに返し、ぶんぶんと首を横に振った。
「だ、大丈夫だよ! 別に必要ないよ、うちにあってもこれに似合う服なんて持ってないし」
どうせ、村に戻ればまたボロ布を上からすっぽりかぶっただけの日々だ。こんなブローチをつけてても木の枝にひっかけて森に落としてくるのが目に見えている。
そんなものより、私はジョルジュが買ってきてくれた魚の塩漬けの方が気になる。家に帰ったらフライパンで焼いて食べるそうだ。見たことのない魚なので、どんな味がするのかワクワクだ。
「レノはまだまだ食い気だな」
私の視線に気付いたジョルジュが笑いながらそう言うと、ロジェは安心したように微笑んだ。すると、そういえば、といった様子でロジェは私に大銅貨一枚を手渡して来た。
「さすがに全部貰うのは悪いからな。これは返しておくよ」
「え、いや、別に良かったのに……」
「残ったお金をみんなに配るから、それはレノの家の分だと思えばいいさ」
ロジェの手元には、銀貨一枚と銅貨五枚が残っていた。これを細かく分けて、各家庭に配るらしい。毎年食料や衣類、各家庭に足りてないものを買ってくるだけでみんなすっからかんだったので、今回はかなりうまくいった出稼ぎのケースとなるようだった。
今回が成功例となってくれるのは、正直有難い。次も街へ来る理由付けをしやすいからだ。私はありがたく大銅貨を首下げ袋に大切に仕舞い込んだ。
「レノの方はうまくいったのか?」
ロジェが上機嫌で尋ねてきた。お土産を買った上、現金が残っていることがいたくうれしいらしい。きっと村の中でのロジェの評判もぐっと上がることだろう。
「うん、うまくいったよ」
何をどこまで説明したものか、と考えながらもそう言った。すると、隣に座っているマルタンが怪訝そうな顔で私を見ていることに気付いた。
「レノ、そういえばその腕輪、どうしたんだ?」
マルタンの指摘により、みんなの視線が私の左手首に集まる。……別に隠すことでもないよね? 私はガスパルと契約したことで商業ギルドに行ったこと、そこで今後のことも考えてギルドに加入し、ギルドバンクルを貰ったという話をした。
「………それは、本当か」
絞りだすようにマルタンが言った。ロジェとマルタンは話の展開についていけていないのか、ぽかんと口を開けたまま、凍っている。私は彼らの反応に首を傾げた。
「お、おかしいかな? でもこれからもガスパルさんとはお付き合いをしていくつもりだし、このギルドバンクルってすごーく便利だし、別にギルド加入に悪いところなんて無いと思うんだけど……」
むしろ、利点しかないくらいだ。そう話すと、マルタンはそうじゃない、と首を横に振る。その表情が真剣なものだったので、私はもしかして、また流れに身を任せすぎたのかと嫌な予感がした。
「マ、マルタン。仕方ないだろう。レノちゃんが選んだんだ、僕たちはそれを応援しないと、」
「兄さんは黙ってて。レノはギルド加入の意味を全然わかってないんだ。もちろんその重大さも」
我に返ったらしいロジェがとりなすようにそう言ったが、マルタンはそれを一刀両断した。久々にマルタンの怖い顔を見て、私はそわそわと視線を動かした。
「僕が間違ってたんだ、ガスパルさんがレノをギルドへ連れて行ったのは、てっきり契約書の提出のためなんだと思ってたのが間違いだった……」
「え、いや、間違ってないよ? 契約書も一緒に提出してきたし」
「レノ、ギルドへ加入するっていうのがどういう意味か、本当に何も聞かなかったのか?」
はあ、とため息をついたマルタンに、私はガスパルから受けた説明を話した。遠くの村に住んでてもギルドに加入する人もいるし、売買を成立させた時点でギルドに加入する権利はあるのだと。
「だったらどうして僕たちがギルドに加入してないか分かるか?」
「て、手続きに時間がかかるって聞いたよ? だから、私たちみたいに数日中に帰っちゃう人は、なかなか加入することができないんだって……」
「レノちゃん……」
「くそっ、ガスパルさんを甘く見ていた僕の責任だ……」
気遣わし気なロジェの視線を浴びたうえ、マルタンは頭を抱え込んでしまった。ただならぬ状況に、私は困り果ててジョルジュを見た。だがジョルジュも現状を理解していないらしい。同じような困惑顔をしていた。
「どうしてギルドに加入しちゃいけないんだ? レノの話だと、別におかしな話に聞こえないけど……」
ジョルジュが尋ねると、ロジェが答えてくれた。
「……レノちゃんが言ってるのは、事実だよ。確かにギルドに入るには、色々な審査を通らないといけないから、時間もかかればお金もかかる。僕たちみたいなのが入りたいといってそうそう入らせてくれるようなものじゃないんだ」
「え、お金がかかるんですか?」
それは初耳だ。私はぎょっとして声を上げた。
「ギルドに新規で申し込みするので大銀貨が一枚必要なうえ、正式認定された場合には金貨を一枚納めないといけないんだ」
「なんだって!?」
「うそでしょ!?」
ほぼ同時にジョルジュと私が思わず叫んで立ち上がった。私たちの体重分が軽くなったベッドが軽く揺れて、軋む。
「わ、わたし、そんなお金払ってないよ?!」
「ガスパルさんが払ったんだろう。お金を納めなければ、そのギルドバンクルは手に入らないからな」
マルタンの暗い声に、私は困惑で脳を揺らした。
そんなお金のやり取りがあったなんて、全然気づかなかった。お金の請求もなくすんなり事が進んでいっていたので、公的機関の一種なのだろうと勝手に思い込んでいたが、確かに商業ギルドについてもっと詳しく聞かなかったのは私の落ち度だ。
裏を返せば、それほどまでに私は勝手にガスパルへ信頼を置いてしまっていたということだ。もっと疑うべきだったのか、と思いつつも、また私は首を傾げた。
「じゃあどうしてガスパルさんはそんな大金、払ってくれたんだろう」
羽振りもよさそうだったし、もしかして、悪い金貸しもやってるとか? 私に支払えないほどの借金をいつの間にか作らせておいて、後で暴利を吹っかけて借金返せやコラァ! 的な展開になるとか?
サッと顔を青ざめさせると、マルタンは私の腕を引いてベッドに座らせた。
「決まってるだろ。レノを手に入れるためだ」
えっ。違う意味でまた私は顔を青ざめさせた。やっぱりガスパルさん、幼女趣味だったんだ……。
「マルタン、レノちゃんが変な方向へ想像を膨らませてるぞ。きちんと教えてあげなさい」
「……ガスパルはレノのことを何て言ってギルドに紹介したんだ?」
ガスパルは確か、私のことを商人の卵だと言っていたはずだ。自分が見つけた、商人の卵。お得意様だとも言っていたはずだ。ギルドの審査が通りやすくなるために色々うまいこと言ってくれてるのだと思ったのだが、ロジェとマルタンの反応を見れば、それだけの意味じゃないことは分かる。
「……つまり、私を自分の店の従業員にしたいってこと?」
「たぶん、そういうことだと思う。じゃなきゃあそこまでレノに投資しないだろう」
確かに私を従業員として抱え込めれば、めちゃくちゃ楽だろう。私が街に住んでガスパルの店で働けば、私は『私』の記憶を使って色んな発明をして新しい流行を作り出せる。まだまだ私は子供なのだから、今から商人としてのノウハウを叩きこめば、ガスパル的にはとんでもなく魅力的な人材に育て上げられるという、未来性の塊に見えていることだろう。
あしながおじさんみたいなことをしてくれた理由はこれか、と納得がいった。ガスパルは商人なのだ。意味のない投資など、するわけがない。
「ガスパルさんが私を雇おうとしているのは分かったんだけど、それの何がそんなにまずいの?」
「レノは本当に商人になりたいのか?」
「いや、まあ、別に特になりたいわけじゃないけど、嫌なわけでもないというか、そこまで将来のことをそんなに考えられないというか……」
今は母に早く元気になってほしいだけだ。となれば、薬を買う金が必要だ。手っ取り早く大金を稼げる相手として、ガスパルとはウィンウィンの関係を築けそうなわけだから、私としては特別嫌な気はしない。今回のことはガスパルの未来への布石だっただろうし、それに気付けなかったのは私の考えの未熟さだったわけだし。
「まあ、まだガスパルさんと正式に従業員契約を結んだわけじゃないし、確かに周りから固めてる感じはあるっぽいけど、でもそれだけでしょ? もしも私が、いやいやフルール村から出るつもりはありませんよ、ってハッキリ言えば、それだけの話だし」
「………今のところはまだ、な」
私の楽観的な意見を、マルタンは含みのある言い方で、しかし一応は納得してくれた。
話がひと段落したところで、私は思わずあくびを漏らした。今日は色々なことがあったので、もう眠い。
「今日一日で、レノちゃんが色々規格外っていうのはよぉっく分かったよ。ま、今夜はゆっくり寝なさい」
ロジェも疲れたように笑ってそう言って、長椅子のベッドメイキングを始めた。私たちも布団に潜り込む。
「今度は私も、サロメにお土産選びたいな」
「サロメだけじゃなくて、ヒューゴの分も次は選んであげて」
「……男の子が欲しいものなんて、わたし、わかんないよ」
「なんでもいいんだよ、レノが選んだものならきっとね」
ジョルジュの適当にしか聞こえない言葉に私は肩をすくめ、目を閉じた。
今日は本当に、色々なことがあった。
……商人、か。現代知識無双的な意味では、確かにそれもアリかもしれない。経営者になるのは難しいだろうから、ガスパルの店でアイデアを出しつつ試作品を作るみたいな、そういう感じで働くのも楽しいかもしれない。
そうやって考えているうちに、あっという間に私は眠りについた。その日の夢には、私とエマとマルタンが色んな形をしたクッキーを作って、マルタンがそれをフルール村のみんなに販売している姿が出てきた。失敗しながらもみんなで頭を悩ませて新作クッキーを作るのは、とても楽しかった。幸せな夢だった。
翌日。
別に一泊しなくたって、昨夜のうちに薬買って夜行バスみたいに馬車で帰ったら良かったねー、と、マルタンにあくび交じりに提案すると、村の外の夜道は危険なのだという話をこんこんとされてしまった。
どうやら盗賊が出ることもあるらしい。それだけではなく、単純に獣がうろつきやすいのも夜なのだという。最悪、魔獣に遭遇すれば一貫の終わりなので、太陽が出てきて見晴らしの良い時間帯に移動するのが定石らしい。私はこれのおかげで、二度と夜に移動しようとは思わなくなった。……父さんと星空を見に行ったのって、普通に危なかったんじゃ?
マルクが紹介してくれた薬問屋は、かなり立派なお店だった。マルクの店のように薄暗かったり、埃っぽかったりは全くしておらず、中央広場にほど近い立地というのもあるのか、患者というか、お客さんというか、利用者であふれかえっていた。朝から薬屋が混みあっているのは『私』の世界の接骨院やら皮膚科やらを髣髴させるものがあったが、大人しく列に並ぶ。
三十分くらいして、やっと自分の番が回ってきた。
受付は四か所あり、話を聞いて、必要な薬を出しているらしい。受付の人に母の話をすると、受付の人は一度奥に引っ込んで他の人たちと相談していて、そのあと薬を持って戻ってきた。
「……診察をしない限りはハッキリとしたことが言えませんが、もしも本当にタオレ病ならば、特効薬は今のところないんです。ただ、話を聞く限り、タオレ病とも言えないですが……」
とはいえ、だったら何の病気だと言われても分からないとのことだった。
「一度こちらに連れてくることはできないんですか?」
「その、寝込んでいて……」
馬車に乗せたり、誰かの手を借りたりすればなんとかなるかもしれない。お金はかかるだろうが、一応大銀貨一枚程度の貯金はあるのだ。もう少し貯金額を増やせば、ここに母を連れてくるのもなんとかできるだろう。
とりあえず、といった形で薬を処方された。体力が回復する薬らしい。レシピを聞いたのだが、さすがに教えてはくれなかった。薬代は銀貨一枚もしたので、もし母を連れてきたら往診もあるだろうし、となってくると一体いくらかかるのか考えたくもなかった。何日持つのかもわからない、しかもとりあえずと処方された粉薬に、銀貨一枚。ああ……社会保険、カムバック……。
ギルドバンクルでさっさと支払いを済ませ(ギルドバンクルを見せると店員は驚き、より一層丁寧な対応をしてくれた)、店の外に出てロジェたちと合流した。ジョルジュとマルタンが買ってきてくれたホットドックにかじりつきながら、私たちはレンタカーのように馬車を借りれる店へと移動した。
これで私の街デビューは、おしまいだ。名残惜しい気持ちと、早く帰って母に薬を届けたい気持ちで心の中を渦巻かせながら、私はもう一度この街並みを目に焼き付けた。
ガタン、と馬車が揺れて、目が覚めた。なんだか懐かしい感覚に心が満たされている。小さくついた窓からそっと外を伺うと、見慣れた村の光景がどんどん近付いてきているのが見えた。
「起きた?」
向かいに座るジョルジュが言った。どうやら馬車で爆睡していたのは私だけらしい。乗り物に乗るとどうも眠くなってしまうクセは健在のようだ。
ふわあ、とあくびをひとつ零して、伸びをする。ほっとするような空気が窓から流れ込んできているような気がして、私は苦笑した。たった数日村を離れていただけなのに、こうも故郷が恋しくなるものなのだろうか。そこまで故郷に対する思いが自分にあるとは思っていなかったので、今胸を占める安心した気持ちに、自分でもちょっぴり驚いた。
「もうすぐ着くなんて、あっという間だったね」
「レノはずっと寝てたからな」
マルタンのいじわるな声が飛んできた。私はそれをスルーして、もう一度あくびを零した。
はじめての街編に一区切りがつきました。
次話は幕間になります。
幕間中は話が進まないです、すみません。




