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第46話 初めての商談

「レノちゃん、起きて」


「んー……」


「あー、すっかり寝ちゃってるな……マルタン、荷物を持ってくれるか? 俺がレノちゃんを抱き上げるから」


 寝起きで、目が開かない。むにゃむにゃと唸っていると、ひょいと身体を抱き上げられた感覚があった。薄目を開けると、ロジェの短い水色の髪が見えた。青年らしいごつごつした身体を頬に感じて、私はまた瞼を閉じそうになって、気付いた。カッと瞳を開き、顔を上げる。


「わ、あ……!」


 人々のざわめきがやっと耳から脳に入ってきて、私は今更ながらに理解した。


 ここが、街なのだと。






 太陽はすっかり上に登っていて、そこを忙しなく歩くたくさんの人々や、レンガで作られた道を照らしていた。知らないうちに検問があったらしい。すぐ後ろにある大きな門を通って、荷馬車を連れた人や、馬車から降りて大きな荷物を背負った人、この街へ訪れた人たちが次々に入ってきて、大通りに行きかう人々の中にへと消えていく。

 大通りの両側にはいくつも店が立ち並んでいた。建物は三階建てにするのが決まりなのか? というくらい、大きな建物が幾つも立ち並んでいて、先ほどまで見渡す限りただの草原という何もない光景を見ていなかった私は、久々に『目を覚ますと完全に別世界だった』という経験をした。


「あ、起きた?」


 すぐそばから声がした。口をあんぐり開けて街を見ている私の様子が面白いのか、ロジェはくすくす笑っていた。どうやら街の様子に圧倒されているのは私だけではなく、マルタンやジョルジュもそうらしかった。ロジェの目の前に立ち尽くす二人は、その場から動けずに身長の高い建物を見て、茫然としている。


「俺も最初に来たときは同じだったよ、懐かしいな」


 あの村からここに来た人たちは、やっぱりカルチャーショックを受けるらしい。そりゃあそうだろう、村人だけが住むのどかな超ド田舎世界から、こんな活気ある街に訪れれば、別世界としか言いようがない。私は自分の心の中が、驚きの気持ちからじわじわと好奇心に気持ちがスライドしていくのが分かった。


「ロジェ、ありがとう、もう大丈夫だよ、起きたから」


 降ろしてほしい、と周囲を落ち着きなくきょろきょろと見渡しながら言った。看板に文字があるところと、無いところがある。木の板に絵を描いて誰にでもわかるデザインにしているのは分かるけど、逆に文字だけなのはなんでだろう? 書いてあるのは、ええと、やくそうや……薬草屋? でもあっちも薬草屋だよね、実験道具っぽいのの絵が描いてあるんだから。コンビニが出来ると、道路挟んだ向かい側にコンビニが出来るように、同業他社が近くに店を構えるのはこの世界でも同じってこと?


「うーん」


 ロジェの優しい声が、迷いを見せた。


「しばらくはこのままでいるよ」


「えっ? い、いやいや、重いだろうし、邪魔だよね? 大丈夫だよ、もう歩けるし」


 まだ寝ぼけてると思われているのだろうか? まさか降ろすのを拒否されるとは思わなかった私は、驚いてロジェを見上げた。ロジェは眉根を下げて笑いつつも、首を横に振った。


「いいや、君を降ろすと、好奇心のままにどこにでも行ってしまいそうだし、何より迷子になりそうだからね。ここは街への入り口となる場所のひとつだから、人通りも多い……もう少し落ち着いた場所へ行くまでは、こうしているよ」


 確かに、地面に下ろしてもらったらすぐさまこの人の流れに揉まれて、迷子になってしまう可能性が高い。逆をいえば、こうやって誰かに抱っこしてもらっていた方が、街の光景をじっくり見れていいのかもしれない。……羞恥心はすでに捨てている! 今は! 私は! 四歳! 許されるよ! 許される!


「……分かった、じゃあお願いするね」


 私はロジェに軽々と片手で抱き上げられた状態で、大通りを進むこととなった。




 実にいろいろな人が、そこにはいた。身なりが綺麗な人、汚い人。装飾品を抱えた人、土に汚れた食べ物を抱えた人。通りには屋台も出ていて、美味しそうな匂いも漂ってきていた。

 道路交通法は一切ないのか、時折あぶねえだろ! という怒号と共に、荷馬車が通っていく時がある。危険すぎて笑った。笑えない。


「ねえ、どうしてあの馬車を降りなきゃいけなかったの?」


 荷馬車が通れるのなら、我々も馬車で通れなかったのだろうか。まあこんなに人がいるのだから、馬車より歩いた方がみんなの安全のためには良い気もするのだが。荷馬車しか通れないとかあるのだろうか。ルールが分からず、ロジェに聞いてみる。


「レノちゃんは眠ってたから見てないと思うけど、この街に入ってくるときには関所っていうところを通らなきゃいけないんだ。そこで許可証を貰えた人だけが馬車を使えるんだ。といっても、こちら側はあまり馬車の利用が少ない入口なんだけどね」


「さっきも言ってたよね、この街は色んな入り口があるってこと?」


「この街の入り口は、東西南北に分かれてるんだ。とはいえ、北は貴族街への道になっているから、ほとんど使う人はいないよ。僕たちは南からやってきたんだけど、東と西からの入り口が馬車を利用した人が多いっていう話だ」


 ふうん、と聞きながらも、周囲を見渡し続ける。


「ねえねえ、じゃあ、あの大きな壁はなに?」


 外壁だろうか。建物の間から見える、大きな灰色の壁。馬車でここに入ってくるときに眠りこけていたのが痛い。外側からこの街を一度見ておきたかったのだが。


「ここは街だからね、いろんなものを狙って悪い人たちが来ることもあるんだ。それを防ぐために、壁で街の外と中を区切ってるんだよ」


「だから関所があるんだ」


「そう、その通り。でも、それだけじゃなくて……北の方をご覧?」


「うん?」


 ロジェが私を少し高めに持ち上げた。ロジェと同じくらいの視界の高さになったおかげで、少しだけ向こう側を見通すことができた。

 大通りのずっと、ずっと先に、白い壁が見える。それはぐるりと向こう側で円を描いているようで。外側にある壁よりも高く、厚いようにも見えた。そしてその白壁で囲まれた中に、大きなお城がぽつんと見える。ここから壁越しに城の様子が見えるのだ。きっと、随分と高いところにあるのだろう。なんかそういう遊園地にあるお城っぽくて、オシャレじゃん。


「壁の中に、壁があるの? あれはお城?」


 小首を傾げると、ロジェは頷いた。


「僕たちの周囲にある灰色の壁は、街と外を区切る壁。あの白色の大きな壁は、平民街と貴族街を区切る壁。そしてあそこに見える真っ白で立派な城が、領主様の城だ」


「領主、様……」


 と言われても、まあいまいちピンとは来なかった。むしろ頭に思い浮かんだのは、騎士団の一員であるユベールや、リュカの姿だった。彼らのご主人様が領主様なのだろう。

 領主様といえば、あの意味不明宗教の神様的扱いをされてる人というイメージが強い。さらに言うと、先代領主の意思を引き継いで、今もなお魔法使いを追いやって歴史を消そうとしている結構エグい人というか。基本的にあまり良いイメージは持っていないのだが、この城下町? がかなりの賑わいを見せているので、その手腕は悪くはないのだろうとは思った。今のところ、領主の悪口を言っている人は見たことがないわけだし。……といっても、超ド田舎で生活している農民たちからは、という話だが。

 まあ、直接関わりのない雲の上の人のことを考えても仕方ない。あのお城が超オシャレで、おのぼりさん的には「せっかく街に来たんだし!」と記念撮影しておきたい光景であっても、その気持ちが満たされる日は来ないだろう。今は街に来た目的を果たすことに集中するべきだ。


「……それで、お昼ご飯はどうするの?」


 ぐう、とお腹が鳴った。まじめな顔つきで街を説明してくれていたロジェはそれを聞いて、仕方なさそうに笑った。




 ロジェの案内で、屋外カフェのようなところへとやってきた。テーブルと椅子が適当に並べられ、屋台が幾つか並んでいる屋外フードコート的なところと言えばわかりやすいだろうか。忙しかったり貧乏な人用らしく、私たちとそう見た目が変わらない人たちがそこでランチをしていたので、なんだかちょっぴり安心できた。

 ロジェによると、北に行けば行くほど、貴族街に近付くため、身なりがきちんとしたお金持ちが増えるらしい。つまり、なるべく私たちはそこへ寄り付かないようにしろということだ。中央あたりまで行けば売りつけは完了するので、そんなところへ行く用もないだろう。

 ……ただガスパルの店は、どうやら北寄りにあるらしい。馬車でここに連れてきてくれた御者からロジェは話を聞いたようだった。


「先に売りつけを終わらせた方が良かったんじゃないか?」


 ロジェが屋台へ食べ物を買いに行ってくれたので、私たち子供連中は席の確保と荷物番をしていた。ひとまずここはロジェがお金を出してくれるとのことだった。当然、マルタンもジョルジュも、大したお金は持ち合わせていないし、屋台で食べるものがいくらくらいするものなのかの相場も分からない。ここはロジェに任せるのが正しいだろう。


「お金をもってても、相場がわからなかったら、わたしたちじゃ買い物もできないよ」


「そうじゃない、この大荷物を持って歩くのは、あまり良くないだろ」


 確かにマルタンの言う通りだ。これじゃ、田舎から出てきました! 今から売り付けに行きます! 良ければ盗んでください! と言っているようなものだ。大荷物のままだと、いざという時に動きづらくもある。


「でも、お腹が空いてたら頭も回らないよ」


 とはいえ、空腹には勝てない。腹が減ってはなんとやらだ。

 ジョルジュは周囲をきょろきょろ見渡していた。物々交換が当たり前だった村とは違い、ここでは硬貨が全てモノをいう。その光景が見慣れないらしく、興味深そうにしている。ジョルジュの視線を追って周囲を見ていた私だったが、ふと、通りの方でガラガラと音が近づいてくるのが聞こえた。なんとなくそちらを見ると、重そうな荷台を、男の人が引いているのが見えた。荷台には、中身はよくわからないがたくさんの荷物が乗っていて、男の人が二人がかりで荷物を引いている。

 でもどうして男の人なのに、ベージュのワンピースのようなひらひらしたのを着ているんだろう? 動きやすいからかな? それだったらパンツの方が動きやすいんじゃないかな? 通気性の問題だったりする? 汗をかくから? 色々考えながらその光景を見ていると、太陽の光が彼らの手元を反射して、きらりと光った。鏡で反射させたような光に思わず目が眩み、ぱちぱちと瞬きしていると、美味しそうな匂いが近づいてきた。


「お待たせ!」


 目の前に差し出されたのは、いつも食べているのよりほんの少し上質なパンに挟まれたウインナー。つまり、ホットドッグだ! 肉とスパイスの香りが鼻腔を突き抜け、唾液がじゅわりと出てくる。


「美味しそう!」


 飛びつくように受け取ってしまい、ちょっと浅ましかったか、と周りをちらっと見ると、残りの二人も同じように目をキラキラさせながらそれを見ていた。マルタンも、くんくんと匂いを嗅いでいる。


「パンにウインナーを挟んだものなんだけど、これが案外、美味いんだ!」


 がぶりとロジェがかぶりつくのを見て、私たちも一斉にそれにかぶりついた。パサパサのパンが、口の中でウインナーの肉汁を吸って、うまく調和している。鼻に抜けるスパイスと、優しいバターの香り。もぐもぐと咀嚼するたびに、肉の味が食欲を更にそそった。十分に美味しかった。



 この世界で食べる初めてのホットドッグに感激して、あっという間にそれをたいらげて腹を満たした我々は、意気揚々と最初の店へと向かった。再びロジェに抱き上げられていた私は店頭で降ろしてもらう。

 ロジェが重そうな扉を開くと、むわりと中から薬草の匂いが漂ってきた。食後に気分の良い匂いではないが、仕方がない。

 ここは薬問屋らしかった。外の看板にはイラストしかなかったのだが、街ゆく人に尋ねると、そうだと教えられたのだ。屋台のお店から一番近い店でもあった。しかし、もう少し中央寄りの方にも、薬問屋と文字で書かれたお店もあった。一体何が違うのかさっぱり分からないが、向こうは混みあっているようにも見えたので、ひとまずここにやってきたのだった。

 普段、村の人たちは薬草を売ったりしない。そもそも薬草は自分たちで使う分しか採取しないものだ。売り物は基本的に、自分たちが栽培してきた食べ物となる。そのため、薬草についてはツテがほとんどゼロなのだ。貴重な薬草は、時折財政難になった時に誰かが売りに行くこともあるが、それも決まった店で売っているわけではない。定期的に売りに行かなければ、それは取引としては一見さんとほとんど同じ扱いになるからだ。


 薄暗い店内には、所狭しと瓶が置かれていた。客に商品を見せるつもりはあまりなさそうな棚に、乱雑に色々な材料らしきものが押し込まれている。ところどころ埃をかぶっている様子から見るに、あまり繁盛しているとは言いづらそうなお店だ。

 店選びを間違えたか、と微妙な気持ちをしながらも、奥へと進む。カウンターらしきテーブルの向こう側に、一人の神経質そうな中年の男が椅子に座っていた。


「……何か?」


 接客する気ゼロだった。男は胡散臭そうにこちらをじろじろ見ている。それもそうかもしれない、若い男性が一人ならまだしも、三人の子連れだ。一体何しにきたのか、と不審に思うのも仕方がないだろう。

 マルタンは緊張した面持ちで、自分の籠をカウンターに乗せた。私にも籠を乗せるように目配せをしながら、口を開く。


「これを買い取ってほしいんだ」


 男は更に不審そうな顔で、マルタンを上から下までじろじろと見た。マルタンだけじゃなく、私たちのこともじろじろ見ている。私も負けじと男をじろじろ見た。細身で、身長が高く、身につけている服は私たちのようなボロ布ではなく、ちゃんとした服だった。灰色のシャツに、こげ茶のベスト。シャツには肘当てがついている。モノクルをつけているので、一層オシャレに見えた。幾つか顔に皺はあるけど、おじ専にはたまらない姿にも見える。だがその人を見下した表情のせいで、私には魅力がかなり半減されて見えた。

 ……さて、初めての売り付けが始まる。一体どんな感じになるんだろう。マルタンが緊張しているせいか、私までちょっぴり緊張しながらも、男の顔を眺めた。


「幾らになる?」


 ロジェが気軽に尋ねると、男はマルタンや私を観察するのをやめ、籠の中身を漁りだした。細い目を更に細め、ちらちらと中身を漁る。時折、少しだけ目を見開いて動揺する姿を見たような気がしたが、男はこちらをちらりと見ると、すぐに興味を失ったように薄く笑った。そしてぽんぽん、と私たちの籠を軽く叩く。


「ざっと見積もって、銅貨10枚分といったところですか」


「なっ……。それは、全部まとめて、ですか? 籠ひとつにつき、ですか?」


「……あー。そうですね。せっかくこんなに重い荷物をここまで運んできたんです。その苦労に免じて、籠ふたつで銅貨15枚というのは?」


 マルタンの顔つきが変わった。今にも、馬鹿にするな! と怒り出しそうな表情をしていた。……いまいちこの世界の通貨について詳しくないせいで、微妙にマルタンの怒りについていけていない。だが、マルタンが怒っているということは、かなりの安値で買い叩かれているということだろう。

 ……ええと、コンブル二本で銅貨が1枚くらいが相場だったはず。ていうことは、この籠いっぱいの薬草が、コンブル30本分ってこと?


「さすがにそれは安すぎませんか? 僕はあまり薬草の相場を知りませんが、少なくとも大銅貨1枚分はあると思うんですが……」


 ロジェは、マルタンの肩に手を置いて言った。その感触で少しだけ我に戻ったらしいマルタンは、怒りのあまり開いたままだった口を閉じて、男をキッと睨みつけた。だが男は意に介していないようで、薄く笑った笑みを浮かべたまま肩を竦めた。


「大銅貨1枚だなんて。言い過ぎかと。見たところ、ありふれた薬草が幾つも入っています。そのあたりの野草と効果が変わらないものだって混じってるんですよ、街を出て自分で拾ってくることだってできる。それをわざわざ金額を付けて払うと言ってるんです、むしろこの金額に感謝するのは貴方たちの方なのでは?」


「その中には貴重な薬草だって入っている! リュンドリーヌの根から作った薬だって入ってるんだ、それなのにそんな金額はあり得ない!」


「……と、言われましても」


 男は困ったように眉をひそめ、やれやれとため息をつく。


「これだから子供相手は嫌なんですよ。あなたも、こういう場に子供を連れ出すのはやめた方がいいですよ。お互いのためにならないですから」


「………っ!」


 男がロジェにアドバイスをするように声をかけると、マルタンは一層苛立ったように男を睨みつけた。このままだとマルタンがロジェの静止を振り払って男に掴みかかったりするかもしれないと思った私は、マルタンの裾を引いた。


「ねえ、マルタン」


「……何」


「マルタンはこの籠ふたつで、いくらで買い取られるのが相場だと思ってるの?」


 一番大事なことをマルタンから聞いていなかった。マルタンは先生から知識を授けられているはずなので、多少の見積もりはしてきたはずだ。その金額と大きく乖離しているから、きっと怒っている。馬鹿にされているのだと感じているのだろう。その乖離がどれくらいなのか分からないので、私にはいまだにそこまで怒っている理由が分からなかったりする。


「………銀貨1枚はするはずだ。うまくいったら、銀貨5枚だって、夢じゃないって」


 先生がそう言ってたんだろう。だが目の前の男はそのやり取りを聞いて、思わずといった様子で吹き出していた。


「銀貨ですか。ふふ、随分と面白い冗談を言いますね」


 私は男の嫌味な笑いを聞き流しながら、考えた。

 先生がそう言ったのなら、たぶんそれは本当だ。本当にこの男は私たちからこれを買い叩くつもりなのだろう。……まあ、気持ちが分からなくもない。田舎から出てきました! という風体の私たちだ。服だってボロ布を着ているし、身体だってあんまり綺麗じゃない。持ってきた大きな荷物を売り払ったらまた田舎に戻ります! といったのが丸分かりだし、しかも相手は子供ばかり。唯一の大人も、まだまだ若い、経験の浅そうな青年だ。カモにするにはちょうど良く見えるのだろう。

 私はひとつため息をついて、籠を手に取った。


「君、何を……?」


 男が怪訝そうに私を見た。私は籠を背負って、もうひとつの籠もカウンターから降ろして、マルタンに手渡した。


「レノ……?」


「おじ……お兄さん、見積もりありがとうございました。マルタン、今から来た道を戻って、他のお店にも見積もり取ってもらおっか。ロジェ、道案内をお願いできるかな? 南門をくぐった時に薬草屋があったのを見たし、ここから北に行ったところに薬問屋の店もあるのも見たからさ。それぞれで見積もりを取ってみようよ」


「え……」


 神経質そうな男が、ぽかんとしていた。私はにこりと笑って、みんなに話しかける。


「わざわざここまできたんだよ? だったら一番高く買い取ってくれそうなお店を探すことくらい、今更どうってことないよね?」


 この街に薬問屋や薬草屋がここの一件しかなければ、この男をなんとかして説得しなくてはいけなかった。だが、幸いなことに、この街には同業他社が幾つもあるのだ。であれば、この男を説得するのではなく、それぞれの店舗で争ってくれればいい。


「このお兄さんは銅貨15枚なら出せるって言ってくれたから、銅貨16枚以上を出してくれそうなお店を探してみようよ。きっと、他のお店の人たちも、この店より銅貨1枚でも多く払えばこの籠に入った貴重な素材や薬が手に入るって話をすれば、それくらいは出してくれそうだしね」


 他店より高く買い取ります! なチラシを頭の中に浮かべながら、私は出口に向かって歩いた。別にこの店にこだわる理由なんてない。たまたま一番近くにあったから選ばれただけなのだ。だからマルタンがこの店で必要以上に一生懸命になる必要も、心を乱す必要だってない。ね、とマルタンに笑いかけると、マルタンは慌てたように籠を背負って、私を追いかけてきた。


「ま、待ってください!」


 あと数歩で外に出る、というところで、後ろから声をかけられた。振り返ると、痩せ身で身長の高い男が、カウンターから出て、焦ったように私たちを呼び止めていた。


「なんでしょうか?」


 小首を傾げて見せると、男は眉間に皺を寄せて、少しだけ怒ったように言った。


「他の店に行ったところで、金額は変わりません! どこも同じ金額を提示されるはずです、だったらそんな重い荷物を運ぶ方が危険でしょう、誰かに盗まれたりなんかしたら……」


「そうですね。銅貨15枚がパアですからね」


 憂いたように目を伏せると、そうでしょうそうでしょう、と男はほっとした様子で顔に笑みを戻した。


「ですから、ここで売ってしまった方が、」


「だったら、ここから少し北に歩いたところにある薬問屋に行こっか。そっちの方が人通りは少なそうだし、治安も南門の側よりかは良いかと思うよ」


 ね、とロジェに微笑みかけると、ロジェは困惑したように男と私を見比べていた。男は再び苛立ったように声を上げる。


「分かりました! 金額にご不満があるのでしたら、銅貨20枚で手を打ちましょう!」


 来た、と思わず私はにやりと笑った。だがもちろんその笑みを消してから、身体ごと男の方に振り返った。




 さて、商談の始まりだ。




やっと街まで来ました!


突然アクセス数が増えてたのでびっくりしたんですが、日間に入ってたみたいですね!

ありがとうございます、本当に嬉しいです……!

これからもがんばります。

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