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第47話 一円でも多くお金が欲しいんです

 私は再び先ほどのカウンターの前に移動し、籠を降ろした。だが今度はカウンターに乗せることはしない。単純に重いので降ろしただけである。男はてっきり銅貨20枚で手を打ってくれるのだと思ったらしく、安堵した様子だったが、私の動きを見て眉をひそめていた。


「お嬢さん? 籠を乗せてくれませんか?」


「いいえ。まだ売るとは決めていません」


 きっぱりと言うと、男の顔が歪んだ。私はにこりと笑って見せる。


「私たちはこちらの商品を銀貨1枚は下らないと考えています。銅貨20枚は些か安く買い叩き過ぎではありませんか?」


「いやいや、相応な金額を私も提示していますよ。他の店に行ったところで、この辺りが頭打ちの金額でしょう」


 ふむ、と考えながら私は自分の籠を漁る。そして薬草を数種類取り出して、カウンターに乗せた。


「お兄さん。それぞれ個別の価値を教えてください」


「こ、個別、ですか……?」


「はい。私の籠には、例えばリュンドリーヌの種が幾つか入っています。これにはいくら値段をつけられるのですか?」


「それは、その……」


「リュンドリーヌの種は非常に貴重な、価値ある素材です。その単価が、まさか銅貨1枚もしないとは言いませんよね? だって、少なくとも種は10粒以上入っているんですから。コンブル2本とおんなじ相場だなんて、そんな風にはお考えではないですよね?」


「…………」


 種が20粒あったとして。一粒銅貨5枚だとすると、それだけで銀貨1枚分に相当する。コンブル10本分の価値だと思うと微妙な気持ちになるが、例えば銀貨1枚分コンブルを売ろうと思っても、きっと買い取ってくれるところがないだろう。そんなに一度にたくさんあってもすぐに腐らせてしまって、価値がなくなるからだ。だから物には適正価格と、適正な物量がある。

 だが、このリュンドリーヌの種は基本的にどの薬に対しても、強化剤として利用できるところに大きな価値がある。つまり、たくさんあっても困らない、一度に大量に売っても価値を損なわない、そういう存在といえるだろう。

 目の前の男が、それを分かっていないわけがない。それを私たちが知らずに持ってきてるのだと思っているからこそ、つまり相手が子供で、貧民に見えるからこそ、学がなく、舐めた態度を取ってもいいと思っているのだ。まずはそこを正す。


「もしかすると、お兄さんは籠の中身をよく見ていらっしゃらなかったのかもしれません。よければ、もう一度籠の中身を改められますか?」


 さっさとこっちの希望価格出してこいや、コラ。私はそういう思いでにこりと微笑み、再びカウンターの上へと籠を乗せた。男は迷うような手つきで、籠の中を物色している。……どこまで金額を引き下げさせるのか迷っているっていうところかな。


「日暮れまでには、私たちも他のものを全て売りに行かなきゃいけません。なるべく誠意ある決断を一度でされるよう、お願いしますね」


 タイムイズマネーだ。この男は材料や薬についてある程度エキスパートであると同時に、ここに店を構えている時点で、商人でもある。私の言葉に裏打ちされた意味を読み取れないわけがない。男は少しだけ顔を青ざめさせて、疲れたようにため息をついた。


「………分かりました。銀貨1枚で、取引しましょう」


「籠ひとつにつき、ですよね? つまり籠はふたつあるので、銀貨2枚ということですね?」


 笑みを深めて畳みかけると、男はひくりと頬を引きつらせた。


「…………分かりました。では、銀貨2枚ということで」


 さて、相場までは話を戻せた。だが、ここで納得する私ではない。相場はあくまでも相場。その金額で取引されるのが当然だから、相場だというのだ。ここからいかに価値を付け、より高値で売りつけるかが商人としての腕前になるだろう。……いや、私商人じゃないけど。


「銀貨2枚……」


 驚いたような声が聞こえた。ちらりと視線をそちらに向けると、ジョルジュが茫然としたように私を見ていた。ふっふっふ、まだまだこれからなんですよ、ジョルジュ君!

 私が自信に満ち溢れた顔をしてみせると、隣にいるマルタンが心配そうな顔になった。その目は、またやるのか? という言葉を訴えかけているようだったので、私は当然でしょ、という意味を込めて頷いた。


「ところで、お兄さん」


 男はカウンターの下から銀貨2枚を取り出しているところだった。


「何ですか」


「今後もうちの村との取引、しませんか?」


「……どういう意味でしょう?」


 男の瞳が、モノクルの向こう側で細められた。


「今日持ってきたものは、うちの村で採れるものです。うちの村は、一年に一度、この街に硬貨を稼ぎに大人が商品を持ってやってくるんです。でも、今まではそのほとんどが食材でした」


 うちの村には私がいるし、マルタンもいる。ジョルジュあたりにも薬草についての知識を授ければ、今後は食品関連が不作の年にも、薬草や薬でなんとか場をしのぐことができるかもしれない。新たな商機だ。私は目を輝かせて、自分を売り込んだ。


「このように、私たちの村では貴重な素材が幾つか採れます。それを今後、このお店でのみ卸させてもらえればと思います。つまり、独占契約を結びたいのです」


 別に、この店でなくてもいい。だが、これも何かの縁だ。話して分からない人ではなさそうだし、その目利きは確かだ。ちょっとずるがしこいところがあるが、商人なら当然のことでもある。銭にがめつく、強かに生きるのが商人だろう。

 ただ、この店との独占契約をすることは、私たちにとっても利益が大きい。結局のところ、私たちはどこへ行っても見た目が完全に貧民なので、それ相応の扱いをされてしまう。つまり、舐められてしまうのだ。となれば、足元を見られない、適正価格で買い取ってくれる人が必要になってくるのだ。


「……独占契約、ですか?」


 先ほどまで疲れたような表情を見せていた男の瞳が、鋭くなる。頭の中で損得勘定をものすごい勢いで行っているのだろう。私はその背中を押すように、言葉を続けた。


「私たちの村は、ここからそんなに近くはありません。ですが、だからこそ、他には流通していないものを卸すことができるんです。今日もってきたものは、昨日採ってきたものばかりです。直送便に近い形で、最高の品質でお届けしているんです。また、素材だけではありません。ここにあるように、薬についての心得も多少は持ち合わせています」


 私はマルタンが作ってくれていた薬が入った麻袋や、木の箱を撫でた。


「貴重な素材を新鮮なうちに。また、加工して、すぐに使いやすく、かつ長持ちするように。どちらの形でもお届けすることができます。私たちとしても、このような技術や森の恩恵があったとしても、信用して取引できる先がないため、非常に困っているんです。どうでしょうか、お互いに損の無い話になるのではないかと思いますが……」


 男が苦々しい顔を見せた。そして私の顔を見て、ため息をつく。ひどい頭痛を紛らわせるように、こめかみを撫でている。そして今度は、奇妙なものを見るような視線をこちらによこした。


「………君は一体何者なんですか」


「え?」


「……その貧民に雇われた、商人見習いか何かですか?」


 同じ貧民なんですけど……と私が困った顔を見せると、男は眉間に皺を寄せた。そして再びため息をついて、こちらに手を伸ばして来た。


「……独占契約の件、ぜひとも宜しく願います」


 私はやり切った! という爽快感に顔を綻ばせ、背伸びして手を伸ばした。男の大きな手を掴み、握手を交わす。


「こちらこそよろしくお願いします!」


 にこにこと満面の笑みを浮かべる私とは対照的に、男は、してやられた、と言わんばかりの苦々しい顔を浮かべたままだった。


 男はマルクと名乗った。私たちも全員改めて自己紹介を済ますと、マルクはモノクルの向こうの冷たい青い瞳でこちらを見つめた。


「それで、君たちの中の誰か一人くらいは、ギルドバンクルをお持ちなのでしょうね?」


「ギルドバンクル?」


 聞き慣れない言葉に、首を傾げる。他の三人の顔を見たが、三人とも不思議そうな顔をしていた。視線をマルクに戻すと、マルクはやれやれ、といった様子で小さく首を横に振っていた。


「独占契約なんて言い出すので、もしや商人見習いなのかと思ったのですが……本当にあなたは農村の子だったんですね」


「はあ……」


 マルクが何を言っているのか、よくわからない。私は首を傾げながらも、銀貨2枚と籠の中身を交換した。


「ギルドバンクルがなければ、契約などできませんよ」


「えーと、商人専用のギルドがあって、契約とかお金のやり取りとか、そういうのを全部管理したり利用したりする腕輪があるってことですか?」


「おや、ご存知なのですか?」


 いいえ、あてずっぽうです。

 マルクは仕方なさそうに、簡単にギルドについて説明してくれた。大筋は私の推理通りで、商人は全員が持っているギルドバンクルというものがあるらしかった。商人として街で何か行う時は、ギルドで名前を登録しなければならない決まりになっているらしい。農村から出てきた人たちが手持ちのものを売るのは認められているが、この街で商いを起こす際は必要になる。他にも、商いについて、何か契約ごとは全てギルドを通さなければならないとのことで。

 つまり、独占契約等といった契約は全て、ギルドを通しての書面での契約になるらしい。


「あれ? でもロジェ、いつも食品を売ってる場所は決まってるって言ったよね?」


「ああ。それは、農村から街に来た者向けに、口頭での簡易契約が許可されているんです。ただ、単なる口約束ですから、反故にすることも可能ですよ」


 まあ、そんなことをするメリットは何もないので、誰もしませんが。とマルクが説明してくれた。


「ええと、じゃあ、マルクさんは私たちとの独占契約を、わざわざ口約束じゃなくて、正式な契約にしようとしてくれてるってことですか?」


「あなたたちに騙されたとなったら、さすがの私も黙ってはいられないでしょうからね」


 ああ、なるほど。お互いに信頼関係が成立していないからこそ、正式な手続きをしておきたいということか。私はマルクの言葉に納得して、しかしウーンと悩んだ。で、肝心のギルドバンクルって、どうやって手に入れるの?


「商人以外は手に入れられないんですか?」


「いえ、商人からの推薦があれば問題ありません」


「えーと、じゃあマルクさんが推薦してくれたりしますか?」


 マルクは、何故私が、と言わんばかりの鋭い目でこちらを睨んできた。ですよね、と私はそっと目を伏せて、頭の中で色々なことを考えた。

 ……契約ごとに関して、基本的にギルドを通さなければならないとなると、これからのガスパルさんとの話し合いでも、ギルドバンクルが必要になってくる場面もあるかもだよね? ってことは、むしろギルドバンクルが必要だ! ってのは、ガスパルさんとのやり取りの方だよね。私は自分自身に頷いた。

 マルクとの約束は、反故になったとしても特に大きな問題はない。どちらも別に損はしないのだ。ただこちらとしては今後も安心して取引できるという保証が欲しく、かつマルクは貴重な素材を優先的に仕入れられるというメリットのために契約をするだけのことであって。


「分かりました。この後、別の商人の方と話す機会があるので、そこでギルドバンクルをどうするかは決めます。もしギルドバンクルを手に入れたら、またここにきます。その時にでも、ギルドを通しての契約をしましょう」


 それまでは口約束ということで、と話すと、マルクは頷いてくれた。そして目を細めて、こちらをじっと見た。


「他との商談もあるんですか? 君はここに初めて来たと言っていたはずですが」


「ええ。村にいる時に行商人で来てくれてた人と、すでに何度か商談していたんです。それもあって、今回は街に直接訪れたので」


「…………君は本当に、豪商の娘じゃないんですね?」


 違います。


「あ、そんなことより、マルクさん、ひとつ教えてください」


 せっかく薬問屋の人と仲良く? なれたのだ。なかなかにラッキーじゃないか。私が前のめりになってカウンター越しにマルクを見上げると、マルクは一体何を言い出すのか、と嫌そうな顔をしていた。


「あの、わたし、薬を探してるんです」


 私はマルクに、母がタオレ病かもしれないという話をした。タオレ病が治る薬はないかと尋ねたのだが、マルクは難しい顔をしていた。


「残念ですが、私には難しいですね。……よければ、他の店を紹介しますよ」


 マルクは考えるように視線を逸らした後、何やらカウンターから一枚の紙を取り出した。羊皮紙だろうか、ごわごわしている。そこにインクでさらさらと文字を書いて、側にある箱の中に入れた。


「君が先ほど話していた、ここより少し北へ行ったところにある薬問屋に行きなさい。その際には、必ずこの紙を渡すように。そこなら何かわかるかもしれません」


 箱を手渡しながら、マルクがそう言った。私は思わぬマルクのやさしさに触れ、目を見開いた。


「……あ、ありがとうございます………!」


 受け取った箱を抱きしめて、心からのお礼を言った。マルクさん、めちゃくちゃ良い人じゃん!




 次は食材店へ行く手はずなので、紹介してもらった薬問屋は後回しになる。どちらの道、現金を先に手に入れないと薬は買えない。

 今すぐ行って話を聞きたい気持ちを抑えつけて、私はロジェを見上げた。道案内はロジェの仕事だ。右に行くのか左に行くのか、ロジェの次の動きを待っていたのだが、一向に動かない。不思議に思って見上げると、ロジェは茫然とした顔で私を見ていた。ロジェだけではなかった、ジョルジュもまた、先ほどと同じようにぽかーんとした顔で私を見ている。


「……な、何? 早く次のところ、行こうよ」


 やりすぎた自覚はある。とりあえずこの場から逃げ出したくて、私はロジェに話しかけた。だがロジェはこちらを見ているだけで、何も言ってくれない。困り果ててマルタンを見ると、マルタンは疲れたように笑った。


「僕はこの二人の気持ちは分かるかな……兄さん、だから言っただろう? レノは、規格外なんだって」


「………マルタンが言っていたことを疑っているつもりはなかったよ。でも、直接その場を見ると、これは、なかなか……」


 ロジェはもごもごと呟き、はあ、と息を吐いた。ジョルジュはまだ頭のなかが宇宙に行っているような顔をしている。


「レノ。君の将来が楽しみなようで、ちょっぴり心配だよ」


「わっ」


 そう言って、ロジェは私の頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。髪がぐちゃぐちゃになってしまった私がロジェを睨むと、ロジェは悪戯っぽく笑って歩き出した。……お金を稼ぐためには、背に腹は代えられない。まあ最初のインパクトはあれど、『レノはそういうやつ』という風に定着すればこれから動きやすいだろう。私はこれは必要な時間だったと割り切り、ロジェの後ろをついて歩き始めた。

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