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第44話 街へ行くための下準備

「マルタン先生! 本日はよろしくお願いします!」


「一体何を……まあいい。ひとまず摘むぞ」


「はい!」


 敬礼ポーズでマルタンに声をかけると、マルタンは怪訝そうに私をじろじろみた。だがすぐに、どうせ何を聞いたところでこいつは基本的に意味不明、だとでも結論付けたのか、私とコミュニケーションをとるのを早々に諦めていた。


 マルタンに言われた通り、水辺に生えている薬草を摘んだ。その間、マルタンはひょいひょいと木の根にあるキノコを収穫していた。山菜や果実はほかのみんなに任せられるが、薬草とキノコに関してはマルタンや私に一日の長がある。

 できるだけ多く色んなものを収穫し、街で売りさばいておきたい。何が高値で売れるかは、マルタンも詳しいわけではないが、目星はつけているそうだった。正直物価レートなんていうものはその時の需要と供給で変化するため、断言は出来ない。ただ、今までの情報を元にこれくらいのお金にはなるんじゃないかな? と予想を立てることはできる。その予想を元に、一通り準備するしかないだろう。クッキーを今回の肝とするつもりだが、小金も稼いでおきたい。サーラおばさんの家に上納金を一応納めておきたいのだ。


 というのも、実は先ほどのヒューゴの言葉は真を突いていたのだ。

 つまり、母の薬を買って飲ませたところで、全然良くならなかった場合。もちろん良くなればそれでおしまいの話だが、一応、最悪のケースも考えておいた方が良いだろう。

 ……もしも、その場合。何度も街に通うことになるだろうし、それこそできれば母を街へ連れていき、癒者に診てもらえたら一番手っ取り早い。家に癒者って連れて帰ってこれないかな? ……何にせよ、どちらにせよかなりお金を積まないとできないことだと思う。マルタンも同じ考えだった。だから、とにかく私たちは、お金を集める必要がある。




 うっかりぬかるみに足を取られたりしないように気を付けながら採取していると、ふと、白い花が視界に入った。川から少し離れたところに群生しているようだ。白い花たちは茂みや木々に隠れて気付かれにくいところにあったが、ネギみたいな味のする草も見つけたのでついでにこれも採っておこうと姿勢を低くして川の方へ手を伸ばしたとき、偶然見つけたのだ。咲いている範囲は狭いが、ちょっとした綺麗なお花畑になっている。なかなか人に見つからないところなのか、荒らされたりした様子もなく、木々に隠されたように広がるそこは、秘密の花園っぽくてなんだかとってもファンタジーな光景だった。

 ……群生してるし、見つけたのも奇跡みたいなものだし、ちょっとだけ拝借しようかな? 私は川から離れて、群生している花畑の方へと向かった。茂みをかきわけ、木の根っこに足を取られないように足元に気を付けながら私はそこへと足を踏み入れる。

 白い花が木漏れ日に照らされる光景は見ていてうっとりするようなものだった。この花、食べられるんだっけ? よくわかんないけど、採っておこう。少しだけ中身の詰まった籠を背負いなおし、私は白い花に手を伸ばした。

 その時、頭の中に、先生の声がフラッシュバックした。


 『水辺で採れるマッタンミュールを乾燥させたものに、リュンドリーヌを混ぜると強い下剤になると教えたことは覚えておるか?』


 ……アッ、あっ!? こ、これって、リュンドリーヌじゃない!? 私は咄嗟に手をひっこめた。思わず数歩あとずさる。すると、かかとが太い木の根っこにひっかかって、私はそのままどすんとしりもちをついた。……き、気付いてよかった。私はどきどきする胸を落ち着かせるように撫でる。

 確かにリュンドリーヌは、マッタンミュールと混ぜ合わせると強い下剤になる。一週間便秘だった方もすっきり爽快! という感じだ。嫌いなアイツを虐めるための一手に活用されているに違いないと私は睨んでいる。ちょうど籠の中には、先ほど採ったばかりのマッタンミュールもある。やったねこれですぐに下剤の完成だよ! と言いたいところだが、そんな簡単な話ではない。

 私の記憶が正しければ、この花は猛毒を持っている。だからここは動物に荒らされていないのだ。触らなくて良かった、と心底思いつつも、確か部位によっては貴重な材料とされていたはずだ。ただ、このまま素手でいくわけにもいかないし、そもそもこれが本当にリュンドリーヌなのかも知っておきたい。私は立ち上がってお尻についた土を払い、マルタンのところへと駆け出した。




 結論からいって、本当にリュンドリーヌだった。


「レノ! 触ってないだろうな!?」


「さ、さわってないよ!」


 リュンドリーヌ見つけたよ、と私が話すと、マルタンは懐疑的な視線を私に向けた。そんな簡単に生えているもんじゃないんだぞ、とボヤいて全く私を信用していないマルタンだったが、群生しているリュンドリーヌを見て、すぐに顔色を変えて私の手を掴んだ。だがいつもの状態と全く変わらない私の手を見てやっとマルタンは信用したらしく、ほっと息をついていた。


「レノの言った通り、リュンドリーヌはそれ自体が貴重なんだ。採取した後は少し手を加えないといけないが、高値で取引されるはずだ」


「手を加える?」


「毒をそのまま持ち歩くわけにはいかないだろ? 何かの薬に変えてからじゃないと」


 毒を持ち歩いてトラブルに巻き込まれても困る。私はマルタンの言葉に頷きつつ、マルタンの見様見真似でリュンドリーヌを摘み始めた。もちろん素手だと危険なため、マルタンの持ってきていた布を借りている。布を織り畳んで、まるで鍋式を使うかのような形で採取をしていった。


「リュンドリーヌはいろんな特性があったよね? 根っこが一番危険なんだっけ?」


「乾燥させて粉状にしたものを食べ物や飲み物に混ぜて毒殺するのが、一時期城では流行っていたって先生は言ってたけど、物騒な時代もあったもんだよな」


 半分くらい色々忘れていたので、私は改めてマルタンにリュンドリーヌについて教えてもらった。

 リュンドリーヌはそもそも、日光が当たるところの一か所に群生する傾向にあるらしい。栄養価の高い実が生る木々の足元に生えていることが多いらしく、現にこの木々は背が高く、大きく伸ばした枝の先に実がなっているのが見えた。あとでヒューゴに採ってもらおう。

 リュンドリーヌは白い可愛らしい小さな花が咲く。花は夏の終わりに咲き、花びら自体は触って問題ないが、食べると嘔吐、下痢、幻覚を見せる。触るといけないのは葉っぱで、素手で触るとかぶれるらしい。葉っぱの裏側が特に危険らしく、かぶれる程度で済めばいいが、処置が遅れたり適切でないと火傷のようになったりすることもあるそうだ。実はアボカドのようなサイズで楕円状、表面は凹凸している。緑だった実が黒くなったら熟した証拠らしい。熟した方が毒性が強くなるとのこと。甘い匂いがすると一層危険で、果汁が危険なため、採取する際には慎重になる必要がある。貴重なのは種で、潰して抽出した液体は強化剤になる。薬を作るときに重宝するらしい。


「じゃあ高値で売れるのは強化剤だけってこと?」


「いいや、他の部分もだ。基本的に、リュンドリーヌ自体が貴重品だからな。それが出回れば出回るほど、その需要も増えるんだ」


 哲学かな?

 意味が分からないという顔をしてマルタンをじっと見ていると、マルタンはため息をついて説明してくれた。

 リュンドリーヌの毒はリュンドリーヌでしか解毒できないらしい。つまり、根を乾燥させて粉末にさせた毒物を口にさせられたとすると、その場に同じような原材料を使った解毒剤が無い限り、その人は死んでしまうということだ。

 確かにそれならば、マルタンの言った通り、リュンドリーヌが使われるようになればなるほどその需要は高まるだろう。市場に姿を見せれば、全員が身を守るためか、もしくは相手を害するためか、どちらの用途であっても必要とするはずだ。……でも。私は顔を曇らせた。私が今採取しているこの花や根っこのせいで、誰かが死ぬと思うと、ちょっとやだな。


「……ああ、だからもしかして、マルタンは加工するって言ってるの?」


「その通りだ。解毒剤や、整腸剤、体力の回復薬といった薬に加工してから街に売りに行くつもりさ。これは先生の教えでもあるんだ」


 先生、さすが! 私が、よかった、とあからさまにほっとしていると、マルタンは少しだけ笑った。


「でも、レノ。先生も言っていたけど、こういった毒物に関する知識は、多くの人に広めるべきじゃない。先生も、万が一の時に備えて僕たちに知識を授けてくれたんだ。悪用しないと信用できる人間にしか教えちゃいけないよ」


「うん! 分かってるよ! でもじゃあ、きっとかなり効能が高い薬が出来上がるんだね? 良い値段で取引できるといいな~」


 ぐふふ、と街で手に入れられる小銭を想像してニヤニヤしていると、マルタンがスパンと私の頭を叩いた。


「僕の話を聞いてたか!?」


「聞いてたよ! むやみやたらに広げる知識じゃないよってことでしょ! 大丈夫! 誰にも教えないから!」


 そもそもそんなに細かく正確に覚えてられるかも不安だし! と暗に言えば、マルタンは呆れた顔で私を見た。私はそんなマルタンの姿を完全にスルーしながらも、ふと疑問に思ったことを口にした。


「ねえ、マルタン。先生はどうしてこんなことに詳しいのかな」


 漢方医でもやってたのかな? と内心呟きながら、私は小首を傾げた。きっと本人に聞かないと分かんないことだろうなという気持ちで呟いたのだが、予想に反して、マルタンは正解を知っていた。


「城で学んだそうだ」


「城? でも先生って、雑用係してたんだよね?」


「雑用係って、レノ……まあいいか。先生は頭が良かったから、当時の貴族に面白がられて、色々教えられたんだって聞いた」


「そっか……」


 貴族のせいでその身が危険に晒されかけたけど、貴族のおかげで今はその知識を私たち次の世代へと語り継いでいる。皮肉な話だと思った。そのおかげで、今私は大いに助かっているのだから。

 ……私も今度、先生に調合を教えてもらおうかな? 今はまだマルタンしか教えてもらっていないので、私は全然やれっこない。材料を売るだけでもお金になりそうだが、薬にしてから売れば価値は上がるだろう。街に行くたびに品薄そうな薬の情報を仕入れて村で作り、街で売りさばけばまとまったお金も手に入りそうだ。

 そこまで考えてから、ふと気付いた。そもそも、そこまで自由自在に調合ができるようになってれば、今回の母さんの病気だって私が薬を調合して治してあげられたかもしれないね。情報を手玉に取ってがっぽがっぽの薬売り生活じゃ! なんていうくだらない夢想は軽く頭を振って振り落とし、材料の採取に集中することへ戻った。




 日が暮れてくる前に私たちは採集を終わらせ、山を降りた。おばさんのところに帰宅して、取り分をもらう。今日は食材控えめになってしまったが、その代わり、明日もっていくためのものはぎっちりと籠に詰まっている。

 とはいえ、私のところには薬草や調合の材料といった軽めなものがたくさん入っているので、他の人と比べれば軽いものだ。食べ物関連や重たいものは全てそのほかの男連中に任せてある。


 家に帰って、籠の中身を戸棚に仕舞う。今日の分の食材を詰めても、戸棚の中はスカスカだ。明日からはサロメとリアムコンビが母の世話をしてくれることになっている。多分、自宅でたくさん作った食事をここに持ってきてくれるのだろうから、あまりここに食材がたくさんあっても困るので、むしろ現状でオッケーだ。

 一応、明日出発前に、サロメに戸棚には最低限の食料があることは伝えておこう。腐りそうなら使っちゃってほしいし。まあ、そんなに長期間家を空けるわけではないのだが、一応ね。


 籠の整理を終えたので、次は今夜の食事作りに取り掛かった。といっても、野菜スープくらいしか作らないけど。いつもなら大量に作って次の日のお昼くらいまでもたせるのだが、今日はちょっぴり控えめだ。明日の朝の分までしか作らなくて良い。私は大事に取っておいた最後のウインナーを鍋に放り込んだ。


 スープが出来上がったので、カチカチのパンと、採りたての果物を木の板の上に乗せた。代わり映えしないメニューだが、栄養的にはちゃんと取れているので許してほしい。特別まずいわけでもないんだし。

 お盆のようなそれを持って寝室を覗く。てっきり眠っていると思っていた母は、珍しく起きて座っていた。


「母さん!? 起きてて平気なの!?」


 びっくりして声を出すと、母は穏やかに微笑んだ。ベッドサイドにあるチェストの上にお盆を置いて、部屋の明かりをつける。少しだけ痩せた母の顔の輪郭が、ぼんやりと浮かんだ。


「今日は体調が良いみたい」


 久しぶりに母の少しだけ軽やかな声を聴いた。私はうれしくて、リビングにある子供用の椅子をいそいそと運んできて、母のそばにそれを置いて座った。


「このまま治るといいねぇ」


 私が準備した食事を、母が自分の手で食べているのを眺めながら、私はぼんやりと呟いた。心からぽろりと出た言葉に、母は薄っすらと表情に陰を落とした。


「……明日からレノは街へ行くんでしょう? 気を付けて行ってらっしゃいって直接言いたかったから、ちょうど良かったわ」


「あっそうだ、私がいない間は、サロメとリアムが来てくれることになってるし、サーラおばさんも気にかけてくれるって言ってくれてたよ! だから食事や着替えの心配はしなくて大丈夫だし、何日か分の薬もマルタンが準備してくれてたからその心配もしなくて大丈夫だからね!」


 業務連絡は早めに伝えておかねば、と私が矢継ぎ早に伝えると、母はくすくすと笑った。


「全部準備してくれていたのね……本当に、レノは立派な娘ね」


 母さんよりずっと大人ね、と母が私の頭を撫でた。あまり力が入らないのか、その動きはぎこちない。私はその感触にきゅっと胸が詰まるような気持ちになったので、慌てて母の手を取って握った。


「街には癒者っていう人がいるんだって! できれば連れて帰ってくるからね!」


 母の手は、すっかり細くなっていた。少し前までは豆が出来ていたり、手荒れしていたり、それでも力強い母の手をしていた。けれど、今では。細くて、でも滑らかで。すこし皺が出来ていて。青白くて。私はそれを見ないように、考えないようにしてにこりと笑った。


「……いいえ、レノ。癒者は必要ないわ」


「どうして?」


「来てくれないのよ、普通は」


 母の言葉の意味が分からなくて、私はきょとんとした。

 どうやら、癒者がわざわざ病の人の家まで来て診察をしてくれるのは、貴族相手くらいなことらしかった。それくらいお金がかかるらしい。薬代の比ではない、と言われて、私は押し黙った。その薬代を手に入れるためにせっせといろんなことをしているというのに、これでは全く足りてもないと言われれているようで、悔しかったのだ。


「……分かった。じゃあ、せめて薬だけでもちゃんと持って帰ってくるから」


 そもそも薬代がどれくらいかかるかもわからない。症状に合わせた薬って買えるものなのだろうか? 薬局にいる薬剤師さんみたいな人がいるっていうことなのか?

 とりあえず今回は、全体的な物の価値を知ってくるのが一番必要なことになるような気がする。癒者を呼ぶのにどれくらいのお金が必要になるかは、今後私がガスパルからどれくらい巻き上げるかという計算にも関わってくることだし。


「お金を稼いだらきっと癒者も呼ぶからね」


 母を元気づかせたくて、私はニコニコしながらそう言った。薬局で薬を買うより、どう考えても専門医に症状を診てもらって的確な処置をしてもらった方が良いに決まっている。そう思って言ったのだが、母は聞き分けの無い子供をあやすような表情をした。


「もちろんお金もたくさんかかるわ。でも、それだけじゃないの」


「お金があれば来てくれるんじゃないの?」


「……こんな貧しい農村に、癒者が足を運ぶことは……恐らく、無いのよ」


 ……ああ。そうか、そういう意味か。私は思わず俯いた。お金を払えばどんなサービスも平等に受けられると思っていた私が間違っていた。

 ここは身分制度のある世界だ。毎日この狭い村で過ごしているとあまり実感はないが、それこそ一歩外の世界に出れば、肌身に触れてその常識を叩きつけられることになるだろう。こんな貧しい村に、変に金を持っている子供がいるって思われるのも面倒そうだ。なるべく常識から外れたことは控えた方がいいだろう。


「……ごめんね、面倒ばかりかけて……」


 ぽつりと母が言った。私はハッとして、顔を上げた。母を責めたいわけではない。私はブンブンと首を横に振って、またにこりと笑った。


「大丈夫、街にはどうせそのうちに行くつもりだったから、それが前倒しになっただけだよ! それに、負い目に思うんだったら、早く治してね!」


 ……癒者が呼んでもこないなら、こちらから行けば診てくれるよね? お金準備して、母を乗せられるような馬車を準備して。日帰りで行ってこれるわけではないので、向こうの宿屋も手配して。誰か手を貸してくれる成人した男性でも連れて。そうやって、色々下準備をすれば、母を街へ連れていけないわけではない。当然人手もお金も必要になるので、今すぐには不可能だ。だが、きっと。いつか。


「ふふ、その通りね」


 母は久しぶりに楽しそうに笑った。


 その後、薬を飲んで、着替えて身体を拭いて、母は再び眠りについた。

 久々に母と話せたのはうれしかったし楽しかったけど、その分、一人の時間が余計に寂しく感じられるようになってしまった。母がすぐそばにいるのに話せないのは、やっぱり寂しい。

 布団に入り、隣で眠る母を見た。少しずつ痩せてきている母の手を取り、私は祈るように額をくっつけた。……行ってきます、母さん。

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