第54話 ガスパルに貢がれる
商業ギルドから出ると、すっかり夕方になっていた。夕暮れの中、ガスパルがせっかくだから服屋へ行こうと誘ってくれた。私からすると比較的マシなお洋服なのだが、やっぱりガスパルには気になるらしい。
「でも、今買っても結局持ち帰ることになるし、次はいつ来れるか分からないですよ?」
「僕の店で預かっておいてあげるよ。次にレノちゃんが街に来た時は、また今回みたいに裏口から入ってきてくれる? 従業員には伝えておくからさ」
僕としてはまたすぐにでも新しいレシピを持って街へ来てほしいんだけどね、とガスパルが言った。次にいつ来れるかは母の体調次第だろう。明日、マルクが教えてくれた店に薬を買いに行く予定をしている。その薬がよく効いて、母がすぐに元気になれば良いのだが、もし万が一、全然ダメだったら。また次の薬を買いに来なければならないだろう。
ガスパルもその辺の事情は理解してくれているらしく、可能な限りなるべく早くにまた会いたいな、とまるで恋人に伝えるように甘く言った。誰にでもこうなのだろう。いつか誰かに刺されないといいんだけど、と思いながらも、私ははいはい、と言って流した。っていうか往来でそういうこと私に言うと、幼女趣味だと思われるぞ、大店の旦那様。
ガスパルの店を通り越してもう少し北へ向かい、路地へ入るとオシャレな店が立ち並んでいた。インクとペン、羊皮紙のお店まである。それでも本屋は見当たらない。……検閲後の本がどんな内容なのか、一度見てみたかったんだけどな。
物珍しさにお店の様子を色々見ていたのだが、ふと、前から人がやってくるのに気付いた。もちろん往来は今までもあったのだが、このまま歩けばぶつかってしまうと思い、私はガスパルの方へと身を寄せた。だが私のその行動をどう理解したのか、ガスパルはすぐに私を抱き上げた。そういうつもりじゃなかったんだけど、と目を白黒させていると、高くなった視界に入ってきたのは、側を歩いていた人だった。
色々な店を見ていたせいで気付かなかったのだが、こうやって視界が広がると、見えるものがあった。
灰色のフードを深くかぶっているせいで男性なのか女性なのか分からないが、身長の高さから恐らく成人している人なのだろう。ぞろぞろと足元まである灰色の服をすっぽりと着た人が、四人ほど、列になって歩いていた。全員、両手首には頑丈そうな腕輪……いや、あれは手錠だろう。手錠を嵌められ、鎖で繋がれていた。どこへ向かっているのか、よろよろと足元は怪しく、路地の真ん中を歩いていた。
「……あまり見ていて気持ちの良いものではないから、そうじっと見なくていいんだよ」
ガスパルの声が聞こえた。思わず食い入るように見入っていたらしい。彼らとすれ違う時、浮浪者のような据えた匂いがして、私は思わずウッと息を詰めてしまった。ガスパルはそんな私を守るように抱き直す。
「………今の人たちは?」
「ああ、レノちゃんは初めて見たのか……。レノちゃん、僕の店で言ってたよね。一体誰が、売り物になる魔力を補充しているのかって」
その口ぶりだけで、次の言葉が分かってしまった。私は目を見開いて、ガスパルを見た。
「彼らのような、奴隷の魔法使いの魔力を元に、魔力は商品化されてるんだ」
「……そんな………」
「彼らの腕に、銀の腕輪があるのが見えたかい? あれがあると、魔法使いだという証拠なんだ。それと、あの灰色のローブ。あれは奴隷の証。だから今すれ違ったのは、魔法使いの奴隷ってことになるね」
「……魔法使いが全員奴隷っていうわけでもないっていうことですか?」
「うーん、そうだねぇ。例えば騎士団。彼らは奴隷じゃないだろう? といっても、他に奴隷じゃない魔法使いは、さすがの僕でも知らないけど」
「………そう、ですか」
銀色の腕輪があれば、奴隷。……だったら、銀色の足環は? もちろん、誰かに聞けるわけがない。唯一聞けそうな相手である父とは、ずっと連絡が取れていない。
それに。
私は複雑な気持ちで自分のバンクルを見た。まさか、電池のパワー源が奴隷だなんて。きっと奴隷から魔力を吸い出して、電池に入れてるんだろう。リアーナが持っていた魔石もそうだ。
魔力が吸い出されるとどうなるのかは分からない。さっきすれ違った人たちが、魔力を吸い出された後なのかどうかもわからない。ほかのキツい肉体労働とかをさせられた後だったのかもしれない。……でも、そうやってこの街の富裕層の生活は、豊かになっているのだ。
それに、商売人としてはこれ以上のことはないだろう。魔力が必要となる道具を配布し、魔力を定期的に購入させる。魔力の仕入れは奴隷なので、体調管理さえしておけば問題は無い。……まるで家畜だ。
「前はもっと奴隷の数も少なかったんだけどね。ここ数年でどんどん貧富の差が目につくようになってきたんだ。長く交易を閉ざしている弊害が出てきているのかもしれないね……」
手をかざすと、ギルドバンクルが夕陽を反射してきらりと光った。先ほどの奴隷たちの腕にはまっていたものと同じ色をしているが、ギルドバンクルは折れそうなほど細い。彼らに嵌まっていた手錠は、あれほど頑丈そうに見えたのに。
なんだか皮肉めいている気がして、私はため息をついた。
ガスパルは、一軒の、ザ・ブティックといったようなたたずまいの店へと入った。店先で降ろしてもらっていた私は、高そうなお店の雰囲気にあっという間に飲まれ、ガスパルの足元にくっついた。
「いつもありがとうございます、ガスパル様。本日はどのようなものをお求めでしょうか」
「彼女に似合う服を準備してくれるかな」
「かしこまりました」
ガスパル、完全にお得意様じゃん。ガスパルは縮こまる私の背中をぐいぐいと押してきて、私は店員と二人で店内を見回ることになった。
店員にはどんな服が良いかと聞かれたのだが、なんとも困ってしまった。というのも、別にオシャレに興味がないわけではなくて、服の種類が少ないのだ。ワンピースならこの形かこの形の色違い。スカートならこの形、トップスはこれかこれかこれの色違い。みたいな感じで、まるで選択肢の少ない着せ替えゲームでもやっているような気分になった。お店に行けばどんなスタイルの服でも、どんな金額の服でも売っていた『私』の頃を思い出し、なんとも恵まれていたのだなと苦笑を零さざるを得なかった。
「では、こちらはいかがでしょう?」
店員の女性が一着のワンピースを取ってきた。ちらちらとガスパルの方を見ている。三歳児に意見を求めるより、お得意様であるガスパルの意見を求めるその姿は正しい。ガスパルはにこりと笑った。
「レノちゃんは元がとってもかわいいからね。どんな服でも似合うと思うよ。だから気に入ったのを選ぶといい」
どの服にしようか悩んでいる時に彼氏が言っちゃいけないセリフナンバーワンみたいなことを言われて、私は内心ため息をついた。頻度としてどの程度この街に繰り出すかもわからないし、それこそ半年先とかになると、私の身体も成長してしまうかもしれない。そう考えると、選ぶのにも一苦労してしまう。
だが、今選んでいるのは幸いながら夏服だ。冬服だとアイテムが多くなって、それらが全部おじゃんになると悲しいが、夏服なら多少裾が短くなってもスカートなら問題ないし、春秋は上着一枚でコントロールできる。よし、と私は腹をくくった。どうせ金を払うんだ。子供服を自分で選べることなんてついぞ『私』の人生ではなかったので、存分に楽しませてもらおうではないか。
私は店員が持ってきたザ・少女趣味、といった服を丁重にお断りし、なるべく上品なお嬢様に見えるワンピースを選んだ。ボレロも数着置いてあったので、なるべく質が良く見えるものを選ぶ。
「試着しても?」
「あ、は、はい。こちらです」
商品として陳列しているものからテキパキと自分で選ぶと、店員が困惑したようにまたガスパルと私をちらちらと見比べた。だがガスパルは口出しをする気はないようで、にこにこと私を見守っている。
心配そうな店員を残し、試着室で着替えてから外に出る。脛辺りまである丈感の白いワンピースに、薄いピンクのボレロ。あとはミュール的なものでもあれば十分だろう。意外とシルエットも悪くない。自分的には満足だが、ここでの価値感ではどうだろう?
ガスパルは貧民から貴族まで、いろいろな女性を見てきているはずだ。アクセサリーを売っていたり、女性に向けた商品を幾つか並べているあたり、こういうオシャレにはかなり詳しいはず。私はそんなガスパルに、恐る恐る評価を聞いてみた。
「……どうでしょうか」
「うん! すごく良く似合ってるよ!」
ガスパルは目を輝かせて言った。その反応に、私はほっと胸を撫でおろす。……まあ、結局のところ私は子供だ。子供はなんでも着たらかわいいというところがある。特権だ。適当に足元も白色で揃えて、店員に購入する旨を伝えた。
ガスパルから全身オッケー評価を貰ったので(別に何着てもオッケーもらえそうな雰囲気だったが)、元の服に着替えて試着室を出た。さて、この服をお買い上げですよ、と着ていたものを店員に渡したが、店員はそのままそれを片付け始めた。不思議に思ってガスパルを見ると、なぜかすでに、ガスパルは布のバックを片手に持っていた。
……どうやら着替えている最中にガスパルがお会計を済ませてくれていたらしい。しかも、試着したものではなく、新品を包んでくれたらしく。そのうえ、これは奢ってくれると言っている。
「そ、その、悪いです。こんなに色々してもらっちゃって……」
「いいんだよ、これは先行投資なんだから。それか、僕に恩を感じているんだったら、次の商品について考え始めてくれないかな」
相手に引け目を感じさせないように話の流れを変えるのもイケメンだ。私は気合をいれて、次の商談に向けてあれこれ考えることにした。
……新しい味にプラスして、次はクレープでも教えようかな? ガレットなら貴族が食べているとガスパルから聞いたことがあるので、抵抗感もないだろう。これも以前、クロードさんにレシピを教えたことがあるので、もしかするとすでに貴族の間で流行ってしまっているかもしれないが、なんとなくそうなってはいないような気がした。クッキーのレシピもクロードさんから何故か流出していないのだ。クレープもまた、秘密にされているんじゃないかと思う。
クレープ自体には、流行させられる可能性を秘めていると言えるだろう。貴族でナイフとフォークで食べる方があらかた流行っちゃえば、あとは平民用に手軽に持ち歩いて食べれるようにくるっと巻いて平民向けに再流行させればいい。うんうん、一度で二度おいしいとは、なかなか良いものだ。
食べ物以外でも良いかもしれない。ブローチを売っていたところを見るに、女性用のアクセサリーもアリだろう。ピアス、ネックレス、リング……シャンプーとかリンス、化粧水あたりも良いかもしれない。日用品って結局消耗品だから、一点限りのそれより売り上げが良さそうだよね。
まあ、あれだ。ガスパルの店に添った何か、新しい何かを考えられるとベストだろう。……この世界の常識の範疇で、だが。
ガスパルの店に到着すると、甘い香りが店先まで漂っていた。キッチンに入ると、お皿に山盛りのクッキーが出来上がっていた。エマとマルタンがせっせと焼き続けていたらしい。
オーブンの使い方や生地の焼き上がり加減についてもエマはコツを掴んできたのか、みるみるうちに上達してきているのが分かった。最初のうちは黒焦げになってるのも何枚かあるようだったが、作ったものは順番に並べてあるようで、まるでグラデーションのようにエマの手元に近いものになればなるほど、すっかり程よく小麦色に仕上がった、形の良いクッキーが所狭しと並んでいた。
「この短時間で随分とクッキーの作り方に手慣れたみたいだ」
ガスパルが感心したようにクッキーを眺めて言うと、エマは照れ臭そうにはにかんだ。監督役として一応一枚試食として食べさせてもらったが、味も全く問題なかった。美味しい。
「マルタンくんが細かいところまで色々手伝ってくれたり、教えてくれたりしたんです。ありがとう、マルタンくん」
分量を入れすぎだったり、オーブンの使い方など、色々な点でマルタンはエマと一緒になって効率よく調理できるように考えてくれたらしい。それを聞いてさすがマルタン! という視線を送ると、マルタンは少し赤くなってふいと顔をそらした。
「……レノが作ってるの、何度か見たことあるから。別に、特別なことはしてないですよ」
「ふふ、それでもありがとうございました。とても助かりました」
エマはお土産に、とそのうちの失敗作に近い不ぞろいなものを布に包んで、マルタンに手渡した。綺麗なものはこのまま試食用として一度貴族へ手渡されるらしい。
「マルタンくん、すごく手際が良かったんです。もしも、もーっと忙しくなることがあったら、マルタンくんを助手にしたいくらいでした」
「そうなってくれれば、僕としても願ったり叶ったりだね。そうなった時には、僕が改めてマルタンを勧誘するよ」
半分くらいは冗談だろうが、もしかすると半分くらいは本気なのかもしれない。確か、マルタンも街へ出たいと言っていたはずだ。これはマルタン側としても悪い気はしないのでは? と私はマルタンをちらりと盗み見た。マルタンは複雑そうな顔で、曖昧な顔をしていた。……まあ、確かに。街には出たいとは言っていたけど、料理人になりたいわけじゃないよね。っていうか、街に出るって、具体的に何の仕事をしたいとか考えてるのかな。
「村の英知の卵であるマルタンを引き抜かれるのはフルール村の大損害です。それ相応の補填を期待しますよ」
私が真面目くさった顔でそう言えば、ガスパルはくすくすと笑った。
「フルール村には色々な卵がありそうで、僕としては一度、もっと真剣に品探しに行きたいものだね」
「……村の子供は売り物じゃないので、断固拒否します」
「それは残念。じゃあせめて、手元に転がってきた卵を大切に孵化させるとしようか」
「待遇と条件によっては、こちらとしても致し方無いと思うかもしれませんね」
「じゃあその時が来るまでに僕も色々と考えておくよ……浮気はしないようにね?」
「何かを選んだ記憶もありませんけど」
「おや、僕の片思いかい?」
「誤解を招く表現はやめてください」
軽い調子の言葉を演技がかった様子で並べるガスパルに対して、のらりくらりと調子を合わせるように言葉を返していると、それを見たエマがぱちくりと目を瞬かせた。
「随分とお二人は仲が良いのですね」
なんだか扱いが分かってきたような気がするだけです、と言えるわけもなく。私はそんなことないですよ、と首を横に振ったが、ガスパルは、二人きりの逢瀬で距離が縮まったんだ、とまた同じ調子で言っていた。
次、いつ来るかは分からないが、来た時は必ずここに寄るし、計画が立てられそうならガスパル父に伝言を頼むようにする、といった事務的な打ち合わせをしていると、ロジェたちが戻ってきたとガスパルの部下が伝えにやってきた。
エマと別れて、ガスパルを先頭にし、私とマルタンは裏口から店を出た。
ちょうど出たあたりに、ロジェとジョルジュが立っていた。色々買い込んだのだろう、背中には籠いっぱいに物が詰め込まれていた。二人分の籠では足りなかったのか、ロジェが私とマルタンの籠を両手に持って、そこにまた他の物を色々詰め込んでいるようだった。
「またすぐに会えることを期待してるよ」
「その時は、またよろしくお願いします」
女の子がキャーキャー言いそうな涼しい笑みを浮かべて、ガスパルはひらひらと私たちに手を振った。私たちは会釈を返し、ロジェを先頭にして歩き始めた。
少し歩いてから、ちらりと店を振り返る。もう一度、あの大きなお店の外観を目に焼き付けておこうと思ったのだ。次に来るとき、誰と一緒に来れるかも分からないので、道や目印となる建物は覚えておきたい。
そういうつもりだったのだが、振り向いた先には、まだガスパルが立っていた。誰もが羨む足の長さに、スタイルの良さ。サラサラの髪が風になびき、立っているだけなのにモデルのように目立っている。まだお客さん扱いをしてくれてるってことかな、と思ってお見送りの姿に感心していたのだが、ガスパルと目が合った瞬間、ぞわりと背筋が震えた。
だがそれも一瞬のことで、ガスパルは老若男女を虜にするような笑みを浮かべて、私にまた手を振ってくれた。私もそれに向けて小さく手を振って、前を向いた。
……まるで、欲しいものを前にしたときのような、欲深そうな目をするガスパルに、まだ慣れない。それほどガスパルが、私に高い商品価値をつけてくれているというのは素直に嬉しいが、あんなにも優しく見えるガスパルが、時折人を物のように見ているように見えるのは、私の考え過ぎだろうか。
私は深く物事を考えないようにして、頭の中に居座るガスパルの顔をかき消すように小さく頭を振った。
ブクマ・評価、ありがとうございます!
ずっとガスパルのターン!




