第42話 信頼できる仲間
「僕もそう思っていた……だけど、本当のところは、違っていたんだ」
マルタンは簡単に、私がどんな仕事をしているかを説明した。当然、引っ越し云々の話は伏せてくれている。これを話してしまえば、街行きの話も大反対されてしまうのだと分かってくれているのだろう。
一通りマルタンの話を聞いた二人は、私に視線を戻す。ヒューゴが一歩私の方へ踏み込んできた。その勢いのよさに思わず一歩後ろに下がると、腕をぎゅっと掴まれた。
「……バカレノ!」
雷を落とされるとはこのことだろう。まるでサーラおばさんがヒューゴを怒る時のような迫力に、私は肩を跳ねさせて一瞬目を閉じてしまった。しかしヒューゴの勢いは失われない。ぐっと顔を寄せてきた。いつもはお調子者なこげ茶色の瞳が、今は怒りに燃えていた。
「どうして言わなかったんだよ! 俺、言ったよな! 無理すんなって、何かあったら俺を頼れって!」
「で、でも……」
「でもじゃねえだろ!」
至近距離で怒鳴られるのは、相手が子供でもなかなか迫力がある。私は叱られた犬のように、視線をヒューゴから背けた。
「うう……でも、ちょっとくらい無理はするもんじゃないの……? もうちょっとは頑張れたし、た、確かに大変な毎日だったけど、それもまあ……」
だって。行商人の日が近いとも思ってたし、そうなれば街に行く機会があるでしょ? そしたら多少現状を変えられるきっかけになるんじゃないかなって思ってたし。それこそ、うまい具合に話が進めば、引っ越しとか……?
もちろんそんなことを馬鹿正直に言えるわけでもないので、後半部分をごにょごにょと濁すと、ヒューゴの目が三角に吊り上がった。あ、怒鳴られる。と今度は私も心の準備が出来た。
「つらいのか! つらくねーのか! どっちなんだ!」
「そ、その、辛くないと言えばウソになるけど、別に我慢できない程度でもないし、」
「どっちなんだ!」
「………ちょびっと……は、つらい、……かも」
ヒューゴの迫力に負け、二択から一択を選んで答えた。辛いか辛くないかと言われればそりゃあ辛い。だってやったことのない肉体労働をして、大人顔負けの仕事量をこなし、家事をして、そのうえチームメイトには嫌がらせされているのだ。
これで辛くないよ! って言える人が一体世の中に何人いるのだろう。仕方のないことだと割り切って毎日を続けることは出来るけど、この状況が楽しくてハッピーでらくちん! とは一ミリも思わない。私の望んでいた平々凡々なスローライフ的毎日とは程遠い。何かをゆったり楽しむ余裕なんて一ミクロンもない。
「ジョルジュ、聞いてたな?」
ヒューゴが後ろを振り返った。ジョルジュが頷くのを見ると、ヒューゴはやっと手を離してくれた。そして、大きなため息をついた。
「バカレノ。いっつもお前はおせーんだよ。こんなところまでいつものノロマを発揮しなくたっていーだろーが」
「ご、ごめん……?」
「どうしてすぐに話してくれなかったんだ? 兄さんが気付いてくれたから良かったものの、それこそヒューゴだけじゃなくて、サロメやジョルジュだって君の話なら真面目に聞いてくれただろう。レノは現状について、相談すべきだった」
ヒューゴの怒りが収まったとほっとしていると、今度はマルタンが非難めいた口調で私に言ってきた。マルタンの言葉にうんうんと珍しく頷いているヒューゴを新鮮に感じながらも、私はまたまた言い淀んだ。それに気付いたマルタンはムッとした顔になり、私を冷たい目で睨んだ。
「レノのよくないところだ」
「え?」
「すぐに本心を隠す。今だってそうだろう? 僕たちがどれだけ心配しても、レノはすぐに本音を出さずに、何と答えていいか頭で考える。僕たちが聞きたいのは、レノの率直な意見なんだ」
「う……」
まるで心の動きを見透かされているようなマルタンの言葉に、私は苦々しい顔をする。三人の厳しい視線が突き刺さり、私はとうとう観念するように本音をさらした。
「わたし、よそ者でしょ。だからこう、あんまり波風立てたくなかったの。みんなに迷惑かけるし、この村のシステム……ええと、村の人たちの関係性とか、そういうのを壊してしまうんじゃないかって。それが嫌だったの」
一人だけ我慢していれば、この村はいつまでも、いつもの通りでいられる。そう思って、私は我慢していた。そう話すと、三人は呆れ果てた顔をしていた。特にヒューゴは苛々したように頭を掻きむしった。
「レノはヌーロの種を持ってるだろーが!」
「ええ? そ、そりゃ持ってるよ?」
「だったらそんなもん、悩む必要がどこにあんだよ!」
「でもあれは住民権みたいなもんで、そこに溶け込めるかどうかはその後の私たちの努力次第というか、」
「わっけわかんねーことばっか言ってんじゃねえ! お前はヌーロの種を持ってる! だったら俺たちは平等だ! おんなじ村の人間だ! 村の人間は困ったら助け合う! そうやって昔っからこの村はやってきたんだ! お前、賢いくせに、そんだけのことがどーしてお前はわっかんねーんだよ!」
ぐさり、とヒューゴの言葉が胸に刺さった。それが引き金となり、ぽろぽろと再び涙があふれてきた。
「あ、ごめ、」
「……今度はヒューゴがレノを泣かせたな」
慌てて三人に背を向けると、からかうようにジョルジュが言った。
背を向ける直前、さっきまであんなに怒った顔をしていたヒューゴが驚いて目を見開いているのが見えたので、ちょっと面白くて小さく笑った。途端、頭を優しく撫でられていた。マルタンが慰めてくれているらしい。
「レノ。マリアンヌさんも心配していたよ」
「母さんが?」
驚きと動揺で、涙が引っ込んだ。袖でぐしぐしと目元を拭いながら振り返ると、ジョルジュが頷くのが見えた。どうやら先ほどまで、ジョルジュが起きていた母と話していたらしい。
「レノは一人で背負い込むところがあるから心配だったけど、こうやって僕たちが助けにきてくれるなら良かった、とも言ってた」
レノはもう、一人じゃないのね。そう言って穏やかに微笑み、眠りに戻ったらしい。良かった、今は寝ているのか。さっきの会話を聞かれたわけではないと知り、胸を撫でおろす。だがそれを見透かしたように、マルタンが私に微笑みかけた。
「ことが落ち着いたら、全部マリアンヌさんに話すからな」
「……全部って?」
「全部だ」
底のしれない笑みを浮かべたマルタンに、私は頬が引きつった。
また足音が聞こえた。玄関から誰かが出てきたらしい。やがて、ジョルジュの後ろからひょこっとサロメが顔を出した。
「もー! ジョルジュったら、いつになったら戻ってくるの? 夕食の下準備が出来たから、台所の説明をするからレノを呼んできてってお願いしたのに! ヒューゴの声、うるさいわよ!」
家の中にまでヒューゴの声だけ響いていたわ! とぷりぷり怒りながらサロメが言った。ジョルジュはあらかさまに、あ、やべ、という顔をした。どうやらヒューゴを追いかけてきたわけではなく、私を呼びにきていたらしい。
サロメは四人でここでサボって遊んでいたのかと目を吊り上げたが、すぐに私の目元が赤くなっていることに気付き、キッとヒューゴを睨んだ。あ、また誤解が生まれた。瞬時にそう察したのは私だけではなかった。今度はマルタンが素早く動き、サロメに先ほどの話をかいつまんで聞かせた。すると、サロメの表情がどんどん曇っていく。
「……母さんは、レノにはレノができる範囲の仕事を任せたって言っていたわ」
「つまり、サーラおばさんもレノの状況は把握してなかった、っていうことか……」
「ええ。四歳児には雑草を抜いたり、苗の様子を見ることくらいしかできないだろうから、仕事の分担が重荷に感じるようになればすぐに報告するようにって、他の大人に話しているのを見たわ。すぐに人員を補填するからって。レノもまた子供たちの手伝いの方に戻すって」
ただ、報告して上がってくるのは「今日もレノは自分の出来る範囲の仕事だけをこなしていた」、「役に立たないわけではないが、立つわけでもない」、「子供がやれない分は他の三人で何とか回している」といった内容だった。最初は言葉を鵜呑みにしていたらしいサーラおばさんも、最近は私の様子を見て、不信感を抱き始めていたらしかった。
「母さんも疑問は感じているようだったから、そろそろ動こうとはしていたみたいなんだけど……」
「うちの兄さんの方が、洞察力には優れていたってことだね」
「……母さんは全体を見なきゃいけないのよ。むしろ、ロジェの報告不足だと思うわ」
「報告して何が起きるかなんて、想像がつくさ。どうやったら一番問題なく問題だけを取り除けるかを考えないといけないから、その提案する下準備を兄さんはしていたんだ」
「あら。そこはうちの母さんの領分だったと思うんだけど。忘れてしまったのかしら」
「聞いてなかったのか? 僕は『提案』って言ったはずだよ」
何をバチバチやってるんだ、この二人は。私は苦笑しながらも、頭の中にはあの女の人たちが頭によぎっていた。……そういえば、あの人たち。広場の時にも陰口を言っていたメンバーに入っていたような。
「サロメ、あのね……」
告げ口のようで気が引けたが、私は四人に話した。私を良く思っていない人たちがいて、たぶんその人たちが嘘の報告をおばさんにしていること。そもそもこれは私にだけではなく、母の時から日常的に行われていたいじめのようなものだということ。それを聞いて、サロメはため息をついた。
「ひとまずここで聞いた話は、母さんに話しておくわ。それと一緒に、レノを子供の手伝いへ戻すようにお願いしてみるわ」
「俺も母ちゃんと話してみる」
「……僕からもお願いしてみるよ」
なんて頼もしい。私は四人にありがとう、と心から言った。一体どうやったら波風立てずにこれを解決するつもりなのかは分からない。本当にそんなことが出来るかも怪しいところだ。狭い村なのだから、噂は一瞬で村中に広まるだろう。いじめられていた私は、それを密告し、おばさんたちを味方につけて庇護下に入れてもらっている。悪意がある噂になるなら、そんな感じにとられるかもしれない。
私のせいでおばさんたちの立場が悪くならないといいな、とひっそり願った。
実は洗濯をすると手が染みるのだと話すと、ヒューゴに頭を小突かれて、洗濯を手伝ってくれた。私は洗ってもらった洗濯物を紐に通して、外に干した。
「……大人でも辛い仕事を、レノは一人で何日もやってたんだ」
干した後の洗濯物の形を整えていると、マルタンがぽつりと言った。振り返ると、マルタンが気遣わし気な顔で私を見ていた。
「よく頑張ったと思う……でも、無理、してただろ」
「………」
「顔を見れば誰だって分かるっつーの」
ハッと笑って、ヒューゴが言った。マルタンはそれに頷き、続けた。
「今日のレノはいつもより……いや、いつも変だけど、それ以上におかしかった。だからさすがに僕も声をかけたんだ」
いつも変ってなんだ、慰め途中にそういうの挟むな。
「でもいつも気付けるとは限らない。だから、次からはまず、すぐに僕たちに相談してほしい。楽しいことや嬉しいことだけじゃなくて、辛いことも悲しいことも、抱えきれないものは共有しよう。僕は、君とそういう関係を築いていきたい」
「えっと……」
まるでプロポーズじゃないか! 可愛らしいマルタンの言葉に吹き出しそうになったが、マルタンの真剣な表情を見て、気持ちを切り替えた。
からかっていいものじゃない。マルタンは真剣にそう思ってくれてるんだ。マルタンの隣に立つヒューゴも、俺もそう思う! とはっきりとした声で便乗した。今度こそ私はそれに小さく笑い、頷いた。
「ありがとう。……何かあった時は、みんなも私に相談してね。みんなが力になってくれたみたいに、その時は私もみんなの力になるから」
すっと手を差し出すと、私の手をマルタンが握った。握手は二人でするものだ。仲間外れになってしまったヒューゴは、ムッとした様子で手の甲を握ってきた。それが面白くて、私は反対の手をヒューゴの手に添えた。
やっと、本当の意味で、友達になれたような気がした。
洗濯を終えて戻ってくると、一人だけのけ者にされて鍋の火を見ていたリアムが拗ねてしまっていた。




