第52話 商業ギルドに加入するには
クッキー作りにおいて、エマはよく動いてくれた。基本的に、私にはまだまだ力がない。一応毎日の作業で体力はついているのだが、大人のそれには全く適わないのだ。そのため、私はほとんど監督のような形で、エマの隣で指示を出し続けた。
「エマさん、まずはその容器にバターを入れて練り混ぜてください」
「分量通りの砂糖と、塩をひとつまみ入れたら、また混ぜてください」
「次は卵黄を入れて……混ざったら、小麦粉を入れます。ふるいにかけてくださいね、ダマにならないように気を付けて」
泡立て器がないのはショックだった。まあ、そもそもケーキ類が発明されていないのだ。何かを泡立てるときは、今はフォークを使ってかき混ぜているようだった。もちろん時間も腕力も必要となるが、無いものは仕方ない。
エマがカシャカシャとフォークでかき混ぜていてくれるので、私は小麦粉の入った袋を手に取った。ふるいを準備して、袋を開く。
「今回のクッキーは試作だけど、うまくできたら貴族相手に売り込みに行く予定なんだ」
スプーンで小麦粉をすくっていると、ガスパルがワクワクした様子で言った。
「だから今回は小麦粉を準備したんだ。きっと、前回は小麦粉を使わなかったからダメだったんだろうって僕は考えていてね」
「……はい?」
私は思わず首を傾げた。いやいや、私は毎回小麦粉を使っている。だって、小麦粉頂戴って言ってサロメに貰っているのだ。それで貰っているのが小麦粉じゃなかったら、一体なんなんだ。
私が怪訝そうな顔になったのを見て、マルタンは苦笑した。どうやら事情を全て理解しているらしい。一体どういうことなんだ、と視線を送ると、マルタンは肩をすくめた。
「……あれは本当の小麦粉じゃないよ、レノ。手元にあるのを見てご覧。違いがわかるよ」
手元にあるのは真っ白で、綺麗な粉。……確かに、私が今まで使ってたのは、もう少し茶色っぽいものだった気がする。いやでも、それは環境とか、そういう問題でそうなっているのかと……あれ? もしかして私が使ってたのって、全粒粉? え、もしかして、私はそれを父さんに食べさせてたの? と、父さん、よく気にせずに食べてくれたね……。
……で、でも、だって、全粒粉の方が確か栄養価が高いはずなわけだし。健康志向の人には全粒粉を使った茶色クッキーの方がきっと良いんだよ! 確かに食べ比べしちゃうと独特な香りに気付いたりするかもだけど。
小さなショックをさりげなくうけながらも、私はダマにならないように気を付けながら小麦粉をふるいにかけた。この世界に量りがあるのは大変助かった。お菓子作りで最も大切なのは、分量通りに作業を進めることなので。
一通り混ぜ終わり、全体がしっとりと固まってきたのを見て、一度それを布でくるんで冷蔵庫で寝かせた。数十分寝かせれば十分だと思うので、その間にオーブンの準備を始める。私はその間に、ガスパルにお願いして、程良さそうなサイズのコップとパンを作る時のめん棒を貸してもらった。
「こんなもの、何に使うんだい?」
「まあ見ててくださいな」
寝かし終わった生地を冷蔵庫から取り出し、めん棒で伸ばす。全体がいい感じの厚さになったら、コップのふちに小麦粉をちょっぴりつけて、生地をくりぬいていく。残った生地はひとまとめにして、また伸ばして、コップでくりぬいて。くりぬいた生地は、エマがバターを塗ってくれていた天板に乗せ、オーブンへと運ばれる。
どうやらオーブンには火力のムラがあるらしく、どのタイミングでどれくらい天板を移動させるかが大きなコツになるらしい。エマはそれをずっと勉強してくれていたのだ。いやはや、家電製品ってすごかったんだなあと改めて思った。
オーブンの相手はエマだ。私たちはひとまずお役目ご苦労ということで、キッチンに準備してくれていたテーブルへと移動した。ガスパルが紅茶を淹れてくれたので、ほっとティータイムをしていると、あっという間に香ばしい良い香りが漂ってきた。
やがて、エマはしょんぼりした様子で、クッキーを皿に乗せて持ってきてくれた。
「すみません、少し焦がしちゃったです……」
エマの言う通り、天板に置かれたままのクッキーを背伸びして盗み見ると、消し炭になっていた。だが、エマの持っている皿の上には、美味しそうなクッキーがある。私が伸ばしたので厚さが不揃いだが、手作り感が溢れていてこれもまたオツなものだろう。
「それでもこれだけは成功したんだろう? さすがエマ、僕の見込んだ子だね」
ガスパルがエマを励ますように軽くそう言うと、エマはちょっぴり赤くなりながらも、そそくさと私たちのテーブルの上に皿を置いた。ふわりと香ばしくも甘い匂いがすぐそこから漂ってくる。
「やっぱり焼き立ての方が香りが立つ、か」
クッキーを一枚手に取ったガスパルが、しげしげとそれを見つめながら分析するように言った。当然焼き立ては美味しい。もちろん冷めてからも美味しいのがクッキーのすごいところだ。
だが、焼き立てには焼き立てにしか味わえない風味というものがあるもの。私もひょいと一枚皿から拝借し、ぱくりと一口食べた。
「……ん、おいしい!」
いつも食べているクッキーよりも、ずっと滑らかでしっとりしていて、入れた砂糖の甘みがダイレクトで、サクサクとした触感と共に、香ばしい匂いが口の中を通り抜けていく。当然、紅茶にもよく合うだろう。……結論。成功です!
「本当だ、いつものクッキーとは全然違うな」
マルタンも一口食べて、少し驚いたように私を見た。どうやらマルタンはこちらの味の方がお気に召したらしい。いつもの全粒粉で作ったのも、ミルクに合って美味しいんだけどな。……なんだかそう言われると、こっちがクッキーで、あっちはビスケットって呼んだ方が良い気もしてきたんだけど……。
「エマさんも一枚食べてみてください」
エマは私たちの側で従者のように立って大人しくしていた。ふとそれに気付いた私は、クッキーを勧めた。本来ならばガスパルの役割だろうが、ガスパルはクッキーの分析に忙しいらしく、ぶつぶつと独り言を言っていた。
「私も……ですか?」
「だって、料理長がこれから自分の作る料理の味を知らなかったら、これから困るじゃないですか。焼き立てと冷めた状態、両方とも味を覚えた方がいいかなって」
この厨房にはエマしか従業員がいない。となれば、今後ガスパルの指示でクッキーを量産する仕事を担うのは、エマになるだろう。当然のように私がそう言えば、エマは一瞬息を詰まらせた。だがすぐにふんわりと嬉しそうに笑った。
「……ありがとうございます。それでは一枚だけ。失礼します」
皿の上から取った一枚を、興味深そうに観察するエマ。その仕草は先ほどのガスパルにも似ていた。
「……美味しい!」
一口かじったエマが、驚いて頬に手を当てた。だが瞬時にその表情が落ち込むものに変わり、こんなに美味しいものを私はあんなに焦がして……と肩を落としていた。
「もう一度やってみましょうよ、エマさん。次はエマさんが一から作ってみてください、私が隣で手順を監督していますから」
「……そうですね、ええ、そうですね! 最初から何事もうまくいくわけでもありませんよね、むしろこれだけ成功したことを誇らしく思うべきですね。私の今日までの努力の甲斐があったわけですから」
そう言ってエマは胸を張った。……エマさん、情緒がジェットコースターだ。
クッキーの成功例をゲットしたエマは、次は私の監督下で一人で作ってみることになった。その手元は慣れたもので、私が監督していなくてもあっという間に手順も分量も間違えずに作り上げてしまった。どうやら手先が器用らしく、下手をすれば私よりも均一にクッキーを伸ばし、形を整えていたので、なんだかすでに私は敗北感を感じていた。
もうわしが教えることは何もないんじゃな……という仙人のような気持ちで立派な一人前になったエマを眺めていると、ガスパルに呼ばれた。
「レノちゃん。今のうちに、こちらで商談させてもらっていいかな」
そういえば、報酬をまだもらっていなかった。めん棒で生地を伸ばしているエマのことはマルタンに一度任せ、私とガスパルは先ほどティータイムを楽しんだテーブルへと戻った。
「レノちゃんは初めて見ると思うんだけど、これが契約書だよ」
いつの間にかガスパルは準備をしていてくれたらしく、テーブルには何やら茶色がかって薄汚れた紙が一枚置かれていた。たぶん、羊皮紙だろう。
そこに綺麗な文字で書かれているのは、大銀貨1枚と交換に権利を譲り今後その権利を自らのモノと主張しないこと、などといった、確かに契約書としての内容だった。下の方に私がサインする場所がある。ふんふん、とざっと契約書の内容を確認して、特に変なことが書いてないと見た私はちらりとガスパルの手元にあるインクとペンを見た。
「ここにサインをすればいいんですか?」
「……あれ? ちょっと待って。もしかしてレノちゃん、文字が読める……?」
「え? えっと、まあ、簡単なものなら……?」
「今からその内容を僕が読み上げてあげようと思ってたんだけど……いやいや、レノちゃんは本当、僕の予想の上をいくね」
ガスパルが苦笑して頭を掻いた。自分の進退に関わることだからと、思わず積極的に自分に不利な内容が無いかと真剣になってしまったが、よくよく考えれば三歳児が小難しい契約書をさらりと読んでサインする方が気持ち悪いだろう。今更とはいえ、気持ち悪い理由をまたひとつ自分で積み上げてしまった。私の頬がひくりと引きつった。
「文字が読めるだけじゃなくて、内容も理解したから、サインしようと思ったんだろう? うーん、魔力のことを何も知らない子供と同一人物なんて、未だになんだか納得がいかないよ」
「あ、あはは……」
「ま、だから面白いんだけど」
ガスパルが不気味がってるような発言をしたので、思わず乾いた笑いを零した。のだが、その直後。ガスパルの瞳がギラリと光った。それは、商人の瞳だった。いつもの優男的な表情がガラリと変わり、まるで肉食獣のようにこちらを狙うような視線。その変貌にドキリと身体を強張らせたが、それは一瞬だけの出来事で、瞬きのうちにガスパルの表情は元の優しい笑みに戻っていた。
「契約書の内容に同意してもらえるなら、その下のところにサインをお願いできるかな」
初めてインクとペンで文字を書いたので、なんだかぎこちない文字になってしまったが、読めないこともないだろう。私がサインすると、次はそこへガスパルがさらさらと綺麗な文字でサインした。これで契約完了らしい。
「この契約書はこの後どうするんですか?」
お店で保管するのだろうか? なんとなく疑問に思って尋ねると、ガスパルは私の予想斜め上の答えを返してくれた。
「いいや? これから商業ギルドに提出しに行くよ。契約書は全てそこに保管されてるんだ……レノちゃんも一緒に行くんだよ?」
商業ギルドとは。
中央広場にある五階建ての、大きな建物がそれだった。ガスパルによれば、商人だけでなく、街に定住したり、頻繁に売り買いする人間は全員商業ギルドに入っている。
この街には、木材、鉄鋼、飾り物、家具、糸、布、薬草……等々、色々な専門店があるが、それらをまとめているのがこの商業ギルドらしい。ギルドに入らないと権利を守ってくれないので、むしろ加入してないと取引を断られてしまうそうだ。そのため、この街で商いをするためには、むしろ商業ギルドに入らなければ成立しないというのが現状とのこと。
商業ギルドは取引で保証された権利を管理し、その取引が正しく守られていくことを保証してくれている。何か問題が起こったら、とりあえず商業ギルドに相談に行くのがここで商いを行う上の常識だそうだ。
また、ギルドは財産も守ってくれる。それは個人の財産を、という意味でもあり、当然店の財産を、という意味でもある。金庫のような役割を果たしているのだろう。
そう。金庫。
私はその言葉に食いついたのだった。
「金庫はどうしたら借りられるんですか? やっぱり、街に住んでる人専用ですか?」
キッチンのことはマルタンとエマに任せて、私たちはガスパルの店を出て、商業ギルドへと向かった。幸いガスパルの店は中央広場に近いところにあるので、商業ギルドにも近い。
そう考えるとかなり便利なところに店を構えていると思う。東西南北、どちらにも行きやすいし、北エリアに近いのでお金持ちもお店に来てくれる。何かあればすぐにギルドへ駆け込むこともできるわけだし。
「ギルドに加入すれば、お金を預けることが出来るようになるよ。加入するのも、別にここに住んでなくたっていい」
私とガスパルは手を繋いで歩いていた。私がうっかりはぐれたり、人の波に流されたり、それこそきょろきょろ周囲を見過ぎて転んだりしないように、だ。完全に子供扱いだが、下手したら本当に父娘に見えてしまうような気がして、それはそれで恐ろしい事実なのでなるべく考えないようにした。
「商いを行っているかどうか、その一点だけが判断基準になるんだ」
……私は商いをしている、という枠組みに入るのだろうか。咄嗟に行商人の姿が頭をよぎったが、その姿と自分のやっていることがあまりに遠くかけ離れていて、なんだか心配になる。
私の顔が不安そうに曇ったのに気付いたのか、ガスパルは励ますように繋いだ手にきゅっと力を込めた。
「大丈夫。君は僕の店のお得意様だからね。君が商人の卵だっていうのは、僕が証明するよ」
なんて心強い言葉なんだろう。私は目をキラキラさせてガスパルを見上げた。ガスパルのピンクブラウンの髪が太陽の光を浴びて輝いている。その整った顔がとんでもなくかっこよく見えた。だが、ふと、ガスパルの言葉に疑問を抱いた。
「あれ? じゃあ、そもそも売買取引が成立したら商人、もしくはその卵っていう理論が成立するってこと?」
そうなってくると、私たちが村からえっさほいさと荷物を運び、ここの商人と取引してお金をもらったこと、そのものがそもそも商いというくくりに入っているのではないか。そうすると、ここに来るほとんどの人間がギルドに加入する必要が生まれてくるのではないか。そう思ったのだが、少なくとも自分の村の大人たちが商業ギルドに加入しただのなんだのという話は聞いたことがない。そもそも商業ギルドという名前を聞いたのも、今が初めてだ。
「はは、良いところに気付いたね。さすがレノちゃん」
どうやら、答えは用意してあるらしい。私の疑問にガスパルは満足したように頷いたが、その答えを聞く前に、あっという間に到着してしまった。ガスパルは足を止め、大きな建物を見上げる。つられて私も顔を上げて、その大きさに目を見開いた。
「ここが商業ギルドだよ」
「で、でかい……!」
思った以上に大きな建物だった。一度この中央広場を通った時は中央にある噴水に目を奪われて、わあ夏に来たら涼しそう、なんて思っていたせいで、完全に視界の外に行ってしまっていた。下から窓の数を数えると、五階まであるのがわかる。その五階には、壁に嵌められた大きな時計が正確な時間を刻んでいた。まるでロンドンの時計台のように大きな時計で、遠くから見てもはっきりと時間がわかるだろう。秒針が小さな音を立てて、一秒一秒動き続けている。……時計台なんて、オシャレじゃん!
「すごい、かっこいいね、商業ギルド……」
ほう、と感心した吐息を漏らす。時計台を見上げる私の視界の中には、身長の高いガスパルも入っている。そのガスパルが時計を指さした。
「あれ、何かわかるかい? 時計って言ってね。あれを基準に、この街の北の方に住んでいる人たちは動いているんだ」
「あ、は、はい」
「あの針は日に二周するんだ……今は短い針が三で、長い針が四のところにあるだろう? あの長い針が六にいった頃には、すっかりこの辺りは薄暗くなっているはずさ……あの短い針が十二だった頃、僕たちは昼食を取っていたんだよ」
「な、なるほど……」
小学一年生を相手にするかのような丁寧な時計についての授業をされて、私は思わずドギマギしてしまった。よく考えなくても、私は時計なんて、見たことがないはずなのだ。私はあの村から出たことがないし、あの村には時計そのものがない。時間だって、太陽の傾き加減でいつも大まかに生活していた。
それなのに、ここには時計がある。てっきり『時計』が無い世界なのだと思っていた。だけど、そうじゃなかった。無かったのは、私の村が田舎で、農村で、必要がなかったから。
「その。時計っていうのは、貴族の人や、北エリア……北の方に住んでいる人たちは持ち歩いていたり、それを軸に生活しているの?」
「察しが良いね。その通り。僕たちは懐中時計を持ち歩いているんだ。これでいつでも時間が確認できるんだ」
ガスパルはそう言って、胸ポケットから手のひらサイズの懐中時計を取り出して見せてくれた。それは『私』の記憶にもあるものだった。
「レノちゃんが見たことないのは仕方ないよ。今までは必要なかったわけだし……でも、商人同士や、貴族を相手にするときは、むしろこれが無いと話にならないって感じかな。あ、でも安心して。これを絶対買ってこなきゃ、もうレノちゃんと取引しないよなんて僕は言うつもりないから」
今後のために話してるだけさ、とガスパルは微笑んだ。……今後のためってなんだ。
私は改めてこの建物を見上げた。歴史的建造物といっても過言ではないほど、この建物はなんだか、見た目がゴテゴテしている。貴族っぽいというか、なんというか。壁はクリーム色で、ツタのような彫刻が施されており、窓にも同じようにツタのような装飾のある格子が嵌まっている。時折格子には遊び心のように葉っぱの形をした飾りがついていて、かわいい。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
ガスパルは重そうな、趣のある両手開きの扉を開いた。ざわりと中から喧騒が漏れ出す。中には人がたくさんいて、奥には受付のようなものがあるように見えた。混みあっているのだろう。最後列に並んだとして、一体どれくらい時間がかかるのだろうか。
とりあえずはぐれないように、とガスパルと繋いだ手に力を込めると、ガスパルは手を離した。え? と思った途端、私の身体はガスパルにひょいとまた抱き上げられていた。
「ギルドはいつも混みあっていてね。色んな人も来てるし、面倒なことに巻き込まれるかもしれない。暫くは僕の腕の中で大人しくしていてほしいな、かわいいお姫様」
色男が言うようなセリフにウインクを付けて、ガスパルは至近距離で私にそう言った。だんだんガスパルの歯の浮くようなセリフにも耐性が付いてきた私は、はーい、とシンプルに答えてガスパルの肩にしがみついた。
内装もだいぶゴテゴテで……まるで貴族の館のようだった。質の良いカーペットに、品の良いパステル調の壁紙。壁も分厚いのか、防音性には優れているようだった。この喧騒も、扉の外には全く漏れ出さなかったわけだし。
だが、どうもちぐはぐな印象を受けた。というのも、受付となっているテーブルや、その奥に座る事務員と思わしき人たちのデスク、椅子、棚。それらがなんだか安っぽいのだ。この館にあったものというより、急遽必要になったので、その辺のリサイクルショップで集めました、みたいなちぐはぐさを受ける。
「あれ? 並ばなくていいの?」
ガスパルは人の合間を縫って歩き、やがて階段を上りだした。てっきり新規登録の受付は一階なのだと思っていたので、きょとんとして尋ねる。
「うーん……一階は受付なんだ。新規登録の人もいれば、相談窓口を利用しに来た人もあそこに行かなきゃいけなくてね。その後、上に通されるんだ。だからいつも混みあっててね……」
二階は受付で処理されて、審査が通った人の新規申し込みを受け付けてくれる場らしい。ちなみに三階はその他手続き部屋、五階がギルド長の部屋、そして商談室だそうだ。
じゃあやっぱり一階に行くべきなんじゃ、と困惑したが、ガスパルはにこりと笑った。
「僕たちはすでに契約書の取り交わしを済ませているだろう? 君は立派な『商人として実績のある人間』さ。今から二階で新規登録を済ませたら、三階で契約書の申請をしなくちゃいけないからね」
「実績があれば、受付しなくていいの?」
「『ガスパルの店の店主』である僕の推薦で、その店と取引実績のある君だよ?」
ガスパルの顔が、にこり、というものから、ニヤリに少し変化した。近くで見ていないと気付けないような微妙な変化に、私はなんだかちょっぴり落ち着かない気持ちになった。
想像していた以上に、ガスパルの言う通り、新規登録はすんなりと終わった。そもそも、二階の窓口へ行った時点で、勝敗が決まっていたようなものだった。どうやら窓口のお姉さんはガスパルの店の常連らしく、うっとりとした様子でガスパルの言葉に耳を傾けていて、ほとんど言いなりになっていた。
「その子が新しくギルドに加入したいっていう子?」
「ああ、そうなんだ。もうこうした実績もあってね」
ガスパルがお姉さんに契約書も見せる。お姉さんは幾つか書類を持ってきて、カウンターに置いた。推薦書らしい。さらさらとガスパルは綺麗な文字で推薦する旨を書き、サインを済ませる。次に、ガスパルは私の胴体を両手でつかんで、カウンターで文字が書きやすいように支えてくれた。どうあがいても私ではこのカウンターに背が届かないし、かといって抱き上げられたままでは文字が書けない。私も自分の個人情報を加入申請書に記入する必要があるっぽかったので、大変助かった。
「あら。もう文字が書けるの?」
「この子は特別でね」
「あなたが仕込んだの?」
「いいや? 自力で習得してきたんだ……僕の自慢の『卵』さ」
私の頭の上で会話が繰り広げられているが、私はそれをスルーしてせっせと申請書を埋めた。住所の欄にはフルール村としか書いてないし、年齢のところも冗談みたいな数字が入っているし、些か色々不安だったが、お姉さんは特に気にすることもなく受理のハンコをぽんぽん押してくれた。
「ねえ、もしかして……あなたの子なの?」
「リアーナ! それはレノに失礼だよ。レノは立派なレディさ。僕の子になんて見えるかい? ただ、こんな聡明で素直な子なら、確かに僕の子でもよかったんだけどね」
残念ながら僕にはまだまだ遠い先の話さ、とガスパルが儚げに微笑むと、リアーナと呼ばれた受付のお姉さんは気分が良くなったようにぽんぽんハンコを押すスピードを上げた。




